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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第21章 光は闇の彼方に
156/334

21-11 シノノメの帰還

 ‘西の魔女が死んだ’


 シノノメは落ち葉の降り積もる森の中で,祖母から手渡された本の表紙を見ていた.

 ――イギリス人の祖母と孫の,心のふれあいと葛藤を描いた物語.

 祖母の下で生活する孫が,魔女修行の名のもとにいろいろな体験を重ねる心の変遷.


 小説の中で,祖母から主人公への最後のメッセージは確か……

 ――西の魔女から,東の魔女へ――.

 で始まる.


 “西の魔女から,東の魔女へ.貴方が思い出したとき,また巡り合える.”


 ウェスティニア共和国の最高魔導士マギステル,クルセイデルがネムに託したメッセージだ.


 ……お祖母ちゃん.


 「お祖母ちゃんが,ウェスティニアに,いるの?」


 その言葉をシノノメが口にした瞬間,辺りの景色が一変した.

 本を手渡した祖母――ナーガルージュナなのか分からない――は,いつの間にか姿を消し,降り積もった黄金色の落ち葉は舞い上がり,そしてまた辺りは暗くなった.

 いや,これは,真の闇ではない.

 まるで,暁の空――夜が開ける前の,薄紫と赤の入り混じった闇――.


 祖母マリエルがゲームなどしているところなど,見たことがない.

 だが,あれは間違いない.

 間違いなく,マリエルから自分へのメッセージだ.

 

 「お祖母ちゃんが,ウェスティニアで,私を待っている……?」


 急速に水面に浮かび上がるように――手足の感覚が戻って来た.

 何かが聞こえる.

 バチバチと言う,花火のような音と,大きな物が硬い物にぶつかる音だ.


 少しだけ,目を開ける.

 まだ頭がぼんやりしている.

 いや,頭の芯が重かった.

 徐々に視野がはっきりし始める.

 横向きとうつぶせの,ちょうど中間くらいになって倒れていたようだ.

 首をゆっくり動かして,バチバチと言う音の主を探した.

 自分の前に,見覚えのある大きな黒いものが立っていた.


 シノノメには何かよくわからないごつごつした四角い金属の部品と,長い棒のようなものを背負った黒い人型の機械.

 黒騎士の背中だった.

 黒騎士は手を頭上に掲げ,赤い輪を握っている.

 時折,赤い火花が落ちてくる.

 火花は黒騎士の手と光る輪の間から発生していた.

 頭の上で花火か,溶接作業をしているようだ.

 黒騎士は,赤い火花の光を浴びて赤黒い鬼のような姿になっていた.

 シェヘラザードが放った‘消去デリート’から自分を守ろうとしているに違いなかった.


 「黒騎士さん……」

 シノノメの呟きは,だが,大きな音でかき消された.

 黒騎士の向こうに誰かがいて,彼の手足に何かをすごい勢いで叩きつけているのだ.

 頭越しに何か不気味な形の物が見える.

 ガゼルと水牛を混ぜたような不気味な黒い角が揺れている.

 風を切る音とともに,何か大きな塊が黒騎士の胴を打った.

 黒騎士はわずかに揺れたが,そこから動かなかった.

 頭上から襲うシェヘラザードの凶器を受け止めながら,怪物の攻撃を受け止めているのだ.


 ……シンハ…….

 少しずつ頭がはっきりしてきた.

 黒騎士の前をうろうろと歩く足は,黒い鱗が生えている上に,あちこちに甲羅と獣毛が生えていた.


 「貴様,どけ! どかんか! 俺はシノノメを殺すのだ!」

 苛立つシンハの声がする.

 抑揚は同じだが,太く,聞き取りづらくなっている.

 獣の声と,シュウシュウという蛇の威嚇音を混ぜたような不気味な声だった.


 再び,何度もシンハが黒騎士を叩く音がする.


 「くそっ! アメリアの機械人間ごときが,何故ユーラネシアに迷い込んできて邪魔をする!」


 シノノメはゆっくりと身体を起こした.

 まだ頭が重い.

 黒騎士の脚に手をかけ,ゆっくり立ち上がった.

 脚のあちこちに突起がついているので,ちょうどよい手すり替わりになる.

 腰の後ろについた,横に伸びた棒を握って背中越しに黒騎士の前を覗き込んだ.


 シンハが苛々しながら行ったり来たりしていた.

 前より一層悪魔的な姿になっている.

 身体全体が黒い鱗に覆われ,背骨が曲がってやや前傾姿勢になっている.

 肘や膝,肩には角の様な突起があった.

 頭の角も前より増えている.

 しかも,尾があった.

 尾はどうやらジャガンナートの影のスキルから派生した物らしく,床に長く伸びて先は床石の間にしみこむように消えていた.

 よく見ると細い管の塊で,それぞれが時々蠕動している.

 塔の中にいるプレーヤーから生命気プラーナを奪い取っているのだろう.

 それは物語やゲームに登場する魔王そのもののイメージだった.


 「ぐぬう……」

 と言ったように感じた.

 すでに,動物が唸っているようにしか聞こえない.

 シンハはぎろり,と赤く血走った眼を動かした.


 「おお……シノノメ,貴様,目が覚めたのか」

 喋ると獣臭い呼気が漂ってくる.

 シノノメは思わず黒騎士の背中に隠れるようにした.

 ふと見ると,シンハの向こうに,人が倒れている.

 服装からすると,ヴァルナとグリシャムだった.

 手足に黒い影が絡みついている.力尽きて倒れたのだろうか.

 きっと倒れた自分を守っていてくれたに違いない.

 きっとアイエルやクヴェラも,自分が記憶の海を漂っている間に決死の戦いをしてくれていたのだ.

 仮想世界の体験は,疑似体験に過ぎない.

 しかし,現実世界でこれだけの恐怖と敢えて戦わなければならないことがそんなにあるだろうか.

 彼らの友情と勇気は決して仮想の電子情報ではないはずだ.


 「みんな……」

 沸々と怒りがわいて来る.

 ふと,シンハと目が合った.

 シンハは笑っていた.

 邪悪な笑みだ.

 人を傷つけ,自分の欲しいものを奪い取ることによって喜びを得る,暗い感情に満ちていることが分かる.

 飽くなき知識欲が,そうさせたのだという.

 仮想世界だから,ゲームだから,といって積み重ねたことが,彼の心――脳をも暗く悪しきものに変えたのではないだろうか.


 シノノメは思い出していた. 

 「ねえ、お祖母ちゃん……悪い心を持っている人といると、とても苦しくなるの」

 「どうして苦しくなるの?」

 「悪い心の人といると、私も悪い心――憎んだり、怒ったりの気持ちになるからかな。どうすればいいの?」

 「水晶玉のようになればいいのよ」

 「水晶玉?」

 「そうよ。水晶玉の光は、色褪せない。どんな汚れがついても、拭けば元通りだもの」


 映像やデータが残っている会話ではない.ナーガルージュナが再構築してくれた記憶ではなく,唯自身が心の奥底に持っていた記憶だ.


 「水晶玉……」

 水晶玉をイメージすると,怒りが止んで心がふと静かになった.

 だけど……水晶玉のようになって……この魔王とどうやって戦えば良いのだろう.

 「きゃっ!」


 考えていると,シンハは氷と影で練り上げた鈎爪を黒騎士に打ちこんできた.

 風を切る爆音が響く.やはり音速を超えるスピードなのだろう.

 だが,黒騎士が装甲で受け止めると爪は砕け散った.

 後ろに隠れているシノノメは無事だ.


 「グルルル……何故だ.何故,レベル100になれないのだ.何故,たかが機械人の貴様を倒せないのだ.シノノメを食らえば上がれるのか?」

 すでに何度目かになる黒騎士への攻撃が無駄に終わり,シンハは唸り声を上げた.

 黒騎士を見ると,あちこちに煤や氷がこびりついている.

 五聖賢の魔技を含め,ありとあらゆる攻撃を試したのだろう.


 「ブウン……」

 黒騎士はその言葉を聞くと,体を動かしてシノノメをシンハから隠すようにした.

 覗いてみると,黒騎士の目は平静な青だった.


 「こうなったら,予定通り,カカルドゥアの全土から生命気プラーナを奪ってやる」

 シンハは大きく両手を広げた.

 美しい星空が,にわかに曇り始める.

 雲ではなかった.シンハが使い魔として召喚した,大量のイナゴだった.

 「五人殺せば殺人者だが,五百人殺せば英雄だ,という言葉があったな……」


 シンハが恐ろしい言葉を口にしている.

 彼が力を発動すれば,恐らくカカルドゥアは死の国になるだろう.


 「それで極限まで生命気をため込んだら,お前たちなど木っ端微塵だ.それで帳尻が合うだろう! 少し待て,シノノメ! お前の白い首を食いちぎってやる! 五聖賢の力をもってすれば,お前も電脳世界の藻屑と消えるだろう.どうせお前など,夢の中で夢を見ているのと変わらぬ.目が覚めぬ者が,目が覚めないままでも何も変わらない!」

 シンハは大きな口を開け,吼えるように笑った.

 すでに口は耳近くまで裂け,人間の物ではなくなっていた.


 ……夢の中の夢?

 何度目だろう,この言葉を聞くのは.

 ……目が覚めないって?

 シノノメは眉をひそめた.


 「ブオオオオオオオオオオオオン!」

 だが,この言葉をシンハが発したとき,突然黒騎士の身体が震えはじめた.

 頭の上から降り注ぐ火花が激しくなった.

 シノノメは火の粉から顔を手で守りながら,慌てて黒騎士の顔を見上げた.

 戦闘色――目が真っ赤だ.

 表情が分からないので予想なのだが――激怒している.

 機械の腕がびりびりと震え,左右に動き始めた.


 バキン!


 空間が裂けるような高い音がしたかと思うと,赤い光の輪は砕けた.

 シェヘラザードの消去指令デリートコマンドを手で引きちぎったのだ.

 黒騎士の両手にはしばらく赤い光の痕跡が残っていたが,空間に溶けるように消え去った.

 赤い光が無くなったので,広間を照らすのは,月と星,夜空の光だけになった.


 「ブブブブン!」

 黒騎士はシンハの真似をするように両手を広げた.

 光輪の熱の余波か,黒騎士の身体はうっすら赤く染まり,体のあちこちから細い煙が立ち上っている.その様子はここにももう一匹の魔物が立っているようだった.

 戦闘姿勢なのは明らかだ.だが,丈夫な装甲以外何の役にも立たない武器しかもっていない彼が,どうやって戦うのだろう.

 多分,そんなことは黒騎士にとってどうでもいいのだ.

 かばうようにシノノメの前に立ったその背中から伝わる意思は,守りたいという想いだった.


 ……この人は,どうして私をいつも守ってくれるんだろう.

 ……どうして?


 シノノメはその答えを知っている気がした.


 ……何だろう.

 ふと,何故か‘約束’という言葉が頭をよぎる.

 まだ大事なことを忘れている…….


 「ハハハ,愉快だ! シェヘラザードの干渉を打ち破れる機械人間とは! 気が変わった! 今,あのイナゴどもにお前たちを食い千切らせてやる! そうだ,俺は黙示録の使徒,アバドンだ.その意味は破壊者,滅ぼす者,奈落の底! 俺は,そうだ,魔王だ!」

 シンハは黒騎士を見て絶叫した.


 たけり狂うさまは,まさに真の魔王だった.

 彼は自分自身が魔王であることを,ついに自覚し,宣言したのだ.

 高い空の向こうから,身の毛のよだつ羽音が聞こえてくる.

 黒い雲だったそれはよだれを垂らすように地上へと押し寄せてくるのだ.

 それは,カカルドゥアと言わずユーラネシア大陸を死の大陸に変えるだろう.


 「水晶玉のように……」

 蟲は大嫌いだ.だが,いつもの様に恐怖に我を失いそうな感じはなかった.

 だが,どうすればいいのか.

 この全地を覆おうとしている悪意に,どう立ち向かえばいいのだろう.


 すすり泣く声がする.

 「ともに最後の時を迎えよう……シセ……」

 闇の中,瓦礫がれきの片隅にはシセを抱きしめるシンバットがいた.

 シセはもう目を閉じたまま動かない.

 シンバットはずっとその頬を撫でていた.

 大公とその側室候補ではない,ただの恋人たちだった.

 

 「水晶玉……」


 シンバットはずっとシセの名を呼び続けている.

 シノノメはもう一度,表情のない黒騎士の仮面の様な横顔を見た.

 

 約束……?

 

 心の奥で,何かが鈴の音の様な微かな音を立てた.

 寄せ来る波のように,シノノメの心にもう一つの思い出が押し寄せた.


 それは、どこでだかは分からない。

 旅行先の海辺だったか、二人並んで座っているときだったか……

 ただ間違いなく、二人っきりだった時の会話だ。


 「唯……君は、純粋で、きらきらして、水晶玉みたいだね」

 夫の声だった。

 「水晶玉?」

 唯は少し照れた。

 「純粋ピュアって、何だか、子供みたいって馬鹿にしてない?」

 「……いや、そんなことないよ、本当にそう思ったんだよ」

 夫は慌てて弁解していた。

 だが、嬉しかった。

 尊敬する祖母に言われた言葉で、愛する人が褒めてくれた。

 心の深いところで繋がった、そんな気がしたのだ。

 「ありがとう。でも、もし、水晶玉みたいだったら……」

 「水晶玉みたいだったら?」

 「……ううん、言えない」 


 シノノメは我に返った.

 シンハの邪悪なシルエットが,天空からその眷属を招き寄せている.

 憎しみや怒りは,何故かシノノメの心の中に湧き出て来なかった.

 ただ,それよりも彼女はある一つの記憶が蘇ろうとする感覚に集中して目を瞑った.


 「水晶玉のように……」

 シノノメは,記憶が戻る予感に体を震わせた.

 

 「もし、私が水晶玉みたいだったら……」

 シノノメは思い出した.

 「水晶玉のように,輝けるとしたら……」


 ……それはあなたが私を,好きでいてくれるから.

 

 その時恥ずかしくて口に出せなかった答えだ.

 それを思い出した瞬間……


 顔や名前は,思い出せない.

 ただ,その時自分に向けられた,夫の笑顔が.

 笑顔を向けられた時の,自分の心が.

 抱きしめられた時のぬくもりが.

 シノノメの中に鮮やかによみがえった.

 そして,歓喜は身体を貫き,包み,心を震わせた.

 

 自然に口元は笑みの形を作り,目は喜びの涙で潤む。

 温かい想いに浸りながら,シノノメはゆっくり目を開いた.

 自分の手が輝いている.手だけではなかった.

 破れた服も,そこから露出した素肌からも,ありとあらゆるところが光を放っている.

 瞼を上げていくと、小さな涙の粒がはじけて空気に消えた.

 シノノメは睫毛を震わせて両の瞳を魔王シンハに向けた.


 「こ,これは,何だ? 黄金の光……! 莫大な生命気プラーナ? プラーナは,闇を灯す光のごとしと言うが……これでは……」

 魔王は両腕で顔を覆い,自分の目を光から守ろうとしていた.もはや眩しすぎて,シノノメを直視することすらできない.

 「これでは,暁の闇を切り裂く,太陽ではないか……!」


 影で作られた魔王の体の一部は,あまりにまばゆい光によって消し飛んでいた.

 尾も,手足の不気味な剣の様な突起も光の中で溶けるように無くなっていく.

 グリシャムやアイエル,ヴァルナにとりついていた影線虫シャドウ・ワームも照らされて跡形もなく消え去っていた.

 まさに魔王の言葉通り,地上に太陽が出現したような輝きだった.

 それは明るいだけでなく,暖かい熱を帯びていた.

 

 シノノメは光に包まれたまま,空を見た.

 広がった雲の中央が,きのこ雲をさかさまにしたように流れ落ちてくる.

 

 水晶玉のように……


 シノノメは再び自分の身体のぬくもりを思い出した.

 心の奥に,後から後から喜びが湧いて来る.

 それに呼応するように,体の輝きは増していった.

 目を突き刺すような明るさに苦悶する魔王の声がする.

 

 「私,行かなくちゃ」

 まばゆい光を放ったまま,シノノメは黒騎士の傍を離れた.

 「ブブン?」

 黒騎士が首を傾げ,手を差し伸べようとする.シノノメを気遣ってくれているように見えた.

 「黒騎士さん,大丈夫だよ,ありがとう……ラブ!」

 シノノメは空飛び猫を呼び出して背中に乗った.

 空間から小さな四角い箱を取り出し,しっかり小脇に抱えた.ちょうど洗剤が入る箱ほどの大きさだ.

 

 「まだここは私の洗濯室だもの」

 そう言うと,空飛び猫は逞しく和毛の生えた翼を羽ばたかせて空に舞い上がった.

 一直線に蝗の群れを目指していく.

 まるで,太陽が地上から空へ登っていくようだ.


 「な……何をする気だ!?」

 魔王が目を覆いながら後ろで叫んでいる.

 シノノメは構わず,まっしぐらに空を目指した.

 虫たちは不気味に群れながら,離宮の塔へと降りてくる.

 空から黒い柱が下がってくるようだ..

 普通の蝗ではない.人間――シンハの顔を持っていた.口からギチギチと気味の悪い声を出して鳴いている. 

 

 「すべての穢れが,無くなりますように……みんなを,守れますように……」

 

 シノノメがそっと口にすると,両手に抱えた箱の蓋がパカンと音を立てて開いた.

 箱の中から丸い光の塊が二個飛び出した.

 光球はシノノメの手を離れ,素晴らしい速さでさらに空高くに上っていった.

来襲する悪魔の柱にぶつかる.

 光はまるで炎のように蝗の群れを焼き払いながら,さらに天へと上がっていった.

 さらに黒雲に衝突すると,四散して光芒を残しながら波紋のように広がった.

 黒雲のあちこちで,火花の様な炎が生まれる.

 空に天幕があるとすると,その上に広がった花火の様だった.


 「何だ,これは,何が起こっている!? ……うぬっ!」

 魔王は戸惑いながら天空を仰いだ.だが,闇に慣れた彼の目をシノノメの光芒が焼く.


 「こ,これは,何? シノノメさん,どうしたんだろう!?」

 「何なの? こんなことが起こるなんて……サマエルは,一体何をしているの?」

 「まるで光の塊だ……」

 「でも,きれい……花火みたい……」

 「神の奇跡が……起きようとしている?」

 空から目を離せないでいるのは,クヴェラも,シェヘラザードも,そして,ハメッドもマユリも,ジャガンナート,シンバットも同じだった.


 「空が……どうなってる?」

 「シノノメさん……」

 「シノノメさんが,光になった……」

 そして,影線虫シャドウ・ワームから解放されたヴァルナとグリシャム,アイエルも傷だらけの体を起こしてこれを見ていた.

 

 「空が……だが,俺の眷属よ! 集まれ! もっとだ,もっと飛蝗ども,そして,吸血コウモリよ!」

 魔王が目を押さえながら絶叫する.

 

 シノノメの放った光は,魔王の黒い雲ともつれあいながら,一つの形を作ろうとしていた.

 光というよりも,光の塊だ.

 巨大な貝殻の様なそれは薄い赤色を帯び,光の柱を中心に渦を巻き始めた.


 「これは……」

 「まさか……」

  

 光は雲の中で寄り集まり,繋がって,ふっくらと美しく折り重なった.

 空に形作られたのは,大輪の薔薇の花だった.


 「馬鹿な……そんな」

 魔王が愕然として空を見つめる中,後頭部の竜の口が人語を呟いた.

 「空に大輪の花が咲くとき……あなたは敗れるでしょう」

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