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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第17章 暴かれる闇
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17-6 死闘,バシャル・キマイラ

 二階から降りてきた奇怪な生き物たちは,六本足ヘキサパスを中心にゆっくりと円陣を組むように広がっていた.

 蠍の右半身に,蜘蛛の下半身と目を持つ男が嗤う.

 髪の毛と両手,そして下半身が蛇になった女が鱗をざわめかせる.

 蟷螂カマキリの右腕と頭を持つ男が,イソギンチャク状の左手を不気味に蠢動させた.

 甲虫――ダンゴムシのような背中とムカデの両足に人間の腕を持つ男もいる.

 全身がずんぐりとした硬い甲羅に覆われた男は,一見ユーモラスだが四本の腕には鋭い鉤爪がついていた.

 軟体動物と合成した男,ヘキサパスは先端に毒針のついた触手の腕を絡み合わせ,シノノメ達をじっと見ている.彼の目には瞼がなく,表情が読めない.

 

 「悪趣味だな.せめて,本物のキマイラみたいに哺乳類に爬虫類一つくらいにしとけよ」

 ヴァルナは相手を挑発するように,軽口を叩いた.ギリシャ神話のキマイラは,獅子の頭にヤギの体,尾は蛇である.醜悪な光景にさすがの彼の額にも汗が浮かんでいた.そう言いながらも相手との間合いを図り,体が小刻みなステップを刻む.


二つの集団を隔てる距離は五メートル.

 壊れて横倒しになった解剖台を挟み,緊迫した空気が広間に満ちる.

 剣の届く距離ではない.両者ともに飛び道具は持っていないが,合成人間たちの手足は異常に長い.間合いからすれば,彼らのほうが有利だ.


 「ステイタスは……何だ? こりゃ.文字化けしてるのか」

 合成人間バシャル・キマイラ達のステイタスウィンドウを観察したが,LVの後の数字は全く読めなくなっていた.

 「へッ.出鱈目な合体しやがって」


 「風の紡ぎ手,ヴァルナ.カカルドゥア最強の男.俺たちに勝てるか? レベルの分からない相手に勝てるのか?」

 蜘蛛の目を持つ男は,その複眼全てにヴァルナの顔を映し,顎脚を震わせて声ならぬ声を発した.

 確かに,外見だけではどんなスキル――というよりも特殊な能力を持っているのか想像もつかない.おそらく合成された動物の特性を持っているのだろうが……


 「ククク……その可愛い顔を,細い首を縊り絞めてやりたい」

 蛇女が二股に分かれた青い舌を垂らしながらシュウシュウと呟く.空気が漏れるような音だ.


 「言っとくけど,化け物と付き合う趣味はねーぞ」

 そう言いつつも,ヴァルナの端正な小麦色の頬に汗の玉が零れ落ちた.

 彼の強さの本質は,究極のリラックス,マイペースだ.

 他人はいい加減でチャランポランと言うが,その時の心のままに体を動かすことの自由さが,彼のしなやかな闘い方に繋がっている.

 風のように留まらず,形にとらわれないスタイル.体術カラリ・パヤットやナイフ術,風の魔法はあくまで副次的なものに過ぎない.

 しかし今,未知の敵を前にした緊張により,彼の心と体は柔軟性を失いつつあった.


 「うー,ぶるぶる,足が四本以上あるなんて許せない……」

 そんなヴァルナを我に返したのは,ブルブルとビブラートするシノノメの声だった.少し間抜けと言ってもよかった.

 

 「お,おい,何だそりゃ?」

 ヴァルナは反射的に思わず突っ込みを入れた.

 ふと横を見ると,シノノメは顔色を真っ青にしておかしな目つきをしている.

 睨んでいるつもりなのだろうか.そもそもシノノメは童顔なので一生懸命睨んでもちっとも怖くない.どちらかというと引き攣っていると言った方が良いのかもしれない.


 「だって,動物の足は四本以内じゃないと可愛くないよ.キモい! ぞわっとする!」

 

 シノノメは虫が大嫌いだ.巨大な虫が目の前に何匹も出現したこの光景は,彼女にとって悪夢そのものなのだ.シノノメの体は小さく痙攣し,震えていた.拝むように胸の前で両手を合わせ,握りしめている.


 「ぎゅふフふぬうう,東の主婦シノノメがこんな臆病者とは,笑わせる!」

 合成人間たちはそんなシノノメの様子を見て嘲笑あざわらった.

笑ったといっても,人間の声ではない.昆虫型の人間の口は顎脚になっているので,紙をすり合わせるような不気味な音がするだけなのだ.メズーサと合成したと思しき蛇女はかろうじて人間の顔を持っていたが,ガラガラヘビの威嚇音のような声を出していた.


 だが,ヴァルナは握り合わされたシノノメの両手に気付いて目を丸くした.

 両の掌を中心に青い雷光を帯び,空中に小さく放電し始めている.

 

 フーラ・ミクロオンデ.

 シノノメの最大最強の魔法だ.ユルピルパ迷宮をシノノメ湖に変え,異形の雷竜サンダー・ドラゴンと化したベルトランを一撃で仕留めた必殺の‘電子レンジ’の魔法.

 昔同じパーティにいたヴァルナは,その馬鹿げた威力をよく知っていた.


 「待て! シノノメ! 落ち着け! ちょっと待て! おい,お前らも,しばらく待てよ! ちゃんと相手はしてやるからな!」

 ヴァルナは慌てて合成人間たちに断りを入れると,無理やりシノノメの組み合わされた両手を振りほどき,クヴェラの後ろに押しやった.

 「クヴェラ,頼んだ」

 ふらふらしているシノノメを,慌ててクヴェラは両手で支えた.

 わけのわからない一同――合成人間たちまで――がしばらく呆気にとられている.


 「な,何? ヴァルナ,止めないで.害虫駆除は主婦のお仕事……」

 「シノノメさん? どうしたんですか? 何だか言っていることがおかしいですよ?」

 クヴェラがシノノメの肩を持って体をゆすったが,シノノメの頭はぐらぐらと人形の様に揺れる.


 無差別に女の子に優しい――気遣い得意のヴァルナは,そろそろシノノメの‘事情’に気付いていた.

 「こら,いいか? あいつらは俺達が相手する.この中で治癒魔法ヒールが使えるのはお前だけなんだから,後衛に徹してろ.後衛でいいから,いや,後衛でいて下さい」

 さもなければ,シノノメはこの施設どころか助けるはずの子供達まで吹き飛ばしてしまう.


 「え? 後衛でいいの? でも,私,治癒魔法は使えないよ?」

 心なしかシノノメの目に生気が戻った.


 「お前,薬草ポーションっていうか,回復用の薬酒を腐るほど持ってるだろ? 後でそれを振る舞ってくれりゃあいいから.あとは遠隔系の支援魔法でも,適当にクヴェラの後ろで使ってろ」

 

 「う,うん.じゃあお言葉に甘えて……」

 そう言うとシノノメはこそこそとクヴェラの陰に隠れた.後ろからクヴェラの両肩を持ち,いつでも彼を盾に出来る態勢だ.

 「え? いや,あの……シノノメさん,本当にどうしたんですか?」

 レベル96.8,いつも敢然と敵に立ち向かうはずのシノノメの豹変ぶりにクヴェラは戸惑っていた.


 「ふーん,そう言う事か」

 アーシュラもシノノメと合成人間達を見比べて,シノノメの怖がる訳を察していた.

 「シノノメ,可愛いところあるんだね.じゃあ,台所のGとか大嫌いでしょ?」


 「G!? あんな呪われた生き物は,絶滅すればいいんだよ!」

 アーシュラの言葉にシノノメは過剰なまでに反応し……といっても,クヴェラの後ろから顔だけ出して叫んだ.当然GはゴキブリのGである.

 

 「絶滅?」

 アーシュラは大げさなシノノメの言葉に爆笑した.

 

 「だって,キモいよ! ぞわっとする! うー,ブルブル,ブルブル」

 「あ痛たた,シノノメさん,肩をそんなにつかんだら痛いです!」

 クヴェラの両肩に,恐怖したシノノメの指が食い込んだ.


 「オッケー,シノノメ.さーて,じゃあ,ヴァルナ,ダーナン.アタシ達が頑張らなきゃね」

 アーシュラは指をポキポキと鳴らし,ズイっと前に進んで仁王立ちになった.

 「それにしても有毒生物が多いね.手っ取り早く相手に勝ちたいってことだね」

 立ち並ぶ合成人間を眺め,アーシュラの顔は思わず嫌悪感に歪んだ.不気味な体の形状にではない.彼らが安易に強くなる方法を選んだ事にだ.真面目に剣闘競技での勝ちを積み重ね,自分のスキルを磨いた彼女としては許せないものがあるのだ.鯨包丁を肩に担ぎ,合成人間たちを鋭い目で睨んだ.

合成人間たちは不気味な複眼でその視線を受け止め,アーシュラのすらりと引き締まった体を粘液質の目で見つめた.

 アーシュラは形の良い顎を上げ,背中に背負ったワンショルダーバッグ――アイテムボックスの中に左手を差し入れた.新しいアイテムを取り出す準備だ.


 「まさに,アーシュラ殿.貴殿の言う通りだ.どいつもこいつも下らぬチートだな.だが……その実,恐ろしいのはあの甲羅を背負った鉤爪男かもしれん」

 ダーナンがアーシュラの隣に立った.油断のない自然本体で仁王立ちとなっている様子は,そこに巨大な壁が出来たようでもある.彼の目は冷静に合成人間たちの特性を観察していた.


 「ダーナン様,どうしてですか?」

 シノノメにしがみつかれているクヴェラの体はわずかに震えていた.非現実の世界と頭では分かっていても,マグナ・スフィアのリアリティは真に迫っている.奇怪な生物に対する本能的な恐怖感,危機感を払拭することはできないのだ.

 「あの形はクマムシに似ている.クマムシは地球最強の微生物だ.放射線でも高熱でも,乾燥でも殺すことはできないぞ」

 そう言いながらダーナンは右手を後ろに回し,腰の鞄――アイテムボックスに手を入れた.


 「うー,ぞわっとする,ぞわっとする……八百万やおよろずの神様,助けたまえ,清めたまえ」

 シノノメはクヴェラの陰ですっかり小さくなっていた.

 「その呪文,何ですか? シノノメさん」

 「尾道のお祖母ちゃんに習った,お腹が痛い時の呪文」

 「何だそりゃ? ……えーい,こうなったら,僕も戦わなくっちゃ! ちょ,ちょっと,シノノメさん.後ろにいても良いですから,肩を離して少し離れて下さい.」

 無敵の筈のシノノメの頼りない様子に心を奮い立たせ,クヴェラは言った.

 「えーっ?」

 シノノメは不満そうにクヴェラの両肩を離した.まるで子供の様だ.


 再び広間に緊迫感が満ち始める.

 合成人間――バシャル・キマイラ達は各々がその動物特有の威嚇動作を取り始めた.すなわち,軟体動物の触手を振りかざし,蟷螂の鎌は振り上げられている.蛇女は尾の先を振り,ガラガラヘビの様な音を出し始めた.

 一触即発.

 アーシュラとダーナンは敵に見えないようにアイテムボックスの中でスクロールし,一瞬で目的の得物を取り出す準備をしている.

 クヴェラは腰布サルーンを右手に握り,左手を後ろに回して隠していた.

 ヴァルナは再び縦に跳躍を始めた.

 

 「シノノメ,前にこいつらみたいなのと戦った時,どうだった?」

 ヴァルナが背中越しにシノノメに尋ねた.


 「うん,蟹と蝦蛄が合体したみたいな人だったよ.あれは食材みたいなものだから平気だったの.合成人間は力とか強いけど,体が傷つくとものすごく痛がるんだよ」


 カルカノス――蟹江――今の名前はアクベンス――は,無理やり魔獣のパーツを体の神経組織につないだため,慢性的な痛みに悩まされていた.それは彼の性格を改変させ,姿と同じように心をいびつに変えたのだった.


 「なるほど,シノノメ殿.それは良い事を聞いた.こいつらも無敵ではない,弱点があり,攻略できるということだな」

 ダーナンが鞄の中で何かを握りしめた.


 「ヒヒ,それは,傷つけることができたら,の話だろう?」

 サソリの腕を持つ男が,空気が漏れるような声で言う.

 「女子供の肉は柔らかいから,簡単に引き裂けるぜ.甲冑を着てる兵士だって問題ない」

 クマムシ男が触手の生えた口でおぞましい言葉を呟いた.その言葉通り,鋭い鉤爪で子供たちを手にかけていたことが分かる.


 「外道めが……」

 ダーナンの表情が険しくなる.

 ヴァルナは半開きの眼の奥に強い光を宿した.

 アーシュラの顔からも笑みが消える.

 クヴェラも頬を引き締めた.


 そして,この言葉は恐怖に震えるシノノメの頭を少しだけ冷静に戻した.

 「何てひどい事を言うの! もう,こうなったら痛くても知らないから!」

 なけなしの勇気を振り絞り,シノノメはエプロンのポケットから,スプレー式の殺虫剤の缶を取り出した.

 とは言っても,和服の少女がおっかなびっくりスプレー缶を振り上げている姿はあまりにも滑稽だ.


 「ケケケ! そんなもので,どうするっていうんだよ!」

 ヘキサパスは絶叫するように甲高い声で嘲笑した.

 「かかれ!」

 この言葉を合図に,合成人間たちは一斉に襲い掛かってきた.


 「こうするの!」

 合成人間達がそれぞれの武器の間合いに入ろうとする瞬間,シノノメはスプレーを吹き付けた.

 流石は魔法のアイテム,一応普通のスプレーとは違う.消化器並みの勢いで噴射された液体は黄色い霧となって合成人間に勢いよく浴びせかけられた.


 「ひゃははは! こんな物が効くと思うかよ! 虫だけじゃないんだぞ!」

 カマキリの半身を持つ男はイソギンチャクの触手を伸ばして回転させ,殺虫剤の飛沫を振り払った.蛇女も尾と両の腕を振り回す.

 僅かにムカデ男が下がったが,クマムシ男とヘキサパスは平然と体で液体を受け止めている.

 「馬鹿め!」


 だが,シノノメはぽいっと缶を合成人間に向かって投げ捨て,呪文を唱えた.

 「グリルオン!」


 青い炎が缶をつつむ.

 ドカン! と缶は盛大に破裂して爆発した.

 強靭な体を持つ合成人間は,缶の爆発だけでは傷つかない.しかし,もうもうと立ち上った煙が彼らの視界を奪った.

 シノノメ達と合成人間達の間に煙幕,煙の壁が出来た.

 「目隠しか! 小癪な!」

 「子供だましだ!」

 合成人間達は勢いに任せて煙に向かって突入した.自分たちの体の頑強さに絶対の自信があるのだ.体が解剖台にぶつかるが,お構いなしだ.


 「せい!」

 「いやっ!」

 その時,裂帛の気合が煙の向こうで響いた.合成人間たちめがけて何かが放たれたのだ.

 金属質の光を放つそれは,二つだった.

 鋭く尖った棒状の物と,丸い輪状の物.

 両者とも煙を切り裂いてまっしぐらに飛んで来た.

 蛇女の胸を丸い輪がえぐる.蛇の鱗が千切れて飛び散り,女はたまらず後方の壁まで吹っ飛んだ.

 尖った棒は直線状の光芒となり,ムカデ男の胸に吸い込まれた.

 気づいたときには投げ槍が彼の甲殻の間を貫き,太い枝が生えたようになっていた.槍の先端は完全に背中を突き破って貫通し,背後の壁に達している.


 「ぎゃあ!」

 傷口から青紫の血液が噴き出し,ムカデ男は必至でもがいて槍を抜こうとしたが,びくともしない.

 一方,蛇女に打撃を与えた円形の物は跳ね返り,また煙の向こうに戻っていった.


 「こいつ! やりやがったな! ただの人間のくせに!」

 煙の向こうでゆらりと動く影に,装甲に覆われたクマムシ男は突進して鉤爪を叩き付けたが,何か固いものにはじき返された.

 煙の間から姿を現したそれは,先程飛んできた金色の輪だった.


 「たかがクマムシめが! 我を,肉弾戦,近接戦闘ばかりの戦士と思うなよ!」

 戦輪チャクラムを握ったダーナンだった.握り以外の部分には刃がついている.投擲武器としても,手持ち武器としても使える物である.蛇女の胸をえぐった刃物は,まさにこれだったのだ.

 ダーナンは持ち手に渾身の力を籠めクマムシ男に刃を打ち込んだが,甲羅には傷もつかない.

 

 「そんなものが効くものか! クマムシと呼ぶな! バーベレンと呼べ!」

 バーベレンは鉤爪を縦横に振り回した.手先の爪の数は四本になったり十本になったり,自由自在に変えられるらしい.熊手状になったかと思うと剣のように長くなり,ダーナンの肉をえぐった.


 「くそっ!」

 ダーナンは飛び下がり,再び距離を取った.バーベレンは甲殻の奥にある黒い目でダーナンをじっと睨んだ.

 「まだまだ!」

 ダーナンはチャクラムをバーベレンに投げつけ,それをフェイントにして一気に間合いを詰めた. 

 クシュティ――ダーナンは得意のレスリングによる真っ向勝負を挑んだのだ.

 バーベレンの甲殻に覆われた太い腕をとらえ,腹を薙ぐ二対の鉤爪を避けながら,出足払いで体勢を崩してバーベレンを壁に叩き付けた.

 だが,バーベレンの丈夫な体は壊れない.

 壁のタイルが剥がれ落ちて四散した.

 バーベレンはすぐに跳ね起き,ダーナンをねじ伏せようと組み付く.

 二人の勢いはあたかも部屋の中に台風が突然発生したようであった.

 周りの物を破壊し,倒れ,また起き上がって組み付き合う.

 

 「バーベレン! そいつはお前に任せたぞ!」

 バーベレンにヘキサパスの声が届いているのかいないのか分からなかった.バーベレンはダーナンとの戦いに没入しているのだ.爆音に近い破壊音が広間に響き渡る.

 二人の死闘に巻き込まれないように距離を取りながら,他の合成人間たちとヴァルナ達は再びにらみ合った.


 「ぬうう……馬鹿げた攻撃に油断した.地の利は体の小さいお前達にあるということか.シーマンティス,その辺の邪魔な物を何とかしろ 」

 「うるせえ,ヘキサパス,俺に指図するな!」

 そう言いながらカマキリとイソギンチャクの合成人間は鎌を振るった.金属製の解剖台が豆腐の様に切り刻まれ,転がされる.二つの集団を隔てていた障害物は無くなり,広い床だけとなった. 

 「これで今度は不覚を取らねえ……」

 合成人間達は傷ついた仲間――ムカデ男の方など,一顧だにしなかった.そもそも,彼らの間に信頼や協力関係など無いのだ.

 隊列や陣形などない.完全に別個で戦うつもりらしかった.

 もともと個人での強さを追い求めて合成人間化キメラリゼーションなどという暴挙に及んだプレーヤーたちだ.キメラリゼーションは体に猛烈な痛みと負担を与える.戦闘に身を浸し,相手を蹂躙する快感で苦痛を忘れようとしているようだった.


 対照的に,ヴァルナ達は,パーティでの攻略の基礎,各々仲間の役割と分担を理解している.だからこそシノノメの突飛な攻撃にも事前の相談なしで行動する事が出来たのである.

 最も防御力の高い敵を今ダーナンが必死で釘づけにしている.戦力を分散させるためだ.敵同士で協力する気は無いとはいえ,バーベレンの甲皮を盾にされては遠隔攻撃ロングレンジアタックが出来ない.

シノノメはというと,戦端を開く初めの一撃を格好良く加えたものの,再び後ろに下がってクヴェラの陰に隠れている.


 無言の対峙が続く.

 ダーナンの激闘の音と,後方の壁に槍で縫いつけられたムカデ男のもがく音が広間に響く.


 ムカデ男は胸を貫かれていたが,異常な生命力のせいでまだ蠢いていた.致命傷の筈なのに,自分が強化した生命力のせいで死ねないのだ.現実世界の彼には想像を絶する激痛が襲っている筈だった.

 

 「あら,まだ生きてるんだね」

 すっくと立つアーシュラの周りには,投げ槍が五本突き刺さっている.

 剛槍を放ったのはアーシュラである.

職業ジョブ剣闘士のアーシュラは,徒手兵器ならあらゆるものを使いこなすことができるのだ.彼女は自分の身長より長い槍を地面から引き抜いて大きく振りかぶると,二本目の槍を放った.

 「もう一つおまけだよ!」

 流れるような素早く美しい投擲動作だった.

 唸りを上げて飛んだ槍は,見事にムカデ男の頭を貫いた.


 「ぐぎゃあ!」

 それでもなかなか死ねないようだ.ムカデ男は痛みにもだえ苦しんで無数の足をバタバタさせながら,ようやくピクセルになって空気に溶けていった.


 「それにしても,アンタたち.チームプレーって物はないの? 仲間がやられそうになっても,見ているだけなんだね.前衛も後衛もないの?」

 アーシュラは鯨包丁を正眼に構え,ブーツを履いた右足を前にどっしりと構えた.サイドテールの紅い髪が揺れる.その見据える先には態勢を整えた蛇女,シーマンティス,ヘキサパス,そしてサソリとクモの合成人間がいる.


 「うるさい! その高慢な顔,蛇毒で別の色に染めてやるわ」

 「その綺麗な体を俺の鎌で切り刻んでやる!」

 「俺は剣闘士大会でお前にこっぴどく負けた事がある……炎髪の阿修羅め!」

 「俺もだ……今こそあの時の復讐を果たしてやる」

 アーシュラの槍の一撃を合図に,再び戦いは静から動へと変わった.ざわざわと合成人間は体を前に進め始めた.


 「チームプレー? それは無理ってもんだ,アーシュラ」

いつの間にかヴァルナが,サソリとクモの合成人間の後ろに立っていた.

 「こいつはもう死んでるぜー」

 ヴァルナが甲皮を軽く叩くと,合成人間は輪切り状になってバラバラになった.床に線維が詰まった甲殻が散らばり,それがピクセルになって砕け散る.

 

 「うおっ!?」

 合成人間たちは一斉に驚きの声を上げて振り返った.移動するヴァルナも,技を放つ瞬間も全く見えなかったのだ.敢えて堂々と敵の真正面で行ったアーシュラの槍投げの動作は,超速攻型前衛であるヴァルナの動きを隠すフェイントの役割も果たしていた.


 「何だ? このスキル?」

 

 ヴァルナは眠そうな半眼で,にやりと笑った.

 「よく見とけって,見えないか.風使いの奥義その一,‘鎌鼬カマイタチ’だ!」

 

 「畜生!」

 シーマンティスが緑色の目を見開いて叫び,慌てて身を翻した.足が四本で体が大きいので,方向転換が遅い.

 「だいたい,パーティ組んで真面目にプレーする奴が,こんなチートを選ぶはずねえよ!」

 カマキリの斬撃とイソギンチャクの触手を軽くかわし,ヴァルナは宙に飛び上がった.

 「馬鹿め! 空中では逃げ場がないだろう!」

 イソギンチャクの腕が伸び,触手の中央にある口がヴァルナを追って牙を剥いた.

だが,後ろを向いたシーマンティスの背中をアーシュラの投げ槍が貫いた.

 「ぎゃっ!」


 間髪をいれず,ヒュウ……と,ヴァルナの口が木枯らしのような音を立てる.

 彼は宙で大きく開いた両の脚を一回転させた.

 足先が一瞬だけ肉眼で捕らえられなくなった.恐るべき高速だ.

 さらにくるりと旋回したヴァルナは天井を蹴り,縦にもう一回転して着地すると,完全にカマキリ男に背を向けていた.


 「ヴァルナ様,危ない!」

 クヴェラが叫んだ瞬間,シーマンティスはイソギンチャクの左半身とカマキリの右半身のつなぎ目――中央で真っ二つに切れた.体が左右に分かれていく.

 「ぐぎゃあああ!」

 シーマンティスは激烈な痛みに絶叫し,二つに分かれた体を別々に動かして宙を掻きながら消えていった.


 ゆるくウェーブした黒い髪が揺れる.

 ヴァルナは振り向きながら不敵に笑った.白い歯が形のいい口元にこぼれる.


 「く,くそぅ! こいつらの強さ,出鱈目か!」

 直接対決は不利と見た蛇女はヴァルナから距離をとり,アーシュラに大蛇の尾を叩きつけた.

 アーシュラは投げ槍を残したまま飛び退ってかわす.残りの投げ槍が叩き折られたが,アーシュラは無傷だ.後方に一回転して,身がまえた.

 だが,これは蛇女のフェイントだった.女はぞろりと身をたじろがせ,クヴェラに襲い掛かった.このメンバーの中で一番弱い相手,敵の突破口と判断したのだ.

 「えいっ!」

 クヴェラはサルーンを振って蛇女の顔を覆った.鋭く鞭の様にの先が伸びたかと思うと広がり,すっぽりと包んで視界を奪う.しかし,両手の先にも毒蛇の頭がついている.左手の蛇が鎌首をもたげて首筋を狙ってきた.

 「やっ!」

 クヴェラは自分の近くに首が近づいてくるギリギリまで待つと,無手に見えた左手を素早く振った.


 「ぎゃ!」

 牙がクヴェラの肩を浅くえぐったが,声にならない声を上げたのは蛇の腕だった.目をつぶされたのだ.

 クヴェラの拳の端には,小さな牙上の金属が覗いていた.

 カランビットナイフ――回転して使うことも,握りこんで使うこともできるインドネシア武術のナイフである.形は肉食恐竜の爪に似ており,グリップの先端には指を通す輪がある.クヴェラは輪をひとさし指に通して握り,ナイフの存在を隠していたのだ.

 くるり,とグリップを回転させると,鋭い刃が一回転してさらに蛇の喉元を切り裂いた.


 「おお! クヴェラさん,すごい!」

 背後で見守っていたシノノメは歓声を上げた.虫人間三人が片づいたので,彼女は少し元気になったのだ.


 「最後の止めは,アタシが頂くよ!」

 クヴェラが作った一瞬の隙に間合いを詰めたアーシュラは,鯨包丁で蛇女の右腕の蛇を切り落とし,返す刀で胸を突いた.先ほどダーナンの戦輪チャクラムがつけた傷跡を,正確に貫いていた.僅かに残っていた蛇の鱗がはじけ飛び,青い血しぶきが上がった.


 「ぎゃあああああああ!」

 蛇女は蛇の髪を振り乱し,尾をめちゃくちゃに振り回しながらピクセルになって砕け散っていった.


 「シラット? 軍隊格闘術? クヴェラもやるじゃん!」

 アーシュラが褒めると,クヴェラはきまり悪そうに笑った.

 アーシュラは彼の意外な強さに驚いていた.クヴェラは小柄で体格も華奢だ.中性的なつくりのせいで横顔は少女にも見える.紅の鯨亭では冗談半分でウェイトレスの恰好までさせていたのに,まさかこんな強さを秘めているとは思わなかった.

だが,ヴァルナはそんなクヴェラを見て意味ありげに笑っていた.


 クマムシ男――バーベレンは変わらず,ダーナンとがっぷり四つに組み合い,力比べをしていた.二人の‘嵐’は,シノノメの右側に移動している.シノノメは一種の虫であるバーベレンが気持ち悪いので,慌てて逃げていた.

 両者の力は拮抗していた.

 ダーナンの背中と肩の筋肉が山のように盛り上がっている.バーベレンは腹についた短い腕の先の鉤爪をダーナンに打ち込もうと振り回すので,深手こそ負っていないものの,ダーナンの腹から腰に掛けては出血で血に染まっていた.

 先ほどからダーナンは何度か投げ飛ばし,テイクダウンを奪っている.その度に壁のタイルがはがれて飛び散り,天井の魔石が落下していた.配管は引きちぎれ,スプリンクラーのように水が噴き出している.


「ククク,俺にはどんな攻撃も効かないぞ」

 バーベレンがくぐもった声で笑う.とはいえ,ダーナンの力に対抗するのは容易でないようで,少し息が上がっていた.

 

 「そう言うが,残りはお前とタコ人間だけだぞ」

 「お前を始末した後,俺が全員殺せばいいだけのことだ!」

 「やってみろ!」

 

 バーベレンは少しバックして勢いをつけると,ダーナンに突進した.

 身を低くして諸手刈り――両手でダーナンの足を狙い,タックルを仕掛ける.だが,今までよりも心なしか勢いがない.


 「ふん!」

 ダーナンはこの一瞬を待っていた.

 わずかに体を横に開きながら,顔面に右の膝蹴りを叩きこむ.さらにタックルを切って全身の体重を浴びせかけ,バーベレンを床に押し付けた.床材の大理石が砕け散り,はじけ飛ぶ.


 「ぐぎゃっ!」

 バーベレンはたまらず膝をついてあえいだ.

 「どんな化け物と合成していても,ヒト型なら人間用の格闘術が通用する! 試合ならともかく,実戦の下半身タックルなど,危険でしかない!」

 「くそおっ!」

 バーベレンがもがく.

 「精進せよ!」

 ダーナンの握りしめた縦拳――鉄槌がバーベレンの頭部に叩きこまれた.

 バーベレンはぐったりと頭を床に落とした.

 「うおおお!」

 ダーナンの勝利の咆哮が広間の壁を震わせた.


おかげさまで10万PVを超えました。皆様ありがとうございます。

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