18-8 幕間――または,終わりの始まり
‘その日’がやってきた。
唯は自宅のテーブルの上で携帯端末をじっと見つめていた。
留守番電話には、夫のメッセージが入っている。
病院が忙しくて、今晩は帰れなくなったという。緊急手術が入ったということらしい。
喧嘩してしまってから、結局きちんと話し合えていない。
メッセ-自は事務的で、声の向こうに何とか感情を聞き取ろうとしてみたが出来なかった。
……怒っていないだろうか。
自分はこれから彼に反対されたことを始める。脳が損傷されるリスクがあるというゲームの戦闘に参加しようとしているのだ。だがきっと、それを潜り抜ければ、なくした大事な記憶が返ってくると、そう信じている。
……でも、やっぱりちゃんと話をしておきたかった。
後悔している。
きっと実際には、彼は怒ってなんていないのだ。十歳も離れているせいで、いつも自分が掌の上で転がされているような気がする。それは馬鹿にされているのではなく、甘えてわがままを言うことを許されているという、陽だまりのような温かい感覚で嫌いではない。
時々、彼に理想の父親の像を求めているのかもしれないと思うことがある。
お父さんは……
思い出そうとしたが、何故かモヤがかかったようではっきり思い出せない。
あれ……? 私……?
ふと唯は壁に掛けた時計を見上げた。北海道で作られた木工細工の時計が、約束の時間を指している。
……もうすぐだ。行かなくっちゃ。
唯はVRマシン――ナーブ・スティミュレータを頭につけ、目を瞑ってソファに体を横たえた。
これが終わったら、きっと――私は――
あの人の顔を思い出して。
家の外に出ることができて。
あの人の名前を思い出して。
あの人の名前を呼んで。
……クルセイデルは、何を思い出せというの?
誰に巡り合うの?
視野いっぱいに流星のような電気信号の軌跡が流れ、そんな逡巡を押し流しながら――唯は仮想世界から仮想世界へと旅立った。
本日はもう一話アップします.ご注意の上お読みいただければ幸いです.