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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第24章 幻想世界の黄昏
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24-18 白銀の救い手

「返し音が来た!」

 喜ぶアイエルの声で,シノノメは現実に引き戻された.

 アイエルは角笛から尖った耳を離すと,再び口を付けて吹き鳴らした.

 再び温かく柔らかい音がドーム状の魔方陣の中に響く.爆音の中でも清らかで,腹の奥深くを振動させる音色だ.

 それに呼応するように,キイインと高い音が響いた.

 爆音を切り裂くような光が同時にひらめいた.

 夜空に稲妻が走った――そう思ったが,それは雷ではなかった.卵の殻に入ったひびの様に空が切り取られ,そこから黄金の光が溢れ出た.

 異常事態に驚いたのか,爆撃の勢いが弱まる.

 深く美しい角笛の音が鳴り響いた.アイエルはもう角笛に口をつけていないので,空間の向こうの対手が吹き鳴らしたものに違いない.

 夜空にバリバリと開いた黄金の間隙から,無数の黄金の線が飛んできた.

 金色の矢だ.

 矢はメムの飛行兵器に向かって放たれたものだった.撃墜とは言わなくとも,熱い装甲板を貫かれてバランスを次々に崩していく.

 雲霞うんかの様に集まっていた飛行兵器の群れが散ると,空の裂け目から銀色に光る天馬が次々と姿を現した.

 天馬の騎兵隊だ.銀色に光るミスリルの鎧をまとった戦士が矢をつがえ,緩い銀色の弧を描きながら空を駆ける.翼を羽ばたかせる雄々しい音と,夜風を叩く蹄の音が荒々しくも頼もしかった.


「あれは!?」

「来てくれた! エルフの騎兵隊,クルマルトさんたち!」

「クルマルト! まさか,ハイ・エルフ――エルフの貴族が来てくれたのか!?」

 思わぬ援軍に,クマリは喜び以上に驚きを隠せない様子だった.

 爆撃が止み,シノノメはゆっくりと手を下ろして空を見上げた.

 ずっと手を掲げていたので,肩と腕が痛い.だが,空から目を離すことが出来ない.

 天翔ける銀色の騎兵隊は,幻想世界に相応しい夢のように美しい風景だ.


 ……力?

 あれは,本当にソフィアだったのだろうか.


 エルフの騎兵隊は車がかりに旋回して飛行兵器たちを蹴散らすと,さらに反転して空中で整列した.

 対するメムの飛行兵団は,バラバラとまとまりが無く並んで飛んでいた.

 武器をエルフたちに向けているが,事態の急変に対応しかねているらしく,戸惑っているようにも見える.

 再び角笛の音が鳴った.

 ‘導きの角笛’の音色ではないことがすぐに分かった.余韻が無く,どこか猛々しく人を威圧する吹き鳴らし方だ.


「マギカ・エクスマキナの魔導士たちに告ぐ! マグナ・スフィアの万物の霊長,ハイ・エルフ,そしてエルフの女王エクレーシアの名のもとに,引き下がれ! 武器を納めるがよい!」

 隊列の先頭で,白い天馬にまたがったエルフは剣を抜いて飛行兵器の列に切っ先を向けた.

「我が名はクルマルト.我々と戦端を開くつもりなら,いつでもお相手しよう.しかし,お前たちが我々に武器を向けるとき,ユーラネシアの万物,生きとし生けるものすべてが敵になると知れ!」

 雄々しい声は朗々と夜空に響いた.


 しばらく飛行兵器の群れはフラフラと飛んでいたが,やがて一体の――蜂に似た羽ばたき式飛行機オーニソプターが進み出てきた.

 蜂の頭の部分についた半透明のキャノピーがパカリと開き,中からメムの制服を着た少年が姿を現した.自信無さげで,手には通信機である魔法具の石板を持っている.こんな気弱そうな少年が,先ほどの苛烈な絨毯爆撃を行っていたとは信じがたかった.

 ただ,やはりその隣にはパートナーである美少女――イマジナリー・フレンドが微笑みながら座っていた.


「お主はこの兵団の代表か?」

「……うう,まあ,そうだ」

「名を何と申す?」

「僕は,……ガイ.今,メムの院長と相談した.だが,暴徒をどうする気なのか聞かせてほしい.暴徒の鎮圧はウェスティニア政府から僕たちが請け負った仕事なんだ」

 クルマルトの堂々とした態度に比べると,ガイはおどおどして小さく見えた.語尾が消え入りそうに小さい.

「暴徒――犬人たちよ,お前たちに恭順の意思はあるか? それとも,反乱を続ける気か?」


 クルマルトは頭を下に向け,シノノメ達の方を見下ろした.

 一瞬目が合った――シノノメはそんな気がした.問いかけられているのはロベールたちの筈なのに,何故かクルマルトの視線は自分に注がれている気がした.


「とんでも……魔女様,声を大きくしてもらえますでしょうか?」

 ロベールは精一杯声を出したつもりだが,それでも高齢のせいで大声は無理だ.すかさずクマリが魔法をかけて拡声した.

「とんでもございません.儂らは主婦様やクマリ様と相談して,自分の村で謹慎しようと決めていたところです.もともと,モンダヴィ村の周りの者たちは住むところを無くしてついて来ただけですじゃ」


「ガイよ,彼らはああ言っているぞ.それでもお主たちは彼らを傷つけるのか? それとも,拘束するのか?」

 詰問するようなクルマルトの厳しい口調に,ガイは困った様な顔をして再び通信機に話しかけた.

「ハイ・エルフの名のもとに,矛を納めよ.マギカ・エクスマキナは兵を引け.犬人たちは村に帰る」

 クルマルトは通信機にボソボソと話す少年の声にかぶせるように言い放った.

 しばらく相談した後,ガイは顔を上げて口を開いた.

「うう,分かった.ここはいったん引き下がることにする」

「よかろう」

 少年が通信機に二言三言話すと,一機,また一機と飛行兵器は戦列を離れて北の空に飛び去って行った.

 最後の一機――ガイの乗った飛行兵器が風防キャノピーを閉じて戻っていくのを確認すると,エルフの騎兵隊はゆっくりと優雅に地上に降りて来た.

 荒れ果てた農地に次々と着陸すると,一頭の天馬が静々とシノノメ達の方に歩を進めてきた.

 背には銀色の鎧を身に着けたクルマルトが乗っている.エルフの鎧は精巧な銀細工が施してあり,ローマ様式を基本に銀のグラデーションの色合いを組み合わせたものだった.ノルトランドの重騎兵の様な武骨さはなく,プレーヤーから見ればライトアーマーに分類されるものだ.

 クルマルトが近づくと,犬人たちは一斉に膝をついてひれ伏した.

 自分たちの命を救ってもらったというだけではない.ユーラネシア大陸にすむ生き物,万物の霊長に対する絶対的な敬意の証なのだ.

 クルマルトはそれを一瞥すると,天馬から降りて兜を脱いだ.

 頬あてと鼻梁を守る装甲が無くなり,端正な顔と後ろで結んだ金髪があらわになった.

 線が細く中性的な美青年が多いエルフには珍しく,クルマルトは胸板が厚く逞しい.エルフとはいえ武人であるからなのかもしれない.実直そうで,精悍な印象を与える風貌だった.


「ありがとうございました.感謝の言葉もございません」

 クマリは片膝をついて頭を下げた.アイエルも同じようにしている.

「いや,魔法院の魔女よ.そして,アイエル殿.駆けつけるのが遅くなり,済まない」

 クルマルトは軽く会釈だけして,シノノメの方に歩いて行った.

 もっとアイエルたちと話し合うものと思っていたのに,当てが外れたシノノメは慌てて乱れた着物を直した.

「シノノメ様,ご無沙汰しております」

 クルマルトはシノノメの前で片膝をついて挨拶した.一同がどよめく.プライドが高い――というよりも,ユーラネシアで最も高貴な種族である.NPCの王族はおろか,プレーヤーにはとるはずのない態度なのだ.

「え? ……えーと……」

 シノノメは脳の機能障害――顔貌失認のせいで顔を覚えるのが苦手だったが,今では随分普通になっている.本人はそれを自覚していないものの,少し考えるとクルマルトのことを思い出すことが出来た.完全中立を決め込むことが主流だったハイ・エルフたちの中で,ノルトランドの侵攻に敢然と立ち向かう事を主張していた男だ.

 だが,何故だろう.

 ……もっとずっと前から知っていたような気がする?

 その記憶とは違う,不思議な懐かしさをシノノメは感じていた.

「お久しぶりです」

 シノノメはぺこりと頭を下げた.

「ノルトランドの時も,カカルドゥアの危機の時もお助けすることはできませんでしたが」

 そう言うと,クルマルトはシノノメの右手をとった.

「ようやくこうして馳せ参じることが出来ました」

 そして,極めて自然に――右手の甲に口づけした.

 挨拶にしては,少し長い.

「わわ,でも,とにかく,ありがとう」

 顔が赤くなる.シノノメは慌てて手を引っ込めた.アイエルが少し不思議そうな目で見ている.

 クルマルトは立ち上がってもう一度頭を下げた.心なしかクルマルトの頬も上気しているように思える.

「我々天馬兵団ペガシオンは,シノノメ様のお力になるべく,しばしウェスティニアに駐留いたします」

「う,うん……」

「助かります.魔法院としても感謝します.今後はウェスティニア政府との折衝が重要になるでしょうから.ハイ・エルフの方々に後見になって頂けるとは,何とも心強い」

 クマリはほっと溜息をつきながら一礼した.

 だが,クルマルトの目はまだシノノメに注がれていた.口元には小さな笑みが浮かんでいる.


「力……これ,どういうことなの?」

 自分の求めた力のあり方とは違う.

 そしてこの……胸の奥にくすぶる,ザワザワして,それでいて温かい感じは何だろう.

 自分の感情が理解できず,戸惑いながら左の薬指を見た.

 エクレーシア――ソフィアが与えた拒絶の指輪は,うっすらと燐光を放っていた.

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