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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第24章 幻想世界の黄昏
183/334

24-12 シノノメの反撃

 巨獣兵はゆっくり進みながら,死体の山を作り続けていた.

 死体の上に死体がまた折り重なり,農場だった土地は阿鼻叫喚の凄惨な地獄になっていた.犬人たちの血を黒い土が吸い,空からは残酷なまでに美しい月光がそれを照らしている.

月の光を時折遮る灰色の空気は,立ち昇る硝煙だった.

 三体の巨獣兵はそれぞれに群衆を追い回し,今や立っているのは元の三分の一ほどである.


 「助けて!」

 「俺たちはあいつらと違う.住むところが無くなって,みんなについて来ただけなんだ」


 哀願する声を無視するように――あるいは,それを楽しむように火器が火を噴く.


 「ああ,あと少し.らら,楽に終わるね,ミミ,ミカリン」

 最右翼でゆっくり包囲を進める巨獣兵の中でショウはボソボソと呟いた.


 「ショウ,お疲れ様」

 その後ろにはツインテールにした赤い髪の少女が座っている.彼女は笑顔でパートナーをねぎらった.メムの魔導士――現実世界を逃避して仮想世界に移住した人間たちを支える,理想の相手――イマジナリーフレンドなのだ.その容姿は美しいが,どことなく人形を思わせた.


 「うう,うん」

 ショウはやはり小声で答えた.女性と話すのが苦手なようだ.


 巨獣兵の操縦室は狭く,二人が縦に並んで座るのがやっとだ.

 ショウの右手は操縦桿を握っていたが,ほとんど動かしていない.手から銀色の細いひも状の物が伸び,操縦桿に根を下ろすように繋がっていた.

 操縦装置は極めて単純で,他には足元に二つのペダルがあるだけだ.

 主に思考コントロール――考えたこと直接が伝わって動かせるようになっているのだ.

 視界はひどく悪く,前方の狭い窓――視察孔から外が覗けるだけだった.代わりに色々な計器が壁に密集しており,後部座席の少女がそれを管理しているらしい.


 窓の隙間から外の闇の中に,怯える犬人たちの集団が見える.

 生き残った人々が必死で身を寄せ合っている.互いを守るためというよりも,逃げ場を失った恐怖と不安でそうするしかないのだ.

 ショウは無感情にそれを眺めた.


 「だれか,誰か助けて!」

 「お助けを!」

 どうにもならず,空に向かって叫ぶ者がいる.手を合わせて祈りながらしゃがみ込む者もいた.


 「そそ,そんなことしても,ムム,無駄なのに」

 ショウの口元に,暗い微笑が浮かぶ.彼はゆっくりと思念を操縦桿に込め,発射のトリガーを引いた.


 その時だった.

 ブン,という音がして,湾曲する長い板状の光が空中に発生した.

 犬人たちと巨獣兵の間を分かつようにそそり立ったそれは,魔方陣で形成されて緑色の光を放っていた.


 「まな板シールド!」

 魔方陣は全ての銃弾を弾き飛ばした.

 高速で飛ぶ何かが,一瞬魔方陣の向こうで閃く.


 「な,な,何だ?」


 銃眼の細く狭い視界では分からなかった.大気中の魔素の影響で精密機械が壊れてしまうユーラネシアである.潜望鏡ペリスコープはともかく,CCDカメラ,レーダーの様なものは搭載されていない.

 そう思った瞬間,今度は何か白くて丸いものが飛んできた.丸いものは窓を塞ぎ,へばりついた.餅の様な手触りのそれは,押しても引っ張っても銃眼から外れない.

 

 「こ,これは?」

 「主な組成はデンプン.片栗粉に加水して作ったものよ」

 ツインテールのミカがスラスラと答えたが,ショウが知りたいのはそう言う事ではない.

 「ば,馬鹿,そういう事じゃない」

 慌てたショウはミカを罵倒したが,ミカはヘラヘラと笑って自分の頭を小突いた.それは人間というよりも漫画的で,アニメのキャラクターのような反応だ.

 

 「み,見えない」

 どうせ銃で狙ってくるような敵はいない――そう考えたショウは,慌てて司令塔キューポラのハッチを開けて頭を出し,辺りを見回した.

 

 「あ,あれは?」

 上空を何か二つの翼を持つ生き物が飛んでいる.逆光なのでよく分からないが,シルエットは猫に似ていた.

 慌ててサーチライトを動かし,それを照らした.銀縞の手足と白い腹が見える.間違いなく猫――それも,空飛ぶ猫だ.

 その上に誰かが乗っている.


 「く,くそ! ミカ! あれを撃ち落とす」

 「対空砲火用の兵器は無いわよ?」

 この巨大兵器を空から襲ってくる敵など想定していないのだ.だが,ショウが歯噛みすると巨獣兵の右腕が動き,バルカン砲の銃身が回転を始める――筈だった.

 ガキン,と音がして,銃は沈黙したままだった.無理やり回転を上げて動かそうとすると,バキンという音がして煙を吹き,壊れた.


 「さっきの白い餅か? あんなもの,撃てば吹っ飛ぶだろ?」

 ショウは先ほど窓を塞いだものを思い出した.一般に信じられているが,銃口を塞がれると銃が暴発するというのは誤りである.

 「何か長い棒状のものを突っ込まれたみたい」

 ミカがショウの後ろから顔を出して右手を見た.

 「緑色で――アスパラガスだわ」

 「そんな馬鹿な」

 「アスパラガスの茎を,撃鉄のある機関部まで押し込まれたのね.線維がバラバラに絡み付いて壊れちゃったんだ」

 「そそ,そんな」

 今度はガクンと巨獣兵の身体が揺れた.

 「お,おかしい,足が動かない」

 「足に何か絡み付いているみたい」

 「そんなものぶち切ってやる」

 ショウは思念を凝らして巨獣兵の脚を動かそうとしたが,動かなかった.

 「なんだ,どどど,どうなってる!」


 「洗濯紐コルト・ランジェ!」

 シノノメは叫んだ.

 恐ろしい強度を誇るワイヤー,もとい洗濯ばさみ付き洗濯紐は,がっぷりと巨獣兵の足に絡みついている.魔獣モンスター程度の力なら,これで足止め可能なはずだ.

 巨獣兵の身体が傾いだ.


 「黒猫丸!」

 マグナ・スフィア世界最強の素材でできた,黒い魔包丁が閃く.

 「こっちの鉄砲は駄目になったから,もう撃たれないはずだよ!」

 シノノメは巨獣兵の右肩の付け根を切った.ゴドン,と大きな音を立てて両腕が地面に落ち,巨獣兵はふらついた.ロケットランチャーをぶら下げた左腕の重みに耐えられなくなったのだ.


 「こ,この野郎!」

 だが,左肩の銃身が回転してシノノメに向かって火を噴いた.

 火炎放射器だ.大蛇のように伸びる炎が,轟轟と空気を切り裂いてシノノメに迫った.


 「百万度ポワール!」

 シノノメは炎の舌をフライパンで受け止めた.そのまま火を押し返しながら巨獣兵に迫っていく.

 フライパンが赤熱化し,真っ赤になった.手にはミトン型の鍋掴みを装着済みだ.

 「加熱完了!」


 目を丸くするショウとミカが目前に迫る.

 「う,うわああ」


 「ボナペティート!」

 シノノメはしっかり熱が通った――炎のエネルギーを蓄えたフライパンで,巨獣兵の頭に当たる部分を力いっぱい殴った.

 ゴウン! という寺の鐘を鳴らすような音がした.装甲が大きく凹み,巨獣兵はそのままたたらを踏んで地響きとともに地面に倒れた.

 ショウは衝撃で地面に投げ出され,ミカが駆け寄った.


 「おおお,お前,一体何なんだ……」


 ミカにしがみついて力なく尋ねるショウには目もくれず,シノノメは倒れた巨獣兵の上に降り立つと,自分が切断した右腕の付け根を観察していた.


 「これ……あなたたち,一体何をしたの? このロボット,ロボットじゃない.どうやって作ったの?」

 シノノメは驚いていた.右腕の切断面から赤い血が噴き出しているのだ.倒れて地面でもがくように動いている巨獣兵の脚には,よく見れば鱗があった.ゆがんであらわになった装甲と装甲の間に,羽毛のようなものも見える.装甲の下からはやはり血液がにじんでいた.


 「ウルラリアに住む,巨鳥モアモアって知らない? 空を飛べない狂暴な鳥よ.それを加工したの」

立て板に水といった調子で,ミカがすらすらと質問に答えた.


 「ウルラリア……南にある,オーストラリアみたいな大きな島だね……知ってるけど……加工って?」

 シノノメは眉をひそめた.


 「くちばしを落として,羽根を抜いて,リベットで骨に装甲を取り付けるのよ」

 「そんな,残酷な……でも,じゃあ,どうやって操ってるの……?」

 「耳の中には耳石という小さな石があるの.三半規管って知らない? 体の平衡感覚を捉えてコントロールする臓器.その中にある小さな石を磁石に変えて,磁場を加えれば進む向きをコントロールするなんて簡単よ」

 「じゃあ,この可哀想なトリさんは,遠くから連れて来られて,羽根をもがれて……」


 「だから,何だっていうんだよっ! ボロボロの鳥みたいな人生を送る人間より,マシじゃないかよっ! それに,たかが仮想世界の生き物じゃねえかっ!」

 ショウがどもらずに叫んでいた.

 コントロールを失った巨鳥は力なく体をよじらせていた.よく見れば息も絶え絶えで,体中から血を流している.

 シノノメは一瞬ショウの顔を睨んだ後,掌を哀れなモンスターに向け,叫んだ.


 「グリルオン!」

 装甲の隙間を伝い、青い炎があっという間に巨獣兵を焼き尽くした.

 辺りに香ばしい焼き鳥の臭いが広がる.

 シノノメの剣幕に怯えたショウは,ミカの胸に顔を埋めてすがりついた.


 「こんなの,こんなの絶対ファンタジーじゃない!」

 炎が一瞬で巨獣兵を焼鳥グリルチキンに変えるや否や,シノノメはラブの背に乗って再び夜空に舞い上がっていた.


 少し離れたところから犬人を包囲していた巨獣兵が向きを変え,ゆっくりこちらに向かってきている. 重装甲を無理やり体にまとわされた巨獣兵の歩みは遅い.それは重々しく歩いているのではなく,無理やりプラモデルの様に改造された巨鳥の哀れな死の歩行だったのだ.

 炎に映し出された敵対者を発見した巨獣兵は犬人たちに向けていた銃口をシノノメに向けた.


 「許せない!」


 シノノメは気づいていた.巨獣兵は空に向かって攻撃する武器が少ない.自分たちより小さな相手を面白半分にいじめる――蹂躙するために作られたのだと思った.自分より弱い立場にある魔獣モンスターをいじめ,さらに弱い人たちをいじめる――シノノメの大嫌いな物だった.


 「上に逃げよう! ラブ!」

 空飛び猫が急上昇する.

 だが,ブウウウウウウンと唸り声をあげてバルカン砲が火を噴いた.先ほどの様な奇襲攻撃はできなかった.敵もすでにシノノメの存在を認識している.

 防御魔方陣を展開しながらジグザグに飛んで回避しようとしたが,ラブの翼が被弾した.白い羽毛が散る.大型の機銃の弾丸は,一撃かすっただけで空飛び猫の片翼に大きなダメージを与えた.


 「にゃうっ!」

 ラブはきりもみすると,全身が光るピクセルに変わった.アイテムボックスに戻る――消失する兆しだ.こうなると二十四時間は召喚獣を呼び出せない.


 「ラブ! ありがとう!」

 空飛び猫が消え,シノノメは夜空に放り出された.真っ逆さまに落ちて行くシノノメを銃口が狙っている.

 「鍋蓋シールド!」

 シノノメは防御用の魔方陣を宙に展開すると,自分の身体をそれで受け止めた.

 「一枚!」

 「二枚!」

 「三枚!」

 夜空に光る緑色の――鍋蓋型だが――階段ステップができる.

 シノノメは飛び移りながら駆け下りた.

 銃弾が鍋蓋の底に当たり,高い音を立てる.防御と空中移動の両方をシノノメは一つの魔法でこなしていた.


 「えいっ!」

 二つ目の巨獣兵の背中に飛び降りた.

 ごつごつした金属の装甲版の上を走る.背中には一つだけ機銃が装着されているのだ.戦車で言えば近接する歩兵掃討用の武器である.

 飛び降りると同時に,シノノメはアスパラガスを銃口に投げ込んでいた.シノノメには銃の知識は全くないのだが,こうすることで壊れてしまうと直感で悟っていた.

 実際に機関部に叩きこまれた丈夫な繊維はジャム――銃弾の目詰まりを起こし,発砲できなくなった.


 「ウヴル・ブワトゥ!」

 シノノメは赤い缶切りを取り出すと,装甲の継ぎ目に押し当てて手首を動かした.

 パカン,という音がして装甲が外れると,短い黒い羽毛が飛び出す.本来の鳥の背中だった.


 「あんた! 何してるの!?」

 シノノメが缶を開けるように巨獣兵の装甲を次々に外していると,司令塔キューポラから吊り目の女が顔を出した.


 「可哀想なトリさんを助けてるところ!」

 シノノメは操縦者を無視して作業を続けた.巨獣兵が身を揺るがして動くたびに,どんどん装甲は外れていった.


 「この変な技は一体……!?」

 「缶詰に閉じ込められている様なものでしょ? だから,外さないと」

 キコキコと音を立てながら,シノノメはせっせと装甲を外した.


 「はっ! おい,ちょっと,やめろ! やめなってば!」

 「やーよ.ネコ目さん」

 「このっ! 馬鹿にするな! 私はメムの工房技師長,ローザだぞ!」

 ローザがそう言うとともに,巨獣兵の左腕がぐるりとねじ曲がって手先が背中に乗った.人間で言えば,後ろに手をねじり上げられた状態だ.関節がベキベキと音を立てる.実際にはそのように動かない構造のものを,思念コントロールで無理やり動かしているのだ.

 そうと見ると,シノノメは手の届かない方向――司令塔――鳥の頭部の方に向かって駆けだした.


 「何!?」

 ローザは向かってくるシノノメに驚き,慌てて首をひっこめて装甲ハッチを閉じた.

 同時に左手の多連装ロケット弾砲が一斉に火を噴いた.


 「ひゃっ! お掃除サイクロン!」

 シノノメは叫んだ.ロケット弾が巻き上げられ,上空に飛んで行く.ユーラネシアなので当然,熱追尾サイドワインダーシステムなどない.大型の爆発する花火のようなものなのだ.もともとロケットは横風に弱いのだが,風にあおられて頭上で花火のように盛大に爆発した.


 「うわー,危なかった!」

 慌てて中華鍋を被って装甲板の上に伏せたシノノメだった.鉢担ぎ姫のような姿だ.

 上からロケットの残骸がバラバラと降って来た.着物の袖が熱を帯びた破片のせいで焼け焦げた.


 「畜生! 小娘め!」

 目標を仕留めそこなったことを察したローザは,シノノメを振り落とそうと考えた.巨獣兵の身体が乱暴によじれ,暴れ馬の様に上下左右に動いた.

 慌ててハッチのハンドルにしがみつく.身体が左右に大きく揺れた.

 よく見ればハッチは閉めそこなって隙間が空いていた.余程慌てたのだろう.


 「戸締りを忘れたね」

 巨獣兵が頭を前方に大きく振った勢いを利用して,シノノメは装甲の上で前転した.

 転がりながら小さな缶をアイテムボックスから取り出し,司令塔の中に放り込んだ.


 「きゃっ」

 手が離れ,ロデオの様に振り飛ばされる.

 シノノメは地面に転がり落ちた.だが,巨獣兵が前傾姿勢だったのであまり高さはない.

 そのまま前転して勢いを逃がし,ころりと立ち上がった.


 「どうかな?」

 巨獣兵を観察した.

 司令塔周辺の穴という穴から,シュウシュウと白い煙が吹き出している.

 巨獣兵は狂った様に首を振り動かしている.先ほどのシノノメを振り落とす動きではなく,身もだえする様な動きを何度か見せたかと思うと,やがて轟音を立てて倒れた.

 横倒しになった操縦席から,ローザが長髪の美少年に助け起こされながら脱出してきた.二人とも咳き込み,目からボロボロと涙を流している.


 「さ,催涙ガスを持っていたのか……」

 しわがれた声でそう言うと,ローザは真っ赤になった眼でシノノメを睨んだ.

 「違うよ.バルサンだよ.悪い虫は根こそぎ断つの.それよりも,可哀想なトリさんは,ノンフライヤー!」

 シノノメが両手を振ると,火と暴風が渦を巻いた.金属の装甲を失った巨鳥は,一瞬で大きな唐揚げになって息絶えた.


 「く,くそっ,これしき!」

 ローザは痛む目をこすりながら懐を探ると,銃を取り出した.二連装のデリンジャーに似た形だが,シノノメにはそんなことは分からない.ただ,先込め式でない現代的なものであることは分かる.

 そして,それをゆっくり見ているシノノメでもない.


 「ブロッサ・ラヴェ!」

 素早く振り出した両手から二つの亀の子タワシが飛ぶ.

 タワシは銃を握るローザの手を打つどころか,トゲが手に刺さった.たまらず引き金を引いたが,弾丸はシノノメから大きくそれて後方の土を吹き飛ばしただけだった.


 「痛い,痛い! 何? このタワシ!」

 「ちくちくタワシ爆弾!」

 そう叫んだ時にはもうシノノメは接近している.

 「お布団ジャポネーゼ!」

 布団叩きでローザの頭を叩くと,あっという間にフカフカの布団になって崩れ落ちた.あわてて隣に立っていた美少年が抱える.

 「うわ,ローザ,フカフカだね」

 「な,何? これ? 元に戻しなさいよ! でも,何,私今フカフカ? ジュノンに抱きしめられてる? 何だか幸せ?」

 「トリは唐揚げに,布団は押し入れに! 夫婦布団めおとぶとんにしちゃうよ!」

 シノノメが布団叩きの先をジュノンと呼ばれた少年に向けると,少年は慌てて布団を抱えて逃げ出した.


 「おっと,そこまでだ」

 大きくなったり小さくなったり,歪んだ音響の様な声が響いた.

 シノノメは振り返った.


 「お前,こいつらを助けたいんだろう? こいつらがどうなってもいいのか?」

 ゆっくり近づいていた最後の巨獣兵が,右腕の銃を犬人たちに向けていた.

 司令塔から赤毛の青年が顔を出して笑みを浮かべている.どことなく卑屈で暗い感情に満ちた笑みだ.

 「お前,どこかで会ったな……」

 青年――リュージの呟きに,良く通る明るい少女の声が答えた.

 「ブリューベルクの街で会ったわ.メムの学院長に会いたいって言ってた,変な子よ」

 黒い長髪の少女は司令塔からぴょこりと顔を出し,リュージに抱きついた.

 「ああ……ココナと一緒にいるときに会った……いや,違うな.俺が言っているのはそうじゃない.もっと前だ」

 「あたしに会う前なんて,どういうこと!」

 ココナはポカポカとリュージの肩を殴った.

 まるで安っぽいラブコメディーのような会話なのだが,巨獣兵の右腕の先はぴたりと犬人たちに狙いをつけたままだ.犬人たちが逃げようとすると,黒い銃口はゆっくりと正確にそれを追尾して動いていた.

 「お前,何者だ?」

 リュージは眉をひそめた.

 「俺も元はマグナ・スフィアの普通のプレーヤーだ.着物姿に,訳の分からない家事の魔法――もしかして,お前は素明羅スメラ皇国の――東の主婦か」

 

 空を覆っていた硝煙が夜風に流され,戻って来た月光がシノノメを照らし出した.

 和服とエプロンはあちこち焼け焦げだらけで穴が開いている.半襟も帯揚げも黒いすすで汚れていた.

 それでもシノノメは胸を張って答えた.


 「主婦って呼ばないでよ.私の名前は,シノノメだよ!」

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