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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第24章 幻想世界の黄昏
176/334

24-5 オルレワンの暴動

 薄墨色の雲をぐんぐん追い越し,空飛び猫と三本のホウキは夜空を疾駆していた.

 魔法の箒にまたがっているのは五大の魔女の一人,クマリとその部下の二人の魔法使いである.

 空飛び猫に乗っているのは,言わずと知れたシノノメだ.

 四人は東南の方向に向かっていた.


 「すまない,協力してくれるシノノメ殿にそのような格好をさせるとは」

 印象的な大きな口をゆがめ,クマリは申し訳なさそうに言った.快活なクマリに似合わず,少し元気が無かった.


 「ううん,全然気にしてないよ.この服とても可愛いし.それに,殿じゃなくってシノノメで良いよ」

 シノノメは空飛び猫の上で髪をなびかせながら明るく答えた.

 シノノメはくすんだオレンジ色の丸い帽子に,明るい青の丈の短いローブを羽織っている.見習い魔法使いの制服だった.


 「ですが,シノノメ殿……シノノメと言えば,ユーラネシア中の者がその名を知る大魔法使いですよ」

 クマリの後ろを追いかけるように飛んでいる魔女が言った.

 サミアという名の彼女は,クマリの直属の部下でやはり‘土’元素系の魔法を得意としているという.シノノメの凄さを知っているだけに,そうは言ってもシノノメを呼び捨てるのは気が引ける様だ.


 「だって,私は主婦だもの.それに,魔法院に入学したわけじゃないから仕方がないよ」

 魔法院に入学した魔法使いは戴帽式を経て魔法使いの象徴である,とんがり帽子を授与されるのだ.とんがり帽子をかぶる正式な資格がないことはシノノメも承知していた.


 「……でも,お客様なんですから,少しくらい融通してくれてもいいんじゃないかな」

 そう言うのは,もう一人の魔法の箒の乗り手,男性の魔法使いであるガザトジンだ.彼もやはり‘土’元素系,地下の鉱物に関わる魔法を使うという.ガザトジンはロワーヌ地方でクエストを経験したことがあるので,地理や政情に詳しいという事だった.


 「ううん,深い考えがあってのことだと思うよ.だって,私がいつもの格好で行ったらすぐにばれちゃうでしょ」

 「そう……確かに」

 クマリは帽子のつばを傾け,目指す東南の山々を睨んだ.夜闇の中,白い稜線はみるみる近づいている.

 

 その向こう,ロワーヌ地方では暴動が起こり,数名の魔女が行方不明になっているという.

 共和制――貴族たちによる議会制であるウェスティニアの政府は,まだこの事態に対処できていなかった.遅々とした会議の進行のせいで,対策はまだ協議中だ.王制である素明羅スメラやカカルドゥア,今は亡きノルトランドとは違って,突発的な事態に対処する能力が低いことがウェスティニア共和国の欠点だった.


 「待っていられません」

 クルセイデルは直属の部下である五大の魔女に,情報の収集と魔女たちの救出を速やかに命じた.

 ログアウトしていないプレーヤーが音信不通になるなど,尋常なことではない.

 現実世界では意識不明の状態が持続しているという事であり,下手をすれば生命の危機にかかわるのだ.

 五大の魔女のうち,すぐに行動を起こせるのはクマリだけだった.

 五大の魔女ほどではないが手練れの魔女・魔法使いたちも大勢同行を志願してきた.しかし,クルセイデルはそれを禁じた.

 ウェスティニア政府――正確には一部の貴族たちは,魔法院を快く思っていない.ウェスティニア最大の武装勢力ともいえる魔法院が力を持ちすぎていると考えているのだ.

 魔法院が政治に提言することは越権行為であるとか,僭越であると事あるごとに批判してくる.かつてノルトランドが素明羅スメラを侵略したときも,密かに五大の魔女だけを送って協力せざるを得なかったのはそのせいだ.

 今回もたくさんの魔法使いが大挙して行けば,魔法院が非難されることは目に見えていた.

 

 少人数の精鋭――クマリとその直弟子二人が出発することになったのだが,話を聞いていたシノノメは手を挙げた.

 自分を受け入れてくれた魔法院に恩返しをしたい気持ちもあった.だが,そうしたのは不吉な予感を感じたからだった.

 プレーヤーがログアウト不能になるのは,かつてのユグレヒト幽閉事件の時に似ている.こんなことになるのは,きっとシステムを操作できる存在――サマエルが関与しているに違いない.

 

 同じことを感じていたクルセイデルもシノノメの参加を喜んだのだが,すぐに考え込んでしまった.

 一国の軍隊にも匹敵するというシノノメがいきなり魔法院の一員として訪れればどうなるか.

 それは下手すれば,魔法院全員が出動するのと同じ――暴動を鎮圧する軍隊が出撃した様に解釈されてしまうのではないか.火に油を注ぐことになりかねない――.

 結果,見習い魔法使いの姿に変えて同行するように指示を出したのだ.

 

 シノノメにはクルセイデルの配慮が少し理解できた.


 それに……サマエルがいるところには,きっと私の記憶の手掛かりがあるに違いない.

 

 夜風が少し冷たかったので,暖かい空飛び猫の毛皮に顔を埋めながらシノノメは思った.


 いつからこんな風に考えるようになったのだろう.素明羅スメラにいたころ,戦う時は何も考えずにいた気がする.ただ楽しむだけ――空っぽだった.

 あのノルトランド崩壊の夜――夫の記憶が欠けていることに気づいて,魂を取り戻したとでも言うのだろうか.

 だが,その重さはどうだろう.

 時々思う.

 もし何も気づかずにいたら,こんなに苦しい気持ちにならなかったのではないか,と.そしていつもその気持ちを心から追いやるのだ.そんなものは本当の幸せでないと.

 メムの魔導士――移住者たちはシノノメと真逆の選択をした者達と言えるかもしれない.

 現実を否定し,仮想世界に没入しようとしているのだ.


 「見えてきた! ロワーヌ川だ!」

 ガザトジンの声にはっとしたシノノメは顔を上げた.


 雲間から覗いた月光を受け,きらきらと光る帯が地上に見えてきた.

 ロワーヌ地方はこの川沿いに広がる,一大農業地帯なのだ.

 生産系のゲームを楽しんでいるプレーヤーが多く,牧畜や果実の生産が盛んである.

 川沿いに黒く広がる影のほとんどは農場である.


 「ブルドー,ボルゴーニャと並ぶ葡萄酒ポーションの産地です.この辺の農場はほとんどブドウ畑ですよ」

 緩やかな丘陵地帯がさらに山の方に続き,背の低い黒い木の影がずっと立ち並んでいるのが月明かりで見て取れた.


 「平和なこの地帯で,一体何が起こっているのだ……」

 クマリは唇を引き締めた.


 「犬人の多い地域です.怒り出すとちょっと手が付けられない犬種の人もいるようです」

 サミアが言った.


 「だけど,オルレワンの領主のシェトランド候は温厚な人だよ.俺は会ったことがある」

 ガザトジンはメッセンジャーにその人物の写真を添付して送って来た.

 ムクムクの顎鬚と前髪に覆われた,牧羊犬のような人物は確かに温和そうに見えた.

 モフモフ好きのシノノメとしては大型犬のように頭を撫でたくなる外見である.


 「そもそもユーラネシアに農奴制はない.不当な税金を徴収したり,小作人をいじめたりするような人じゃないはずなんだ.ましてや,一揆や暴動なんて起こるはずない」

 「あれを見て!」

 ガザトジンの説明を遮る様に,サミアの声が響いた.

 指さす先に,異様な物が見えた.

 街の方角にうねうねと続く,光の蛇だ.

 それは川沿いの街道に沿ってずっと繋がり,二キロほどにも及ぶ松明の行列だった.


 「町の方に接近してみよう.街道の対岸を,森影に隠れながら進むんだ!」

 クマリの指示で四人はロワーヌ川沿いに移動した.


 下流にオルレワンの街があるという.

 中世世界であるユーラネシアの夜闇は濃い.だが,やがて遠くの空を明々と照らす不気味な光が見えてきた.対岸の松明の列はその明かりにつながる様に川岸を照らしている.

 目を凝らしてみれば,松明を持つのはユーラネシアン――犬人のNPC達だ.

 耳と尻尾が生えた人間たちが,まるで熱に浮かされたように一点――オルレワンの街の方を見つめて向かっている.

 その姿は夢遊病者の様で,不気味だった.

 まさに松明の列全体が光の蛇――一つの巨大な生き物になったように感じられる.その生き物は不気味な悪意を孕んでいるのだ.


 「むっ」

 クマリが唸る.

 城塞都市,オルレワンが見えてきた.

 川を掘削して作った運河に囲まれた小都市だ.町全体がぼんやりと光に照らされているが,これも普通の事ではない.

 「注意しながら近づこう」

 クマリは片手を挙げて指示を出す.緩く左に旋回しながら,三本の箒と空飛び猫は街の上空に到達した.


 「何だ? 何が起こっているんだ?」

 ガザトジンが誰にともなく疑問の言葉をつぶやく.

 中世都市の構造はどの街もほとんど同じだ.中央に市民が集合するための広場と教会,そして鐘楼があり,それを中心にほぼ同心円を描いて広がっている.

 ひときわ目を引くのは中央広場だった.巨大な炎が赤々と燃え盛っているのだが,燃料にされているのは家一軒分にもなろうかという物資だった.炎の向こうに家具や馬車のそれらしいシルエットが見える.家々から略奪した物資に放火してかがり火を作っているらしい.

 松明が主な街路沿いに灯され,町全体が異常な明るさになっていた.まるで祭りだ.それも,狂気の祭りである.街のあちこちから,ひどく険しい物音と悲鳴が聞こえてきた.


 「暴動なんて……聞いたことがない」

 サミアの言う通りだ.

 そもそも‘暴動が起きる’という設定がないはずなのだ.ゲームプレーヤーにとってはのどかな農業地帯で,豪雨や干ばつといった天災との戦いがテーマの地区なのである.

ゲームを越えた何か.

 カカルドゥアであったような変化がこの仮想の異世界に起こりつつあるのだ.


 「フィーリアは最後にシェトランド候の屋敷を訪問したと聞いているのだが……」

 眉をひそめながらクマリは中央広場の奥に位置する少し大きな洋館を睨んだ.


 ウェスティニアの魔法院の頂点,五大の魔女は,土・水・火・風・闇の五大元素それぞれに関連した魔法の達人だ.フィーリア,別名‘湖のフィーリア’は水の元素を操ることに長けた魔女だ.

 ショートカットの青い髪に眼鏡をかけたフィーリアは一見おとなしそうな学究肌だが,その気になれば高水圧の水を手から放つことも,鉄砲水で騎兵隊の一団を押し流すこともできた.それほどの強力な魔法使いが消息を絶つのは尋常でない.


 「あそこに隠れましょう」


 四人と一匹は広場を囲む大きな商館の屋根にそっと降り立った.

 屋根の影から広場と,その向かい側にあるシェトランド候の屋敷を窺う.

 広場は巨大なキャンプファイアのような有様になっていた.炎を囲み,大勢――四,五十人入るだろうか――犬人たちが気勢を上げている.


 「あ,あれ!」

 大柄な犬人――おそらくシェパードか何かの犬人だ――が,丸っこいシルエットの人物に縄を付けて引きずり回しているのが見えた.丸っこい人物は縄でがんじがらめに縛られ,広場の石畳に膝をついているようだ.

 「シェトランド候だ……」

 ガザトジンの声が震えていた.

 「ひどい……」

 遠目にも分かるほど体が傷ついていることが分かる.肩を落とし,服はあちこち破れていいた.

 今度は広場の隅から高い悲鳴が聞こえる.

 顔の皮膚がブルドックの様に垂れた犬人が,縄に数珠つなぎに繋がれた小柄な犬人たちを連れてきたのだ.連れるというよりも,縄で引きずってきたといった方が良い.

 小柄な犬人たちの服は引きちぎられて布の残骸になりかけていたが,もともと淡い色のドレスだったらしいことが分かる.

 女性と子供,合わせて四人だった.


 「貴様ら,黙れ!」

 大柄な犬人は唸り声のような音を立てながら怒鳴った.子供たちが悲鳴を上げたので,縄を持っていた犬人が蹴り飛ばした.蹴られた子供は地面に倒れて泣きじゃくった.それを見ていた周りの犬人たちが面白がるようにキャンキャンと声を出す.彼らは手に手に鍬や鋤――農具を槍のように振り回し,シェトランド候の家族を威嚇していた.


 「お前たち……私が,私たち一家が何をしたというのだ!?」

 シェトランド候が悲鳴混じりの声を上げた.どことなく犬の遠吠えを思わせる,良く通る声だ.

 「ジョゼ,お前など,うちの家族とは特に仲良くしていたはずなのに……何故」

 大柄な犬人はこの言葉を聞くとせせら笑った.


 「何故?」

 「何故って……」

 ブルドックの犬人が途方に暮れたようにシェパードの犬人――ジョゼの顔を見る.


 「うるせえ,馬鹿だな,ブルクス.これがジユウとビョウドウってやつよ.俺たちが汗水たらして働いてるのに,こいつらは家の中でふんぞり返って良い生活をしてるんだぜ」

 「はあ,なるほど」

 ブルドックの犬人――ブルクスは分かったような分からないような返事をした.


 「今年の作付は大変だ.山の向こうじゃ水が嗄れて,ちっとも収穫ができねぇ.土砂崩れが起こってダメになった土地もある.なのに,どうよ,こいつら?」

 「気に食わねえ」

 「そうだ,よく分からんが気に食わねえぞ」


 「私は……我々一家は代々,土地の管理や,市税の出納,運河の交易の管理……そういった仕事をしているのが分からんのか! お前たちだけでどうやって政府と交渉したり,河川や橋の修理をしたりするのだ……」

 シェトランド候は反論したが,暴徒と化している犬人たちは聞く耳を持たなかった.


 「もう……許せない.あの人たち全部,ぶっ飛ばす!」


 商館の屋根の裏では,三人の魔法使いが必死で爆発寸前のシノノメをなだめていた.

 困ったことにシノノメの身体はすでに魔力の光を帯びて薄青く光り始めているのだ.


 「シノノメ殿,そなたの正義感には深く同意するが,少し,もう少しだけ我慢してくれ」

 「状況を見て,情報を引き出してから動きましょう」

 「今飛び出していったら,フィーリア様たちの行方が分かりません」


 もともとはNPCとプレーヤーの区別がつかず,さらに今自分の記憶がNPCのような人工物と自覚しているシノノメは,NPCへの同情――共感が深い.子供や女性まで痛めつけられているこの状況はとても看過できるものではなかった.

 クマリはがっちりとシノノメの肩を抱き,サミアはあたふたしながらシノノメの手を擦っていた.ガザトジンはシノノメの怒りの熱を冷ますかのように,ひたすら両手をパタパタしている.


 「ドラゴンが暴れたせいで俺の家もぺちゃんこだ.なのに税金を集める気かよ」

 「この度の災害で被害を被った家々には市で蓄えてあった公金で援助すると言っておったろうが……」

 「そんなもんじゃ足りねえよ」

 「だから,魔法院の魔法使いの方に来ていただいたのに……」

 「あんな胡散臭い奴の言う事が聞けるかよ!」

 

 吼えるようなこの絶叫に反応したのは三人の魔法使い達だった.

 「シルフェよ,かの者の言葉を我に伝えよ……」

 ぶつぶつとクマリが‘聞き耳の魔法’の呪文を唱えた.

 気圧と気温,空気の流れを調整して,目的の人物の会話を拡大して聞くことができる魔法である.

 まるですぐそこで話しているかのように彼らの声が聞こえてきた.


 「俺たちが,せっかく苦労して作ったダムを壊せなんて言いやがって!」

 「おお,あれは許せなかったぜ」

 「デンキが来なくなったらどうする気だよ.あの馬鹿ども!」

 「ああなっても当然だ.報いだ」

 

 犬人たちが荒々しく叫ぶ中,シェトランド候が体を震わせながら言った.

 「お前たち,魔女様たちに何をした!?」


 「あいつらは今頃お前の部屋でぶっ倒れてるぜ.腹に魔剣を食らわしてやったからな」

 ジョゼはゲラゲラ笑いながら言った.

 「何という事を!」

 「あいつらは不死身だがよ.メムの魔剣を食らえば魔法も使えなくなるんだ」

 「消えて逃げることもできねえ」

 「ざまあみやがれ!」

 「お,お前たち,そんなことをしてクルセイデル様が恐ろしくないのか? 魔法院の頂点には,この世界最高の魔女がいらっしゃるんだぞ?」

 「へっ.どうってことねえよ」

 「その時はその時よ」

 「クルセイデルにも魔剣を食らわしてやりゃあいいんじゃね?」

 「あいつらも偉そうにふんぞり返って,気に食わねえ」

 「俺たちを馬鹿にしてやがる」

 「魔法院の魔法使い,魔女どもは全部捕まえて殺っちまえ.冒険者ども,くに人,奴らに協力する奴も容赦しねえ」


 「あいつら……」

 今度は魔法院の三人が怒りに燃えていた.

 尊敬するクルセイデルを穢され,さらに彼らの言葉は明らかな魔法院への敵対宣言だった.

 一方のシノノメは少しだけ冷静さを取り戻していた.

 プレーヤーの動きを封じる魔剣というものに引っかかっていたのだ.

 消えて逃げる,というのはログアウトの事だろう.

 カカルドゥアでシェヘラザードがクヴェラを連れ去った時に使った短剣の事を思い出す.

 何振り持っているか知らないが,あれがあるとすると随分危険な敵という事になる.

 そして,行動不能にしたり,ログアウトできなくしたりしてしまう技術.

 ノルトランドでヤルダバオートがユグレヒトを幽閉したとき――ひいては,自分がベルトランの居城でさらわれたときの様子に似ていないでもない.


 ……そう言えばあの時,一瞬見た夢のような――

 病院のような――ベッドの上に寝ていたあれは……もしかして,目が覚めていたのだろうか.

 点滴のバッグと,白い天井をおぼろげに覚えている.

 あの時私に声をかけてきた看護師さん,そして…….

 何故かとてつもない懐かしさが胸によみがえろうとしてくる.


 「シノノメ殿!」

 だが,クマリの声でシノノメは我に返った.


 「それでは,行動に移ろう」

 「あ……うん,ごめんなさい」

 「フィーリア様たちが危険です.急ぎましょう.もう通常のログアウト時間を過ぎてこの世界に留められている事になります」

 「シェトランド候の部屋は,僕が知ってます.でも,クルセイデル様から話は聞いていたけど……本当に,そんなことが出来る奴がいるんだな」

 ガザトジンが唇を噛み締めた.

 シノノメが小さく頷いた.

 「そうか,シノノメ殿はクルセイデル様の仰せになる‘かの大いなる敵’と対峙したことがあるのだったな.一緒に来てくれたことは心強い」

 クマリが小さな笑みを大きな口に浮かべた.

 「でも,油断は禁物だよ.それに,私あのムクムク候を助けてあげたい」

 「連中はまだシェトランド候をいたぶり続ける気ですね.すぐに殺したりしないと思う.それより,フィーリアたちはログアウトできないと命の危険があるかもしれません」

 サミアが箒を握りしめて中腰になった.


 ……そう,そうだよね.普通,みんなNPCはNPC――.


 シノノメは心の中で嘆息した.

 今になって一般的なプレーヤーの考え方が理解できるようになっていた.

 自分たちとは違う,仮想世界の人工疑似人格.

 自分たち現実の人間と全く区別のつかない――あるいは,区別しない自分シノノメがどれほど奇妙に見えていたのだろうか.

 だが,区別できるようになった今でも――それでも自分は今でも――彼らのことを同じようにしか考えられない.


 「ごめんね,きっとすぐに助けてあげるからね」

 シノノメは広場のシェトランド候に向かってそっとつぶやくと,屋根伝いに移動するクマリたちの後を追った.


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