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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第25章 魔法共和国の終焉
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25-3 新たな火種

「諸君,お待たせした」


 ホールに深い声が響いた.

 奥の扉が開き,三人の執政官が部下を連れて入って来たのだ.執政官は元老院の議長を交代で務めており,事実上ウェスティニア共和国の最高権力者でもある.投票で議題が決定しない場合の最終決定を行うのもこの三人なのだ.元老院を構成する貴族から投票で選ばれるのだが,中世共和制のウェスティニアでは門閥や家柄が左右する要素が大きい.

 声の主はそのうち最も若い――といっても六十代後半に見えたが――執政官だった.


「ハイ・エルフの方々と今話が終わった.これでマギカ・エクスマキナ,シェトランド侯爵と,今回の騒乱当事者に対する聞き取りがすべて済んだことになる」

「……そんなの,当事者じゃないじゃない.当事者っていうなら,犬人の村人たちなのに」

 シノノメは小さくつぶやいたが,周りの人間はだれ一人気にかける様子がない.


「その結果,我々は結論に達した.残った犬人たちはシェトランド候の領地で奉仕労働を二年行うこと.住む者が無く廃村になった犬人の村は,今回の騒乱鎮静化に当たり尽力したマギカ・エクスマキナに与えることとする」


 おお,と一同から声が湧いた.

 誰もが騒乱が無くなってせいせいした,という顔をしている.

 だが,シノノメにはこの決定はとても受け入れられなかった.これでは,巻き添えになって死んだ犬人たちがあまりにも可哀想だ.もちろんフィーリアたちに乱暴を働いた悪者がいたことには違いないが.


「そんな……」

 怒ろうとするシノノメの背をレラがそっと触った.

「少し待って.シノノメさんの気持ちは分かります.ですが,悪くない落としどころです」

「でも……」

「残った犬人たちは全て助命されたのです.納税がしばらく大変かもしれませんが,農地の改善にはクマリやガザトジンたちも力を貸すでしょう」

「だけど,けど……」

「ええ,これはあまりに彼らを優遇する決定です.けれど,それを素直に批判して聞く連中ではないでしょう」

 レラは小さく頷くと,杖を掲げて前に進み出た.


「質問があります! スリオン執政官!」

 レラの澄んだ声が高い天井に反響した.

「これは……魔法院の,灰色のレラ.何かね?」

 スリオンの声が一瞬裏返った.自分に意見する者がいるとは思ってもいなかったらしい.

「犬人制圧の時,マギカ・エクスマキナは多数の強力な兵器を保有していたということです」

「さて,それは……」

 スリオンは苦虫をかみつぶしたような顔をして,レラと目を合わせようとしなかった.

 明らかに知りながら誤魔化しているのだ.

「暴徒に対して説得や交渉は一切行わず,一方的に攻撃して多くの命を奪ったと聞いています.中には女性や子供もいたとか」

「はて,女子供でも暴徒は暴徒であろう.それが何か問題でも?」

「スリオン殿,お忘れか? ウェスティニアは共和国.民はそのいしずえ.言葉を尽くすことなく,いたずらに民衆の命を奪った罪についてはどう処断なさるおつもりか?」


 レラの声はまさに風の様にホールを通り抜けた.

 列席の貴族たちはレラの言葉に動揺した様子で,ざわざわと口々に喋り始めた.

 オクティヤヌスの後ろに並んでいたメムの魔導士たちだけが妙に押し黙って静かだ.


「そなた,まことを申しておるのか? 証拠はどこだ? 単なる憶測で物を言われても困る」

 スリオンは芝居がかかった仕草で両手を上に挙げ,やれやれ,という様に首を振った.

「私,見ました! 間違いありません! 大きな戦車や飛行機で,爆弾をたくさん落としてみんな全員殺そうとしてたよ!」

 シノノメは目立つのも忘れて,思わず手を挙げた.

「おや,今度は素明羅スメラのお方かな? 失礼ですがどこのどなた様かな?」

 スリオンは鼻で笑いながら言った.

「私は,シノノメだよ」

「シノノメ?」


 おお,もしかして,あるいはまさか……という声がホールのそこかしこから聞こえる.


「この者こそ,北東大戦で覇王ベルトランを倒した戦士にして,カカルドゥア公国を魔王の手から救った救国の勇者,そして,クルセイデル様の盟友.東の主婦,シノノメである!」

 レラはローブをさっと翻し,杖を高く掲げて宣言した.英雄物語で魔法使いが勇者の名を高らかに叫ぶ,あの調子である.

 公会堂の中は歓声とどよめきが爆発した.


「東の主婦!」

「主婦,シノノメ!」

「カカルドゥアの救世主! ユーラネシアンの守り神!」

「おお,まさかこんな少女であるとは!」

「クルセイデル殿――魔法院の盟友と言ったか?」


 夢中で名乗り出てしまったシノノメは気恥ずかしくなった.

 だが,この宣言にスリオンはひどく動揺していた.


「東の主婦……東の主婦が,魔法院の盟友,名代だと?」

「左様である.東の主婦が嘘を申しているとは,まさか言いますまいな?」

 相手の感情の推移は全て予測済みだったらしい.レラはチェスの駒を進める様に,淡々と言葉を継いでいた.

「しかし,暴徒は暴徒ですぞ……」

 スリオンの後ろに立っていたもう一人の執政官もシノノメの存在には動揺したらしい.禿げた額にびっしりと汗をかいていた.

「違うよ! 難民や,暴動を止めようとしていた村人まで殺そうとしたんだよ」

「難民も?」

「村人?」

 今やシノノメの言葉に,公会堂の全てのNPC――貴族から,召使までが耳を傾けている.

 だが,シノノメの一生懸命な言葉を笑い飛ばす大きな声がした.


「これは失礼! では,それをどうやって見分けるというのか? 善良な市民のふりをした犯罪者がいるかもしれぬ.あるいは,暴動を制止するとかたる不届き物もあるかもしれぬ」

 声の主はオクティヤヌスだった. 

 後ろに立つメムの魔導士たちが険しい目でシノノメを見ている.

 見知った顔はいない――シノノメはそう思ったが,さらにその後ろに一人だけ涼しい顔で見つめる赤い瞳を見つけた.

 メムの代表を務める双子のうちの一人だ.だが,冷徹なアスタと奔放なサバトのどちらなのか見分けはつかなかった.

 オクティヤヌスは余裕ともとれる不敵な笑みを浮かべている.


「暴動で傷つくのは罪もない市民だ.市民を守るために圧倒的な力で倒さずして,さて魔法院はどうなさるというのか」

「ロベールさんはそんなこと……!」

 言いかけるシノノメの肩を,レラがそっと触った.心なしか口元に笑みが浮かんでいる.

「では,認めるのだな.圧倒的な武力を有しているという事を.オクティヤヌス殿と昵懇じっこんであられるという,マギカ・エクスマキナの者たちが!」

 レラは遠回りしながら,巧みに会話を自分の思う方向に進めていたのだった.

 こういったところも風向きを読む風使いの真骨頂かもしれない.

 さすがはクルセイデルが最も信頼する魔女だ.シノノメは感心するとともに,もう一人の良く知っている風使い,ヴァルナのことを思い出して少し複雑な気分になった.

 

 ……あっちはあんなチャランポランなのに.


「そもそも,ウェスティニアで武力を持って良いのは,正規軍である共和国軍,あるいはギルドの許可を得た冒険者のみだ.だがここに,非正規の強力な武装勢力があるという.これは間違いなく法に反することではないか!」

「ま,魔法院とて,強力な武装勢力ではないか」

 オクティヤヌスは自分の失言――レラの話術にはまったことを悟り,顔が真っ赤になった.

「魔法院はクルセイデル様を筆頭に,その強力な力を自制し,共和国の防衛のために力を貸すことに努めている.基本的に政治には関わらず,一線を引き,研究機関,あるいは諮問機関として存在するのも,力持つ者が権力をほしいままにしないための配慮だ」

 レラの弁舌は爽やかだった.歯切れがよく,論点が鮮やかである.

 聴衆の中には頷くものも多数いた.シノノメはやり込められているオクティヤヌスを見て少し気分が良くなった.

 オクティヤヌスはあごひげに覆われた口元を悔しそうにゆがめている.


「法を重んじるウェスティニアが,非正規の武装集団を放置し,恩賞を与えるというのは如何であろうか!」

 レラは凛々しい表情でオクティヤヌスの背中の向こう――メムの魔導士たちを牽制していた.


「ど,どうすれば……」

 決定したばかりの裁定が揺らぎ始めた.

 三人の老執政官は困ったように話し始めた.


「迷うことがあるとは思えませんね」

 その時,執政官が入って来たドアが再び開いた.

 金髪と長い耳を揺らし,堂々と入って来たのはクルマルト率いるハイ・エルフの一団だった.

「私もマギカ・エクスマキナの兵器を目撃しました」

 クルマルトはゆっくり聴衆を見回した.

 レラの隣にシノノメの姿を見つけると少しだけ嬉しそうに笑ったが,再び厳しい表情に戻った.

「あれらは,まるで機械大陸アメリアから来たような禍々しい異質の光を放っていました」


「エルフの方々は機械文明を否定するのですか? メム――マギカ・エクスマキナがもたらした数々のものは人々の生活を豊かにし,魔法を使えない民に恩恵を与えているのですぞ.魔法院の様に,自分たちの研究ばかりして社会に貢献しない奴ら――失敬,方々とは違います」

 オクティヤヌスが抗弁すると,聴衆がざわめいた.至高の種族であるハイ・エルフに普通の人間が抗議するなど,普段あることではないのだ.それに,ユーラネシア最高の魔女クルセイデルが率いる魔法院に対する放言もあり得ない.逆に言えばオクティヤヌスの自信のほどが知れた.

「そもそも,失礼ながらエルフの方々は特権階級でいらっしゃる.生まれながらにその高貴な血筋をお持ちで,魔法に満ち満ちた生活を送っているではありませんか.民草がその恩恵にあずかって何が悪いのです? それとも何か,民が力を持てば,自分たちの地位が脅かされるとも思っておいでですか?」

 自分も決して一般民衆ではないのだが,あくまでも一般人の代表という立場でオクティヤヌスは言葉を続けた.


「私,あの人嫌い」

 シノノメはレラに耳打ちした.

「私もです.彼は貴族ですが,下級貴族から成り上がったので反発心が強いのかもしれません」

「ふうん……そんなのがあるんだね」

「あくまで貴族や有力者の合議制が共和制で,民主主義とは違いますから」

「でも,あの人,口は上手いね」

「弁論技術というのは,ウェスティニアではとても重んじられるのです.その辺はすごく西欧的ですね.巧言令色こうげんれいしょくすくなし仁,という東洋的な考え方と違います」

「高原冷食……」

 四字熟語が苦手なシノノメは,高原の牧場で作られた冷凍食品を思い浮かべていた.

 それはともかく,オクティヤヌスは弁が立った.彼の意見にはとても賛同できないが,魔法院の名代レラや執政官,そしてハイ・エルフの兵団長と堂々と議論を交わしているのだ.アクの強いえらの張った顔は,いかにも権力欲,上昇志向が強そうに見えた.

 レラの言う成り上がりという言葉はどうかと思うが,現在の立場になるまでにはそれなりの苦労と努力があったのかもしれない.


「そうではない.あれらの機械文明は,ユーラネシアの民には毒にもなると言っているのだ.幼子が刃物を手にすればどうなる? 基本的な取り扱いも知らないものが,突然強大な力を手にするのだぞ」

 このクルマルトの言葉に,シノノメは思わず頷いた.オルレワンの暴動で魔法のショベルを振り回していた犬人のことを思い出したのだ.まさに手に入れた力を制御できず,振り回されているというのがぴったりだった.

 ふとクルマルトと目が合った.自分の言葉に共感してもらえたのが嬉しかったのか,目を細めて笑っている.

 シノノメは恥ずかしくなった.意識しないようにしていたのに,どうしてもクルマルトに夫の面影を重ねてしまう.そうすると,自然に動悸が速くなる.

 ……違う.あの人じゃないのに.

 どうしたらいいのか分からなくなり,シノノメは目を伏せた.


「クルマルト殿,いかがなされたかな? それでは,何としましょう? 魔法院の様に反対するだけならば簡単だ.代案はお持ちですかな?」

 オクティヤヌスはクルマルトの笑みを自分への侮蔑と受け取ったのか,苦々しげな表情だ.

「そうですな,確かに」

「マギカ・エクスマキナの機械文明は……おいおい考えるとして,武力をどう管理するか」「クルマルト殿には――エルフの方々に良い知恵はございますか?」

 執政官三人もクルマルトを見た.

「そうですね……」クルマルトは少しだけ考えて言った.「国軍として,政府の直接管理に置くというのはどうでしょう?」

「なるほど! 確かに.政府が監視し,管理する」

「私設軍隊のような状態が,問題な訳ですからね」

「そう決めよう.では,改めて.先ほどの決定に追加しましょう.マギカ・エクスマキナは,政府管理の元,ウェスティニアの魔法兵団として吸収する.それでよろしいかな?」

「ハイ・エルフのご提言の通りにさせて頂こう!」


 スリオンが宣言すると,ホールに一斉に拍手が沸いた.

 NPCの貴族たちはほっとしたように盛大に手を打ち鳴らしている.

 オクティヤヌスも肩をすくめながらゆっくり手を叩いている.それは,半分自分の主張が通ったが,妥協しているというポーズの様に見えた.しかし,顎鬚に覆われた口元にはふてぶてしい笑みが浮かんでいる.まだ何か腹に一物――メムに関する企てがある様だった.

 シノノメはつられたように拍手しそうになって,やめた.

 隣にいるレラが険しい表情を崩さなかったからだ.もちろん,拍手もしていない.魔法の杖を握っているせいでできない,というふりをしてはいたが.


「どうしたの? レラさん?」

「これでメム(MEM)の活動にある程度の制限――首に鎖をつけることはできましたが……喜べません」

「どういうこと?」

「元老院は,魔法院に拮抗する勢力を味方にしたつもりなのかもしれません.今後彼らの力がどのように使われるかです.元老院には,我々を厄介者だと思っている者も多いのです」

「厄介者って……魔法院があるから,他の国も攻めてこないじゃない?」

「そう思わない人もいるんですよ.そして,オクティヤヌス.彼はこれで,中央の軍隊に強力なパイプを作ったつもりです.次にどう出るか.予断を許しません」


 レラの厳しい視線を追うように,シノノメはホールの中を見渡した.

 誰もが笑顔で拍手している.

 エルフの一団も,執政官も,貴族も,正規軍となったメムの魔導士たちも.

 とりあえず訪れた平和に,安堵している――それはどこか空虚で,誤魔化しめいたものを感じた.

 だが,もう一人だけ手を叩いていない人物がいるのに気づいた.

 マギカ・エクスマキナの代表――アスタファイオスは血の色をした瞳で,静かにシノノメを見つめていた.

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