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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第4章 皇国の主婦
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4-4 斑鳩公会議



 四大国の代表は,王宮右翼の二階,会議室である‘鏡の間’に集まっていた.


 扶桑樹の幹をくりぬいて作られているのだが,採光と装飾のために壁に飾られたいくつもの鏡と美術品が,それを忘れさせる.

 天井からは豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっているが,いずれもドワーフの名工による手作りの作品だ.

 東洋風にホタルブクロや桔梗などの花をモチーフにしているが,窓からの光と鏡の反射光を受けて,きらびやかに光を放っている.

 中央には巨大な円卓があり,その東西南北の隅には繊細な彫刻の施された椅子が置いてあった.座面と背もたれには赤いビロードが張ってある.これはエルフの職人の手によるものだった.調度類だけで家の数軒分の値段がする.


 代表たちは侍従に案内され,それぞれ東西南北の指定された席に着いた.

 

 シノノメは皇王の隣に座った.本来王妃の席なのだが,王妃に先立たれている王自身がシノノメに隣に座るように促したのである.

 その隣には内務大臣の久延毘古クエビコと,司会進行役の外務大臣である長須根ナガスネが座って,書類を睨んでいる.

 背後を守るように,王の斜め後ろにはセキシュウが立っている.自然体だが,どんな事態が起こってもいつでも対処できるという余裕が感じられた.


 王と向かいの席に座ったのはウェスティニア代表のクルセイデルである.幼女の姿のため,円卓につくと頭がちょこんと顔を出すようになってしまう.

 その両脇に二人ずつ,魔法少女が彼女を挟むように座っているのは少し滑稽な感じもした.


 南の商業ギルド代表ニャハールは,太った猫の体の持ち主だ.席に着くと完全に座面から尻がはみ出していた.警護の任に当たるヴァルナは,ニャハールの隣に座って退屈そうに頬杖を突いている.二人のアサシンはその後ろを固め,顔を隠した美女は席をはずしていた.


 そして,王の右手に一人で座っているのがノルトランドの竜騎士ドラグーン,ランスロットである.腕を組んで瞑目している.窓を背にしているので,逆光が彼の顔に暗いシルエットを作っていた.


 「さて,この度は諸国の方々にご参集いただき,誠にありがとうございます」

 長須根が少し甲高い声で感謝の辞を述べた.

 「議題がいくつか上がっておりますが,最重要事項は先日のノルトランドの侵略行為であると思われます」


 全員の視線がランスロットに注がれる.

 ランスロットは目をつむったままだ.


 「素明羅としましては,賠償金二億イコルを要求する.これは,この戦闘で亡くなった兵士たちへの見舞金及び,破壊された砦の施設の修繕費の概算です」


 「ふむ,妥当なところかもしれまへんにゃぁ」

 ぱちぱちとそろばんを弾いてニャハールが言った.


 「それと,侵略行為に対する明確な謝罪と今後国境を侵犯しないという誓約も必要ですね」

 幼女の声でクルセイデルが言う.

 「国王,ベルトラン殿は何を考えておいでなのかしら?」


 来賓用の椅子に深く腰を下ろしたランスロットは,その言葉に応えず白い魔石の石板を懐から出し,円卓の上に放り投げるように置いた.

 「ノルトランドが国家として賠償金を払う意思はない」


 「な,なんですと!」

 長須根はあまりの言葉に眉を吊り上げた.


 「今回の一連の事態は,当方の神官であり軍事作戦参謀である,ユグレヒトの暴走だ」

 

 ランスロットの言葉に合わせるように,石板から宙に立体映像が浮かび上がった.

 石牢の中に閉じ込められた男が映っている.

 ユグレヒトだった.薄汚れた牢の中でぼんやりと遠くを見ながら座っている.


 「ノルトランド軍事法廷の結果,この男に死刑の判決が下りた.一週間後にこの男の公開処刑を執り行う.これをもって謝罪としたい.この男の財産を没収し,戦没遺族の賠償金にあててはどうか? この男の持つレアアイテムやら何やらをかき集めれば八千万イコルくらいにはなる予定だ」


 「そんな馬鹿な! とても額が足りない! それに,公開処刑とは何事です!?」

 「ノルトランドの公開処刑は,ケルベロスの群れにこの男を投げ込むというものだ.大陸中に中継して報告する」

 「そういう問題ではない!」

 今度は内務大臣である久延毘古が激高して円卓を叩いた.


 皇王が右手を挙げ久延毘古を制して口を開いた.

 「それがベルトラン殿のお心かな? 本当に,その神官が独断で侵略行為を行ったと?」


 一同誰もランスロットの言葉を信じることはできなかった.明らかに,一介の神官が動かせる規模の軍隊ではなかった.


 「そうだ」

 ランスロットは腕を組んで断言する.

 「もし,この条件が不満ならもう一度開戦してもいい」

 「何だと!」

 長須根と久延毘古だけではない.この言葉には鏡の間に控えていた素明羅人はNPCとプレーヤーの区別なく,全員が憤っていた.


 「竜騎士ランスロット.お主,西の魔法院も敵に回す気か」

 クルセイデルの声が低くなる.

 燐光を帯びた体が椅子から浮き上がり,右手にはいつの間にか象牙の杖が握られていた.


 「魔女どもは公正中立ではないのか? お前たちが戦うと言っても,腰ぬけの元老院が賛成すまい.共和制というのはそういうものだ」

 ランスロットは嘲笑った.


 ランスロットの侮蔑に,ウェスティニアの魔女たちが憤る.

 「我々は平和と学究を愛する者.世界の均衡と調和を守るのが使命.お主の言葉,そしてその傲岸不遜な態度には,それを破壊しようという邪悪な意図が見られる」

 クルセイデルのあどけない顔に一瞬にして殺気がみなぎった.

 鋭い視線をランスロットは風のように受け止め,睨み返している.

 クルセイデルとランスロットの間の空気が張り詰めていった.今にも張り裂ける音がしそうだ.


 「あわわ,うちは中立不介入でっせ! 戦争はやりたい人がやればよろし!」

 猫人のニャハールが慌てて両手を挙げ,不介入の意思を示した.

 「とか言って,戦争したら儲かるとか思ってんじゃね?」

 頬杖をついたヴァルナがニャハールに突っ込みを入れる.

 「そんなん,こんな所で公に言うことやおまへんで! 算盤は店の奥で大事にパチパチするもんや!」


 「あのー」

 それまでじっと黙っていたシノノメが手を挙げた.

 「その神官の人,どうなっちゃうの? ユーグレナさんだっけ?」

 流石のシノノメも先日の戦闘でユグレヒトのことは覚えていたが,名前を覚えるのは苦手である.


 「あんさん,ユーグレナはミドリムシでっせ! 栄養たっぷりの健康食品や!」

 シノノメの滑稽な間違いに,反射的にニャハールは突っ込みを入れた.

 「あ,ごめん!」

 シノノメの天然ボケのおかげと言っていいのかわからないが,沸点に達しそうだった部屋の雰囲気は若干落ち着いた.

 

 「ランスロット,処刑ってどうなるの? だって,ゲームの中で死んでもまた生き返るでしょ? そりゃアイテムとかが全部なくなるのはショックだろうけど」


 「なるほど.それはそうだな.それでどうやって落とし前をつけるって言うんだ?」

 ヴァルナがシノノメの言葉にうなずく.


 部屋の中のいるプレーヤーたちは顔を見合わせた.

 確かに,大陸中に死ぬところが中継されるのはぞっとしないが,プレーヤーにとっては死は大きな意味を持たない.ダメージの大きさにはよるが,長くて数日もすればセーブポイントに復活するのだ.この世界の死が真実の死であるNPC達とは,‘死の重さ’が全く違う.


 「生き返らないのさ」

 「えっ?」

 「永遠に死に続ける.セーブは処刑場の中でしかできないのでね.マグナ・スフィアで認められるアカウントは基本的に一人一つ.ログインしたらすぐにケルベロスに体を食いちぎられる」

 「でも,前のセーブポイントから再開すればいいじゃない」

 「それが,できないようになっているのさ.痛みのレベルも下げられない.これなら完璧な処刑だろう?」

 ランスロットは口元に笑みを浮かべながら異様な事実を告げた.


 シノノメはセキシュウと目を見合わせた.

 やはり,何かがおかしい.

 システム上,他のプレーヤーのセーブポイントや痛覚の感受レベルをコントロール出来るとは到底思えない.ランスロットが嘘をついているのだろうか.それとも,自分達の予想を超える何かがあるのか.


 「ランスロット,変わったね」

 「お前もな.シノノメ.そんな女らしい恰好をしているのは初めて見たぜ.惚れてしまいそうだ」

 野卑な笑いを見せ,ランスロットは皮鎧のブーツを円卓の上に投げ出した.


 「貴様! 陛下の御前で無礼であろう!」

 あまりの粗暴ぶりに,一人の素明羅衛兵が刀の柄に手をかけた.

 だが,鯉口を切る暇も与えず,ランスロットはつむじ風のような速さで立ち上がっていた.

 立ち上がりざまに大剣を衛兵めがけて抜き放ち,その切っ先は正確に首を狙っていた.この一連の動作は早すぎて目視することがほとんどできなかった.


 「いい加減にしろ,ランスロット」

 喉元まであと数ミリという距離で,ランスロットの剣は止まっていた.

 セキシュウがランスロットの左肘をほんの少し抑え,動きを制していたのだ.

 右手右足前で直線的に移動する,古武術の動きである.

 「柔術か?」

 「駒形改心流だ」

 「相変わらずだな.爺さん.NPCの一人や二人,死んでもよかろう? 言っておくが最初に仕掛けたのはそいつだからな.レベル95の俺に勝てるのか? お前はまだ85か」

 「ふん,そこに90と92がいるぞ」


 いつの間にかランスロットの右後方にはヴァルナが立っていた.グルカナイフの先を黒い甲冑に押し当て,涼しげな笑顔を浮かべている.

 シノノメも席から立ち上がって腰に両手をあて,皇王の盾となっていた.


 「なるほど,剣を納めよう」

 クルセイデルも椅子の上に立ちあがり,ランスロットを睨んでいる.

 ランスロットはゆっくり辺りを見回しながら納刀した.


 「言い忘れていた.ベルトラン閣下は,今回の不祥事を誠に申し訳なく思っておられるそうだ.閣下の私物である,イルミーヌ鉱山の産出物を2年間お詫びの品として提供するとさ」


 「おお! イルミーヌと言えば,最高級の魔石,アダマンタイトの大陸最大の産出地! それならば,陛下,遺族にも十分な補償ができます!」

 武人たちのぶつかり合いに,部屋の隅で震えあがっていた長須根が叫んだ.彼は根っからの文官なのだ.


 「ただし,その旨を明示した書状を受け取るために,素明羅の使節にノルトランドの首都アスガルドまで来てもらいたい.そして,その折には是非,シノノメに参加して欲しいとの仰せだ」


 「お前が今日,その書状を持って謝りに来るのが道理ではないのか」

 セキシュウが拳を握った右腕を上に持ち上げ,左拳を右前腕につけた.古流の空手,首里手の‘夫婦手メオトゥディ’構えだ. 

 一撃必殺の拳の照準をランスロットに合わせ,じりじりと間合いを詰める.


 「私,行ってもいいよ!」

 そのとき,シノノメが右手を挙げて叫んだ.

 「馬鹿,シノノメ,これは明らかな罠だぞ!」

 セキシュウがランスロットから視線を外さずに言う.

 「だって,戦争で死んでしまった人たちや,その家族が可哀想だよ!」

 「シノノメ……」

 皇王の目がシノノメの言葉に潤んでいた.

 「主婦様……」

 鏡の間に控えていた侍従や衛兵たち――特にNPCは,一様にシノノメの言葉に胸を打たれている.

 「王様,大丈夫だよ! 私,受け取ってくるから」

 シノノメが元気よく胸を叩くと,大きな胸が揺れてドレスの胸元がずれた.丸みと谷間がこぼれ出そうになったので,シノノメは真っ赤になって慌ててドレスを上に引っ張りあげた.


 セキシュウはため息をついた.

 ……そうだった.シノノメにとっては,プレーヤーもNPCも同じなのだ.彼女は差別しないというよりも……’区別ができない’.


 「はっはっはっ! これで決まりだな!」

 ランスロットは攻撃をしてくれと言わんばかりに無造作に踵を返して背を向けた.

 悠々と大股で歩くと,テラスに向かう窓を大きく開け放ち,指笛を吹き鳴らした.

 ほどなく窓の外に巨大な影が現れ,力強い羽音が響く.

 黒いグリフォンだった.

 黒い鷲の翼に黒い上半身,ライオンの下半身も黒い.

 ただ,瞳だけが血のように赤い.

 グリフォンは巨大な前足の鉤爪をテラスの柵にかけ,ゆっくりと鷲の頭を傾けて主人の騎乗を待つ姿勢をとった.

 嘴を開いて甲高い威嚇音を発し,獲物を探す猛禽の視線で室内の人々を睨んでいる.


 「シノノメ,また会おう!」

 

 竜騎士ドラグーンはグリフォンに飛び乗り,あっという間に空の果てに消えて行った.

 数枚の黒い羽根が風に舞っていた.

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