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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第21章 光は闇の彼方に
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21-3 闇の探究者

 「お掃除サイクロン!」

 十二本の小さくとも強力な竜巻がシンハを取り囲む.

 だが,ふわりと風に乗ったシンハは竜巻の作る包囲網を飛び越え,シノノメに迫った.

 黒光りする肘が強力な打撃を放つ.

 彼の肘の動きは自由自在だ.上から振り下ろすかと思えば下から突き上げ,ある時は水平に振り抜かれる.

 鍛え抜かれた肘の先端は刃物と同じだ.当たればざっくりと肉を裂くだろう.シノノメは数センチの見切りでかわしながら,二本の魔包丁を振った.

 「ぬっ!」

 さくり,と軽い手ごたえが包丁の先に触れた.強力な肘打ちはそれ自体がフェイントでもあったのだ.下から強力な膝蹴りが突きこまれようとしているところだった.包丁の先が斬ったのは膝頭である.うっすらと細い血が流れ,シンハは一旦身を引いた.


 「今だ!」

 シノノメが攻撃する間,アイエルは力を溜めていた.黒豹の剣に力を込めると,青い光を帯びる.

 「豹牙透徹剣パンサー・ファング!」

 高速の突き,六連撃である.黒と青の軌跡を残しながら,剣尖がシンハに叩き込まれる.

 だが,シンハはその全てを掌で捌き,かわしてのけた.

 「くっ!」

 アイエルは一旦剣を引き,再び距離を取って構えた.


 「勝負を急ぐと,HPが激減するぞ」

 シンハは面白そうに眺めている.彼は息切れ一つしていなかった.


 何という強さだろう.まるで底が知れない.

 凄まじい体術はもちろん,能力スキルにはまだ不明な点が多い.ハデスとイシュタルの能力が使えるらしい事は分かるが,他にも何か隠し持っているようだ.

 グリシャムが出した巨大な食虫植物の群れもものともせず,足元に踏みしだき蹂躙している.魔法使いではないが,体を火の様に熱くすることもできるらしく,植物は黒ずんだ炭になっていた.

 彼を倒すには,何かもうひと押しの一手が必要だ.

 だが,シノノメ,グリシャム,アイエルの三人の外にここにいるのは,負傷したヴァルナ,戦力が高いとは言えないネムとクヴェラ,商人ハメッド,そしてNPCが二人である.

 どうすればいいんだろう……

 剣士として魔剣を振るうベルトランの方がまだ分かりやすかった.

 シンハは強力な武術家だが,その一方で魔法の様な技を使う.魔法と剣両方を使うという点では,自分と同じような能力スキルの組み合わせだ.

 似た者同士で戦いにくい.

 シノノメは黒猫丸を握りしめた.

 マグナ・スフィア最強金属,マグナタイトで作られた黒猫丸は確かに強力な武器だ.しかし,相手に当たらないのでは意味がない.

 手数を増やし,シンハのミス――一瞬の体捌きのミスを誘い,攻撃するしかないのだろうか.

 ポンと音がして,視界の隅に吹き出しが現れた.

 通話・メールソフト,メッセンジャーが立ちあがったのだ.


 『シノノメさん,シノノメさん』 

 『なあに? アイエル?』

 『フーラ・ミクロオンデ――電子レンジはどう?』

 『あれ,相手が何かに包まれてないと使えないよ』

 『ううん,私研究したの.あれ,柔らかいモンスターでも,皮膚とか外皮があれば大丈夫だよ』

 『本当?』

 『だって,普通の電子レンジだってそうじゃない』

 『あ,そうか……でも,あれは発動まで溜めの時間が長いし,あの人がじっとしていてくれるとは思えないよ.この部屋は今屋根がないから,やるとしたらバージョン2でしょ?』

 バージョン2は,雷竜になったノルトランド王ベルトランを倒した方法だ.アイエルがイシュタルにダメージを与えた方法でもある.閉鎖空間全体を電子レンジに変えるのではなく,相手の体にエネルギーを叩きこんで破裂させる技だ.

 『私,アイデアがあるの.別バージョンになるのかな? 私一人だと無理だけど,シノノメさんの力があれば大丈夫だと思う』

 『それはなに?』


 「ふ,密談か? ならば,こちらから行くぞ!」

 シンハはそう言いながらシノノメの方に大きく踏み込んだかと思うと,いきなりサイドステップして横に移動した.

 「えっ!?」

 猛烈な速さで彼が真っ直ぐ向かっていった相手はグリシャムだった.


 「いけない! 遠隔魔法使いを倒す気だ!」

 「グリシャムちゃん!」


 グリシャムは慌てて杖を振り,鳳仙花の花を咲かせた.破裂すれば鉄鋼弾並みの硬さがある種をばらまく花である.だが,シンハの神速には間に合わない.

 アイエルとシノノメも慌てて後を追う.


 「碧玉の獅子よ!」

 ハメッドが緑色に輝くライオンを出した.サファイアの指輪に宿る召喚獣だ.

 「ふん,ぬるいな」

 サイほどの大きさがあるライオンは空気を震わせる咆哮をあげて跳びかかったが,シンハが無造作に振った右拳の一撃で脆くも砕け散った.


 もう間に合わない……シノノメがそう思った瞬間,シンハは突然右眼を押さえて後退した.

 「ぐっ!」

 「へっへっへ,俺を忘れちゃ困るぜ」

 拳を口に当てたヴァルナがグリシャムの前に立ちはだかっていた.

 風使いヴァルナの技の一つ,魔風破烈破サハム・リヤーフ――風の吹き矢だ.高圧の空気の塊を射出し,レベルの低いモンスターなら貫通して一撃で倒してしまうだけの威力がある.

 「ふっ! 怪我人は引っ込んでおれ!」

 「へっ! これでもそう言うかよ!」

 後退するシンハを追い,ヴァルナは宙に飛んだ.空気の流れをコントロールして加速し,鋭い跳び蹴りをシンハの頭部に叩き込む.シンハは慌てて両腕でブロックしたが,勢いを殺しきれずに後ろに数歩たたらを踏んだ.

 「お前,ヴォーダンに脚をやられた筈では?」

 「へへへ,こっちには頼もしい仲間がいるんだよ」

 よく見ると,ヴァルナは右脚の付け根まである長い靴下を履いている.赤黒縞模様で,何故か凝った縄目模様まで入っていた.

 「デザインがちょっと格好悪いけどな.ネム,こんな飾り,なくっても良かったのに……」


 「えー,でも,あたし,美人なんて初めて言われたから張り切っちゃったナー」

 ネムがへらへらと後方で笑っている.

 彼女の編んだ靴下はいわゆるロボットスーツと同じ役割をしていた.履けば怪我した足の機能を補助してくれるわけだ.


 「行くぜ!」

 ヴァルナは続けてシンハに飛びかかった.

 空中での三連蹴りから,鎌鼬.その中にグルカナイフの刃を混ぜる.

 風使いの真骨頂,まさに旋風の様な攻撃が始まった.


 「おのれ……どこにこんな体力を隠していた!」

 「戦えない間,シノノメからかっぱらった回復ポーションを飲んでたんだよ!」

 

 「あっ! さっき出しておいた‘ウゴウゴの月’が全部無くなってる!」

 シノノメは後衛――グリシャム達のいるところに置いておいた一升瓶が空になっているのを発見して驚いた.


 「とりあえず,シノノメさん,チャンスだよ.前衛三人,しかもヴァルナさんが‘頭上’を押さえてくれている」

 アイエルの言う通り,これならシンハは跳んで上に逃げる事が出来ない.

 「うん!」


 シノノメとアイエルはシンハに斬りかかった.二方向から三方向になった攻撃に,シンハは戸惑っていた.しかもそれぞれが屈強の戦士プレーヤーなのである.

 浅手ではあるが,シンハの前腕と下腿は裂け,血が噴き出し始めた.


 「いける!」

 動きを封じ込めたところで,強力な遠隔魔法で止めを刺す.RPGの鉄則だ.


 「準備OK!」

 自身に満ちたグリシャムの声が頼もしく響く.


 「えいっ!」

 シノノメ達前衛は一斉にバックステップした.

 

 「万能樹の森! 絞殺しのイチジク!」

 シンハの足元から発生した蔓状の植物がシンハの自由を奪う.


 「くだらん! お前の植物など,効くか!」

 シンハの身体が赤熱化し,絡みついていたイチジクの木が燃え上がる.

 

 「まだまだ! ユーカリの魔法陣!」

 シンハの足元を緑の木の葉が舞う.先のとがった丸みを帯びた葉は,円形の魔法陣を描いたかと思うと,一斉に森に成長した.

 シンハの体の熱を受けた森は,薪をくべた炎のように激しく燃え上がった.

 コアラが主食にするユーカリの木は‘ガソリンの木’とも呼ばれるほど可燃性が高い.揮発性のオイルが収穫され,オーストラリアやアメリカでは山火事の原因になるほどだ.

 広間に巨大な焚き火,激しい熱が発生した.


 「自分の熱で自滅なさい!」

 グリシャムはしかし,次の魔法の準備をすべく杖を肩に担いでいた.地面に突く先端部分を,まるで銃の様にシンハに向けている.


 「なるほど! 考えたな! しかし,無駄だ! 行者サドゥは自分の体を薪にくべて修業をするのだ! そして! 凍てつく大地の風よ!」 

 炎の中で黒いシルエットとなったシンハが叫ぶと,炎を吹き消す猛烈な吹雪が発生した.

 ハデスの冷凍魔法を発動したのだ.

 炎は徐々に勢いを失い,片目を瞑ったまま獰猛な笑みを浮かべるシンハの姿が現れた.

 「ハデスの技を使える事を忘れたか?」


 剣と拳の戦いは一転して魔法対決となった.

 シンハとグリシャムは互いに距離を置いてにらみ合う.


 「ふふ,そんなのお見通しよ! 必殺! フラ・クレピタンス! フラの木よ出でよ!」

 グリシャムが肩に担いだ杖の先が膨らみ,カボチャのような形の緑色の実が生った.

 「みんな,伏せて!」

 あわててシノノメ達は床に体を伏せた.

 その間にも,みるみる内に実は膨らんで茶色の巨大な玉ねぎ状になった.

 「爆発樹フラ・エクスプロージョン発射ファイヤー!」


 ドカン!


 グリシャムが叫ぶと,杖の先に生えた実が凄まじい音を立てて爆発した.

 杖の先から棘のついたたねが,白煙を上げながら凄まじい勢いでシンハに飛んでいった.

 まるでロケット弾だ.空気を裂く高い音を立てている.

 術を放ったグリシャムは,爆発の反動で後ろにひっくり返った.


 「ぬあっ!」

 どうやらしかもこの種には追跡機能があるらしい.シンハは避けようとしたが避ける間もなく直撃し,反対側の壁まで吹き飛ばされた.

 シンハの身体が壁にぶつかると石材はバラバラと音を立てて崩れ,穴が開いた.

 シンハは瓦礫の中に埋まってしまった.


 「何だこりゃ!? バズーカ砲かよ?」

 凄まじい威力にヴァルナは目を丸くした.


 「ふっふっふ,フラの木よ.爆発して種を飛ばす木なんだけど,その速度は時速二四〇キロ.しかも,種には毒があるの!」

 床の上で体を起こし,帽子を整えながらグリシャムは得意そうに言った.


 「まあ,グリシャムちゃん! 恐ろしい子!」

 「何だか,その残酷さ,アルタイルさんに似て来たよね……」

 「こら,もう,シノノメさんもアイエルも,なんてこと言うの!」

 そう言いながらもグリシャムの顔は明るく笑っている.

 グリシャムの隣ではシンバットとシセ,ハメッドが胸をなでおろしていた.

 

 「惜しい,あの発想力.ゲームの中でしか使わないなんて……」

 戦いの行く末を見守っていたシェヘラザードは,唇を噛んでいた.

 彼女はかつてグリシャムに目をつけ,デミウルゴスの仲間に引き入れようとしていたのだ.

 「けれど,ラーフラ(シンハ)もその程度の男か.レベル100を目指すとか言いながら,レベル下のシノノメ達に負けるなんて.とにかく決着がついた限りは,オシリスとジャガンナートとともに,ここを立ち去りましょう.アドナイオス,大公は捨て置きなさい.またサンサーラの町のどこかでそっと見守れば良いでしょう?」

 だが,アドナイオスはシェヘラザードの言葉には答えず,じっと崩れた瓦礫を見つめていた.

 「……まだ,終わっていない」

 「何ですって? ラーフラは,あの攻撃を受けて生きているの?」

 「しかも,あの男はジャガンナートのチャクラの一部を持っている.あれを取り戻さない限り,ジャガンナートはやがて死ぬ――この世界から,消滅するでしょう」

 アドナイオスは表情乏しく金色の瞳でジャガンナートを見つめた.その眼差しには同情も憐れみも,一切の感情がこもっていないように見えた.かつてバー‘サクラス’でシノノメに向けたのとは全く違う,冷徹な‘世界の観察者’の目だった.

 「ということは,ラーフラからチャクラを取り戻さなければここを離れられないと……?」

 「彼を捨て去るのでなければ,そういう事になる」

 「なんということ……」

 シェヘラザードは自分の方を窺い見るヴァルナとクヴェラの視線を感じていた.

 まだ自分の計画を終わらせるわけにはいかない.防衛省に身柄を拘束されるわけにはいかないのだ.


 ガラ……と,瓦礫が音を立てて崩れた.

 アドナイオスの予想通り,ラーフラ――シンハがよろめきながらその姿を再び現した.


 「ぬかったわ……」

 「あの攻撃でまだ死なないのね.でも,もうボロボロじゃない!」

 グリシャムは再び杖を振った.威勢の良い言葉とは裏腹に,MPをかなり消費している.

 大威力の魔法はもうあまり使えそうになかった.

 シノノメ達はもちろんその事を察してグリシャムの前を固め,シンハにとどめの一撃を加えようと構えた.


 「だがな,ふふ,これで順番が決まった」

 ヴァルナの吹き矢でダメージを受けた目をゆっくりと見開きながら,シンハは全員をねめつけた.

 彼の右眼は赤く充血し,魔を宿しているように見える.


 「死ね」

 ぽつりと小さく呟くシンハの声に反応するように,ネムが跳んだ.

 

 「危ない! グリシャム!」

 「ネム!?」

 「きゃ……」


 全員がネムとグリシャムの方を振り返った.

 そこには,グリシャムの影から飛び出した細く鋭い針に体を貫かれているネムがいた.

 ネムはいつもの寝ぼけ眼を大きく見開いて,苦しそうに宙を両手で掻いている.

 二本の編み棒が床に落ちてカランと乾いた音を立てた.

 「う……」

 苦悶の声をあげ,もがくネムの体がもう一度大きく震えた.

 体の内側から黒い針が生え,四方八方に伸びた.

 彼女の体から細い棘が無数に生えたように見えた.

 ネムの体はさらに一度大きく痙攣し,ぐったりと力を失った.

 それを見届けるかのように,黒い針はスルスルとグリシャムの足元に収まった.

 ネムはもう一度ビクリと体を震わせ倒れ込んだので,慌ててグリシャムが体を支えた.

 それは,ジャガンナートからシンハが奪った能力の一部だった.

 恐るべき影の針はネムの体内に入ると四方に枝分かれし,彼女を内部から切り刻んだのだ.


 「ひっ!」

 ネムの体を受け止めたグリシャムは思わず小さな悲鳴を上げた.

 それは,非戦闘系のプレーヤーに対して,余りにも無残な攻撃だった.

 非情な五聖賢の攻撃力というよりも,それを平然と使うシンハの冷酷な想像力の産物だった.

 傍にいたシンバットもシセもハメッドも,顔色を失っている.

 

 「そんな,まだジャガンナートは生きているのに……」

 アイエルが呆然とグリシャムの胸に崩れ落ちるネムを見ながら呟いた.


 「能力の全てを頂いたわけではないから,影人形だのは出せないが,こんな物は要するに能力の使い方,発想力だ.隠剣おんけん――隠し武器を使うのに,太さや大きさは逆に不利だ.針一本あれば人は死ぬ」

 シンハはゆっくり態勢を整え,身を起こした.見ると,胸の前を分厚い氷の板が覆っている.板の中心にはグリシャムが放った必死の砲弾を受け止めた弾痕が残っていた.

 ハデスの能力,氷結化を用いた氷の鎧だった.


 「ネム,どうして……」

 「だって,あたし,役立たずだから.グリシャムの方が,きっと役に立つ……」

 ネムは苦しそうに笑った.

 「役立たずなんて,そんな……落ちこぼれなんて言ってごめんなさい……」

 グリシャムはネムの体を抱きしめたが,彼女の体がどんどん力を失って行くのが分かった.ネムを傷つけたやいばを生んだ足元の影のそばに,細かいピクセルの粒がこぼれ落ちて赤い血だまりを作っていく.


 「気をつけて……トリモチか何かを出して,くっつけないと……」

 「え?」

 「わたしの編み物,わたしがいなくなったら,消えちゃうから……」


 その通りだった.ネムは目立たないが,この戦いで重要な役割を担っていた.

 猛犬の群れの様になってしまった子供達を傷つけずに拘束するという役目だ.ネムがいなくなれば彼らは再び猛り狂う獣となって襲いかかって来る筈だ.


 「あなた,もしかして……?」

 シノノメはおぞましい予感を覚え,シンハの顔を睨んだ.


 「そうだ.俺の読み通りだ.狙いはその植物魔法使いではない.その娘は意外と勘が良い.影を何気なく避けて動いていた.直接狙っても殺せそうになかったので,仲間を狙えば必ずこうすると思っていたよ.内向的でコンプレックスの強い人間.しかし,集団パーティに貢献しようとして自己犠牲をも辞さない人間.そういった奴は必ず身を挺してその仲間を救うからな.目立たずに他者を援護することに喜びを感じる.ふん,奇特な事だな」

 シンハはヴァルナに攻撃されてダメージを受け,ずっとつむっていた右目を開いた.

 ダメージが残っているのか,結膜が真っ赤に染まっている.

 

「少しでも,みんなの役に立てて,良かった……」

 シンハの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか,ネムは満足そうに笑うと,ピクセルになって消えていった.


 「じゃあ,あなたは,ネムが縁の下の力持ちで,みんなを助けたいと思う気持ちを利用して……」

 シンハはネムの行動をあらかじめ予測して,この非道な攻撃を行ったという事になる.

 ふつふつとシノノメの体の奥から大きな怒りが湧き起こっていた.それは仲間が倒された悲しみを遥かに超える怒りだった.

 魔包丁を握りしめる両手が,力のあまり真っ白になった.


 「しかし,ジャガンナートの技で死んだ人間は,どうなるのだろうな.実に興味深い.プレーヤーが放った技とはいえ,五聖賢の技だ.やはり,脳に何らかの損傷を受けるのだろうか? 脳領域のペイン・マトリックスに何らかの変調を来たすのか?」


 シンハはシノノメの言葉など全く興味がない様子で,平然と消えゆくネムを眺めている.

 それは憐れみも同情も,同じプレーヤーとしての敬意もない,冷徹な観察者の視線だった.

 そして,その言葉にはどことなく喜悦と好奇心が感じられる.

 自分が強力な力を得た喜び,そしてその結果がどのような影響を及ぼすかという興味――まるで,人体実験を行う研究者だった.


 「あなたは……絶対に許さない」

 シノノメはゆっくり消えゆくネムを見送った後,シンハの方を振り返った.

 左手の薬指にはめられた指輪が,青く強い光を放った.

 


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