25-2 揺れる会議
オルレワンの暴動から数日.
シノノメは大きなため息をついていた.
毎度のことではあるが,目立つのは好きではない.
一生懸命やっていると,どういうわけか目立ってしまうのだ.短大の時も好きでもないのに秘書部の部長をさせられてしまった.おかげで,ホテルでマナースクールの準備をしなければならなくなったことを思い出す.
「ふう」
「どうされました? シノノメ様?」
シノノメのため息を聞きつけ,隣に立っていたレラが尋ねた.
レラはクルセイデルの側近中の側近,五大の魔女――ペンタ・エレメンタルの筆頭,風魔法の達人だ.風魔法というとヴァルナを連想してしまうが,ヴァルナがどこ吹く風,気ままな風だとすると,彼女の雰囲気は爽やかな風とでも言おうか.銀色の髪に,光沢のある灰色のローブ,すらりとした体形は知的な雰囲気を醸し出している.
「私,こういうの苦手なの.レラさんも普通にシノノメ,って呼んでよ」
「では,シノノメ,どうしたのです?」
レラの口調はあまり変わっていなかった.
「だってこれ,ウェスティニアのとても大事な集まりでしょう? なんで私が……」
シノノメとレラが今いるのは,ウェスティニア共和国の公会堂だった.
公会堂と名はついているが,共和国の元老院たちが海外の賓客をもてなし,あるいは条約の調印など公的な催しに用いるホールなのだ.議事堂に隣接して作られた,ウェスティニアで最も権威ある豪奢な建物である.首都ミラヌスのほぼ中央にそびえ立つ威容は共和制のシンボルとも言われる.
天井からぶら下がった魔石のシャンデリアはまばゆいばかりの光を放ち,窓という窓は全て水晶で作られたステンドガラスである.床は色違いの大理石と翡翠を組み合わせた市松模様になっており,磨き上げられた白大理石の柱にはベールと花籠が取り付けられていた.
ホールの中には元老院議員が立ち並び,ある者は豪華に着飾った妻や娘をパートナーとして参加していた.この集いの後には宴が供されることになっているそうだ.
「要は,パーティーでしょう?」
「そういうことです」
「私が出席するなんて,おかしいよ」
「私はそう思いません」
レラは表情を変えずに言った.
「クルセイデル様直々のご下命です.私とシノノメさんでクルセイデル様の名代を務めるように,とのことです」
「それがそもそもおかしくない? だって,クマリさんやヴァネッサさん,リリスさんもいるでしょう? フィーリアさんは……ちょっと今は無理だろうけど」
心を傷つけられて犬人たちに水の凶刃を放ったフィーリアのことを思い出し,シノノメは一瞬口ごもった.
「クマリは今回のことに深くかかわりすぎています.彼らと冷静に話し合う事は無理です」
レラはそう言うと,反対側の窓際に陣取った元老院議員と,マギカ・エクスマキナ――メムの魔導士たちを一瞥した.元老院議員は恰幅が良く,顎ひげを蓄えている.南ウェスティニアに大領土を有する重鎮,オクティヤヌスだ.その後ろにはメムの制服に身を包んだ移住者たちが立っていた.
「ヴァネッサは話になりません.クマリの報告を聞いた直後,そのままメムを攻撃しそうな勢いでした.リリスは――彼女は内向的で,交渉事には向かない性格です.消去法でも,私とシノノメさんしかいないのです」
火の元素を操る炎の魔法使い,紅のヴァネッサは事の顛末を聞いて激怒していた.彼女は魔法院で最も攻撃的,急進的な勢力を率いている.もう一つの二つ名‘炎のヴァネッサ’の通り苛烈な性格で,魔法院のためなら命の危険も顧みないというのが口癖だ.
涼風の様な――冷静沈着なレラが側近の筆頭というのも何となく理解できる気がした.
「でも,レラさんはともかく,私は魔法院の人間じゃないよ」
「それも大事な要素です.我々魔法院としては,平和的に事態を解決したい.しかし,彼ら――メムがいる限り,それだけでは無理.威圧する必要があります.最強のプレーヤーの一人,シノノメさんが魔法院の側であるということは,ウェスティニア議会とメムに対して大きな圧力になるのです」
「利用される,ってことだね」
「はい,そういうことになります.ですが……」
流石のレラも少し歯切れが悪い言葉遣いになった.
「ううん,嫌だっていう意味じゃないの.クルセイデルと魔法院の方が正しいと思うもの.あの人たちはやっぱり間違ってる.メムの暴走を止めるのに私の名前が便利だったら,そうしてもらっていいよ」
「ありがとうございます.もちろん,これはクルセイデル様が厚くシノノメさんを信頼されているからです」
「そうかな? でも,どうして?」
「それは――一つには,魔法の性質のことがあると思います」
「魔法の性質?」
「我々五大の魔女は世界を構成する各元素に関する魔術のエキスパートではありますが,クルセイデル様の足元にも及びません.あのお方は,元素を越え,組み換え,自在に想いのままの物を創造します」
「そうだね,ロープが突然蛇になったり,空間にドアを開けたり,私びっくりしたよ」
「あの自由な想像力――それはどこか,シノノメさんの魔法に似ている様な気がします」
「うーん,そう?」
「ええ,ちょっと妬けるほど」
「冗談でしょ? 私なんて,お掃除とかお料理の魔法なんだよ」
「ふふ」
レラは小さく――少しだけ曖昧に笑った.
「ふう,でも私やっぱりこういう集まりで代表になるのは苦手だな」
「大丈夫,ただ堂々としていてください.決め事は私が表に立ちますから」
そうレラは言うが,着物姿で魔法使いのレラと並んで立っていると,否が応でも目立ってしまう気がする.背中をしゃんと伸ばしたほうがきれいに見えるのは分かっているが,どうにも猫背になりそうなのだった.