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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第24章 幻想世界の黄昏
182/334

24-11 巨獣兵

 ブウウウウウウン……


 北の空から聞こえてきたそれは,巨大な虫の羽音に似ていた.

 土のトーチカから頭を出し,シノノメ達四人は夜空を見上げた.

 ふと見れば,犬人たちも思わず歩みを止めて空を見上げている.

 月光を受けて鈍く光る鼠色の雲の間に,何かの影が見える.

 シルエットは火竜ファイヤードラゴンに似て,全体的にずんぐりした何かが一つ……二つ……三体飛んでいた.

 暴徒も思わず投石の手を止め,空を見上げた.


 ガチャン.

 

 それは異世界では決して聞くことがあるはずが無く――だが,シノノメ達には確かに聞いたことのある音に似ていた.列車の連結器が外れるときの音だ.

 三体の飛行物体それぞれが何かを切り離したのだ.鈍い金属音が空に響いたかと思うと,巨大な物体が夜の空気を切って落ちてきた.


 ズン.


 地響きが腹を震わせる.

 庭の並木を押しつぶし,群衆の背後――退路を塞ぐように降り立った.

 月光を受けて黒光かりしていたが,ゆるゆると動くと,横に整列するように並んだ.あたかもシェトランド候の屋敷との間に暴徒を挟むようにして巨大な三つの山がそそり立ったようだ.

 その黒い山のような物体は,ユーラネシアの住民――NPCはもちろん,プレーヤーであるシノノメ達すらも今まで全く見たことがないものだった.

 身長は二十メートルほどで,長い円筒形の胴体は頭と一体になっており,そこから丸太のように大きな金属の腕と金属の脚が突き出ている.脚は人間とは違って膝が逆関節――後ろ向きになっていた.

 全体としてのシルエットは鳥に似ていた.しかし,翼の部分に鋼鉄の棒を束ねたような腕がぶら下がっていて,鳥と人を混ぜたようでもある.両肩――と呼んでいいのか分からないが,胴体の上側にも大きな筒が突き出していた.

 

 「巨人か!?」

 犬人の誰かが叫んだ.

 巨人の存在は,幻想大陸ユーラネシアであってもなお伝説の存在なのだ.

 巨人のようなそれは,ギリギリと音を立てて足を動かし,ゆっくり前進した.シェトランド候の庭はずれの小屋が一つつぶれたが,お構いなしだ.

 

 「何だ,あれは?」

 「巨人族は滅びた設定です.巨人はないとして,あのシルエット……竜でもないし……あんなモンスターなんて知りません」

 クマリとサミアの目は突如現れた怪物に釘付けになった.

 二人とも,あの怪物を表現するもっと何か別の言葉を探している.いや,知っている気がするのだが,その言葉が出て来ない.

 「いや……生き物なんでしょうか? あの腕……リベットが打ってあります」

 ガザトジンが眉を顰める.

 「何というか……」

 「その……」

 

 「何? あの巨大ロボ?」

 「それだ!」

 シノノメが言ったその言葉に,三人は飛びついた.まさに,その通り.それこそがあの怪物の印象なのだ.


 「そんなに,ロボって言ったのが変だったかな」

 シノノメは素直に見たままを言っただけだ.逆に三人の反応に驚いていた.


 「それだ.シノノメ殿の言う,まさにその感じだ.あの腕は金属でできているし,あの棒状のものは大砲なんだ」

 「それを言うならクマリ様,ロケットランチャーとバルカン砲ですよ」

 「ほう,さすがは男の子.詳しいな,ガザトジン」

 「あの頭のてっぺんにあるのは,装甲ハッチがついた塔――車長司令塔,いわゆるキューポラです.視察孔があって,あそこから中の人が外を覗けるんですよ.どこかで見たことがあると思ったら,戦車の外装そっくりです」

 「でも,ロボットはないでしょ? だってここはユーラネシアよ」

 「じゃあ,歩く戦車って言った方が良い? SF映画に出てくる,乗り心地が悪そうなやつ.ハリウッドのは,何だかいつも足が細くてヒョロヒョロしてるよ」

シノノメは首を傾げた.

 「えーっと,シノノメさん,そう言う意味じゃなくって……」

 「魔素の関係で,動くはずないからな――大気中の魔素が濃すぎて複雑な構造の内燃機関エンジンは壊れ,コンピュータは暴走してしまうと聞いたことがある」

 「でも,あんなものを作れるとしたら……あの人達なら,作っちゃうかも.だって,ロボットみたいな空飛ぶ鎧を見たもの」

 「奴らだな――マジカ・エクスマキナ――MEM」

 クマリとシノノメはうなずきあった.


 三体の歩行戦車――のような機械に囲まれ,犬人たちはざわついていたが,やがてシノノメ達と同じ結論に到達していた.


 「メムだ! メムの魔導士が来てくれた!」

 「メム?」

 「電話やダムを教えてくれた,メムだ!」

 「メムは俺たちを助けに来てくれたのか? だって,電気を引いてくれたのはメムの道士様たちだ」

 「ありがとうございます!」

 「おーい,メムの魔導士様!」

 歩行戦車に向かって手を振るものや,気勢を上げるものがいる.

 だが,歩行戦車は群衆の退路を断つように,威圧的に立っているだけだ.

 返事の代わりにガシャンと音がして右肩が光った.

 人工的なギラギラした光だ.丸い光――スポットライトというよりも,敵対者を炙り出す投光器サーチライトの光である.地面をグルグルめぐって行き交い,犬人たちの顔を照らし出した.

 

 何か様子が変だ.

 そう気づいた犬人たちはひとり,ふたりと歓声を上げるのをやめ,歩行戦車をじっと見上げた.強烈な光に照らし出され,怯えた子供の泣き声が響く.

 

 「よっと」

 唐突にそんな声がして,三体の真ん中に立っていた‘物’の頭部に当たるところ――ガザトジンがキューポラだと言ったところがパカンと開いた.

 中から赤毛の青年と黒髪の美少女が顔を出した.

 

 「あー,テステス.お前ら,聞こえるか?」

 いい加減な調子の男性の声がシェトランド候の広大な敷地に響く.初心者でも使える拡声魔法を使っているらしいのだが,ボリュームが不安定で下手糞だった.その声はかろうじて離れているクマリたちの耳にもよく聞こえたが,横柄で投げやりな口調だった.

 

 「ああ,面倒くさい.こういうの俺嫌だから,ココナ頼む」

 赤毛の青年はキューポラから首をひっこめた.

 

 「えーっ? 仕方がないなあ.コホン」

 困ったように残された少女は言ったが,彼女の方が拡声魔法は上手いらしい.

 良く通る澄んだ声に変わった.


 「……本日,ユーラネシア統合歴五百十年,齧歯月七の日,ウェスティニア共和国元老院は以下の決定を下した」

 ひどい棒読みの一本調子だ.どうやら何かの原稿を読み上げているらしい.


 「ロワーヌ地方の一連の騒動は,反乱行為と認定.暴動を起こした首謀者および暴動に参加した物は全て処罰する.処罰の方法は機械仕掛けの魔法――マギカ・エクスマキナ,通称メムに一任する.なお,抵抗する者に対する掃討を許可する.以上」


 「い……一体,どういうことだ?」

 理解できないでいる犬人たちに向かって,ゆっくりと銃身が下がっていった.全ての銃口が群衆の方を向くと,銃身の付け根からカキンという高い音がした.安全装置セーフティ・ロックが解除される音だ.だが,それでも犬人たちには何のことかわからない.

 「ショバツ? ソウトウ?」

 不気味な語感の言葉に,恐怖が広がる.


 「お前らは,国家の反逆者,テロリストってことさ」

 「テロリスト? 反逆?」


 「理解できねーのか.少しは勉強しろよ.だけど,説得とか,面倒くさいんで.じゃあ,掃討開始.ちなみにこれ,巨獣兵っていうんだ.俺たちの一大傑作な」

 ゲームを楽しむ様な,笑いを含んだリュージの声とともに巨獣兵はゆっくりと前に進んだ.

 犬人たちは悲鳴を上げて逃げ始めた.だが,巨獣兵は歩みを速めてそれを追う.

 老人や病人が逃げられずに座り込んでいたが,巨大な脚は地面ごとそれを蹴散らした.


 「おい,逃げるなよ.逃げても無駄だって……虫みたいだな」

 ブウウウウウウン.

 巨獣兵の右腕――バルカン砲の銃身がうなりを上げて回転したかと思うと,先頭を走っていた犬人がバタバタと倒れた.

 

 「うわあ! 助けて!」

 「逃げられない!」

 血飛沫ちしぶきとともに悲鳴が上がる.

 

 「くそう,メムめ,俺たちに色々な物を与えて,結局殺すのか!」

 「今だ! 鉄砲が止まったぞ!」

 「どうせ魔獣の一種だろう! やっつけろ!」

 バルカン砲の斉射が止んだ瞬間,勇敢な若者が巨獣兵に向かって行った.だが,あっという間に蜂の巣にされて地面に倒れた.中世世界に住む彼らは,弾込めの要らない連射銃など見たことが無かった.


 「一匹ずつ殺すのは面倒くさいな.ほれ」

 両肩の銃身から夜空に向かって砲弾が打ち出された.砲弾にはプロペラがつけてあり,山なりの軌道を描いて落ちて行く.榴弾である.

 ヒュルルル……というプロペラの不気味な音に,犬人たちは思わず立ちすくんだ.

 全てが見たことのない武器なのだ.どう対処してよいかなど分かるはずがない.

 まだ息がある者を必死で助け起こした者が逃げ遅れ,バルカン砲の餌食になる.

 必死で逃げた者は,榴弾の餌食になった.

 全く一方的な虐殺だった.


 「遅れた異世界の文明は,進んだ俺たちに圧倒されるのが定めってもんだ.異世界転生,最高だな」

 のんびりとしたリュージの言葉とともに,次々と犠牲者が増えていく.

 死体は折り重なるようにして増えていった.


 「そんな馬鹿な.貴族院,元老院は何て馬鹿な決断を下したの! メムに解決させるなんて,それも,こんなやり方を許すなんて」

 思わず土の家から顔を出してクマリは叫んだ.だが,その声はすぐに爆音にかき消された.


 巨獣兵のロケット弾が一斉に火を噴いたのだ.バックファイヤで怪鳥に似た不気味な姿が闇に浮かび上がる.

 

 「危ない,みんな逃げるんだ!」

 ガザトジンの声ももう聞こえない.


 逃げ惑う人々の悲鳴と,高い破裂音.

 ロケット弾の風を切る音が耳をつんざく.シェトランド候の屋敷も一部射線上にかかっていた.形の良い屋根の一部が被弾して吹っ飛んだ.


 クマリは土のトーチカの強度を上げた.だが,流れ弾が当たるたびに壁が揺れる.

 ドーム状だった土の家は上を削り取られ,無残な壁の残骸になりつつあった.

 鋼鉄に変化させる魔法も使えるのだが,それを使うには長い詠唱が必要だ.クマリはやむなく身を低くして地面に伏せ,土の壁の端から様子をうかがった.

 歩行戦車――巨獣兵は銃弾の雨を降らせながら,それでいて着実に犬人たちの退路を断つ方向にゆっくり移動している.

 そのたびに兵器の射線が動くので,今やシェトランド候の屋敷の左翼は流れ弾で蜂の巣状態になっていた.幸い客間と家族の寝室があったのは右翼のはずだが,あまりにも危険すぎる.


 「シェトランド候と家族に,身を伏せるように教えなければ.彼らはこんな近代兵器,どう対処したらいいか分からないだろう」


 「わ,私,行ってきます!」

 サミアが土の家から飛び出した.玄関まではすぐだ.そう思った瞬間,彼女は後ろから飛んできた流れ弾に当たった.

 流れ弾と言っても,犬人たちの原始的な鉄砲ではない.大口径の機関銃である.衝撃で吹き飛ばされ,地面を二転三転した後にばったりと倒れてログアウトしてしまった.

 それは幻想世界で怪物と戦った時の英雄的なログアウトの光景ではなく,人間を一瞬でぼろきれの様にしてしまう,現実的リアルな戦死のそれだった.


 「サミア!」

 ガザトジンが叫ぶ.

 「無理です,クマリ様.ここはもう……僕たちのできることは何もない……クルセイデル様には申し訳ないですが……」

 「しかし,暴動をこのままにしておくわけにはいかない……」

 「もう,暴動ではありません.少なくともウェスティニア政府が乗り出してきて,解決――暴徒を鎮圧することに決めたんです.僕たちの本来の目的は,フィーリア様たち仲間を救う事です」

 「それはそうだが……あの中には女性や子供に老人,難民もたくさんいるんだ.それに,このままでは,シェトランド候とその家族も無事では済まない」

 「難民には違いありませんが……でも,ウェスティニア共和国から見れば,暴動を起こした反政府集団なんです.それを救うという事は,ウェスティニア政府の方針に魔法院が逆らうという事にもなってしまいます」

 「だからと言って……」

 「ええ,その通りです.メムの奴らのやっていることは,ただの虐殺だ.あんなことが許されるはずはありません.でも,それは後日議会を通して抗議すべきです.魔法院と政府を敵対させる火種を,僕たちが作るわけにはいきません」

 「しかし……」

 「というよりも,あんな凄まじい兵器――近代兵器に,どうやってあらがうっていうんですか!」

 ガザトジンの歯は恐怖でカチカチと鳴っていた.感情に駆られた言葉かもしれないが,彼の言う事は確かに筋が通っていた.

 地面に身を伏せたまま,クマリが頷きそうになった瞬間,凛とした声が響いた.


 「何これ!」

 銃弾の中,シノノメがすっくと立って異形の機械を睨んでいた.


 「シノノメ殿,危ない! いくらプレーヤーといえど,機関銃やロケット弾を体で受けるなんて……」

 「こんなの……」

 だがシノノメは耳を貸していない.お構いなしだ.

 「こんなの?」


 「全然,ファンタジーじゃない!」

 シノノメの前に緑色の鍋蓋型魔方陣が展開していた.時折あちこちがキラキラと光る.銃弾を受けているのだ.シノノメは魔方陣の向こうで繰り広げられている虐殺をじっと見つめている.

 シノノメの服が変わっていた.

 見習い魔法使いのものではなく,和服にチュニック状のエプロンである.戦いには全く縁のないその格好こそ,シノノメ本来の戦闘服なのだ.


 「クマリさん,あの人たちを助けなきゃ!」


 「シノノメ殿……それは……」

 クマリはためらった.先ほどガザトジンに言われた言葉が耳に残っている.丘の上から見下ろした不安そうな女性や子供たち,難民の訴えかけるような視線も同時に脳裏をよぎった.何とかしてやりたい気持ちは間違いない.しかし…….


 「でも,どうやって? あれが戦車や装甲車――現代のハイテク兵器並みの性能があるとすれば,魔法なんて歯が立つはずがない!」

 ちょうど後方に榴弾が炸裂し,納屋が爆発した.地面に伏せたままのガザトジンが悲鳴に似た声で抗議した.


 「魔法が巨大ロボに勝てないなんて,誰が決めたの?」

 シノノメの左の薬指が青い光を放った.

 アクアマリンよりも深く,ブルーサファイヤよりも明るい,鮮烈な青だ.


 「ラブ!」

 シノノメはハーフアップにした亜麻色の髪を揺らし,大きくなった空飛び猫に飛び乗った.右手にはフライパンを握っている.

 「バックアップはお願い! 私,前衛やるから!」

 クマリとガザトジンの答えも聞かず,まっしぐらに巨獣兵めがけて飛んで行った.


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