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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第18章 壊れゆく世界
115/334

18-1 襲撃

 カカルドゥアのはずれ,苦行林のその奥.

 鬱蒼とした熱帯樹の結界に守られた榕樹精舎ようじゅしょうじゃは,幾重もの結界に守られた聖域である.

 カカルドゥアの国民(NPC)にとって神聖にして犯すべからぬ場所であった.

 榕樹精舎の中心,鳥かごの様なナーガルージュナの家の中で,シノノメは唸りながら座禅を組んでいた.瞑想にはリラックスが大事ということで,動きやすいゆったりとしたガウチョパンツに似たズボンに,オフショルダーのシャツを着ている.だが,彼女の顔はというと,眉毛は’ハ’の字に下がり,口元は’へ’の字に上がるという,リラックスなど程遠い表情だった.


 「うーん……」


 かたわらには榕樹精舎の主,ナーガルージュナが杖を抱え,座ってシノノメを見るともなく見守っている.

 竜人のナーガルージュナは緑色の肌に大きなぎょろりとした目を持っている.半眼――厚い瞼をうっすらと開いて,額に皺を寄せるシノノメを時折眺めていた.

 「どうかね? やはり無理かね?」

 はあっ,と深いため息をつき――というよりも息を吐き出し,シノノメは結跏趺坐けっかふざを解いて背中を伸ばした.

 「無理.何も考えないなんて」

 「何も考えないのではなくて,呼吸に集中し,浮かんでくる意識を追わなければいいのじゃよ」

 「そんなこと言ったって……無になったら眠ってしまいそうだし……」

 「わしの技を身に着けるのはあきらめるかの?」


 ナーガルージュナは敵の攻撃を無力化――というか,自分の存在を消してすり抜けさせてしまう技や,瞬間移動のような技を持っている.

 カカルドゥアの五聖賢や,シェヘラザードと対等に戦うためには,より一層の能力スキルを身につけねばならない――そう感じたシノノメが目をつけたのが,ナーガルージュナの技だった.


 「そういうわけじゃないけど……うーん,もっと身体を動かすような方法はない? モンスターをドカーンって倒すとか……」

 「無理じゃよ.シノノメ殿がそんじょそこらのモンスターを倒したくらいでレベルが上がるものかね.自分でも分かっておるじゃろう?」

 「うん……」


 シノノメは困惑していた.

 工房での戦いを経た後,すでに自分のレベルは97になっていた.

 レベル100を目指してみようと心に決めたものの,ここまでレベルが高いと,ちょっとやそっとのクエストをこなしたのではレベルが上がらない.

 以前からシノノメのレベルカウントは十分の一刻みになっている.これは全く異例の事だった.少なくとも,他の人がそうなっているのを見たことが無い.

 もしかしたら,ユーラネシア大陸もう一人のレベル90クラスプレーヤーである,ウェスティニアの魔法院の長,マギステル・クルセイデルもそうなのかもしれない.だが,シノノメはクルセイデルとほんの少ししか会ったことが無いし,友達でもないので,確かめようがなかった.


 「ナーガルージュナさんの言う通り,普通のダンジョンやモンスター退治なんてしたって駄目だし……でも,あの嫦娥っていうカエルの人を倒したら上がったということは,やっぱり五聖賢っていう人たちを倒さなくっちゃ……でも,倒すためにはレベル上げが必要だし……堂々巡りだよ……」

 シノノメは頭を抱えた.

 「じゃから,ヨーガと呼吸法,儂のやり方でレベルを上げてみることにしたんじゃろう?」

 「……そうだけど……いろいろなことが頭に浮かんで……」


 レベル100.

 そうすれば,このゲームが終わりになるのだろうか.


 シノノメはため息をつきながら,昨夜の夫との会話を思い出していた.

 結局昨晩病院の仕事が忙しかったのか――シノノメはそう思っている――家には帰ってこなかったのだ.


 ……喧嘩なんてするんじゃなかった.

 自分のことを心配して言ってくれたのに.

 でも,きっと,100になれば記憶が戻って,ごめんなさいって言える……


 先ほどから瞑想で考えていたことの半分はこのことだった.

  

 「ふむ.気になるかね,やはり?」

 「当たり前でしょう?」

 ナーガルージュナが杖で指した方向を見て,シノノメは大きく頷いた.これが,もう半分――瞑想中に頭の中から離れなかったことである.

 

 ナーガルージュナの家の隣には,新たに榕樹の枝と根茎を編み上げて作られた大小の鳥かごの様な小屋が増えている.その中には嫦娥の‘工房’から助け出された者達がいた.

 

 ナーガルージュナは‘点滴’に繋がれていた百人ほどの人間をとりあえず榕樹精舎に保護した後,できるだけ親元に返した.

 無事親元に送り返した子供が,約半数.

 残りの半数のうち,売られるなどして帰る場所の無い子供たちはとりあえずここに住み,サンサーラ市内で仕事を見つけて出かけている.

 今ここに残っている二十人ほどは病人なのだった.


 嫦娥とアクベンスは子供たちを人工的に病気にした後,いくつかのグループに分けて薬の効果を試していた.皮肉なことに彼らの薬は奏功し,まだ投与されていない人間が病気のまま残されることになってしまったのだ.ナディヤを含むつい最近捕らえられてきた者達は,島から帰ってから体調を悪化させ床に伏していた.


 「やれやれ,これでは修行も進まぬのう.どれ,一緒に様子を見に行こうか」

 「うん……」

 ナーガルージュナが自分の小さな部屋を出る.シノノメも後に続いた.

 隣にある少し大きめの鳥かご――小屋を訪れた.

 ここにはナディヤと双子の子供たちがいる.

 ナーガルージュナが小屋に入ってくると,薄い布団をかけて寝ていたナディヤが体を起こした.

 「ナーガルージュナ様……」

 顔色が悪く,頬がこけて目が落ちくぼんでいる.

 医療など分からないシノノメが見ても,良くない容態であることは明らかだった.

 「よいよい,休んでいなさい」

 ナーガルージュナは座って手をナディヤの腹にあてた.彼はどうやら体内を透視するように診断できるらしい.表情が曇った.

 その表情を見て,隣に座ったシノノメはナディヤの病状が悪くなっていることを悟った.ナーガルージュナは竜人なので顔の造りが普通の人間とは違うのだが,何故かシノノメには彼(彼女)の表情の意味がよく分かるのだ.

 

 「私は……長くないのですね」

 ナディヤが諦めた様にぽつりと言葉を口にした.

 「腹の中に果実ほどの悪いデキモノがいくつかあるようじゃ……」

 ナーガルージュナが淡々と答える.

 「どうにかならないの? ナーガルージュナ?」

 母親の看病のため付き添っていたナディヤの娘――カステナが尋ねた.弟のポルクスは別の用事で小屋にはいなかった.

 「うむ……」

 ナーガルージュナは目を伏せて沈黙した.

 「そんなの,嫌! お母さん!」

 とりすがる娘の頭をナディヤは優しくなでたが,その手も力が無かった.

 「シェヘラザードの持っている薬を持って来れば,何とかなるよね?」

 シノノメがナーガルージュナとナディヤを交互に見ながら言った.

 「そうじゃな.薬や瞑想でプラーナを整え,免疫を活性化させる方法ではもう難しい」

 「……私はこうして,ナーガルージュナ様にお会いできただけで幸せです」

 ナディヤは娘に言い聞かせるように話した.

 「カカルドゥアでは,貧富の差が幸不幸を分けます.それはとても厳しい現実です.ですが,日々の暮らしがどんなに辛くとも,子が親と死に別れても,齢をとって病気になって家族に捨てられても……私たちを優しく受け入れてくださり,私たちのささやかな幸せを祈ってくださる尊いお方がどこかにいらっしゃる.子供の時から親にそう教えられました」

 カステナは体を起こし,涙をぬぐって母親の目を見た.

 「宗主様……私がいなくなっても……どうか私の子供たちをお守りください」

 ナディヤは両手を合わせ,ナーガルージュナを伏し拝んだ.

 ナーガルージュナは黙って瞑目している.


 「大丈夫,私,必ずクスリを手に入れるよ.ナディヤさん,しっかりして待っていて」

 シノノメは大きな胸をポンと叩いた.

 「ありがとう,シノノメさん」

 ナディヤは静かに微笑を浮かべて答える.それは人生への諦観か――何かの悟りを得た者のように見えた.


 「大変だ! お母さん! シノノメさんはここにいる!?」

 小屋の外から子供の声がする.

 ひょっこりと入り口から顔を出したのはナディヤの息子,ポルクスと猫人の少年だった.手に水の入った壺を抱えているので,水汲みに行っていたらしい.

 「お客さんっていうか,侵入者だ!」

 「侵入者!? 敵!?」

 シノノメは慌てて立ち上がった.

 「ここには強力な結界が張ってあるでしょう? フーシェ,その人はどこにいるの?」

 「もうここに来てるよ! 危害は加えないからって言って,オイラたちについて来ちゃったんだ!」

 猫人の子供フーシェは耳をパタンと倒し,困ったように後ろに立っている人物を指さした.

 そこには人間の大人――ナジーム商会の会長ギルドマスター,ハメッドが立っていた.

 「マユリちゃんのお父さん!」

 「シノノメさん,ご無沙汰しております」

 ハメッドはどことなくやつれ,疲れ果てているように見える.

 「何を考えてここに来たの!?」

 シノノメは険しい表情でハメッドを睨みつけた.ナディヤや子供達は,シノノメが何故こんなに怒っているのか理解できない.事情を知るナーガルージュナは黙って見つめていた.

 「あなたが,あなたの会社が子供達を……」

 そこまで言いかけたところで,ナーガルージュナはシノノメの肘を握って引いた.

 「ナーガルージュナさん……!」

 「これ,ここには子供も病人もおる.向こうで話そう」

            

       ***


 三人は黙って連れ立ち,白い石が並ぶ丘へと移動した.この場所は森が切れて辺りを見はらすことができる.以前,ナーガルージュナとシノノメが会話した場所である.緑の草の中に点々と転がっている石は,榕樹精舎の住人達のための名も無き墓標なのだった.

 シノノメはきょろきょろとあたりを見渡した.密林からは十分な距離があり,ここなら子供達やナディヤに話が聞こえない.

 そう思ったシノノメは,おもむろに口を開き,一気にまくしたてた.

 「あなた達のギルドはアメリアに子供達の臓器を密売してるんでしょう!? その中には,ここからさらわれた子供達もいるの! この新しい石は何だと思う? みんな,子供達のお墓だよ.まだ小さいのに,お腹から臓器を抜きとられて死んでしまったんだよ! 何とも思わないの? 何を考えてここにやって来たの!?」

 「シノノメさんにお会いするために,恥を忍んでやってきました」

 ハメッドは苦渋に満ちた声を絞り出した.

 「クスリを開発するための人体実験で,病気になっている子供達もいるよ! そのことも知っているんでしょう?」

 「知らぬとは申しません……アングリマーラに采配を任せ,デミウルゴスに協力するよう指示を出したのは私です」

 「やっぱり! 何て悪い人なの!」


 シノノメは両拳を握りしめ,ハメッドを睨みつけた.今にも殴り倒すか,得意の魔法で攻撃しそうな勢いである.

 ハメッドはがっくりとうなだれ,地面に膝と手をついた.

 そんな二人のやり取りを,ナーガルージュナは哀しそうな目で見つめている.

 緑の草を優しく風が撫でていた.


 「シェヘラザード……デミウルゴスの者には,NPCの子供なんて,ゲームのキャラクターだから犯罪にはならないと言われました.天才的な薬学者や医学者を仮想世界に集めて,人体実験をすれば素晴らしい薬が作れると……」

 ハメッドがうつむいたまま言葉を継ぐ.

 「マユリちゃんみたいな可愛い子がいるのに,なんで同じ子供達にこんなひどい事が出来るの!? マユリちゃんはあんなに大変な病気をしていても,お父さん思いの良い子なのに!」

 その言葉を聞いたハメッドは,肩を震わせて泣き始めた.

 「あの子にも,同じ事を言われました.子供がいる身で,なぜゲームだからといって子供にひどい事が出来るのかと.ですが,全ては,あの子のためだったんです.あの子を治してやりたかった.仮想世界だけでなく,現実世界で元気にしてやりたかった.ゲームの世界で何百人,何千人を殺そうとも,あの子を救いたかった.子供を集める資金と人を出したのも私です.臓器密売の流通ルートを確保して広げたのも私です」

 懺悔するように全てを吐露したハメッドだった.

 「あ……」

 ハメッドの様子に,シノノメは事の次第に気付いた.

 「鬼子母神じゃな」

 ナーガルージュナがぽつりと呟く.

 「きし……もじん?」

 シノノメは尋ねた.


 「仏教の物語じゃ.インドの鬼神,夜叉ヤクシニーハーリーティ.彼女には五百人の子供がいたため,栄養をつけるために人間の子を捕まえて食べておったのじゃ.見かねた釈尊が彼女を諌めるため,最愛の子供を隠した.ハーリーティは半狂乱になって探したが見つける事が出来ず,必死で釈迦にすがったのじゃよ」


 ハメッドが涙を流しながら,ナーガルージュナを見上げた.

 小柄なナーガルージュナが目をつぶり静かに語る様子は,野に立つ地蔵菩薩の像の様に見えた.


 「釈迦はこう言ったという.『たくさんの子供を持っているのに,一人の子供を失っただけでお主は悲嘆にくれている.ならば,ただ一人の子を失う親の苦しみは,いかに大きい事であろうか』とな.これを聞いて改心したハーリーティは釈迦に帰依し,子供達の守護神,鬼子母神となったのじゃ」


 「子供のために……愛する人のために,鬼になってしまう……」

 人間は何かを守ろうとするとき,狂気に憑かれてしまうことがあるのかもしれない.シノノメはフランスから脱出するときに必死だった母の顔を思い出した.そして何故か,同時に夫の事を思い出していた.優しい人だったと思う.彼でもそうなってしまう事があるのだろうか.とても想像できなかった.


 「私は……娘のために鬼と化してしまったのです.そればかりか,現実世界でも第六世代VRマシンの普及に手を貸してしまった……」

 「第六世代は何かまずいの?」

 シノノメの怒りは徐々に醒め,ハメッドへの憐れみに変わりつつあった.


 「あれは,脳のプログラムを書き換えます.極端に言えば,悪用すればユーザーを洗脳することも可能です」

 「そんなことまで……デミウルゴスって人たちは,マユリちゃんを助けるための薬を作る見返りに,そんなことまで要求して来たんだ……」

 「私が愚かでした.私は……娘を失って初めて自分の愚かさに気付きました.全ては奴らに踊らされているだけだった……」

 「え!? 失ったってどういうこと? マユリちゃんは,どうなったの!?」

 「マユリは……」

 ハメッドは両の拳を地面に突き立てて歯を食いしばった.

 「現実世界わたしに絶望して……仮想世界の住人になると言って,行ってしまったんです」

 「何ですって!?」

 血を吐く様なハメッドの言葉にシノノメが驚いた瞬間,地響きを伴う爆音が榕樹精舎の森から聞こえて来た.


 「何!?」 

 「何じゃ!?」


 森の方から黒煙が上がっている.子供達の悲鳴が風に乗って聞こえて来た.


 「大変だ! 敵? あなたが連れて来たの?」

 「と,とんでもない! 私は今回の事で,すっぱりデミウルゴスと手を切ると宣言をしたせいで,会長ギルドマスターを解任されました」

 ハメッドは慌てて首を振った.

 「だが,お主は今回の裏事情を知り過ぎておる.そして,娘御がいなくなった今,シノノメ殿を頼る行動は読まれておったに違いない.奴らはシノノメ殿の身柄も狙っておる.二人を一網打尽に出来れば一石二鳥というわけじゃ! お主,ここの結界をどうやって突破して来た?」

 ナーガルージュナが走って丘を駆け降り始めた.シノノメとハメッドも慌てて後に続く.

 「‘指輪の魔神’に頼んで探してもらい,結界を抜けたんです」

 ハメッドは右手にはめた指輪を掲げながら説明した.


 ‘魔神ジンの指輪’は,魔神ジンのランプに次いで強力な使い魔を呼び出せるレアアイテムなのだ.巨大な商業ギルドの長が持つにふさわしいアイテムである.

 

 「全財産を没収されましたが,身の回りの物だけは持って逃げてきました」

 「うむ,ならばその魔法の痕跡を辿られたな.ここにシノノメ殿がいるのは,娘御から聞いていたのじゃな?」

 「そうです,でも,子供達が榕樹精舎の主のおかげで帰って来たのは,今,国中で噂になっています……」

 「ぬうっ……」


 ナーガルージュナは茂みを抜け,榕樹ガジュマルの家のある広場へと戻って来た.

 広場の手前で子供達が塊になって震えている.年長の子供達は老人や病人に肩を貸しながら身を寄せ合っていた.

 森が燃えている.

 苦行林へと向かう方向は劫火と暴風が荒れ狂う地獄と化していた.その向こうを進む人影が見える.


 「馬鹿な……この結界をこんな形で……抜けるのではない,破るのでもなく,破壊するなど……皆の者,大丈夫か?」

 「うん!」

 ナーガルージュナがやって来ると,子供達は一斉に安堵の表情になった.

 シノノメとナーガルージュナは向かい来る炎の風から守るように,子供達の前に立った.

 「何ということでしょう……神聖な苦行林に火をかけるなんて……こんなことが出来る人間がいるとは思えません……」

 ナディヤが苦しそうな息をしながらつぶやく.


 軍隊が行進する様な,無数の重い足音.そして,朗々と響くテノールの太い声が聞こえる.

  

 深き森に住まう者どもよ.

 今こそ姿を見せるが良い.

 我は風.

 我は炎.

 炎の舌は全てを燃やす.


 「歌を歌っているの……?」

 これだけの凄惨な破壊行為を行いながら,歌を歌うなんて,信じられない感性だ.

 シノノメは炎の熱を顔に感じながら,その奥に目を凝らした.おそらく,苦行林に住んでいる行者たちは森ごと焼き尽くされてしまったに違いない.


 近づいてくるのは二人.

 先を進むのは,一人は黒い服に金色の胸あてをつけた,顎髭の男だ.男は魔法使いらしく,指揮者の様に銀の杖を振っていた.歌はこの男が歌っている.

 もう一人,あとに続くのは,ローマ彫刻の軍人風の男だった.鼻筋が通り,色が白く目つきが鋭い.筋肉をレリーフしたローマ風の甲冑を身につけている.


 「たった二人……? 違う.何だか変なのがついて来てる! ゴーレム? 違う! 何あれ!?」


 それは,自動歩行する石の人形達だった.身体も顔も手足も,そのまま白壁か石材を切りだしたように四角く,目鼻が無い.身長は二メートルほどだが,石人形は目つきの鋭い男の進む道を作るべく,木をへし折り,草木を薙ぎ払い,燃え盛る炎を身体に受けてもものともせず,黙々と進んでくるのだ.

  

 「あれは! カカルドゥア五聖賢の二人,‘神々の父’魔術師ヴォーダンと,‘高い城の男’冥界の王ハデスです!」

 ハメッドが叫んだ.


 「五聖賢……至高の人間,ホモ・オプティマス!」

 『ホモ・オプティマスの攻撃は至高の攻撃,相手の脳をも破壊する』というシェヘラザードの言葉がシノノメの脳裏をよぎった.


 「ほう……そこにいたか」

 ヴォーダンとハデスがシノノメを見つけ,笑みを浮かべた.だが,目は笑っていない.それは獰猛な肉食獣が獲物を見つけたような目つきだった.


 嫦娥の恐るべき強さの記憶がよみがえる.

 シノノメの頬を,汗の雫が伝って落ちた.

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