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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第22章 仮想世界の彷徨人(さまよいびと)
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22-6 屈服せざる者

 国立研究開発法人、神経精神医療研究センター附属病院。

 その四階B病棟のラウンジに妙な男が座っていた。

 男はスーツ姿で、一応ネクタイを締めているが、あまりにくたびれた感じだ。ワイシャツもシワシワで、いつクリーニングに出したのか分からない。仕事帰りに満員電車でもみくちゃにされたにしても乱れすぎである。ビジネスマンと言うより、強いて言えば怪しげな商品を売る営業マンとでも言ったところだろうか。

 夕食の配膳時間が近い。時折見舞客と看護師が、不審そうな顔で見ては通り去って行った。

 彼は背中を曲げて覗き込むようにパソコンの画面に向かい合っていた。

 弁当箱ほどの四角い個人用パソコンは、武骨で旧世代のノートパソコンを彷彿とさせる。個人用のパソコンでも高級機種は紙のノート程度の厚さなのが普通だからだ。

 パソコンの筐体はやたら頑丈そうで、しかもカーキ色だった。

 小さなキーの上を凄まじい速さで指が動いている。

 男はたまに頭をボリボリと掻くので、乱れた髪が一層乱れていた。だが、彼はお構いなしの様子だった。耳には今時珍しい有線イヤホンがつけられている。

 何とか――無理やり解釈すれば――入院している家族の容態が悪化して離れられなくなったので、仕事を病院で処理しようとしている――といった様子に見えないこともない。

 だが、男はニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。

 

 「先輩、どうですか?」

 テーブルの向かい側に、パンツスーツ姿の女性が座った。

 百五十センチあるかないかくらいの身長だ。しかも童顔なので、後ろ姿だけ見ると一見大人なのか子供なのか分からない。奇麗に背筋が伸びた姿勢とてきぱきとした身のこなしは警察官か軍人を彷彿させる。

 彼女は飲み物の入ったカップを二つ男の前に置くと、椅子を引いて座った。


 「おう、千々石、サンキュー」

 風谷はヘラヘラと笑いながら、カップの中身を口に流し込んだ。色からするとカフェラテらしいのだが、ちっとも味を気にしているように見えない。

 「あ、そっちは僕のラテなのに……! っていうか、聞きたいのはそんな事じゃありませんよ」

 風谷は自分が半分ほど飲んでしまったカップを無造作に千々石に押し付けようとしてきたので、千々石は押し戻した。


 「まあ、院内LANなんてちょろいもんだ。電子カルテと患者リストをチェックした」

 「それで?」

 千々石は仕方なく風谷の注文したエスプレッソを飲んだが、ストレート、しかもダブルだったのであまりの苦さに顔をしかめた。

 「倒れた医者は神経内科の鳥井って奴だな」

 「鳥井……そいつがシンハ……」

 ゲームの中での魔王シンハのことを思い出し、千々石の表情は思わず険しくなった。臓器の売買や児童誘拐、現実世界で同じことをしていれば間違いなく凶悪犯である。

 「ただ、かなり容態が悪いらしい。事情聴取ができる状態じゃねえ。この病院のVRPIでも使えば手掛かりが得られるかもしれねーけど」

 「VRPI? ああ、ヴァーチャルリアリティ・サイコ・イメージング。意識を仮想世界化・可視化するシステムですね」

 「でも、ただいまシンハの脳みそは大混乱の最中で、接触するのは結構リスクがあるらしいな。あとは、もう一つの線……」

 「というと?」

 「アルタイルの言葉を覚えてるか? シノノメのことだ」

 「えっ? でも、先輩、あんな話を真に受けてるんですか?」

 

 日高アルタイルは先日、二人のいるオフィス――防衛省の統合情報局を訪れている。

 その時聞いたのは、不思議な話だった。

 彼はマグナ・スフィアでヴォーダンに攻撃された後、ログアウトしてからもひどい腕の痛みに悩まされていたのだが、この病院で治療を受けてから突然全快した。

 その時、彼の意識を具象化した仮想世界の中に、シノノメそっくりの女性が出てきたというのだ。

 

 「面白いぜ。この音声ファイル、お前も聞いてみな」

 そう言うと風谷はイヤホンを千々石に渡した。

 さっきまで風谷の耳に突き刺さっていたイヤホンである。今日は病院に来るという事でこざっぱりとしているが、耳垢がついていそうだったので、しっかりぬぐってから耳につけた。

 風谷がキーボードとトラックパッドに指を走らせる。

 彼の持っている旧式のパソコンに見えるものは、統合情報部用の携帯スーパーコンピュータ、軍用パソコンだった。

 ケースには超小型のXバンドレーダまで組み込まれている。

 今は超小型の盗聴・盗撮用ドローンをコントロールして情報解析している。特定のキーワードに合致する音声データや画像データを収集と同時に検索、集積するのだ。

 千々石は飲み物を買いに行く振りをして、院内のモデムにワームと呼ばれる有線配線進入用ナノロボットを放ち、通気ダクトにテントウ虫ほどのサイズのドローンを放ってきたのだった。

 

 「ヒヒヒ」

 「不謹慎ですよ」

 風谷が面白そうに笑うので、千々石は眉をひそめた。

 超法規活動がある程度許可されている部署とはいえ、こんなのはただの盗聴である。局長の許可など当然風谷はとっていない。

 思わず辺りを見回したが、平日の夕方のせいか、幸い人が少ない。怪しげな自分たちを見ている見舞客の姿もなかった。

 改めて耳を澄ます。

 「……これは……!?」

 イヤホンの向こうの会話に、千々石は思わず目を見開いた。

 

 『…………カカルドゥアって知ってっか? ゲームの中の超大国を滅亡させようとしたんだ。これ、そいつの顔にそっくりだ。』

 『じゃあ、鳥井先生がそのプレーヤー?』

 『そうとしか思えねーよ。だけど、これ、ヤバいよ。だって、ゲームの中でその魔王を倒したの、黒江先生の奥さんなんだよ! 東の主婦、シノノメなんだ!』

 『唯さんがゲームの中でアバターを倒して、そして……鳥井先生が現実世界で倒れたっていうこと?』

 『ゲームで倒された腹いせに何するかわからねーぞ! お前は意識不明の重体だって吹き込んで、滅茶苦茶にするんじゃないのか!?』

 『そんなもんじゃないわ! 鳥井先生は重度の閉じこもり状態、完全な統合失調状態にあるの! 意識が接触すれば……』


 「先輩、これ!」

 千々石が顔を上げて風谷の顔を見ると、乱雑な前髪の向こうで目が鋭く光っている。

 「そして……これがとどめだ」

 風谷の指が、エンターキーを押した。

 千々石はイヤホンの向こう側の声に集中した。

 女性の声。

 それは、声にもならない小さな囁きだった。


 『黒騎士は……あなたなのですね』


   ***

 

 穏やかな夕暮れの日差しの中、眠り続ける唯の枕元に黒江は座っていた。

 雨上がりの空から全てを洗い流すような美しい茜色の光が降り注いでくる。

 唯はわずかに血色を取り戻したようにも見えるが、それはほんの微かな変化だ。

 黒江はじっと黙って妻を見ている。

 見ているというよりも、見守っているようだ。それは言葉を失ったアメリアの機械人間の姿そのもののようにも見える。

 塚原セキシュウ璃子アイエルは何も言えずに、部屋に戻って来た黒江と唯をただ見つめていた。


 『黒騎士は、あなたなのですね』

 

 祥子がこの部屋を出ていく前に発した、小さな小さな問いかけだった。

 黒江は否定することも肯定することもなく、その意外に厚い背中で受け止めているようにも見えた。


 黒騎士。

 正確には、Dark Knight――闇の騎士。

 VRMMOマグナ・スフィア――人工の電子生命圏――史上最凶最悪のプレーヤー。

 アメリア大陸の悪魔。

 冷徹、残虐な狂戦士。

 不撓鋼マグナタイトで作られた‘インヴィクタス・アーマー’の保持者。

 屈服せざる破壊者。

 

 塚原は噂に聞いたことがあった。そして、そんな危険な存在が幾度かシノノメの窮地を救いに来たと祥子から聞いていた。

 よく聞けば、主婦ギルドのカフェにも時々姿を見せていたという。

 しかし、セキシュウはマグナ・スフィアで黒騎士に直接会ったことがない。

 ユーラネシアの参加プレーヤーにとって、アメリアは別世界の中の別世界だ。

 機械人間がシノノメを助けにやって来る――気にはなっていたが、その意味を深く考えたことはなかった。

 唯が‘シノノメ’として参加し始めたころ、マグナ・スフィアで会った黒江を認識できなかったという事は知っている。

 それ以後、彼はゲームの仮想世界を通して妻に自分を認識させる方法を諦めたと思っていた。

 だからこそ自分は‘始まりの町’でシノノメと接触し、永劫旅団アイオーンに誘ったのだ。

 ‘シノノメ’に多くの経験をさせることによって、‘唯’を早く回復させたい。そのためのささやかな援助のつもりだった。

 よもや黒江自身がマグナ・スフィアにそんな形でずっと参加し続けているなど、想像すらしていなかった。

 しかも、異形の機械人間として……

 医師としての黒江には何度も病院で会ったことがある。だが、彼はそんな素振りをおくびにも出さなかった。

 何のために……

 どうして自分一人で……

 全てを抱え、黙っていたのか。

 単純な怒りを覚えるほど若くはない。彼の沈黙にこそ何か意味があるのではないだろうか。

 その疑問すらも口にしていいものか。黒江の表情を無くした沈黙には、そう思わせるものがあった。


 璃子も立ったままで黒江を見ている。

 ……この人が黒騎士?

 アイエルが見た黒騎士は、カカルドゥアの最終ステージ――魔王との最終決戦の姿だけだ。

 シェヘラザードの赤い輪――プレーヤーの脳の電子情報全てを消してしまう消去命令デリートコマンドを受け止め、赤黒い鬼のような姿で立っていた猛々しい姿。

 それは鎧を着たオークにも似て、ある意味禍禍しくも、何故か哀愁を感じさせる姿だった。

 現実世界の彼はおとなしそうで、そんな激情を秘めているように見えない。

 機械大陸アメリアの武器は、魔法世界ユーラネシアではほとんど使い物にならない。

 高度で強力な武器ほどそうだ。

 ビーム兵器やミサイルなど、ただの金属の塊でしかない。

 機械人間は、自分たち魔法世界の人間と会話もできないのだ。

 祥子の疑念が正しければ、言葉すらかわせない、武器一つ使えない身体で妻を守りに来たことになる。

 どうして……?

 そんな不自由な体で妻を守ることを選んだのだろう。

 あの姿でシノノメに会ったとしても、シノノメには彼が夫だと認識できる筈など無い。

 そのままの顔ですら認識できないのに……

 ユーラネシアで、自分に似たアバターを使って、そばにいてあげるんじゃだめなの……?

 だが、そんな疑問を受け付けない厳しさを黒江に感じていた。


 不意にノックの音がした。

 沈黙が破られ、三人は同時にドアの方を振り返った。

 スライドドアが開かれ、車いすに乗った祥子が入って来た。すらりとした目の大きな看護師が車いすを押しているが、その表情は憮然としている。


 「祥子さん! 大丈夫?」

 璃子は祥子に走り寄った。


 「大丈夫、少しふらついただけよ。一応安全のために、って看護師さんが車いすを貸してくれたの」

 「黒江先生!」

 祥子が話し終えるのを確認すると、猛烈な勢いで看護師が口を開いた。

 「ちょっと、どういうことですか!? 院外の方に勝手に協力させて、VRPIシステムの管制室に勝手に入れて……こんなことが神経内科と放射線科の先生にばれたら、どうなると思ってるんです!?」

 「あ……すみません……夏木さん」

 黒江は看護師の勢いに圧倒されたように立ち上がると、しきりに頭を下げた。

 「すみませんじゃありません! こんなことがあっちゃ困ります!」

 夏木は健康的に日焼けした腕を組むと、良く通る声で叱った。まるでスポーツチームのコーチのような口調だ。

 「すみません、すみません」

 黒江は体を小さくして謝った。

 「私なら、大丈夫ですから。まあ、医療関係者同士ですし、こんなこともアリということで……」

 祥子は言ったが、夏木は容赦なかった。

 「アリじゃありません! ないです! 逸見さん、場合によっては脳活動に異常を来すこともあるんです! 薬剤師の先生なら、もっと怒ってください!」

 「怒るなんて……」

 「塚原さんも、いたんならちゃんと黒江先生に反対してください! この病院の理事さんなんでしょう! 何か問題があったらどうするんですか!」

 これには塚原も苦笑した。自分の半分ほどの年齢の娘に叱られたのだ。

 「すまん、夏木さん」

 部屋にいた全員――眠り続ける唯以外――、璃子までも夏木の剣幕に肩をすくめた。

 それをぐるりと眺めた夏木は、ふっと厳しい顔を崩して笑った。


 「……もう。仕方がありませんね。唯さん、安全になって良かった。さっきVRPIモニタで確認したら、マグナ・スフィアの家にいるみたいでしたよ」


 そう言われて全員がため息をついた。

 夏木はその反応を面白がっているように笑うと、元気よく踵を返してワンピース型白衣の裾を翻し、一礼して部屋を出て言った。


 「ふう……ちょっと怖かった。昔のバスケ部の先輩みたいだった」

 「夏木さんはこの病院のテニス部のキャプテンなんだ」

 塚原が璃子に説明した。

 部屋の空気が差し込む日差しの様に少しだけ柔らかくなった。

 張り詰めた雰囲気が夏木の声で吹き飛ばされたように思える。

 塚原はテレビのリモコンのような装置を操作して、壁に埋め込まれたVRPIモニタをつけた。

 青い空と白い雲、緑色の屋内植物園が見える。シノノメの視界――視覚野に認識されている光景だ。風景はゆっくりと左右にスクロールしていた。仮想世界で唯――シノノメが辺りを見回しているのだろう。

 「シノノメの家だな……素明羅スメラの」

 「うわあ……奇麗だな」

 璃子はモニタを見てため息をついた。

 素明羅の首都、斑鳩いかるがにあるシノノメの家は巨大な扶桑樹の最上階だ。

 ゲームに再ログインするときのためにセーブできるポイントは三つある。シノノメはカカルドゥアではなく、一番落ち着ける自分の家に戻ったらしい。


 祥子はモニタにちらりと目をやると、黒江に視線を戻した。

 黒江はモニタに目もくれず、眠り続ける妻の顔を見ていた。さっき看護師に叱られて小さくなっていた姿とはまるで対照的で、いわおの様に静かな存在感がある。


 「黒江さん……先生とお呼びした方が良いでしょうか?」

 祥子は思い切って口を開いた。

 「ああ……すみません。逸見さん。本当にありがとうございました」

 そう言うと、黒江は座ったまま深く頭を下げた。ほとんど膝に着くほどだ。車いすに乗った祥子には、黒江の後頭部が見えた。

 だが、それは他人を拒絶する態度にも見えないことはなかった。

 顔を下に向けることで、まるで自分の表情を――本心を隠しているようだ。


 「それは……唯さんは私の親友です。当たり前のことをしただけです。ただ、でも、教えてください。……こういう言い方は卑怯かもしれませんが……私には、いえ、ここにいる塚原さんも、そして璃子ちゃんも……知る権利があると思います」

 「権利……」

 黒江は顔を上げなかった。ただわずかに肩がヒクリと動いたような気がした。


 「唯さんが黒江さんの顔や名前を思い出せないことを、私は知っています。彼女がそれに気づいてしまって……とてつもない悲しみに囚われたこと、そして、絶望の淵に落ちそうになったことも理解してます」

 祥子の言葉に璃子は頷いた。

 塚原は戸惑っていた。この抜身の言葉を黒江にぶつけられるほど自分は若くない。年長者として祥子を止めるべきだろうか。だが、確かに祥子の言う通り――唯を救うために危険を冒した彼女には、この言葉を口にする権利があるのだ。その溢れる様な想いも十分理解できた。


 「だからこそ、私たちは力になりたい。だって……私たちは、シノノメさんの……唯さんの友達だからです」

 黒江は黙ってうつむいていたが、構わず祥子は言葉を継いだ。いつしか祥子の目にも、璃子の目にも涙がにじんでいた。


 「ですから……あなたは、私の疑問に答えるべきです。いえ、答えてください」

 祥子がそう言うと、黒江はゆっくりと顔を上げた。

 その目は真正面から祥子と璃子の視線を受け止めていた。

 塚原はゆっくりと天を仰いだ。


 「どうして、あなたは黒騎士になることを選んだのですか? 彼女の傍に寄り添う事もなく……話をすることもできず……なのに、なぜ? どうして?」

 

 祥子がそう言った時、ドアをノックする音がした。

 ドアの向こうでゴソゴソと声がする。

 

 「先輩、病室に入るのはまずいですよ」

 「馬鹿だな、ちょっと間違えましたって言やあ良いだろ」

 スライドドアが開くと、くたびれたスーツを着た男と、小柄な女性が立っていた。

 男は部屋の中をゆっくりと見回して言った。

 「やあ、今日は。防衛省の風谷ってもんです。黒江先生に用事があって来ました」

 風谷は順番に全員の顔を確認してから言った。

 ゆっくりと視線が動き、最後にベッドの上の唯で止まった。

 一瞬目の奥に鋭い光が灯る。

 「そこの白衣の人が黒江先生ですね。へへ、それにセキシュウがいて……っていう事は……ふん、そこに寝てるのがシノノメか」

 黒江はこの言葉を聞くと立ち上がって唯の顔を風谷から隠した。

 顔は無表情のままだ。


 だが、確かにそのただずまい、仕草こそは……

 「黒騎士ダーク・ナイト……」

 千々クヴェラは思わずその名前を口にした。


 「あなたは……誰ですか? 失礼でしょう!」

 祥子と璃子は不遜な態度の風谷を睨みつけた。祥子は車いすから半分立ち上がり、璃子は今にもこの無礼な闖入者を追い出そうと身構えている。

 だが、塚原は静かな声で言った。

 「待ちなさい。彼は、ヴァルナだ」

 「ヴァルナ? 風使いの?」

 「聖騎士パラディンヴァルナ?」

 仮想世界の姿とあまりにも違う。二人は驚きのあまり塚原の顔と風谷の顔を交互に見た。

 「本当に? これじゃ詐欺じゃない?」

 「こんなのナイわ。……セキシュウ様の時もびっくりしたけど……」


 絶句する二人をよそに、塚原は言葉を続けた。

 「しばらくだな。風谷大佐。山本君は君の活動を把握しているのかな?」

 「山本? 山本って……」

 ありふれた苗字だ。だが、経団連の元会長がその名前を口にするという事には特別な意味がある。千々石が顔をこわばらせた。

 「あんた、統合幕僚長のオッサンと仲が良かったな。いや、奴は全然知らねーぜ。それよりさっきの話の続きをやってくれよ」

 国防軍――旧自衛隊の最高位者だ。千々石は拳を口に当てて青くなったが、風谷はまったく気にしている素振りがない。

 「さっきというと?」

 塚原が杖を突き、璃子と祥子――そして唯を守る様に歩み出た。

 不自由な体だが、その身体から気迫がほとばしり出ている様な気がする。

 風谷はその気迫をさらりと受け流すように笑って言った。


 「黒江さん、いや、黒騎士ダークナイト。強欲の塔――タワー・オブ・グリードの頂点に立って、何を見た? レベル100になって、何を望んだ?」


 「レベル100?」

 「黒騎士が?」

 「黒江君?」

 全員の視線が黒江に向けられた。

 黒江は静かに――自分の妻を守る様にそこに立っていた。


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