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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第18章 壊れゆく世界
124/334

18-10 二人の騎士

 「行くぞ! 餓狼咆哮剣フェンリルハウンド!」

 扉から飛び込んできた先頭の人物は,叫ぶと分厚い西洋剣を魔神の膝下に叩きこんだ.

 膝蓋腱――膝の皿についた腱を切断されては,膝を伸ばす事が出来ない.

 魔神は大きく態勢を崩した.

 重装備のプレートアーマーを着た,赤毛の騎士である.

 魔神の足元を走り抜けると,彼は爽やかに笑った.


 「フレイドさん!」

 「やや,やっとシノノメさんが名前を覚えてくれましたね」


 ノルトランドのランスロット部隊副長,フレイドだ.

 シノノメがノルトランドに拉致された時に助けてくれた人物の一人である.そして,グリシャムやアイエルが所属していた冒険者ギルドの団長でもある.

 甲冑の重さなど微塵も感じさせない彼の動きは,以前より遥かに凄味を増していた.かつての必殺技であった餓狼咆哮剣フェンリルハウンドを軽々と連射している.


 「今だ!」

 アーシュラは機を逃さず急所の一つである額の第三の目を狙って槍を投げたが,がっちりと交差した六本の腕がこれを弾き飛ばす.

 魔神は半月刀を振りアーシュラを追った.ハメッドの絨毯の房が一本削り取られる.しかし,高速で舞う絨毯を追いかけたせいで魔神の上体が浮き,骸骨の腰飾りを付けた下半身ががら空きになった.


 「てやああああ!」

 そこに,もう一人の男が飛び込んでくる.

 いや――男は一人だったが,走りながら二人に分裂した.

 魔神は新たな敵の出現に気づいたものの,そのスキルに戸惑ったのか,一瞬反応が遅れた.


 「喰らえ! 暴風斧刃撃ストームヘルベルト!」


 二人になった男は,斧状の刃がついた槍を回転させ,魔神の両側から飛び込んだ.魔神は応戦しようと半月刀と短刀を振り下ろす.しかし,男は巧みに体を回転させながらこれをかわすと,錐揉み状になって魔神の腕を切り刻んだ.

 輝く黄金の鎧の男は魔神の背後に着陸すると,再び一人になった.油断なく矛槍ヘルベルトを構え,魔神に対峙する.


 「久しいな.東の主婦.これは貴様の体さばきを参考に作り上げた新技だ!」

 野太い声で男は叫んだ.逞しく発達した四肢,巨人と見紛う美丈夫だ.


 「あ! あなた,えーと,ぱーシンバルさん!」

 「パーシヴァルだっ!」

 男は愉快そうに怒りながら,迫りくる魔神の手首を斬り払った.三叉戟が高い音を立てて床に転がり落ちる.

 魔神は絶叫した.


 「ふふ,倦怠感など感じている暇など無くなったわ.お主との対決後,さらなる武の境地,心躍る世界がある事が分かったのだ.魔法に毒されたノルトランド帝国が滅び,戦乱の世となった今,今度こそ武のみで頂点に立つのだ!」

 ノルトランド最強の槍使いにしてかつての四天王の一人,パーシヴァルである.北東大戦では‘人間の王’ベルトランの忠実な部下としてシノノメの前に立ちはだかったが,シノノメと激闘の末に敗れたのである.


 「あなたが,どうして!?」

 かつての宿敵が自分を助けている.シノノメは思わず疑問を口にしたが,パーシヴァルはそれには答えず,目まぐるしく槍を操って魔神を攻め立てている.以前の彼の技にあった強引さが鳴りを潜め,槍は水の流れのように流麗な弧を描いていた.確かにそれは,シノノメの体さばきに通じるところがあった.


 「シノノメさん,ここは俺たちに任せてくれ!」

 フレイドが叫ぶ.言いながらも彼は一刀の下に魔神の腕の一本を斬り落としていた.


 突然現れたフレイドとパーシヴァルの圧力に,魔神はジリジリと後退し始めた.大きなダメージを受けている.しかし,先程と同じように右手を高く掲げた.人差指の‘時の指輪’が光る.‘時間巻き戻し’効果の発現準備である.


 「いけねー! 駄目だ! 俺がここは!」

 ヴァルナが叫び,鎌鼬を放とうとする.確かに,遠距離で手を狙えるスキルを持っているのは,この中では彼しかいない.


 「大丈夫です! 聖騎士パラディンヴァルナ,あなたは力を温存して下さい!」

 フレイドが叫んだ.

 間髪をいれず,パーシヴァルが槍で魔神の腹を突いた.‘時間巻き戻し’魔法が発現するまでには数秒の時間がかかる.その隙を突いたのだが,魔神の方は‘どうせ回復するから’と思っているのか,彼の攻撃にはなすがままにしている.体液が吹き出してもその顔には不敵な笑みを浮かべている.


 「チクショー,馬鹿にしてやがる!」

 ヴァルナが怒った.

 

 魔神の指輪が一際大きな光を放つ.光は魔神の身体を包み,あっという間に体が元に戻り始めた.地面に落ちた腕さえが元に戻っていく.


 「くそ,やっぱり!」

 アーシュラがギリギリと歯噛みしたその時,フレイドの声が響いた.


 「――時よ,戻れ! いかにもお前は美しい!――」

 フレイドが自分の手を魔神にかざしている.

 折角塞がった魔神の体の傷が,再び口を開き始めた.体液が噴き出し,接合された筈の腕が地に落ちる.

 巻き戻された時間が,さらに巻き戻されたのだ.

 フレイドの指には,魔神が指につけているのと同じ指輪がはめられていた.そして,魔神の物と全く同じ輝きを放っていた.


 「あれは! マハー・カーリマの,時の指輪! 同じものだ! 時間を巻き戻すレアアイテム! 手に入れていたのか! 確かにあれなら,発動時間はかかるが……!」

 ハメッドが興奮して叫んだ.

 フレイドの持っている指輪こそ,かつてシノノメが魔神を倒した時に譲ったレアアイテムだった.


 「解除魔法ディスペルマジックだネー」

 ネムが編み物をしながら見上げて言う.


 魔神は目を見開いた.回復したはずの体が再び傷だらけになっていく.驚きのためか顔を歪ませたが,吹き出す青い体液で床を汚しながら身じろぎさせ,残る四本の腕でフレイドに迫った.


 「行くぞ! パーシヴァル!」

 「おお!」


 パーシヴァルとフレイドは体をたわませ,同時に魔神に踊りかかった.


 「滅神剣ラグナ・ロック!」

 「黄金郷金剛破アルカディア・クラッシュ!」


 フレイドの必殺技は,白銀の閃光を放ち,魔神を袈裟がけに断ち切った.

 パーシヴァルの必殺技は,黄金色の放射光を放って魔神の腹部に風穴を開けた.

 体が四散した魔神がずるずると崩れ落ちる.体液が飛び散った.目からも血の涙が流れ,頬を伝う.


 「おおおおおお……おお……」


 魔神は泣く様な叫び声を上げながら一度まばゆく輝くと,ついに細かいピクセルになって砕け散った.

光の粒が大気に消えていく.

 後には神器である彼女の武器と魔力を持つ装身具,コインの山,そして白黒茶色の三毛猫模様の卵が一個,床の上に出現した.

 フレイドは残心を解き,ゆっくり剣を鞘に納めてからため息を一つついた.パーシヴァルも槍の矛先を持ち上げ,くるりと一回転させて戦闘態勢を解いた.若干体が震えているように見える.緊張のためか,武者震いなのかそれは分からなかった.

 フレイドは残された獲得アイテムの傍に屈んで卵を拾い上げ,シノノメの方に歩いてきた.甲冑がガシャガシャと音を立てる.

 「シノノメさん,いつぞやのお礼です.あの時は俺たちが助けてもらいました」

 そういって卵をシノノメに差し出してきたので,シノノメは慌てて受け取った.

 「ありがとう.これ,私にくれるの? 空飛び猫の卵だよ.とても貴重なものなのに……」

 「俺たちには可愛すぎる召喚獣ですから」


 そう言って笑うフレイドをよく見ると,甲冑のあちこちに細かい傷があった.剣の傷もあれば,凹みや獣の牙に咬まれたような跡もついている.肩あても右側がないのは,利き手側の自由のために敢えて外していたのだと思っていたが,引きちぎれた留め金が肩に残っている.左の手甲ももぎ取られたかのように外れて端がめくれ返っていた.


 「一体どうして……?」


 こんなにタイミングよくフレイドが助けに来てくれたんだろう.それに,敵だったパーシヴァルまで? しかも,こんなに傷ついて…….


 そう尋ねようとしたシノノメの言葉を遮るようにフレイドが口を開いた.

 「早く行ってください.‘帰還の回廊’が開きました.あの一本道を昇れば,迷宮の出口に出ます」


 見れば,広間の後ろ手では壁が開き,光る急勾配の階段が出現している.階段は上へ上へと,地上へと続いているのだった.


 「フレイドさんたちは,行かないの?」

 「俺たちは,ボロボロなんですよ」

 フレイドはパーシヴァルと顔を見合わせて笑った.

 「おう,そうだ.これ以上働かされてはたまったものじゃない.何せ,徹夜で突貫攻略したのだ.だが,シノノメ殿の記録に次ぐ攻略記録だぞ」

 パーシヴァルは巨漢で顔はいかつい.しかしその目は妙に人懐っこく,親しみを感じさせた.


 「ありがとう,フレイドさん,パー……シヴァルさん」

 シノノメは大事に三毛猫柄の卵をエプロンのポケットにしまい,頭を下げた.


 「何かよく分からねーけど,サンキュー」

 ヴァルナは‘帰還の回廊’の光る階段に足をかけながら言った.

 「本当に,ありがとね.今度全部落ち着いたら,うちの店においでよ.一回くらい飲食代をタダにしてあげるから」

 アーシュラがウインクしながら言うと,パーシヴァルはいかつい顔を少し赤くさせた.

 「むむ……お初にお目にかかる.音に聞く赤髪の剣闘士,アーシュラ殿ですな」


 「急いでください,シノノメさん.五聖賢とやらを叩くには,今しかない.俺たちはもう手伝えないけど,みんな応援しています」


 「みんな?」

 まだいろいろ聞きたいシノノメだったが,確かにフレイドの言う通りだった.マユリとクヴェラを少しでも早く救出しなければならない.

 前回シノノメはこのダンジョンをクリアしたとき,そのままログアウトしてしまった.ダンジョンの中でいちいちセーブする必要がなかったからだ.そのため,この回廊は通ったことがない.

 見上げると急斜面の階段ははるか上へとつながっていた.


 「これ,駆け上ってる暇ないよね? みんなはどうやって行く?」

 シノノメには空飛ぶ召喚獣,空飛び猫がいるので問題ない.空飛び猫ラブはシノノメの肩の上で小さく鳴いた.


 「私の絨毯に,二人なら乗れますよ」

 房飾りを一部切り落とされても流石は高級品である.アーシュラとホリベエが乗ると,魔法の絨毯はゆっくりと浮き上がった.

 「あ,俺どーしよー.俺,この距離のこの高さは自分で飛べねーや」

 「アンタ,ほんとに何にも考えてないんだね」

 ヘラヘラ笑うヴァルナを見たアーシュラは,呆れて首を振った.


 「空飛び猫は一人乗りだよ?」

 シノノメは肩に乗ったラブと顔を見合わせた.

 

 「あたしにつかまる?」

 その声の主はすっかり忘れられていたネムだった.ネムはオレンジ色の毛糸の塊を着ている.ニットの魔女はオレンジ色の着ぐるみ娘になっていた.

 

 「何だいそれ?」

 さすがのヴァルナも目を丸くしている.

 「飛行機……ミツバチ飛行機かナー」

 ネムは自分で作ったくせに,首を傾げながら言った.よく見ると着ぐるみの背中部分には四枚の丸い羽のような平たい突起がついていた.

 「ブーン……」

 ネムが言うと,背中の羽は細かく振動するように羽ばたき始めた.


 「わあ? すごい! ホントだ! 羽ばたき飛行機だ!」

 呆れずに素直に驚いているのはシノノメだけである.

 ネムはミツバチのように羽ばたいて,空中を移動し始めた.しかも,それなりに速い.

 「足につかまってネー」

 「お,おう……」

 ヴァルナが足首を握ると,ネムはそのまま回廊を上昇し始めた.

 「あんまり格好良くない飛び方だな,こりゃ」

 「聖騎士パラディンは贅沢だナー.ブーン……」


 ハメッドの空飛ぶ絨毯が後に続く.

 シノノメは空飛び猫の背中に横ずわりで跨ると,ぺこりと頭を下げて礼を言った.

 「本当に,ありがとう! フレイドさん!」

 言い終わるや否や,空飛び猫ラブは和毛にこげの生えた大きな翼をはばたかせ,回廊へと飛び立った.  


 「シノノメさん,御武運を!」

 フレイドは遠ざかる後ろ姿に向かって声をかけたが,シノノメ達はあっという間に小さくなっていった.


 「ふむ,この武器は良いな.ヘルベルトではなくこちらを使ってみようか.なるほど,魔神の雷槍か.工夫すれば雷攻撃で威力を倍加させられそうだ」

 フレイドが振り返ると,パーシヴァルは三叉戟を握って軽く振っていた.獲得した武器アイテムを物色しているのだ.


 「協力してくれてありがとう,パーシヴァル」

 「ふん,例には及ばぬ.暴走するガウェインにつき従う馬鹿どもと戦うよりも,余程良い修業になった.だが,凄まじい戦いだったな」

 「そうだな,ノルトランド復興を目指す,‘円卓の騎士団’,精鋭十人で攻略したのに,俺達二人しか最終ステージに残らなかった」

 フレイドは刃こぼれした愛剣の刃を眺めながらため息をついた.

 「セーブしながら,攻略法を十分準備してからなら,もう少し生存率が上がっていただろうが……作戦が急に決まり過ぎだぞ」

 「すまない.連絡を受けたのが昨日の夜だったんだ.俺の友達はどうも人使いが荒くてね」

 フレイドが苦笑すると,パーシヴァルもつられた様に笑った.

 「徹夜での突貫作戦.がはは,しかし,こうやって成功して見れば爽快だよ.それにしても,このダンジョンを一人で突破するシノノメ殿は,まさに化物だな」

 「化け物には見えないだろう?」

 「だからなおさら化物なのだ.化け物は失礼,怪物と言うべきか」

 「どちらも一緒じゃないか」

 フレイドとパーシヴァルは高らかに笑った.


         ***


 「うわー,眩しすぎるべ」

 ホリベエは黒眼鏡をさらに手で覆った.

 背後でバタンと音を立て,両開きの扉が閉まる.


 光る回廊を出ると,そこは太陽がぎらつくラージャ・マハール霊廟の真裏である.周囲には緑地帯があるが,その外側は死の砂漠だ.降り注ぐ太陽光線の強さもさることながら,砂漠の反射光が足元からも照りつける.陽炎の向こうには真新しい建物が見えた.まるで近くにあるように見えるのは,その建物が大きすぎるからだ.

 サンサーラ離宮の威容であった.

 ラージャ・マハールはサッカースタジアム並みの広さがあるのだが,それよりも大きい.らせん状に渦を巻いて天空へと延びる,巨大な巻貝の殻に似た塔である.砂漠にそびえ立つその姿は,旧約聖書のバベルの塔を彷彿させた.


 「遠くから眺めてる分には,綺麗な建物なんだけどねぇ」

 アーシュラが腕を組んだ.


 霊廟の建物は基部が一般の寺院と同じように壇状になっており,緑地帯に降りるにはさらに階段を下りるようになっている.少しだけ高くなっているので,うねるような丘陵地帯である砂漠を俯瞰する事が出来るのだ.


 「あれ,あれ何だろう?」

 アーシュラは指さした.砂漠の中を移動する隊列があるのだ.ラクダや草竜,同行する人たちと遊牧民が使うパオ(ゲル)馬車のシルエットが見える.


 「バザールが立つのでしょう.ここからはあまりよく見えませんが,離宮の周りに何かわだかまっているあれ――おそらく,テントです.ヴァルナさんの親衛隊が言っていた通りですよ.商業活動こそがこの国の肝ですからね.進行方向からすると,ゲートを抜けて他国から見物に来ているキャラバンもあるようですね」

 商人であるハメッドが答えた.

 「ふーん,こんな灼熱地獄の中,ご苦労なこった.普通は夜に移動するのになー」

 ヴァルナが面倒くさそうに言った.

 「アンタとは違って,みんな働き者なんだよ……さて,この砂漠をどう移動するか……」

 アーシュラがそう言い終わるか否かのタイミングで,階段を下りた先の地面がモコモコと盛り上がり始めた.

 ボコリ,と音がして盛り土の天辺に穴が開くと,黒メガネをかけ黄色いヘルメットをかぶったモグラ人が顔を出した.

 「眩しすぎるー!」

 「おお,間に合ったか,ホリスケ!」

 「社長,開通であります!」

 ホリスケと呼ばれたモグラ人はヘラ状になった手で一同に敬礼した.

 「何,どういうこと?」

 「新しいトンネルが出来ただ」

 ホリベエが眼を押さえたままで言った.

 「え? 離宮の中に行けるの? ホリベエ,アンタ離宮の地下には強力な魔法障壁があるから,掘り抜くのは無理だって言ってたじゃん」

 「離宮ではありませんです.昨晩,ユーラネシア時間で一昨日の夕刻に入った依頼で,その近くまで行くトンネルでございます」

 ホリスケは敬礼をしたままアーシュラに報告した.

 「その近く? 砂漠の真ん中や離宮のオアシスのはずれなんかに出たら,あっという間につかまっちゃうじゃない.罠じゃないでしょうね?」

 「俺たちは裏切ったりしないべさ! 全員地下からあんたたちを応援してる」

 ホリベエが反論した.

 「えー,急いで下さい.上空を哨戒するロック鳥が来ております,との伝言であります」

 ホリスケは穴から頭だけ出した状態で,周囲をぐるりと見回した.

 「伝言って,誰の?」

 「施主様でございます.皆様を応援する方と聞いております.たんまりと御代金をいただいておりますので,はい」

 ‘代金’のところでホリスケの笑顔が輝いた.

 「うーん,怪しい気もするけど……本当に応援してくれるなら嬉しいんだけど……」

 「オイラの聞いたところによると,施主さんは……」


 アーシュラたちがモグラ人とそんな会話をしている間,シノノメは,霊廟の出口に彫刻されているレリーフに目を奪われていた.

 扉は足元から天井まで,精緻な工芸で埋め尽くされている.意匠化された樹木の森の中央に,男女の竜人が立っているものだった.

 竜人には性別がないというが,夫婦に見える.彼らはそれぞれ胸に子供を抱いていた.二人ともまだ幼く,おくるみに包まれている.

 「双子……なの?」

 何かが心の中に引っ掛かる.求めていた解答がそこにあるような……

 

 「シノノメ!」

 シノノメはアーシュラの声で現実に引き戻された.

 「急がなくっちゃ.行くよ,シノノメ!」

 「う,うん!」

 「おい,行くぞ! こうなりゃ,毒食わば皿まで.とにかくこの道を行けばどうなるものか,行けば分かるさ,ダァ! ってやつだな」

 ヴァルナはどこまでもいい加減,出たとこ勝負のようである.

 「それを言うなら,虎穴に入らずんば虎子を得ず,でしょう」

 ハメッドが眉を顰めた.


 しかし確かに,上空には巨大な鳥の影が舞っては時折太陽の光を遮る.

 迷宮の周りでこれ以上まごまごしている暇はなかった.


 「さあ,参りますぞ!」

 シノノメたちはホリスケの案内で,砂漠へと向かう穴に飛び込んでいった.

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