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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第25章 魔法共和国の終焉
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25-7 レラの予見

 魔法院全体に動揺が広がっていた.

 政情の安定したウェスティニアで,内戦が勃発したのだ.

 ウェスティニア共和国の設定上では,百年以上前に群雄割拠の王制から共和制に移行した統一戦争以来,戦争が起きなかったということになっている.しかし確かに,ゲーム設定の物語は別として,VRMMOマグナ・スフィアが始まってからも実際に戦争に巻き込まれたことはないのだ.

 講義を終えたシノノメが廊下に出ると,すでにあちこちで魔法使い同士の議論が始まっていた.

 政府側につくべきか,反乱軍につくべきか.あるいは中立か.

 このまま魔法院は平和に研究を続けられるのか.

 魔法院には戦闘を厭うプレーヤーも多いのだ.マグナ・スフィアへの参加そのものを止めてしまおうかという者もいる.だが,それは少数だった.マグナ・スフィアほどの娯楽は現実世界にあり得ない.すでに生活の一部になっているものも多いのだ.

 

 シノノメは,ざわめく廊下をネムと一緒に歩いた.

 「一体どうなるんだろう.みんな,動揺してるね」

 「ふーん.まあ,クルセイデル様がお決めになるでショ」

 こんな時もネムはのんびりしている.

 少し後ろを歩いてついて来たグリシャムはキョロキョロしながら宙で右手を動かしていた.色々なところにメールを送って色々な情報を集めているようだ.真面目な彼女らしかった.

 「それより,講義盛り上がってたネ.あたし,眠っちゃったけど」

 「え? 講義? ……私,やっぱり目立つのは苦手だな」

 シノノメは少し肩を落とした.

せっかくこの騒ぎで忘れていたのに,さっきの状況を思い出すとまだ顔が赤くなる.

 「大丈夫だヨ.魔法院で講義が出来るだけすごいヨ.あたしなんか,落ちこぼれだモン.考えたこともないヨ. ネ,グリシャム?」

 ネムは器用に編み物をしながら歩いている.

 「えーっと,うん,そうです.魔法院に所属する数千人のプレーヤーで,講義が持てるのはほんの一握りです.そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ.そういう先生も,アリだと思います」

 グリシャムは自分の視界の中のウィンドウを操る手を止め,少し慌てながら答えた.

「何だか慌ただしいし,とりあえず休んで,気分転換にお茶でもしましょう」

「いいねー.あたし,蜂蜜とミルクが入った,何か甘いのがいいなー」

 ネムは寝ぼけ眼で幸せそうに言った.

「何? その具体的なようでいて,ざっくりした希望?」

「そーいうグリシャムは蜂蜜酒ミード?」

「さ,さすがに魔法院で昼から飲みません!」

 二人の会話で少し笑顔を取り戻したシノノメだったが,柱の向こうで自分を見つめる人影に気づいた.

「ヴァネッサさん」


 シノノメに向かって,軽く手を振っている.

 グリシャムとネムは慌てて帽子のつばを持ち,頭を下げた.ネムの場合はニットの帽子なのでビヨンと毛糸が伸びたが,これは魔法院共通の敬礼なのだ.

 腕を組んで壁に身を預け,シノノメを待っていたのはヴァネッサ――魔法院の頂点である五大の魔女の一角,炎の魔女だった.

 ヴァネッサは何人もの魔法使いに囲まれていた.火の元素を得意とする魔法使い達だ.内乱の勃発にどう対処するかヴァネッサに尋ねていたようだ.


「ふん,お前たち,騒いでも仕方がないよ.これからどうなるかはクルセイデル様……今はお留守だから,レラかな.あいつがその内きちんと声明を出すだろうさ」

 ヴァネッサは取り巻き達の輪を押しのけるようにして出ると,ブーツの踵を鳴らして近づいて来た.

「ちょっと話があるの.顔貸してくんない?」

 ヴァネッサは少し屈んでシノノメに言った.口元には常に不敵な笑みが浮かび,有無を言わせぬ口調だ.

「ヴァネッサ様,お言葉を返すようですが,シノノメさんは今,講義で疲れていて……」

 格上の魔女に緊張しながらグリシャムは言ったが,その様子は蛇に睨まれたカエルの様だ.ヴァネッサは魔法院で最も急進的――悪く言えば過激で,好戦的な魔女として知られている.

「おや,緑陰.あんた,この私に意見するの?」

「えっ! いえ,でも,そんな」

「燃やしちゃうよ」

 一瞬ヴァネッサの目が剣呑な光を帯びた.

「ひっ」

 グリシャムの肩が小刻みに震える.だが,ヴァネッサはすぐに破顔して笑い始めた.

「冗談だよ.お茶なら準備してやる.シノノメに話があるんだ.何なら寝坊助と二人とも一緒に来ても良い」

「何の用?」

 シノノメはヴァネッサの態度に反感を覚えた.凄腕の火の魔法の達人であることは知っているし,授業の見学もさせてもらった.決して悪い人でないことは知っているのだが,こんなやり方はあまり好きになれない.

「大事な話さ.ふん,怪しいって顔だね.安心しな.他の五大元素ペンタ・エレメンタルズ,レラもいるさ」

 そう言われては行かないわけにもいかない.

 シノノメはヴァネッサの後について行った.おずおずとネムとグリシャムもついて行く.

 ヴァネッサは時折面白そうな笑みを含んだ顔で振り返りながら,黙って廊下を歩いて行った.螺旋の塔状になった魔法院の外周を巡る回廊を進むと,突き当りの壁に白木のドアがあった.小さな飾り窓があって,そこには水晶がはめ込まれている.さらに流れるような繊細な模様が周りに彫り込まれていた.


「入るぜ,レラ」

 そう言うとぶっきらぼうにヴァネッサはドアを開けた.

「うわ,五大のお姉さま方の私室なんて,初めてだわ」

 グリシャムの声が上ずっている.

「あたし,この階に来るの自体初めてだヨ」


 ヴァネッサに勧められ,シノノメを先頭に部屋に入った.

 天井が高い.

 部屋の中央にあって目を引くのは.白い大樹がそびえている事だ.葉が落ち,樹皮が剥げてほとんど枯れているようにも見えるのだが,そうではないらしい.不思議な事に白い綿毛に覆われた果実が枝のそこかしこにぶら下がっている.

 白い枝はそのまま部屋の柱と梁の役割をしており,枝の間には白い帯状の布が渡してあった.時折風を受けてその布が震えると,どこからともなく白い羽毛が舞う.

 

 ――風の部屋だ.

 一見して,そんな印象を受けた.

 シノノメが奥を見やると,白い木の椅子に座って宙に向かって右手を掲げているレラが見えた.ヴァネッサの言う通り,魔法使い達へのメッセージを準備しているようだ.

 ふと手を下ろしてため息をつくと,空気が震え,タンポポの綿毛が舞った.

 

 ほどなくしてポンという音が聞こえた.

 シノノメのメッセンジャーが視界の隅に立ち上がる.

 差出人はレラだ.魔法院の仲間と自分の友人にあてて一斉送信したのだ.


‘この度の内乱に参加したい者を引き留めることはしません.しかし,魔法院は永遠の知の殿堂です.クルセイデル様の御心に沿うべく,中立を貫きます.参加する者,しない者,全ての魔法使いは困っている民を助け,寄り添う事を忘れないようにしてください.’

                             ――灰色のレラ――


 何度も推敲して言葉を選んだようだ.実直なレラらしいメッセージだった.

「ふふん」

 同じメッセージを見ていたヴァネッサが鼻で笑った.

「ふう」

 重荷を下ろした,というようにもう一度小さくため息をつくと,レラは目を上げてシノノメを見た.

「シノノメさん.ああ,ネムとグリシャムも.どうぞこちらに来てください」

 レラの声がした.


 手で示す先には,やはり木でできた楕円形のテーブルと椅子があった.全てが柔らかい曲線で出来ており,彼女の得意とする魔法の元素‘風’を思わせた.

 ヴァネッサは声をかけられるまでもなく,すでにずかずかと進んで席に座ろうとしていた.大きく椅子をまたぐと,普通とは逆に背もたれに腕をかけてその上に頭を載せた.

 テーブルの隅――目立たない場所でティーカップを持ち上げているのはリリスだ.リリスはシノノメの方を一瞥し,カップの底を見つめていた.

 シノノメとグリシャム,そしてネムが席に着くと,羽根妖精ピスキーがやって来てお茶の支度を始めた.菓子やマフィンを載せたワゴンも運んで来る.


「うわー,素敵.ファンタジーだね」

「この部屋は風妖精シルフェの力が満ちているのです.それをすぐに感じ取るとは,さすがですね」

 レラは微笑を浮かべた.

「お茶を飲みながら少し相談しましょう」


 シノノメはピスキーが運んできた紅茶に,ミルクと砂糖を入れた.グリシャムはレモンティーだ.ネムは蜂蜜入りのマサラチャイを頼んで嬉しそうに飲み始めた.


「クルセイデル様も交えてお話したいところなのですが,ここのところなかなか相談もできません.ですので,今後,今回の内乱にどう対処するか,我々五大の魔女で検討しなければなりません」

「そんな大事な話,私も混じっていいの?」

「私もアリですか?」

 シノノメとグリシャムは恐縮したが,ネムは悠々とお茶のお代わりを注文している.

「ふん,まどろっこしいから,さっさと話しなよ」

 ヴァネッサは頭の後ろで腕を組み,退屈そうに言った.


「でも,さっきメッセージをもらったよ.魔法院は中立で,どっちにも味方しないんでしょう?」

「……そのつもりではありますが」

レラは複雑な表情で語尾を濁した.

「問題はそう単純じゃないってことだろ?」

 ヴァネッサはグイっと自分のカップの飲み物を飲み干した.香ばしいが強烈なにおいがする.エスプレッソ・ダブルをストレートで飲んでいるのだ.


「ええ,魔法院はこれまで,戦争への直接参加は回避しつつ,この世界のことわりを守るために陰で動いてきました」

「北東大戦で,五大のお姉さまたちが協力したり,カカルドゥアにネムを派遣したりしたことですか?」

「そう.密やかに力を揮って来たからこそ,平和が保たれてきたのです.問題は……今回の懸念は……この内乱の裏側に,メム――マギカ・エクスマキナが噛んでいる事です」

レラは眉間にしわを寄せた.冷静であまり内面の変化を外に出さない彼女としては珍しい表情だ.

「ほら,とっとと言いなよ.レラにはこの戦争,最終的にどちらが勝つか分かってるんだろ?」

「え? そうなの?」

「そうなんですか?」

「さすがだネー.ごくごく」

 ネムはともかく,その言葉に驚いたシノノメとグリシャムはレラの顔を見つめた.

 レラはそれに応えるように小さく頷いた.


「この世界の歴史や文明の発達は,基本的には我々の現実世界を踏襲しています.そこから考えると,勝つのは反乱軍でしょう.反乱を起こした将軍――彼こそ,共和制ウェスティニアの腐敗した政府に終止符を打つ人物です.」

「彼って……ガイウス将軍のことですか?」

グリシャムは目を瞬かせた.

「ガイウス……ああ,この前公会堂のパーティで会ったおじさんだね.でも,どうして?」


「簡単です.おそらく,少々ローマ史に詳しい人間なら気付いていると思います.なぜなら――ユリウス・カエサルのフルネームは,ガイウス・ユリウス・カエサルだからです」

 レラはきっぱりと言い放った.

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