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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第20章 闇のその先へ
138/334

20-3 魔影と幽鬼

 カー!


 一声鳴いたカラスはネムの頭の上でくるりと旋回すると,まっしぐらに壁の方に向かって飛んだ.

行く手には,作りつけの魔石ランプがある.巻貝の様な丸いデザインで,中に仕込まれた魔石が怪しい光を放っている.


 「グルグル!」


 ネムは再び叫んだ.

 カラスはふわっと膨らみ,ランプシェードの様な形になって魔石のランプをすっぽりと覆ってしまった.

 薄紫色の灯りが遮られると,辺りを照らすのは壁と床の魔素材,シェルラートだけである.室内は少し薄暗くなった.


 ――と同時に,黒い腕が消えた.


 「ど,どうしたの!?」

 シノノメがあたりを見回す.

 「腕が消えた!」

 グリシャムが杖を下ろす.

 「これは一体?」

 ハメッドが自分の身体をさすった.

 「きゃっ!」

 「ひゃっ」

 触手で締め上げられていたアーシュラやシセは,急に解放されて床に投げ出された.


 「あとは,あのランプ,弓矢か何かで壊してネー」

 驚く一同とは対照的に,間延びした声でネムが言った.


 「ランプ? おう!」

 言うが早いか,アルタイルは素早く弓に矢をつがえて放った.オリハルコンの矢は見事に編み物のカバーごとランプに命中し,魔石は粉々に砕け散った.床に細かい破片会落ちて,さらに砕ける音が響く.


 「こりゃ,どーいうこった?」

 ヴァルナが目を瞬きながら尋ねた.

 その質問に,アルタイルもうなずいた.彼も反射的に矢を放ったものの,一体何が起こったのか理解できていなかった.


 「これ,影だヨ」

 「影?」

 シノノメはオウム返しにネムの言葉を繰り返した.

 全員がネムの言葉に驚いた,というよりも,意味が理解できなかった.

 「だって,黒いし,足元から出てくるし……うーん? わかんないかナー?」

 ネムは眠そうな目で,自分の足元に出来た黒い影を踏んで見せた.


 その意味するところを察して最初に口を開いたのは,大公シンバットとハメッドだった.

 「なんと! 奴は……ジャガンナートは影を操れるというのか!? そんな摩訶不思議な……いや,現実に目にしたのだから,それが事実なのだな!」

 「それで納得出来ます.離宮の建設は,ジャガンナートが行っていたと聞いています.魔神と,北部から連れて来られた奴隷を使ってね」

 北部から来た奴隷,という言葉に,ピクリとシセが反応したので,慌ててハメッドは言い直した.

 「北部からの労働者は昼,魔神達が夜働いていたと言われていたが,そもそもこれは不自然だったんですよ」


 「なるほど,魔神ジンの操作っていうのは結構複雑ですものね.一個の器物アイテムに一柱の魔神が憑依しているものだけど,複数のアイテムを同時に使いこなすのは大変.いくら五聖賢だからっていっても,あまりにも無理がある」

 グリシャムがハメッドの言葉に相槌を打った.


 「そうだ,約三十日に一度,ジャガンナートは魔神ジンに暇を出して休みを与えると言われていた.これは……新月の夜という事なんだ!」

 シンバットが頷きながら言った.

 「月明かりがなければ……影は出来ないということですね」

 シセは絞められた首をさすっている.彼女の白い美しい首には,不気味な手形が残っていた.


 「つまり,‘影使い’っていう事だな.離宮の中は奴の力を最大限発揮できるよーに,魔石のランプが灯してあるんだ! そーと分かれば,全部叩き壊してやる」

 ヴァルナは歩いて来た方の回廊,そしてこれから進む方角にともしてあったランプに真空の刃――鎌鼬を放った.

 「えい! このやろー!」

 ヴァルナが両手を振るたびに,あちこちでガラスが割れる様な高い音が響き,結晶状の石の破片が弾け飛んだ.

 壁も柱もシェルラートのおかげでうっすら光りを放っているので,完全な闇になる事は無い.だが,光が弱いので全員の足元の影はすっかり薄くなってしまった.視認できるかできないかというほどである.


 「なるほどな,それで分かったぞ.対空砲火の銃座には人の気配がなかった.あれも影か!」

 アルタイルもオリハルコンの矢でランプを破壊し始めた.


 「ヴォーダンを連れて行った巨大な手も,奴が操ってる影なのね.でも,ならば外光を十分に入れる設計にしても良かった気がするけど……」

 「きっと,自分の力を秘密にしたかったのと,曇りや雨の日が嫌だったんじゃない?」

 アイエルが考えながら言った.

 「そうだね,魔石の光で照らされていれば,いつも一定の力が安定して使えるだろうし.すごいね,ネム! 気づくなんて!」

 「へへ?」

 シノノメがほめると,ネムはヘラヘラと笑った.


 「なるほど……そうか……ネム,色々言ってごめんなさい」

 さんざんネムのことを劣等生と言ってけなしていたので,グリシャムは少しきまりが悪かった.

 「ふーん?」

 だが,ネムは気にする風もなく,眠そうな目で編み物を編んでいた.


    ***


 ネムが敵の能力スキルを看破したことにより,進む速度は倍以上になった.

 回廊を巡り,魔石のランプがあれば,壊して進んでいく.

 難点と言えば,薄暗いこの魔宮の中で,光で照らせないことだった.

 魔法職は全員基本的な能力として灯りの魔法を持っている.だが,照らしたときに作る濃い影がたちどころに牙を剥かないとは限らない.

 本来,柱の影に伏兵など置かれれば,攻撃に対処するのは容易でないだろう.

 しかし,どうやら敵は奥の部屋でじっとシノノメたちの到着を待ち構えることにしているようだ.

 

 「おそらく,もう彼らに使える兵士はいないのだ」

 シンバットが言う.


 「あるいは,自分たちだけで十分勝てると思っているか,ですね.殿下.それでもまだ油断はできませんよ.万全の布陣で,自分たちの力を最大限発揮できるような環境で戦う気でしょう」

 先導するアルタイルがそれに答えた.

 グリシャムにコケにされても,彼は豊富なゲームの経験年数と高い戦闘力を持っている.

 なかなか優れた統率力を発揮していた.

 より強大で危険な敵を前にして,彼自身が成長したと言えるのかもしれない.

 

 「だが,離宮勤めの衛士たちは彼らが殺してしまった.そして,ここに入った聖堂騎士は,もういない.竜人イブリースは傍観者だと言っていた」

 シンバットが一つ一つ確認するように言った.


 「ハデスはセキシュウ様が倒したし」

 グリシャムは目を潤ませながら言ったので,アルタイルが小さく舌打ちした.


 「イシュタルはアタシたちがやっつけた」

 アーシュラがモルゲンステルンで肩を叩いた.彼女のHPは度重なる戦闘でかなり消耗していた.

 「俺も手伝ったよ」

 そう言うハヌマーンの声にも,疲れの色が見え始めていた.だが,生来の性格か,長い尻尾を振りながら明るくふるまっている.


 「となれば,残りはジャガンナート,ヴォーダン,オシリスか……」

 ハメッドが指折り数えた.まだ五聖賢――一時六聖賢となって,三人も残っている.

 ジャガンナートの能力がおぼろげながら判明し,ヴォーダンは大きなダメージを負っているとしても,道のりは遠いと言わざるを得ない.

 全員を倒すことはそもそも目的ではない.忍び込んででも娘を取り戻せればそれでいい.だが,どう考えても彼らを倒さない限りはマユリに会えそうにはない.ハメッドはため息をついた.


 「そういえば,シェヘラザードも,変な力を持ってるよ,王様」

 シノノメがシェヘラザードの名前を出すと,ヴァルナとグリシャムがピクリと反応した.謎と言えば,彼女の能力が一番謎だ.ヴァルナもグリシャムも彼女には煮え湯を飲まされている.

 

 「主婦殿,失礼ですが,陛下に失礼な言葉遣いはおやめくださいませ」

 「良い,シセ.シノノメ殿は,わが国の大恩人だ」

 「ですが……」

 シセルニチプは不満そうに口を引き結んだ.部族のために輿入れしてきたとはいえ,シンバットに少なからぬ好意を抱いている様だった.

 「シェヘラザードはもちろんだが,私にはもうひとつ気になっている人物がいるのだ」

 「なあに? じゃなっくて,何ですか? 王様?」

 シセが思わず眉を吊り上げたが,シノノメは気にしていない.

 「もう一人の政策顧問――ラーフラだ.実は,私は彼の素顔を見たことがない.彼の行方が分からない.凄腕の武術家で,暗殺能力があり――そして彼は,行者サドゥーの様な,何か不思議な力を持っている.彼もまたシェヘラザードが連れてきた謎の人物なのだが,一体何者なのか……彼が敵になると,おそらく厄介だ」


 「ラーフラ? あいつ,イシュタルを連れてどこかに走っていきましたけど」

 ハヌマーンはラーフラがイシュタルの喉の肉をかみちぎる,不気味な光景を思い出して身震いした.


 「ラーフラ……謎の男……そういえば,私にも気になっていることがあるのです」

 ハメッドがぽつりと口を開いた.

 「今回,シノノメさんの知り合いの女性が襲われて,それがきっかけでシノノメさんはナジーム商会にやって来て,それで,密貿易のことも全部知ることになったわけですが……」

 「うん,そうだね」

 「これ,おかしくないですか? だって,五聖賢たちはナジーム商会を使って利益を上げていたわけでしょう? なぜ,そこにシノノメさんを招き寄せるような罠を張ったんです? うちのアングリマーラが名前を偽ってシノノメさんに接触し,うちの会社の名前を告げたと聞いています」

 「マユリちゃんの話によると,そのドングリ何とか……」

 「アングリマーラです」

 「その,アングリさんに指令を出した人は黒頭巾だったっていうから,多分ラーフラって人だよね」

 「確かに,妙だな……もっと他の会社ギルドに疑いをかけるような罠にした方が,効率がいーよな.シノノメはどーせ何も考えてないから,突入していったところを騒乱罪か何かで逮捕すりゃーいい」

 ヴァルナも相槌を打ったが,何も考えていないと言われたシノノメは頬を膨らました.

 「そうです.その方が,ナジーム商会から目をそらせることもできますからね.これは,言ってみれば情報の漏洩リークです.シノノメさんを巻き込んで,より騒動を大きくして,五聖賢の事業をぶち壊しにして……何故でしょう? 何故五聖賢の協力者が,内部からそれを邪魔するんです?」

 「二重スパイか……?」

 頷くヴァルナの目が鋭い光を帯びた.

 「でも,誰の? あるいは誰側ですか? もちろん,我々の味方でないことは明らかだ.そうすると,目的がまるで分らない.彼が実は‘正義の使者’だなんて,とても考えられません」


 「絶対悪者だよ.だって,あいつ,人食いだよ.俺,見たもん」

 ハヌマーンが声を震わせて言った.

 「もしかして……セキシュウさんが言ってましたけど,行動不能になったハデスの身体を持ち去ったのも,その,ラーフラ? ということは,まさか……食べるために?」

 アイエルは自分で言ったその言葉に寒気を感じて腕を抱きしめた.


 「さーて,どうやら,お話はそこまでだぜ」

 アルタイルが左手を後ろに向け,立ち止まった.

 「いよいよここが突き当りの部屋だ……間違いないですね,殿下」

 

 紫檀でできた両開きの扉があった.

 天井から床まで,一面の扉には炎をあしらった彫刻が施してある.細かいレリーフと細工が埋め尽くし,グロテスクな印象さえあった.だが,この扉一つが贅を凝らした第一級の工芸品である.

 

 「左様,ヴォーダンの部屋だ.ジャガンナートは炎の部屋と呼んでいた.一度見せてもらったが,中は驚くほど実務本位で簡素なつくりをしている」

 シンバットが頷いた.

 扉は開いて少しだけ隙間ができていた.まるで,いつでも入って来いと言わんばかりである.

 隙間から,声が聞こえる.


 「これは……ワルキューレの騎行だな」

 アルタイルが耳を澄まして曲名を告げた.

 声は,ドイツが誇るオペラの名曲をひたすら高らかに歌っていた.


 「奴……ヴォーダンか」

 アルタイルが手を挙げると,扉の陰に隠れるようにして左右にパーティーメンバーが展開する.ハメッドはともかく,それぞれクラスAからBにランキングされる優れた戦士なのだ.こんな時の行動は指示がなくともできる.NPCのシセとシンバットも彼らにならって扉の陰に控えた.

 「殿下,念のため俺の盾の後ろに入ってください」

 ハヌマーンが大きな盾を掲げたので,二人はその陰に隠れて剣を抜いた.

 全員がそれぞれの武器を握りしめ,突入のタイミングを計る.

 アルタイルはオリハルコンの矢尻をそっと扉の隙間に差し入れ,鏡のように映して内部の様子を探った.

 黒衣の男が天井に向かって叫ぶ様子が映っている.

 扉の陰に伏兵がいる様子はない.

 アルタイルは挙げた右手を一気に下した.


 「行くぞ!」

 「おう!」


 だが,一同がそう答えた瞬間,扉が爆発した.

 重厚な紫檀の扉は粉々に飛び散り,中から猛烈な熱を伴う爆風があふれ出したのだった.  

 

   ***

 

 「君は,六華りっか.それは分かるかい?」

 「りっか……」

 「ゆっくり考えてみて.まず,ここに来るまでのことを思い出して.ジャガンナートは?」

 「ジャガンナート……私は……暗いところを通ってきた……」

 「そうだね,その前は何をしていた?」

 「そう……あれは,パーティのみんなと聖堂騎士団の寺院に行って……」

 「戦士乃寺院フェダイーンパゴダだね?」

 「そう……聖堂騎士の人が,私たちを案内してくれて……」

 

 意識のみ仮想世界に囚われた子供たちは,それぞれ個室を与えられていた.

 六角形の,蜂の巣のような区画が壁に積み重なってできており,その間を梯子や渡り廊下で移動するのだ.

 こんな状況でなければ,楽しい遊具に見えないこともない.

 クヴェラはマユリとともに,マユリの友人‘スノウ’こと,六華と個室で話をしながら情報を集めていた.

 ピンクと白のマシュマロの様なソファに腰かけ,リラックスさせて少しずつ話かけていく.六華は桃色の三角帽子にローブという魔法使いの格好をしている.

 彼女は‘自意識’をほとんど無くし,ぼんやりしていた.‘クエスト’,‘冒険’,‘ゲーム’などの言葉にだけ異様に反応する.

 まるで,彼女という人間が‘薄まってしまった’様な印象すら受ける.

 辛抱強く話しながら記憶を掘り起こさせる作業は,尋問や取り調べよりも,逆行催眠に似ているとクヴェラは思った.

 

 「それは妙だね,だって聖堂騎士団は,女の子は入れないんだよ」

 そう言うとマユリがクスリと笑った.

 男性が多い職場なので,もともと言葉は男っぽくなってしまっているのだが,女性の姿をしていてもクヴェラの口調は男性的――軍隊的なのだ.

 

 「知らないけれど……偉い人が連れて行ってくれた.庫裡くり――団員が生活するお家の裏に,レベルアップのポイントがあるって……」

 

 マユリが顔を見たので,クヴェラはそっと首を振った.そんなところに,把式場――練習場もなければ,ましてや魔法使いのレベルを上げる場所などあるわけがない.

 だが,否定して議論するのではなく,できるだけ彼女に話をさせて情報を引き出したい.そして,できれば,現実世界で意識不明になった当日のログインまで記憶を遡行させ,覚醒させる足がかりにしたかった.

 意識を取り戻させる方法は全く分からない.だが,クヴェラはマユリの言葉に大きなヒントを得ていた.

 ‘考えること’で頭がはっきりし始めた……と.

 原理は分からないが,‘脳を使うこと’や‘自分について考えること’が鍵だ.

 もちろん,シェヘラザードが何らかのシステム操作を行っている可能性は高い.

 しかし,五聖賢――自らを至高の人間,ホモ・オプティマスと名乗っている死んだ政治家やテロリストたちは,仮想世界でしっかりとした自我を保っている.

 子供たちとのこの違いは何なんだろう.

 子供たちは,VRMMOゲームの性質をよく知っているので,ほとんどの子供が現実世界の体格と同じ――子供の姿だ.その方が,体を自由に動かしやすいことを理解しているのだ.

 五聖賢たちは外見から性別まで全く現実世界――生前の姿とは全く変化している.

 女性になったイシュタルや嫦娥は女性らしく,男性になったヴォーダンは男性らしい性格になってはいるが,子供たちのように,自己あるいは自我を失っているようには見えない.

 では,仮想世界での肉体のあり方はあまり関係ないということになる.


 ……となると,記憶と,思考,意志か.

 クヴェラは大学時代に聴講した心理学や哲学の授業を思い出していた.

 自我――真我アートマン.個体の中心にあり,他を認識するもの.

 記憶――自己の同一性,人格を形成するのに必要なもの.

 子供たちは人生経験が短い.

 人間が‘自分自身’を確立するのは,思春期を過ぎて成人になってからだ.

 

 「聖堂騎士団の,その人は誰? 長老様かな? 偉い人じゃないと,女の子を中にまで入れられないよ?」

 「……よく分からない.でも偉い人だと思う.すれ違う人はみんな,お辞儀してたから」

 「それ,すごくがっちりした人? 樽みたいな体格の……」

 クヴェラはまさかとは思いながら,ダーナンのことを聞いてみた.

 「うーん……違ったと思う……」

 「じゃあ,まさか……背が高くて,体が細い人……?」

 「うん,多分その人」

 クヴェラの背に戦慄が走った.

 それは,ダーナンとともに聖堂騎士団の半数を統べる――実質的には聖堂騎士団の実働部隊のトップ…….

 「その人は……シンハって呼ばれてた?」

 「あ……そうだと思う」

 一瞬にしてクヴェラの表情が変わったので,マユリは怪訝な顔で尋ねた.

 「どうしたの? クヴェラ.顔色が真っ青になったよ」

 「う,うん……まさか,そんな……」

 クヴェラが質問をやめると,六華の視線は再び宙をさまよい,焦点の合わないものになった.

 クヴェラは六華をひとまずそのままにして,マユリを真正面から見つめた.

 「シノノメさんから聞いたんだけど,マユリちゃんの家――仮想世界のお屋敷で,マユリちゃんは知らない怖い人を見たって言ってたんでしょう?」

 「う,うん,そうよ.隠し部屋で覗きっこして遊んでたら,NPCのアングリマーラに,子供の奴隷を集める指示をしていたの.黒い頭巾の黒いマントで,黒ずくめ.目と手しか見えなかった」

 マユリは思い出しながらもはっきりと答えた.

 「その人って,背は高かった?」

 「うん」

 「手は細かった?」

 「うん,筋張ってた」

 「確か,突然アングリマーラの額が切れたんでしょう?」

 「うん,ナイフも何も持ってなかったのに,シャッ! て手が動いたら,いっぱい血が出てたよ」

 「そう……」

 クヴェラはそれだけを確認すると,口を押えて床の一点を見つめ,黙り込んだ.

 「どうかしたの? 知っている人? それは,誰?」

 しばらく考えた後,クヴェラはゆっくり口を開いた.

 「聖堂騎士団の副長,シンハ.獅子シンハの名を持つ,カカルドゥア最強の戦士の一人.聖騎士パラディンヴァルナを除けば,敵う者はいない.古式ムエタイ,ムエ・ボーランの達人で,得意技は神速の肘打ち.相手の身体に当たれば刃物のように切れるんだ.普通の人には,まず見えない」

 「ええっ! じゃあ,聖堂騎士団も五聖賢の味方なの?」

 「そういうことになる……少なくとも,ダーナンさんが説得して味方にするなんてできないよ.いや,シェヘラザードと組んでいるんだったら,もっと状況は悪いかもしれない.騎士団員も操られるかもしれないし……五聖賢のほかにもう一人,こんな強い敵がいるなんて! 先輩,いや,ヴァルナ様に早く知らせなくっちゃ!」

 

 ちょうどその時,離宮のどこかで何かが爆発する音が聞こえた.

 重い振動が壁と床を震わせる.


 「あれは?」

 シノノメやヴァルナが自分を救出に来たのだろうか.そう思ったクヴェラに,それまで視線をさまよわせていた六華が答えた.

 「あれは……敵よ……」

 「六華ちゃん!」

 「敵を……倒しに行かなくちゃ……」

 六華はフラフラと立ち上がり,制止するマユリの手をすり抜けて部屋の外に出た.

 二人は慌てて後を追った.

 辺りを見ると,他の部屋からもぞろぞろと子供たちが歩き出している.

 それはまるで,幽鬼の群れだった.

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