24-16 導きの角笛
マギカ・エクスマキナの飛行兵器達――飛行魔法兵団が上空に集結している.
シノノメとアイエルは騒音の中,会話を続けていた.
『ほんの一瞬,アイテムを鞄から取り出せるだけ時間があればいいんだけど……でも,狙撃手が厄介だな』
『どうして? ボウガンでやっつけられない? 良く知らないけど,狙撃手って一発で一人ずつ相手を倒すでしょう? ドンドンって撃つんじゃなくって』
『相手がどこにいるか分からないよ』
『私,分かるよ』
『本当?』
人工的に強化された脳を持つシノノメには,超絶的な視覚と聴力がある.彼女はガザトジンが撃たれた瞬間,闇の中で閃いた火花と,銃声の音源を正確に捉えていた.
『……分かった』
『一瞬が勝負だね』
二人は目を合わせてうなずきあい,ウィンドウを仕舞って前を見た.
クマリが燃えるような視線でローザとリュージを睨んでいる.
「ねえ,ちょっと!」
シノノメはのんびりした口調でローザに話しかけた.
「何? 掃除女?」
「掃除女じゃないよ,主婦だよ」
「はいはい,主婦さん,何?」
「着物がボロボロだから,着替えさせてよ」
「は? そう言って,フル装備のアーマーとかに着替えるんじゃないでしょうね」
「違うよ.またログインしたときに,いきなりこんなボロボロの服着てたら嫌だもの」
「後でやりなさいよ」
「えー,見てよ.この袂,丸い穴が開いているんだよ」
「そりゃ,あんたが私の巨獣兵を壊したからでしょう」
ローザはシノノメの話し方に拍子抜けしたのもあってか,少し鬱陶しそうに言った.
「もう,好きにしたら」
「おい待てよ,ローザ.こいつなんだかんだ言ってもあの東の主婦だぜ」
「天然ボケにしか思えないわ.こういう奴いたのよね,前の職場でも.なんかイライラする」
「ねえ,そこのフレンドさんも,可愛い格好の方が良いでしょう?」
シノノメは一転して突然リュージのイマジナリーフレンド,ココナに声をかけた.全く予想外の質問だったのか,ココナは一瞬人形のように表情を硬くして曖昧な笑みを浮かべた.
「彼氏の前でボロボロは嫌だよね?」
「ええ,そう.もちろん.リュージの前ではいつも可愛い格好でいたいわ」
シノノメが質問を変えると,一転して花のような笑顔を浮かべた.
「……そ,そうか……?」
「貴女の彼氏は,そのくらいの余裕がある立派な人でしょう?」
曖昧な質問だった.何にそのくらいの余裕があるのかを明示しない.
「もっちろん!」
ココナは嬉しそうにリュージに抱きついた.
シノノメはリュージをほめたたえる言葉なら必ずココナがそのように反応すると予想していた.
リュージは少し照れて戸惑った様に笑うと,ポケットから折り畳み式の魔法具を取り出し,耳に押し当てた.
「着替えるくらい,いいだろう.だが,お前が何かしたらすぐ攻撃させるからな.ショウと,魔法兵団両方からだ」
「ありがとう.大丈夫,ちょっと黄八丈に着替えるだけだから」
そう言うとシノノメはアイテムボックスの中から選択し,鮮やかな黄橙の和服に着替えた.
もちろん,ほんの一瞬で終わる.
着替えた瞬間,リュージの顔が緊張から安堵に変わった.
だが,その一瞬を利用してシノノメは両手を袂にしまっていた.
服のポケット――和服で言えば,袂や懐は,シノノメにとって全てアイテムボックスだ.
シノノメは袂の中で密かに細い瓶を握った.両手に一本ずつである.
「ほら,どう? きれいな着物でしょう? そこのネコ目さんも,フレンドの人もこういうの着てみたら?」
袖をつまんで何気なくクルリと回った.まるで無邪気に見える.
だが,半回転したところで急激に回転を上げた.
「えい!」
シノノメの手から瓶が飛んだ.
緑と赤の細い瓶だ.先端の蓋はすでに外してあった.
二本の瓶は外れることなくリュージとローザの口の中に放り込まれた.
「!」
「!!」
中の液体が口の中に入ると同時に,二人は強烈な熱を感じた.
絶叫しようとしたが,できない.
声が出ないのだ.
口の中全体に火が付いたようだ.
魔法具の通信装置を取り落とした.だが,持っていても声など出ない.
「今!」
その一瞬で,アイエルはクロスボウを構えなおし,闇の中の一点に魔弾を放った.
倒れた巨獣兵の装甲の陰.
狙撃兵――ショウだ.
的を捉えた魔法弾は火蜥蜴となり,ショウを炎が包んだ.
「なっ! 何!?」
急速に展開した事態に,クマリが目を丸くした.憎いメムの魔導士は口を押えてもがき苦しんでいる.悲鳴にもならない呼吸音をヒーヒーと出し続けていた.二人のイマジナリーフレンドが介抱しようとしているが,どうにもならないらしい.
「ハラペーニョ! タバスコ弾!」
シノノメが二人の口の中に放り込んだ物の正体を宣言する中,アイエルは身を起こしてウェストバックの中に手を入れた.
鞄の中から大きな筒状のものが姿を現した.
筒というよりも,それは緩やかなカーブを描く円錐――動物の角だった.象牙ほどもある角の先端には優雅な金細工の吹き口が取り付けてあり,革ひもで肩から掛けられるようになっている.
角笛だった.
角笛の先を口に含み,アイエルは一気に吹いた.
深く腹の底まで震わせる,それでいて澄んだ音が鳴った.
禍禍しい飛行兵器の羽音を切り裂くようだ.音は山々に反響しながら鳴り響いた.
「これは?」
清らかな音色だ.シノノメが口にする,‘ファンタジー’という言葉に相応しい.
怒りに我を忘れかけていたクマリは,悪夢から目を覚ましたような気分だった.アイエルの顔を見つめると,それで良い,とでもいうように,こくんと一つ頷いた.
「角笛の演奏? 何のつもりだ? き,貴様,こんなことをしてタダで済むと思うなよ……全面攻撃……お前らごと殺してやる……」
カサカサにかすれた声で,リュージがやっとそれだけ言った.
「あんた達,許さないから……早く収容して!」
喉に手を当てながら,ローザが空に向かって手を振る.
飛行兵器たちがシノノメ達を包囲するように編隊を組み始めた.
だが,迎えは来なかった.ロープも梯子も降ろされることはなかった.
「どうした?」
「降りてこない?」
「あれは? 荷室が開いた!」
「ま、まさか……?」
飛行兵器たちは次々と黒い塊を空から落とし始めた.丸い卵のような形をしたそれは,地面に衝突して猛烈な爆炎を上げた.
ちょうどショウが潜んでいた巨獣兵の残骸を焼き尽くし,包囲するように連続して爆発が起こった.土が吹き飛び,黒く焦げた破片が降って顔や手足を打った.
犬人たちは悲鳴を上げて身を寄せ合った.
「な,何?」
「……無差別爆撃か? 俺たちごと処分する気なのか?」
狼狽するリュージとローザをあざ笑うかのように,移住者たちの飛行兵団は黒い爆弾の雨を降らせていた.




