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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第17章 暴かれる闇
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17-7 バシャル・キマイラの最期

 ヘキサパスは驚愕していた.

 ヴァルナ達がここまで圧倒的な力を持っているとは思っていなかったのだ.

 少なくとも,ここまで実力差があるとは予測していなかった.モンスターの力を取り込めば,簡単に捻り潰せると奢っていたのである.


 ……アクベンスめ.キマイラ手術を受ければ,無敵だと言っていたのに.東の主婦と互角に戦ったというのは嘘だったのか……


 蟹江がシノノメと互角に戦えたというのはもちろん彼の虚勢だ.シノノメの召喚獣,巨大な砂クジラを撃退することこそできたものの,シノノメ自身にはあっという間に倒されてしまったのだ.

 だが,この解剖室での戦いでシノノメがした事は最初に煙幕を張っただけだ.

 彼らの敗戦の主原因は,戦略がなかった事に尽きる.

 共同で戦えばもっとまともな戦いになっていたかもしれない.それをしなかったのは彼らの歪んだプライドによるものだ.

 強さを得る事において他者に依存した結果,負けた結果の原因も蟹江に転嫁しているのだった.


 ……だが,あいつらほど俺は馬鹿じゃない.あいつら,折角体に備えた強力な武器――毒を全然使えていなかった.


 ヘキサパスはまだあきらめていなかった.

 四本の触手を広げた.触手の先端には,毒針のついた指がある.茶色と黒のまだらで,菜箸程の太さだ.


 ……シノノメ達の行きたい場所は,二階か,奥の第三棟だ.

 どちらにせよ,今自分が立っている場所を突破するしかないのだ.

 つまり,動線は限られる.


 ……ならば,自分は待ち構えていれば良い.

 焦れて接近して来れば,体に毒針を刺してやる.それだけで十分だ.

 どうやら東の主婦は俺達の姿に怖気づいたらしい.

 ヴァルナの鎌鼬かまいたちは,俺には効かない.


 カマイタチは真空で手足が切れる現象だと思われているが,実際には空気で直接体が切れる訳ではない.微細な砂や粉じんが強力な風を受けて起こる現象だ.ヘキサパスの体は,軟体動物特有の粘液で覆われている.この粘液が体を守っているのだ.


 ……こいつらを仕留めて,もっと強力な体を手に入れてやる.

 アクベンスなんかより,あのお方に気に入って頂くんだ.

 

 ヘキサパスの脳裏には嫦娥の姿が浮かんでいた.

 

 ……滑らかな肢体.まさに女神というにふさわしい……


 彼はできるだけ触手を展開し,体を広げて大きくした.


 「ふーん.こいつ,随分丈夫なんだな」

 ヴァルナは感心したように腕を組んで唸っていたかと思うと,いきなり右手を素早く振った.

 鋭い破裂音が響く.指の先端が見えない風の刃物を作ったのだが,その切っ先はヘキサパスの皮膚を揺らしただけだった.

 「さっきも試したんだが,鎌鼬が表面を滑るのか……」


 「ククク,俺を容易く倒せるとは思うなよ.通常の刃物ではこの体を切ることはできないぜ.たとえ,伝説級の刀――エクスカリバーでもだ」

 ヘキサパスは不敵に笑った.


 「タコは包丁でも切りにくいからね.蛇の鱗の方がまだ叩き切りやすいかも」

 アーシュラも鯨包丁を構えたものの攻めあぐねている.


 「毒針が二十本もあるんですね.有毒タコの毒って,すごく強力な筈です」

 クヴェラもサルーンとナイフを構えた.隠し武器の手の内を明かしてしまったので,ヘキサパスに対して奇襲は通用しない.


 クヴェラの言葉通り,毒タコであるヒョウモンダコはフグ毒と同種のテトロドトキシンを持っている.毒性は青酸カリの八百五十倍.呼吸筋が麻痺して窒息死するのだ.


 「ケケケ,近づけば毒針の餌食にしてやる」

 ヘキサパスはゆらりと爪――毒針のついた触手の指を動かし,先端を打ち合わせてカチカチと音を立てた.


 「ぐぐう……」

 左の方からくぐもった声が聞こえてくる.

 クマムシの合成人間,バーベレンのうめき声だった.

 ダーナンは床に押さえつけて行動を封じているのだが,バーベレンの甲皮があまりに頑丈なのだ.クマムシは物理的な衝撃はもちろん,熱や低温,真空,はたまた放射線にまで耐える生き物である.勝敗はもう決まったも同然なのだが,決定打となる止めの一撃を加える事が出来ない.体中の切り傷から血を流しながら,ダーナンは何度もバーベレンを殴りつけていた.


 ……バーベレンの役立たずめ.馬鹿な奴だ.


 防御力に優れた動物を選んで合成したのは良いが,強力な攻撃力がなければ結局勝つことはできない.ヘキサパスは仲間を内心で罵倒した.いや,正確に言えば仲間とも思っていないのだ.


 「ちょっと! もう,いい加減にしなさい!」

 「ん?」

 ヘキサパスは意外な声に驚いた.

 声の主はシノノメである.どういうわけか,すっかり元気を取り戻し,アーシュラやヴァルナと一緒に並んでいる.


 「何だ? お前,俺たちに怖気づいたんじゃなかったのかよ」

 「毒を持っていたって,タコなんて怖くないよ! それより,子供達はどこにいるの? さっさと答えなさい!」

 シノノメはぷんぷんと怒っている.

 「お,教えてほしければ,この俺を倒していく事だな」

 シノノメの豹変ぶりに,ヘキサパスは狼狽していた.もともと物事に自信がある人間ではない.だからこそこんな姑息な人体改造を選んだのである.最初に解剖台の陰に隠れていたのも,こっそり毒を使って暗殺するという陰湿な戦い方を考えていたからだ.


 「魔包丁! 関の孫六……は,壊れたんだった! えーと,燕三条三徳包丁!」

 シノノメの両手に一本ずつ,やや小ぶりな和包丁が現れた.

 シノノメは包丁を手に,無造作に歩を進めた.


 「ば,馬鹿め! 俺の体は刃物など通さぬぞ!」

 ヘキサパスは心の準備が出来ないまま,四本の触手を一斉にシノノメに叩きこもうとした.

 だが,全く同時のタイミングで,ヴァルナとアーシュラが左右に展開してきた.慌てて触手の内二本を敵に向けようとする.

 ほんの一瞬だったが,その躊躇は,シノノメにとっては十分すぎる動きの遅れだった.

 二振りの包丁が光を放ったかと思うと,ヘキサパスの指――触手の先端,毒針は全て切り落とされていた.触手から正確に1センチ.ケラチン質の硬い爪が,高い音を立てて床に落ちる.

 粘液に覆われた肌に刃が通らないのなら,毒針.初めからシノノメの狙いはこれだった.


 「うわぁ! 俺の針が!」

 ヘキサパスは悲鳴に近い叫び声を上げた.


 「みんな,下がって!」

 シノノメが何をするのか分からなかったが,とりあえずアーシュラとヴァルナは飛び下がって距離を取った.

 シノノメが左手を高く掲げると,薬指の指輪が青い燐光を放った.

 「いくよ! 洗濯機ラーブ・ランジュ! 二層式!」

 シノノメが叫ぶと,ヘキサパスの足元すぐ後方に巨大な穴が出現した.


 「う,うわっ!」

 何とか落ちないようにバランスを保とうとしたヘキサパスだったが,シノノメが包丁の柄で腹を軽く小突いたので,たまらず穴の中に転がり落ちた.


 「うう? な,何だこれは?」

 見回すと,穴の広さは五メートルほど.深さは自分の身長の倍ほどである.完全な円筒状で壁面は鏡のように滑らかだが,足元に妙な放射状の突起がある.

 上からシノノメが見下ろしていた.


 ヘキサパスは穴の底から叫んだ.

 「落とし穴とは笑わせる! こんなもの,すぐに出られるぞ!」

 四本の腕には吸盤がある.脱出しようとする間に毒針は再生するだろう.

 すぐに這い上がってシノノメの可愛らしくも憎らしい首筋に針を打ち込んでやるのだ.そう思ったヘキサパスは早速腕を壁にへばりつかせた.

 だが,シノノメの手から大量の白い粉が浴びせかけられた.

 「ぺっぺっぺ! 何だ,これは? 塩辛い!」


 「当たり! それはお塩だよ! スイッチオン!」

 シノノメが言うや否や,穴の底,円盤部分がグルグルと回り始めた.

 「うわっ! 何だ!? ああああああああああああぁ!」

 円盤は徐々に速度を上げ高速で回転していく.ヘキサパスは壁に何度も体をぶつけられ,やがて塩と粘液が混じり合って泡まみれになった.


 「アーシュラさん,あの大きさなら何回くらい回せばいいかな?」

 「ハハハハハ,水ダコが二十回くらいだから,百回くらいじゃない?」

 シノノメが無邪気に質問するので,アーシュラは爆笑した.

 

 「九十八、九十九、百……じゃあ,すすぎ開始!」

 今度は滝のように水が溢れだし,穴を満たした.

 ヘキサパスはもうフラフラだ.だが,’洗濯機’の高速回転は続く.そのまま渦流は乱暴に彼を巻き込み,白い泡がきれいに洗い流されていった.  

 「ぎゃはははは! もう最高! 腹とほっぺたが痛い! ひーっ!」

 眼を回したまま水面で浮き沈みするヘキサパスを見て,アーシュラは腹を抱えて笑った.


 「ちょっと待て,これは何だ? シノノメ? アーシュラも分かるのか?」

 ヴァルナがグルグル回る水面を指差して尋ねた.

 「「塩もみに決まってるじゃない!」」

 シノノメとアーシュラは合唱するように声を合わせて答えた.

 「タコの塩もみですか……?」

 呆気にとられたクヴェラが呟くように言った.

 「塩もみって何だ?」

 「タコを調理する前には,あの‘ぬめり’を取り除くために,体に塩をもみ込んで柔らかくしなきゃいけないんです」

 クヴェラが解説したが,ヴァルナは首を傾げている.

 「へー……?」


 「あ,もういいかな?」

 シノノメがそう言うと,落とし穴――二層式洗濯機の水はゴボゴボと音を立ててどこかへ排出されていった.底にはグニャグニャになったヘキサパスが目を回して倒れている.

 体表の粘液をすっかり失い,ゴムのような表皮がむき出しになっていた.


 「どれどれ」

 アーシュラが折れた投げ槍を放り投げると,さっくりと軽やかにヘキサパスの頭に突き刺さった.

 「ほぎゃーっ!」

 ヘキサパスはその衝撃で目を覚ました.だが,さすがにこのくらいでは死なないようである.


 「あとは塩ゆでした方が良いかな?」

 「いや,シノノメ,こんなの食べられないよ.あいつのハラワタ抜くの,アタシは嫌よ.あんただって嫌でしょ」

 「でも,食材がもったいないよ.だけど,食べたらお腹壊すかなぁ」

 

 「き……貴様ら……馬鹿にしやがって」

 自分の調理方法を相談する二人に,ヘキサパスは怒りで体を震わせながら頭の槍を抜き取った.だが,彼には自慢の粘液も毒針ももうないのである.


 「うぬっ! でやあああああ!」

 その時,大きな掛け声が響いた.

 巨大な丸みを帯びた物体が宙を舞う.

 業を煮やしたダーナンが,クマムシ男――バーベレンを放り投げたのだ.バーベレンは巨大なバスケットボールの様にズボっと洗濯機の穴に落ち,ヘキサパスを押しつぶした.


 「あーあ,虫が入ったよ.これで食べられなくなっちゃった」

 シノノメは気持ち悪そうに顔をしかめた.

 「もういいや.ドラム式に変換! 高速乾燥!」

 シノノメが再び叫ぶと,穴――洗濯機の壁面に無数の穴が開いた.

 さらに穴の口はどこからともなく出現したガラスの蓋で閉ざされ,再び内部は回転し始めた.


 「○×▽☆ー!」

 ヘキサパスが,蓋の向こうで声にならない悲鳴を上げる.

 丸っこいクマムシとクタクタになったタコ――本当は魔獣クラーケンの筈なのだが――が,温風にさらされながら一緒になってグルグル回っていた.哀れなヘキサパスは丈夫なバーベレンの体に何度も叩きつぶされる.

 バーベレンは途中で意識を取り戻したらしく,しばらくもがいていたが,体が急速にしぼんで甲皮が皺だらけになり始めた.

 やがてバーベレンもヘキサパスも体が収縮し,カラカラになって干物状になっていく.二人ともピクリとも動かなくなったところで,シノノメは洗濯機を止めた.

 「乾燥終了だね」


 「おお……この手があったか」

 全身に幾筋もの切り傷を作ったダーナンが,よろめきながら穴の中を覗いた.

 「どういうことですか? クマムシって,何をしても死なないんじゃなかったですっけ?」

 二体の合成人間がピクセルになって砕けて行くのを見ながら,クヴェラが尋ねた.

 「確かにクマムシは乾眠クリプトビオシスというものが出来る.乾燥して水が無くなると休眠して生き延びるのだ.だが,それはゆっくりと乾燥状態になった場合の話で,急速に乾燥させると死んでしまう」

 「へーっ.シノノメさん,知ってたんですか?」

 「ううん,知らないよ.でも,あれって布団とかにいるダニみたいなものでしょ? だから乾燥させたら死ぬかと思って」

 シノノメはキョトンとして言った.

 「流石,シノノメ.こいつ,ホントに天然だよな」

 ヴァルナがへらへらと笑った.

 「馬鹿だねー,そこが可愛いんじゃない!」

 「天然? ヴァルナには絶対言われたくないよ!」


 五人は誰からという事無く笑った.

 ダーナンも笑ったが,腹の傷に響いたらしい.思わず顔をしかめた.


 「あ,そうだ.ダーナンさん,傷だらけだよ.これを飲んで」

 シノノメはアイテムボックスから瓶に入ったポーションを取り出した.瓶には‘鴨と鶴 ゴールド’と書いたラベルがついており,黄金色の液体の中に金の花びらが浮かんでいる.

 「おう,シノノメ殿,かたじけない.……これは強力そうだな」

 ダーナンはシノノメから瓶を受け取ってしげしげと眺めた後,ラッパ飲みで豪快に体の中に注ぎ込んだ.

 「ぷはーっ.むむ? この味?」

 「純米大吟醸味だよ.風味がいいでしょ?」

 シノノメが言うと,みるみるダーナンの顔は赤くなっていった.

 「ちょっとだけアルコール度数が高いかも」

 「むむ? なんだか足元がフワフワするな……いや,気を引き締めるぞ.問題はここからだ.どちらに進む? あまり時間はかけられない」


 ダーナンが少し震える手で指さした先には二つの道があった.

 隣の棟と,上階に向かう階段である.


 「シェリルによると,今のところはこの島に近づいてくる船も空飛ぶ絨毯もないってさ……だけど,しらみつぶしに全部の部屋をチェックする時間も人数もない.カカルドゥア本土から増援が来るのも時間の問題だよね」

 アーシュラはメッセンジャーを立ち上げてメールを確認し,言った.

 アーシュラの右腕,犬人のシェリルは‘紅い鯨亭’号に留まって島に接近して来る者を見張っているのだ.いざとなったら緊急連絡して,脱出する手はずである.


 「基本的には,子供を拉致している場所としては隣の棟が怪しいと思う.作業効率から考えると,隣の一階から連れて来てここを通って商品に加工して,さっきの倉庫に運び込むのが合理的なんじゃねーかな」

 ヴァルナが腕組みをして考えながら言った.


 「ひっく,確かに,エレベーターがないからな.その方が動線として自然だ.ひっく,中央にあるこの建物が管理棟というわけだ.天井の高さからしても,そうだろう.ということは,この建物の上階に巨悪の一角,常娥がいるに違いない! ぬう,ひっく,うーい.奴め,許さんぞ.正義の鉄槌を喰らわせてくれよう!」

 ダーナンは赤い顔で天井を見上げて睨んだ.ポーションのおかげでHPはかなり回復していた.血の玉が浮いていた腹の傷もすっかりふさがっているが,呂律が回っていない.実は彼は下戸なのだ.

 「あ,ダーナンさん,ちょっと酔っぱらったね?」

 「いや,シノノメ殿,何のこれしき」

 ダーナンは慌てて否定したが,目元が赤い.


 「……じゃあ,全員上がって親玉をぶっ飛ばすか?」

 ヴァルナが上階を見ながら言った.

 「二手に分かれるのは……ただでさえ少ない戦力を減らす事になりますね」

 「確かに,こちらはたった五人だからね.速攻,急襲が原則だもん」

 クヴェラの言葉にアーシュラもうなずいた.

 「巨悪はここで絶対叩きつぶすのだ!」

 ダーナンは鼻息を荒くして断言した.いつもの慎重さがすっかりどこかに行ってしまっている.

 「シノノメがいりゃあ,何とかなるんじゃね?」

 ヴァルナはヘラヘラと笑った.

 「嫦娥と幹部クラスの戦力が分からないじゃん」

 「でも,何度攻略に失敗してもセーブポイントの紅の鯨亭に戻れますから,やり直しする手はありますよ.ここで奴らを逃がしたくないです!」


 クヴェラはこのメンバーの中では慎重派,抑え役のはずである.突然主戦派に変わってしまった彼の態度にアーシュラは戸惑っていた.こうなるとむしろ冷静になってしまう.


 「確かに敵を追い詰める絶好のチャンスよ.そりゃそうだけど……」

 「敵など一気に殲滅だ! ヒック」

 「まー,とりあえず上に行っとくか?」

 「ヴァルナ,アンタ本当にいい加減だね」


 シノノメは議論に加わらず黙って考えていた.

 カカルドゥアの闇に繋がる,悪の幹部がいるという上階.もしかしたらそこには,自分の失った記憶に繋がる鍵があるのかもしれない.

 だが……

 子供を必死で探すナディヤの姿.

 榕樹精舎の子供達.

 悲嘆にくれるナーガルージュナ.

 彼らの姿が脳裏に浮かんだ.


 「……みんな,やっぱり駄目だよ.悪い人はやっつけたいけど,早く子供たちを助けなきゃ.それが先だよ」

 シノノメがきっぱり言い切ったので,喧々諤々の議論が止まった.ヴァルナとアーシュラ,ダーナンとクヴェラは顔を見合わせた.


 「そうだね,そうだった.もともとシノノメの言葉について来たんだった.でも……シノノメ,元締めをやっつけてしまわなければ,アンタの濡れ衣は晴れないかもよ? 子供達が解放されても,奴らが権力を握っている限り悪者にされたままだと思う.それでもいいの?」

 「うん」

 アーシュラは心配そうに言ったが,シノノメは大きく頷いた.


 「分かった! アタシはシノノメの言葉に従う」

 アーシュラはにっこりといつもの人懐っこい笑みを浮かべ,シノノメの隣に立って肩に手を置いた.

 「アーシュラさん,ありがとう」

 「馬鹿だね.もう友達だろ.アーシュラって呼びなよ」

 そう言われたシノノメは少し恥ずかしそうに笑った.

 「むむ……そうだった.子供達の救出こそが第一の目的だった.それに,脱出させようとすれば敵の首領がこちらにやって来るかもしれん.ヴァルナ,シノノメ殿とともに行こう」

 ダーナンも頷いた.ポーション酔いから徐々に醒めてきたようである.先程の蛮勇的な勢いが収まりつつあった.

 「ふーん.じゃあ,多数決で決定だな.そういうことなら,隣の建物にとっとと行こーぜ.クヴェラもそういう事で良いよな?」

 ヴァルナは頭の後ろで手を組み,まるで他人事のように承諾した.やる気があるのか分からないような言い回しである.

 「分かりました……」

 クヴェラは少し語尾を濁しながら頷いたが,その目はじっとヴァルナの横顔を睨んでいた.

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