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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第4章 皇国の主婦
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4-3 叙勲式

 かなり遅れてシノノメは叙勲式の式場に到着した.

 舞台の袖に姫に手を引っ張られて来たのを見て,王宮の侍従や居並ぶ大臣たち,皇王までが事情を理解したらしい.

 特に皇王は半ばあきらめるかのようにため息をついていた.


 式場は王宮の裏庭に設けられ,高い舞台の両袖には大きな金屏風のような衝立が建てられている.裏庭といっても,狩場から湖まである巨大な敷地である.

 扶桑樹の幹と枝の上とは思えない.王宮のはるか向こうの空にひろがる雲海を見て,ようやくここが天空都市であることに気づくことができる.

 白い布で覆われた舞台は宮殿を背にしている.衝立の裏には宮殿の控えの間につながる通路が赤い絨毯で設えてあった.シノノメが引っ張って連れてこられたのはこの通路だ.

 舞台の前には数万人の群衆と,様々な食事を提供する屋台,土産物を売る店,シノノメグッズ(当然本人の許可はない)を売る便乗商売の店などがひしめいている.


 叙勲を受ける者は衝立の陰に並び,名前を呼ばれると順に壇上に上がるということになっていた.

 シノノメは最大の功労者なので順番は最後だったが,ぎりぎりのタイミングだったらしい.

 彼女に次ぐ功績者として認められたカゲトラが,壇上で皇王から勲章を受け取っているのが見える.せわしなく尻尾をパタパタしているので,緊張しているのだろう.

 カゲトラが皇王に名前を読み上げられ,集まった群衆に手を振る.

 衝立の陰にいるのでシノノメから集まっている人々は見えないが,大きな拍手が起こった.


 「さ,シノノメ様,出番ですわ! 参りましょう!」

 シノノメを誘導すべく差し出された侍従の腕を振り払い,咲夜姫はシノノメの手を握った.

 「ひ,姫様!」

 侍従が頭を抱える.式次第も何もあったものではなかった.

 咲夜姫は満面の笑顔でシノノメを壇上にエスコートする.

 

 皇王は侍従長とともに壇の中央で表彰状のようなスクロールを持って待っていた.

 ロマンスグレーの髪に(ぎょく)玉をちりばめた宝冠を被り,同じ色のひげを蓄えている.いつも穏やかに口元に微笑みを湛えており,威厳と言うより親しみやすさを感じさせる,この初老の男こそが素明羅皇国の王であった.

 シノノメはサクヤ姫と並んで国王の隣に進み寄り,前に立った.ヒールのある靴を履いているが,国王は背が高いので,シノノメの頭の高さがちょうど肩の高さであった.

 侍従長はマイク代わりの魔法の杖を王の口元に差し出した.杖から魔法の力で斑鳩全土にメッセージが届く仕組みである.


 「主婦,シノノメ! 皇国の救い手! ここに最大の感謝と栄誉を贈る!」

 皇王は感謝状をシノノメに手渡し,手を差し出した.

 血管の浮き出たゴツゴツした手に魔結晶の指輪をはめている.臣下の者は跪いて指輪に接吻をするのがしきたりであったが,シノノメは両手で握って握手した.

 「ひいっ!」

 侍従長の顔が引きつる.

 「ははっ,よいではないか」

 皇王は笑ってシノノメの手を取り,高く差し上げて群衆に向かって振った.


 「うおおおおおおおおおおお!」

 群衆の声が一つの塊となり,一斉にシノノメに賛辞を贈る.

 ヒト族が,エルフが,ドワーフが,コボルトが,獣人が,その他この場所に集ったあらゆる種族が歓喜の声を上げていた.式典の興奮が最大限になった.


 「主婦!」

 「主婦様―!」

 「ありがと―!」

 「主婦様! ありがとうございました!」

 「可愛いー!」

 「愛してるよー!」

 「エル,オー,ブイ,イー,ラブリー,シュッ!フー!」

 その数は数万人.しかし,ちゃんとシノノメの名前をコールする者は少数派であった.


 「あわわわわ……」

 シノノメは圧倒されていた.


 ……これじゃあ,まるでアイドルのコンサートみたいだ.


 声が音の波となり,絶え間なく自分にぶつかってくる.体が音でびりびりと震えてしまう.

 ユーラネシアン――特に素明羅に住む人工の人間達にとっては,救国の英雄なのだ.

 素明羅に所属するプレーヤーたちにとっては,憧れの的だ.何せ,シノノメは素明羅に初めて現れたスタープレーヤーなのだ.そもそも日本人の半数以上がマグナ・スフィアに参加している現在,スタープレーヤーには有名芸能人か野球選手並みの地位があるのだ.


 「主婦殿?」

 「えっ! あ,王様!」

 王がマイク代わりの魔法の杖を向こうに押しやり,屈んでシノノメの耳元に口を寄せた.

 内緒の話のようだ

 「どうかね,儂と交代してくれないかね?」

 二人のひそひそ話を聞きつけた咲夜姫が目を輝かせる.

 「交代?」

 「王位じゃよ.もう,素明羅の王になったらどうかの.譲位したら女王かな」

 「えー! 私,国を治めるとかガラじゃないし」

 シノノメは力強く首を振った.

 「はー,やっぱりそうか.まあ,シノノメ殿はそう言うと思うておったが」

 王は苦笑しながらため息をついた.

 「だが,この後の会議は来てもらうぞ」

 「皆と一緒の祝宴は?」

 「その後じゃ」

 「やっぱりかー」

 シノノメも予想はしていたが,この後にはいよいよもう一つの大事が控えている.四大国会議――斑鳩公会議だ.自分も同席しなければならないと思っていた.


 王は侍従長に目で合図した.

 侍従長は魔法の杖を口元に寄せ,口を開いた.

 「それでは,叙勲式典はこれで終了とし,ただいまより斑鳩公会議に来られた使者の方々をお迎えいたします」


 大歓声を発していた群衆が,少しだけ静けさを取り戻した.

 侍従長は舞台の左袖に向かって手を挙げた.ファンファーレが高らかに鳴り響く.

 

 「まず,西のウェスティニアから,最高位魔女マギステルクルセイデル様と魔法院のご一行!」

 ファンファーレが吹奏楽に変わった.

 黒い,所謂魔女の正装に身を包んだ少女が同じ装束の女性たちを引き連れて壇上に進み出る.

 先頭を歩く少女は十二,三歳くらいにしか見えない.

 火のように真っ赤な髪をしたこの少女こそが,西の魔法院最高の地位にあるマギステル――クルセイデルである.

 魔法の力を普段極力温存するために少女の姿をしているが,立派な成人女性である.

 共和制を敷くウェスティニアにおいて,政治顧問的な立場をとっている重鎮であった.

 後に続く魔女たちは四人.それぞれ四大元素に通じる,赤,青,黄色,白の杖を持っている.

 治癒魔法を得意とすることが多い魔法使いの中で,戦闘を得意とする魔法戦士たちだ.


 魔女四人と幼く見えるクルセイデルの姿に萌えたのか,一部のプレーヤー達がひときわ盛大な拍手を送った.その盛り上がりぶりにユーラネシアン――仮想世界の住民達は少し圧倒されていた.


 「次に,南のカカルドゥア公国から.大公の代理として,ユーラネシア最大の商業ギルド,ガネーシャの団長ニャハール殿,そして聖騎士パラディン‘風の紡ぎ手’ヴァルナ!」

 シタールの旋律が流れる.

 ターバンを巻いた恰幅のいい猫人がやって来た.猫人なのに、人猫と読んで良いくらい猫成分の多い猫人だ.髭の先はくるくると上向きにカールしている.ふっくら肉球のついた右手を上げて群衆に挨拶した.

 横には褐色の肌を持つ黒髪の美少年と,ペルシア風の装束をまとった美女が立っている.

 その後ろには背の高いひょろりとした男と,太った男が付き従っている.二人とも鋭い目つきをしていた.

 少年は十六,七歳で,黒い前髪が緩くウェーブして額にかかっている.長い睫毛に黒真珠の色をした瞳を持ち,一見美少女と見間違う.

額に宝玉のついた細い宝冠を付け,腰には鞘に入ったグルカナイフを差していた.

 カカルドゥアの神殿を守る聖堂騎士パラディン,ヴァルナである.

 風の魔法に長けた魔法剣士であり,体術カラリ・パヤットの達人でもある.その後ろの男たちは彼の部下であるアサシンであった.いずれも特殊な暗殺術を身に着けた戦士だ.

 ヴァルナの美少年ぶりは素明羅でも有名なので,一部の女性ファンから黄色い歓声が飛んだ.

 ’自覚のない八方美人’という困った性格であるヴァルナは,声に応えるようににこやかに手を振る.

 ニャハールを挟んで反対側に立っている女は,正体を隠すように黒いチャードルで全身を覆っていた.しかし,蠱惑的な目と,チャードルでも隠し切れないその均整のとれたプロポーションから,凄まじい美女であることは間違いなかった.


 「そして……」

 ここで,侍従長は言葉を区切った.その国名を読み上げるのに少しためらうかのように.

 「最後に,北のノルトランドより,国王ベルトラン代行として,‘魔弾の射手’竜騎士ドラグーンランスロット!」

 音楽はない.

 ただ,重装備の甲冑と重い軍靴の足音だけが響く.

 冷気をまとわりつかせたような黒い甲冑,黒いマントをつけた長身の男が現れた.

 たった一人だ.

 伴のものなど必要ない,いざ戦闘となればたった一人で相手にできるという自負の表れだろうか.ランスロットは従者一人として連れていなかった.

 兜を右腕に抱え,群衆を睥睨する.背中には大剣を背負い,腰にその異名の由来である銃を差している.


 大国の使者に対する礼儀としてブーイングこそ出ないものの,集まっている素明羅の国民に緊張が走った.ざわめきと沈黙が入り乱れる.侵略者への反感と,たった一人で敵地に現れた男への得体のしれない畏怖が混在した感情だった.


 「ありゃ! 知り合いが結構いる!」

 シノノメは驚いた.ランスロットもヴァルナも昔一緒のパーティーにいたことがある.

 「そうだな,シノノメ」


 いつの間にかセキシュウがシノノメの背後に立っていた.シノノメに気付かれずに背後を取れる人間がユーラネシアに何人いるだろうか.セキシュウも皇王の警護につくことになっていたのである.


 「でも,何だか変だね,セキシュウさん」

 「そうだな.やはり,そう思うか」

 お調子者のヴァルナがにっこり笑ってシノノメに向かって手を振っている.

 相変わらずだ.ヴァルナは女性なら誰にでも優しい.なので,しょっちゅう女性トラブルを起こしていた.


 二人が違和感を抱いたのはランスロットだった.

 ランスロットはアーサー王の恋敵,湖の騎士から名前を取ったという青年である.やや線が細く中性的な感じのする美青年だったのだが,今はごっそりと頬がそげ,目の下には濃い隈ができている.顔色も青白く,凄絶な幽鬼といった状態であった.

 「一体何があったんだろう?」

 「分からん.分からんが,それを見極めるのが俺たちの仕事だ」


 「ただいまより,ユーラネシア大陸,斑鳩公会議を開催する!」

 侍従長は一際良く通る声で宣言した.

猫人はマグナ・スフィアではとても自由度の高いキャラクターです。

猫成分の量も自分で決められます。

例えば、女の子は猫耳と尻尾だけにもできますし、’二本足のほとんど猫キャラ’を選ぶこともできます。

名前も漢字が使えるのは猫人だけなのです。


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