表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第21章 光は闇の彼方に
146/334

21-1 黒騎士と魔法の絨毯

 「はあ,せつないねぇ.畜生,姐さん,水臭いよねぇ.そりゃ,万が一の事があったら困るけどさぁ」

 「てやんでぇ,万が一ならその時でぇ.前の時に毒にやられたのは俺の不始末,この戦いは止めてくれるな,おっかさんってなぁもんよ」


 夕暮れが近づくサンサーラの,食堂や居酒屋が立ち並ぶ繁華街の一角に,そんな会話をしている犬人の女と熊人の男がいた.

 アーシュラの片腕,シェリルとウルソである.

 二人はスペイン風バルのテラス席で,樽をテーブルにして向かい合い,ちびりちびりとワインを飲んでいた.つまみはニンニクを聞かせた海鮮のアヒージョである.


 「ふう……」

 「はあ……」


 二人ともしょんぼりと肩を落としていた.それぞれの頭についた犬の耳と熊の耳は力なく垂れ,尻尾も椅子の角からだらりと垂れ下がっている.

 

 五聖賢との戦いでは,脳障害を負う可能性があるという.

 アーシュラは子供がいる二人に,パーティに参加することを禁じたのだ.

 シェリルはシングルマザーで,小学生の娘がいる.

 娘のことは目に入れても痛くないほど可愛い.彼女のためならどんなことだってするだろう.

 確かに,自分がゲーム中に倒れてしまえば,頼りに出来るのは実家の母親くらいのものだ.アーシュラの気遣いは有難かったが,水臭くも思えた.

 ウルソも同じ気持ちだったらしい.二人ともいてもたってもいられず,結局仮想世界に来ていた.

とはいえ来てみたものの,どうすればいいのか分からない.

 アーシュラを助けたい気持ちはあるが,アーシュラがいつ,どのように離宮に入り込むのかが分からなかったので,どうにもならないのだ.

 要するに二人とも今飲んでいるのはヤケ酒であった.


 「今頃姐さんどうしてるのかな」

 「離宮の落成式典,盛大だったな」


 先程店のテレビ――水晶玉の光が壁に映し出す魔素映像――で中継をやっていたが,途中で見るのをやめた.

 素明羅スメラから輿入れして来た姫君の侍女が,少しアーシュラに似ていたような気がするが,ステイタスが全く違っていた.いくらなんでも侍女になり済まして潜入するなんて,無理があり過ぎる.そんな事は出来るわけがない.

 見ているとなんだか切なくなって,店の中からテラス席に移動して来たのだ.


 「おいおい,お前さん達,知らないのかい?」

 シェリルが何度目かのため息をついた時,ちょうど食器を片づけに来たバルの店長が話しかけて来た.


 「何の事っスか?」 

 シェリルは瞬きした.元バレーボール部で少しヤンキー,どんな時も体育会系口調が抜けないのである.


 「今,離宮は大騒ぎなんだぜ.店の中じゃ,みんな映像に釘付けだよ」

 バルの店長――太ったNPCは,店内を指差した.


 姐さん――アーシュラだ!

 シェリルとウルソは顔を見合わせ,店の中に飛び込んだ.

 映像の映る土壁の前に,人だかりが出来ている.体を捻り込みながら映像を見た.


 「あっ」

 「何てこったい! 驚き桃の木山椒の木!」

 

 魔素映像は,現実世界のテレビよりはるかに画素数が少ない.大昔のフィルム映画のような角の甘い映像なのだが,それでもその映像は驚くに十分な物だった.


 美しい薄紫の巻貝に似た塔の周りから煙が立ち上り――どうやら,塔の上層の一角が崩れ落ちているようにも見える.


 「これ,どういう事っスか?」

 シェリルは首を廻らせて尋ねると,周りの人たちが興奮気味の口調で口々に答えた.


 「分からないんだ.テロなんじゃないかって事なんだが,まだ公式の発表が無いんだ」

 「はじめ,上空のロック鳥がバタバタ撃ち落とされて,その後に正門から商人や貴族達が逃げだして来たぜ」

 「前庭ですごい爆発があったよ」

 「あんなところにバザールなんか立てるから巻き込まれるんだ.あたしは商売の話に乗らなくて良かったよ.金持ち達はみんな空飛ぶ絨毯に乗って逃げちまったよ!」


 「一体何が起こっているのかな?」

 「分からねえ……だが,姐さんに間違いねえ」

 二人は小声で相談した.

 

 「あっ! また爆発だ!」

 誰かが映像を見て叫ぶ.塔の先端に近い壁が吹き飛ばされている様子が映っていた.


 「大丈夫かなあ,姐さん」

 「今は炎と煙の大火事,カチカチ山,火事と喧嘩は江戸の華だぜ」

 「何がカチカチ山だ.あんた,熊汁にしちゃうよ」

 ウルソとの付き合いは長いが,時々その江戸弁にイラっとするシェリルである.あの炎の中をアーシュラが戦っているかと思うと,こうして眺めているのがじれったい.

 こう見えても,元は南海の猛犬と異名をとった女海賊である.その自分が全く歯が立たなかったアーシュラの強さ,気風の良さには惚れていると言っても過言でない.アーシュラのレストランで働いているのは娯楽半分,パートタイムジョブ半分ではあるが,それだけではない絆があるつもりだ.


 ポン.


 プレーヤー達がビクリ,と体を震わせた.

 マグナ・スフィア運営側からのメッセージが一斉送信されたのだ.


 まだ映像に釘づけになっているNPCを残し,人垣を作っていたプレーヤー達は右手を宙に掲げてメールの内容を確認した.


 『プレーヤーの皆様へ.いつもマグナ・スフィアにご参加頂きありがとうございます.

 カカルドゥア五聖賢は,秘密裏に人身売買や臓器密売に関わっていた事が判明しました.一部のプレーヤーにその罪をなすりつけ,犯罪を隠ぺいしていたのです.現在,この事実を看破して五聖賢と戦闘中のプレーヤーは,以下の通りです.

 

 アーシュラ

 アイエル

 アルタイル

 ヴァルナ

 グリシャム

 シノノメ

 セキシュウ

 にゃん丸

 ハヌマーン

 ユグレヒト

 

 この特殊なクエストに参加されたプレーヤーの皆さんにはポイントが授与され,レベルアップの予定です.なお,ほどなくカカルドゥア広報大臣メスメッドから公表があり,クエスト発注が行われます.


 これからも,マグナ・スフィアをよろしくお願い致します. マグナ・スフィア』


 「おお! すごい展開になってるぞ!」

 「ハヌマーンも,アーシュラもいるのか!」

 「ヴァルナ様は,やっぱり裏切り者じゃなかったのね!」

 「くそっ,完全に騙された.政府側が悪ってことになるじゃないか!」

 「またシノノメかよ! 主婦のくせに,何でこんな大活躍だよ!」

 

 歓声に罵声,羨む声に喜ぶ声,プレーヤー達は様々な声を上げた.

 今までカカルドゥア広域指名手配犯だったシノノメやヴァルナが,一斉に政府の悪事を暴き戦う英雄になったのである.


 ポン.


 再びメッセンジャーが着信音を立てる.

 

 『追加情報です.

 セキシュウ,任意ログアウト.

 アルタイル,にゃん丸,ユグレヒト,ただいまゲームオーバーでログアウト.

 引き続き,マグナ・スフィアをよろしくお願い致します. マグナ・スフィア』


 「セキシュウが? 素明羅の最強戦士の一人だぞ!」

 「最強の弓使い,アルタイルもか!?」


 突然の発表に店の中は再び大騒ぎになった. 矢継ぎ早の発表は展開の早い激闘を物語っている.

 その間に,壁の魔素映像テレビには広報官メスメッドが大写しになっていた.彼は頬を紅潮させ,ぐっしょりと汗をかいていた.一目で必死の様子が分かる.


 「……というわけで,五聖賢は真の巨悪であった.殿下は騙されておったのだ.しかしながら,責任感の強いシンバット殿下は,今,聖騎士ヴァルナ達と共に離宮の最深部で彼らと戦っている」

 メスメッドの声はよく通る.NPCだけでなくプレーヤーも映像を注視した.

 「五聖賢は強い.敵に衛士や騎士団を殺され,殿下のお命が危ない.私はここにクエストを発注する.どうかつ国の方々,勇気あるお方は力をお貸しくだされ! このためにカカルドゥアは国庫から一億イコルを拠出する!」


 「一億イコル!」

 酒場の中にいる人々全員が唸った.前代未聞,破格のクエストだ.


 「こうしちゃいられない,行くよ!」

 シェリルはウルソの肩を小突くと,店を飛び出した.

 「おっと,あんた,お代!」

 「受け取りな! 釣りはいらねぇ!」

 ウルソが金貨を一枚店長に投げてよこし,慌ててシェリルの後を追った.

 「毎度あり!」

 店長の声を背に,二人は繁華街を抜けて広場の方に向かって走った.

 すでにメスメッドの広報と運営の発表が大きな話題となっているらしく,傭兵や戦士の一団が行動を起こし始めていた.

 中央広場には離宮の近く,ラージャ・マハール宮殿ダンジョンへとつながるゲートがある.その方向に向かって続々と武装集団が我先にと歩いていく.


 「まずいな,こりゃ,大混雑だぜ」

 「そーね,順番待ちなんてしちゃいられない」

 「でも,俺達が参加したら,姐さん怒らないかな?」

 「姐さんの事なら,損得勘定抜きに決まってるっしょ!」

 「だけどよ,元海賊と元山賊の二人組で,何が出来るんだよ? だって,アルタイルって言ったら最強の弓使いだろ? 主婦さんもあんな感じだけど,一応馬鹿みたいに強いしよ」

 「知らないよ! 細かいことは行ってから考えりゃいい!」

 

 最早ゲートの前には大行列が出来,さらにその傍には冒険者狙いの武器を売る露店テントが立ち始めていた.さすがは商業大国,機を見るに敏で商機は逃さない.中央広場は芋を洗う様な大混雑になっている.

 

 「なんてこったい,こりゃ駄目の助だぜ.順番待ちしてたら,何時間もかかっちまうぞ.あとは……乗騎か!」

 ウルソは夕暮れの空を見上げた.

 薄墨色の雲を背に,空飛ぶ絨毯と飛竜が舞うのが見える.

 高速の移動手段を持つ者たちが単独で向かっているのだ.

 「爬虫類は苦手だから飛竜は持ってないし,あとは絨毯か……でも,ここから離宮までだったら,余程の高級品じゃないと無理だね……おや?」

 歯噛みしながら辺りを見回していたシェリルは,不思議な物を見つけた.


 立ち並ぶテントの隅の隅に,黒い大きな人――というには妙なシルエットの人影がいる.

 その人影は,しきりに右足を振り上げて,地面を押し固めるように何度も何度も振りおろしていた.


 「何だありゃ?」

 自分の口調はアーシュラに似ている,とシェリルは自分でも思っている.アーシュラに憧れるうちに伝染ったのかもしれない.


 「お,おい,どこに行くんだよ」

 自分を置いて歩き出したシェリルにウルソは声をかけた.アーシュラはともかく,シェリルにも頭は上がらない.シェリルは料理もできるし船の操縦もできる.アーシュラの右腕はシェリルで,やはりウルソは左腕なのだ.

 慌ててシェリルの後をついていく.シェリルの向かう先には,最近サンサーラでよく見かけるようになったアメリアの機械人がいた.

 だが,変わっている.

 交易に来ている機械人とは違って,甲冑を着けた騎士に似た外観をしている.しかも体に色々武骨な装備がついていて,何よりも変わっているのはその色だった.

 全身真っ黒なのである.光沢が無く,まるで太陽の光も吸収してしまうような,漆黒,暗黒の黒だ.

 身長二メートル前後の巨大なサイボーグは,妙な事をしていた.

 足元に絨毯が拡げられているのだが,その上に乗って足で何度も踏みつけている.

 絨毯は一目で分かる空飛ぶ絨毯,それもかなりの高級品だった.魔法の術式を込めた独特の模様は,カカルドゥア人なら見慣れたものなのだ.

  

 「あんた,何してんの?」

 シェリルは黒い機械人――黒騎士に話しかけた.

 空飛ぶ絨毯の上でステップを踏む機械人.奇妙すぎてウルソの本職である落語のネタにもならない.

 話しかけられると黒騎士はステップを止め,腕組みして首をひねった.動作する度に体を構成するアクチュエイターが低い音を立てる.

 かと思うと機械人は唐突にしゃがみこみ,石畳に積もった砂だまりに指で文字を書き始めた.

 どうやら最近カカルドゥアの商人たちの間ではやっている,翻訳機のようなものは搭載していないようだ.


 「なになに?」

 シェリルが覗きこんだ.


 ……この絨毯なら機械人でも使えると,商人から聞いて買ったのですが,飛びません.


 「え?」

 シェリルとウルソは顔を見合わせた.

 「そりゃぁ……あんた,悪い商人に騙されたんだよ.あたしの知ってる限り,アメリアの機械人が使える空飛ぶ絨毯は無いよ」


 「ブビュッ!」

 黒騎士は驚いた様な――本当に驚いているのだろう――電子音を出した.


 「どうやらぼったくられちまったな.そもそも空飛ぶ絨毯は,プレーヤーの魔素と大気の魔素に反応して作動するから,機械人には無理なアイテムだぜ」

 ウルソも頷いた.


 黒騎士はがっかりしたようにうなだれた.いかつい巨体が体を小さくしている様子は,どことなく愛嬌があった.


 「空飛ぶ絨毯に乗って,どこに行きたいんだい?」

 シェリルは半ば答えを予想しながら尋ねた.彼の機械の眼はさっきからずっと遥か北,離宮の方を向いていたからだ.

 「……離宮だね?」

 「ブブン」

 黒騎士は頷いた.


 「どういうことだろ?」

 「こいつ,見たところ戦闘サイボーグだ.体中にウェポンベイ,武器を格納する場所がある.戦いのあるところに行くってことなのかな?」

 「でも,ウルソ,アメリアの武器なんて」

 ……カカルドゥアで使える筈がない.

 そうシェリルが言いかけたところで,黒騎士は再び指で砂に文字を書いた.


 ……どうしても行かなければならない.


 「どうしても?」


 黒騎士の顔は鎧の様で表情が無い.だが,シェリルは彼が真剣にそう言っているのを感じた.

 「あたし達もだ.じゃあ,渡りに船だ!」


  ***


 太陽は傾き始め,西には白い月の影が見え始めている.

 三人を乗せた魔法の絨毯は見る見るうちにサンサーラ上空へと舞いあがり,北に進路を取った.

 「こいつはなかなかの高級品だな」

 ウルソが先頭に胡坐をかいて座り,絨毯の房をつかんでコントロールする.

 絨毯は高級品の名に恥じない性能があるらしく,先に出発していた飛竜や絨毯に乗ったプレーヤーをぐんぐん追い抜いていった.

 

 「絨毯屋も,一応本物は売ってくれたんだね.でも,機械人が使えるってのは大ウソだけど」

 シェリルは笑いながら,こじんまりと体を小さくして座る黒騎士を眺めた.

 しかし,彼の顔には何の表情も無い.青白い眼の光がぼうっと黒い鎧の様な体の奥で光っているだけだった.不思議な存在感だ.おそらく装備からすると,アメリア大陸では圧倒的な戦力を持っているのに違いない.カカルドゥアに交易に来る必要性などないはずなのに,何故,自分の力が使えないユーラネシアに来ているのだろうか.

 彼の眼は,ただずっと遠い北を見つめていた.


 「そう言えば,あんた……」

 シェリルは思い出した.

 シノノメと初めて会った日――紅の鯨亭で大騒動があってから数日後,魚の仕入れのために出かけた漁師街で彼を見かけたのだ.

 この巨大な黒い機械人間は,漁師小屋の前でシノノメと並んで座っていたのだ.

 早速知り合いになったシノノメに声をかけようとしたのだが,彼女のどことなく悲しげな様子と,話もできないはずなのにじっと聞いている機械人の姿に,つい声をかけそびれてしまった.

 何故かそれはとても大事な会話で,二人の間に入ってはいけない気がしたのである.

 

 「あんた,シノノメの……?」

 シェリルの言葉に,ほんの少し機械の目が横に動く.

 「見えて来たぞ!」

 だが,シェリルの質問は威勢の良いウルソの声に遮られた.

 

 砂漠を越え,空に屹立する塔――離宮が見え始めた.その少し離れた隣に立っているのは,白亜の迷宮,ラージャ・マハールだ.

 

 「おお,もうすぐだぜ」

 「うわ,何,綺麗じゃん!」


 白いドームと薄紫色の巻貝の様な塔が並んでいる姿はとても美しかった.こんな時でもなければゆっくり眺めたい絶景といえるだろう.

 だが,近づいていくと異様さが目に付いた.


 正門は開け放たれたままとなり,前庭は猛烈な魔法戦闘が行われていた痕跡か,巨大な樹木が生い茂り,そこかしこに黒煙が立ち上っていた.

 ゲートを通ってやって来たプレーヤーたちの第一陣が,おっかなびっくり出庭園の中を塔に向かって進んでいる.

 彼らの頭上を追い越し,絨毯は離宮へと軽快に飛んで行った.


 「あ、てめーら! 高級アイテムなんかで飛んで行きやがって!」

 「ずるいぞ!」


 後から来たプレーヤーに追い抜かれて悔しいのか,下から罵声が聞こえる.

 ウルソはにんまりと笑った.


 「泣くのが嫌ならさあ歩け,一昨日おとといおいでってなもんだ,だけど,それにしてもすげえ……戦争でもあったみてぇだな」

 「いや,マジで魔法戦争とでも言う様な戦闘があったんだろうさ.さっき運営から,本日の激闘の様子は後日マグナ・ビジョンで放映しますって宣伝が来てたよ.スポンサーがつくくらいの戦いなんじゃない?」

 「プチ北東大戦だな……」

 

 そう言いながらウルソは空飛ぶ絨毯を操縦して離宮の周りを旋回した.魔法の絨毯では塔の中腹くらいの高さを飛ぶのがやっとである.

 遥か上,塔の先端近くから瓦礫が降って来たがそこまでは上がれない.

 塔の各所に銃座と思しきものがあったが,幸い誰も人がいない.

 こんな装甲も何にもない状態で銃を掃射されたらひとたまりも無いと,想像したウルソは背筋を凍らせた.

 遠くから見れば優美な塔なのだが,近づいてみればその構造は軍艦の艦橋を彷彿とさせる.それは,ファンタジー世界のユーラネシアにあってひどく異質に感じられた.

 

 「これ,どこから入りゃいいんでぃ?」

 「絨毯であそこまで上がれるかい?」

 シェリルは戦闘が行われているらしい,爆音が聞こえる部屋の高さを指差した.外から見ると螺旋状になった塔は何階層あるのかよく分からないのだ.

 「そ,そいつぁ無理ってもんだ.あの高さにゃ上がれねえよ.それに……」

 壊れて穴が開いた壁や天井から盛んに火が噴き出たり,石材がこぼれ落ちたりしている.恐らく中で壮絶な魔法戦が繰り広げられているのだ.

 近づくだけでこちらも巻き添えを食ってしまいそうだ.無理矢理戦闘中の部屋の中に飛び込めればまだ良いが,この高さから落下して無事で済むとは思えない.


 「そうだな,あの二階かな? テラスのところだったら何とか安全に降りられるかな……」

 はるか下,地上近くには回廊状になった空中歩道がついていた.彼らは知らないが,ここからヴォーダンは塔の中に逃げたのである.

 「あそこの鉄砲が突き出してる張り出しには降りられない?」

 「銃座か? ていうか,トーチカか砲塔だな.ありゃ,装甲ドームになってるぜ.あの丸い屋根の上に降りられても,ぶち抜きでもしなきゃ入れねぇ」

 

 二人がそんな会話をしていると,黒騎士が突然立ち上がった.

 「ブビュン!」

 「うわっ!」

 突然絨毯のバランスが崩れたので,慌ててウルソが立てなおした.

 「危ねぇじゃねえか,黒旦那!」

 「くろだんな?」

 微妙なフレーズにまた苛々するシェリルだったが,それよりこの機械人が何を考えているのかが気になった.

 「どうしたんスか?」

 

 黒騎士は律儀に小さく会釈した.

 

 「ここまで連れて来てくれたお礼ってか? そいつはお互い様,こちらこそおかたじけって奴よ.礼には及ばねえが……」

 

 黒騎士は自分の胸を掌で触った後,下を指差した.

 

 「下? まさか,ここから降りる気かい?」

 シェリルはその指の先を目で追った.指が指す先には,さっき話に上がったやや大きめの張り出しがあった.離宮を巨大な巻き貝だとするとそれはサザエの殻についたフジツボの様だ.だが,それはドーム状の天蓋で完全に装甲されていた.

 「マジ? あんなツルツルの上,降りられるわけないっスよ.滑って落っこちちまう.二階のテラスまで下降したら,あたし達と一緒に行けるっスよ」

 

 確かにドームのあるステップ――砲塔から中に侵入出来たら,戦闘が行われている場所には随分な近道になるだろう.しかし……とシェリルが言う間もなく,黒騎士は空中に無造作に足を踏み出した.

 

 「あっ! あんた!」

 「飛べるのか?」

 

 二人の叫びを後ろに,黒騎士はただ真っ直ぐ落下していた.

 彼は鈍い金属音と共に大の字になって銀の天蓋にぶつかると,そのままぶち抜いて塔の中に姿を消した.

 砲塔の屋根には見事な人型の穴が出来ていた.


 「黒旦那,何て丈夫な体なんでぃ……」

 まるでスラップスティックのアニメ映画の様な光景だ.ウルソは目を丸くしながら絨毯を操り,高度をゆっくり落としていった.

 穴が開いた銀の天蓋は丈夫な金属製で,開いた穴が剣の様に鋭くめくれ返っている.彼の真似をしてそこから入ることなど出来るはずもなかった.

 

 「俺たちは生身の体だ.とても無事じゃすまねぇ.やっぱり,二階のテラスに降りるぜぃ,シェリル」

 ポカンと口を開けて機械人の入っていった穴を見ていたシェリルにウルソは声をかけた.

 「いや,あれは……丈夫な体だから出来る事なんかじゃないよ」

 シェリルが夢から醒めたように首を振ってそう言ったので,ウルソは首を傾げた.

 「というと?」

 「あいつは,自分の体なんてどうなってもいいって,そう思ってるんだよ.そうとしか思えない」

 「……自分の体なんてどうでもいい?」

 確かに,仮想世界の体だとしても,落下の恐怖や激突の衝撃は尋常なものではないだろう.

 「あいつ,何者なんだろう?」

 「悪党には見えなかったけどなぁ.主婦さんの知り合いじゃねぇか? 無鉄砲な奴だよな.さあ,もう着くぜ.姐さんの加勢に行こうじゃあねぇか!」

 ウルソは絨毯を翻し,勢いよくテラスに降り立った.

 後に続いたシェリルはそれでもしばらくの間,機械人の入っていったステップを見上げていた.

 

 知り合い……きっとそうなのだろう.だが,それは自分の欲しい答えではない.

 あれだけの行動をさせるその想いは,一体何なのだろう.

 シェリルはその答えを知っている気がした.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ