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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第24章 幻想世界の黄昏
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24-17 爆炎の中で

「鍋蓋シールド! おじいさんたち,早くこっちに集まって!」

 シノノメは空から降り注ぐ爆弾の雨を防御魔方陣で受け止めていた.

 傘のように大きく広がった魔方陣の下に,犬人たちが集まって来た.若者は老人を背負い,母親は子供を抱えて必死だ.

 アイエルは象牙ほどもある大きな角笛の吹き口を,今度は耳に当てていた.耳を澄まし,爆弾の轟音の向こうに何かを待っているようだ.

 クマリは負傷した肩を押さえながら,輝く魔方陣越しにメムの飛行機械を睨んでいた.

「何という奴らだ……仲間も見殺しに,いや,巻き添えにして平気なのか?」


 予想外の展開に一番うろたえているのは,メムの二人だった.

「畜生,俺たちも一緒に殺す気かよ!」

 リュージは通信機を拾い上げ,掠れる声を振り絞って怒鳴った.

「な,何? ……今回の不始末の責任?」

 同じようにして通話していたローザが声を震わせる.

「そりゃ,俺たちは死なないぜ.死んでも,学院で再生するだけだ.けど,けど……熱だって痛みだって感じるんだ」

「それが罰っていう事なんでしょう……でも……ぎゃあっ!」

 ローザが被弾した.炸裂した破片が背中に突き刺さり,どくどくと銀色の血が流れ出ている.彼女のイマジナリー・フレンド――ジュノンも一緒に吹き飛ばされ,二人は折り重なって倒れていた.

 だが,それも束の間,新たに起こった爆発が二人の体を木っ端微塵にしてしまった.


「おいおい,マジかよ.罰って,こんなのありかよ」

 リュージは爆弾が降って来る空を見上げた.

 黒い塊が後から後から落ちてくる.辺りは一面の炎に覆いつくされた.シノノメの防御の魔方陣は形を変え,半透明の椀を伏せたようなドーム状になっていた.

 土魔法のクマリは地面に穴を開け,女子供から退避させる準備をしている.無駄と言われた塹壕や防空壕だが,少しでも地上の熱から弱者を逃がそうとしているのだ.

 汗が止まらないリュージの手を,そっと冷たく柔らかい物が覆った.

「ココナ……?」

「リュージ,大丈夫よ.私はここにいるわ」

 黒髪の美少女は,そっと癒すように手を握っていた.リュージはその手を握り返した.

 爆風で黒髪が揺れているが,変わらずココナは美しい.思わず泣きそうになり,リュージは顔をくしゃくしゃにした.


 シノノメは汗を流しながら必死で上空に手を掲げていた.

 何とか爆弾が尽きるまで,耐えきりたい.

 どれだけMPが減っているのか,見当もつかない.

 ゼロになってしまえば,またあの空虚な仮想の家に帰るのだろうか.当分ログアウトしていないので分からないが,もう紛い物の居場所に帰るのは嫌だった.

 この世界で回答を見つけて,きっと夢の中から抜け出すのだ.

 ……あの温もりさえあれば.

 思わずカカルドゥアの時を思い出す.

 全身と心が光に満たされていたあの時.天候を変え,夜空を描き替え,あらゆるものが自分のままになるかと思えた至福の境地.

 もっと力が欲しい.……あれがあれば,こんな爆弾や,悪い人たちなんてあっという間にやっつけられるのに.犬人たちも,みんな守ってあげられるのに.

 爆弾が魔方陣の外壁に触れて爆発するたびに手の先がしびれた.

 咄嗟に思い浮かべたクロッシュの形の魔法障壁だ.ディナーのメインディッシュを覆うドームカバーなのだが,このままでは自分たちがメインディッシュの様に丸焦げになりかねない.

 思うほどに痛くなるのはしかし,手よりも胸の奥だ.失ってしまった温もり,愛する人から愛されているという確信.

 シノノメはふと,周りの炎に目をやった.劫火のような炎と爆炎が辺りに広がっている.その中,呆然と空を見上げ,手をつないで立ちすくんでいる二人がいた.

 爆撃が当たらないのが奇跡の様だ.


「あの人たち……」

 地面の穴に子供を抱き下ろしていたクマリもそれに気づいた.

「あいつ……最低限の防御の魔方陣も張れないのか」

 かといって現実世界を捨てた移住者である以上,ログアウトもできないのだ.

「そこの人たち! 魔方陣の中に入って!」

 シノノメは手を掲げたまま,リュージに向かって叫んだ.

「いかん,シノノメ殿.魔方陣を開けては,今避難している人間も助からなくなる!」

 シノノメの意識が逸れると魔方陣の一角がぶれるように震える.それを見たクマリは慌てて声をかけた.

「でも……このままでは,あの人たちも!」

「もとはと言えば身から出た錆だ!」

「でも,可哀想だよ! アイエルちゃん,角笛の返事はまだなの?」

「まだみたい!」

 アイエルは角笛を耳に押し当てながら怒鳴った.額にはびっしりと汗の球が浮いている.

「もう一度吹いたら?」

「駄目.二回吹いたら元に戻っちゃう.早く,早く‘かえ’が来れば……!」

「アイエル殿,返し音とは!?」

「これは導きの角笛.エクレーシア様から授けられた,マジックアイテムです」

妖精女王ティターニア,エクレーシア!? エルフの女王が?」

「もともと一対あって,吹くともう一つが共鳴して,時空の門を開くそうです.対手の持ち手を引き寄せ,助けを呼ぶ器物アイテムなんです」

「任意の場所にゲートを開くのか? 凄い!」

「でも,音が返ってこないんです! もう一つの角笛の持ち手からの合図が聞こえない!」

「シノノメ殿は,もう限界だぞ!」

 空に両手を掲げるシノノメは,それでもリュージ達を気にしていた.

「爆弾が大雨みたい! そこの人たち! 危ない!」


 シノノメが自分たちに向かって何か言っている.

 爆音の中,口がパクパクと動いている事しかリュージには分からなかった.

 もう轟音でしびれたようになって,耳もあまり聞こえない.離人症――まるで,どこかの映画を見ているようで現実感が無かった.

 ただ,手の中に小さな温もりがある.

 リュージはがっくりと膝をつき,ココナの顔を見上げた.

「大丈夫よ」

 不安になっている自分を慰めようとしているのか,口元に小さな笑顔を浮かべていた.

 いつの間にか煤に汚れた顔を洗う熱い液体が目から吹き出て流れ落ちるのを感じた.

 涙か……

 現実世界にいるとき,最後に流したのはいつだっただろう.

 仲間にそしられ,裏切られ,見捨てられ,涙すら出ない諦観の中で生きていたのだ.

 仲間に裏切られた悔し涙ではない.そんな物はとうに枯れ果てた.

 そばに彼女がいる.

 それは何よりも大きな感動だった.

 ……この熱い涙こそが現実だ.

「ココナ……」

 美しいイマジナリー・フレンドは,優しく頷く.

 心が震えた.

 現実世界で,この様にずっと寄り添ってくれた人は誰もいなかった.友達どころか,肉親すら.

 彼女の笑みと手の温もりはかけがえのない物に思える――たとえ人形のようであっても.

 ……そんなの,本当の恋人じゃない.

 東の主婦はそんなことを言っていたっけ.

 だが,辛い現実しかないなら,優しい夢の中で生きたいと願って何が悪いのか.

「あ……」

 一際ひときわ大きく空気を切る音を耳にして,リュージは空を見上げた.

 自分の方に向かって先の尖った尖った大型の爆弾――ミサイルが落ちてくる.

 シノノメの魔方陣に業を煮やした連中が地面貫通型の爆弾を放ったらしい.

 リュージは自分に迫ってくるそれをぼんやりと見つめた.

 弾頭はどんどん大きくなってくる.

 逃げ場はない.

 思わず目を瞑った.

 直撃すれば自分の身体は引き裂かれるだろう.どんな痛みが襲うのだろうか.

 こちらの世界に転生してから,死ぬのはこれで二度目だ.

 一度目は開発中の兵器が爆発したときだった.だが,今回はあれよりもはるかに状況が悪い.

「う……」

 やがてこの仮想の身体を激痛が襲う――そう思うと体が震える.

 ココナの手を離し,自分の肩を抱いてうずくまった.

 だが,頭を抱きしめる柔らかいものを感じた.

 リュージはゆっくり目を開けた.目の前にココナの胸と顔が見えた.

 身をかがめ,両手をいっぱいに回して抱きしめていた.

 恐怖と爆風から自分を守ろうとしてくれているようだ.小さな体ではとても覆いきれないというのに.

 ……リュージ,愛してる.

 ココナは小さな笑顔を浮かべ,そう囁く口の形を作った.

 次の瞬間,閃光に包まれた.

 手足に,激しい熱を感じた.

 だが,不思議に苦痛は少なかった.


「あっ!」

 シノノメは視界の隅で,リュージが爆発に巻き込まれたことを悟った.ひときわ大きな爆発だ.必死で魔方陣に力を注ぐ.

 いびつなカップルではあったかもしれない.犬人たちを無残にいじめる,悪い人たちではあったかもしれない.でも,助けてあげたかった.

 ……もっと力があればいいのに!

 土砂と爆風が降り注ぎ,身体にビリビリと衝撃が伝わる.地面に伏せている犬人たちが恐怖の叫び声を上げた.

 もっと力があれば!

 シノノメは心の中で叫び声を上げた.

 ふと,視界がもやに包まれた.

 凄まじい爆音が遠くに聞こえる.アイエルやクマリ,犬人たちの声も遠く感じられた.

 突然映画館の中に場を移した様だ.

 目の前の出来事が,まるでスクリーンの中の出来事の様に思える.


『シノノメさん』

 澄んだ女性の声がする.

『シノノメさん』

 誰かが耳元で囁いている.

 視界の隅に金色の光の粒をひらめかせながら羽ばたく小さな妖精が見えたような気がした.

『……あなたは,どうしたいの?』

 ……誰?

『この世界で力を得て,何をしたいの?』

 ……エクレーシアさん……ソフィア?

 それはかつて,此乃花咲夜コノハナサクヤ姫の姿で発せられた問いに酷似していた.

 だが,声の主はシノノメの問いには応えなかった.

『あなたは,この世界をどうしたいの?』

 ……夢のある世界にしたい! 夢見る人たちを,守りたい!

 シノノメは心の中で叫んだ.

『分かりました.では』

 突然,シノノメの前に黄金色に光る半透明の顔が現れた.

 それは実体ではなく点描の様に光り輝く粒で出来ていた.女神――エクレーシアの様にも,そうでないようにも見える.女性はゆったりと美しい笑みを浮かべていた.

『あなたに力を』

 ……力?

 そう思った瞬間,シノノメは現実に引き戻された.

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