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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第17章 暴かれる闇
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17-5 シノノメ,突入

 ‘工房’は三つ並んだ円筒を通路で連結した構造をしている.

 向かって左側,工房側からは右にある棟は‘材料’である子供の搬入口と加工された‘製品’の倉庫だった.

 広い空間に大量の箱がうず高く積み重ねられていたが,今や盛大に燃え上がり,天井や壁のあちこちに巨大な穴が開いていた.燃料に引火している場所では,黒煙が上がっている.

 シェリルを船の見張りに残し,ヴァルナ,ダーナン,アーシュラ,クヴェラ,ウルソ,そしてシノノメはこの建物を急襲していた.

 理由は簡単,接岸できる船着き場に最も近かったからだ.

 海路で物資の輸送を行っているからなのだが,このメンバーの中に作戦参謀になるような冷静沈着型の人間などいないのである.

 おまけに入ってくれと言わんばかりの搬入口があったので,即座に正面突破したのだ.クヴェラの躊躇などどこ吹く風でシノノメ達は突入していた.

 

 「馬鹿! シノノメ! あんまり派手な魔法使うなよ! こっそり来た意味がないじゃねーか!」

 そういうヴァルナは走りながら旋風つむじかぜを起こし,敵を次々と吹き飛ばした.

 ヴァルナの異名は風の使い手.自由自在に風を起こすことが出来る.グルカナイフが得意の得物なのだが,ほとんどの敵は体術と風の魔法であしらっている.嫦娥の部下たちは壁や天井に体をぶつけ,戦闘不能になっていく.NPCのキャラクターはうめき声を上げ,プレーヤーはピクセルになって砕け散って行った.


 「悪い奴はみんな,吹き飛ばすの! それか,お布団にしちゃおう! お布団ジャポネーゼ!」

 シノノメは布団叩きを振り回し,人虎ワータイガーたちの頭を殴った.

 殴られた人虎は,虎縞模様の敷布団になり,‘工房’の床にへたへたと崩れる.筋骨隆々の体に虎の頭を持つ人虎は,虎人よりもさらに強力な戦士であるが,シノノメの前ではただのフカフカな布団にされるモブキャラ扱いであった.

 布団になった敵の上腕からは,見覚えのある黒い腕輪が転がり落ちた.

 シノノメが通った後には,修学旅行の学生が荒らした旅館の部屋のように積み重なった敷布団がばらばらと並んでいた.


 「ひゃはは,シノノメ最高! 面白い! だけど,こいつら結構強いよ! 人豹,ジャガー男,虎人.おっと草食系も!」

 アーシュラは豪快に笑いながら,草食系――といってもミノタウロスなのだが――の獣人の脚をモルゲンステルンで殴った.棒の先に棘の生えた鉄球がついたこの武器を,アーシュラは左手だけで軽々と振り回している.右手には鎖分銅が握られており,その先端は背後を狙った人豹の頭蓋骨にめり込んでいた.

 百六十センチ足らずのアーシュラに,戦斧を持つ身長三メートルのミノタウロスが襲いかかっているのだが,アーシュラは全く怯んでいない.素早い動きに翻弄されているのはミノタウロスの方であった.

 「馬鹿でかい図体の奴は,まず足から!」

 アーシュラは鎖分銅を一閃させ,ミノタウロスの両足をからめ捕ると,戦斧の脇を払った.切っ先を自分から逸らせたかと思うやいなや,素早く鎖から持ち替えた鯨包丁で腋下の急所を切り裂く.目にもとまらぬ鮮やかな早業だ.まさに,料理をしているような手さばきである.

 ミノタウロスは何の見せ場もなくピクセルになって砕け散った.

 

 「アーシュラさん,すごい!」

 シノノメが感心した.これだけ鮮やかにミノタウロスを手玉にとれるプレーヤーは決して多くない.

 「おー! さすが剣闘士チャンピオン!」

 ヴァルナから少し呑気な声がかかる.

 「チャンピオンなの?」

 「賞金がいいんでね! これも商売! 店のため!」

 アーシュラはそう言いながら人虎の胴を薙ぎ払った.


 「しかし,こいつらおかしいぞ! まともな話が通じない! まるで猛獣を相手にしているようだ!」

 ダーナンはアイテムボックスから出した二本の巨大な棒を振り回し,襲い来る敵を片っ端から叩きのめしていた.二本の棒は野球のバットよりまだ太い.本来はミールという中東レスリングの鍛錬器具なのだが,彼にとっては手ごろな武器なのである.

 ‘工房’を警備するのは,傭兵軍団だった.アメリアの兵器を持っていないことは幸いだったが,ダーナンの言う通り様子がおかしい.獣人とは反対で顔や体毛が獣である人猿ワーエイプ人狼ワーウルフ人虎ワータイガーたちで構成されているのだが,どの戦士も口角に不気味な泡を吹きだし,まるで狂犬病にかかった犬の様に理性を失っていた.最初はNPCか連れて来られたモンスターなのかと思ったのだが,倒されればピクセル状になって砕ける上にコインやアイテムが出てこない.ステイタス画面を立ち上げて確認してみると,やはりプレーヤーなのだ.


 「異常です……そうです,何か薬を使っているような……そうだ! アーシュラさんの船で,ハヌマーンが暴れた時みたいです!」

 すっかり他のメンバーに巻き込まれた感のあるクヴェラは,必死で戦いながら叫んだ.

 ろうけつ染めの腰布サルーンを鞭のように振って顔に一撃を加えた後,一気に距離を詰めて肘を連打する.さらに体を沈めて相手の膝への肘の一撃.バランスを崩したところで股の下に手を差し入れ,柔道の肩車の様に担ぎ上げて投げ飛ばすのだ.

 クヴェラがシラットの技で地面に転がした敵は,熊人ウルソが船のオールで殴り倒していた.軽量級のクヴェラの体術は一撃の威力が弱いので,ウルソがそれを補う.二人のコンビネーションはなかなか息が合っていた.


 「幻想世界で薬物中毒ってか? 覚醒剤か危険ドラッグか,はたまたコカインか? ええい,ふてぇ野郎だ! ゲームの世界でそんなものを使うってのか? 恐れ入り屋の鬼子母神! おととい来やがれ!」

 ウルソは江戸言葉で叫んだ.彼の本業は売れない落語家なのである.練習のつもりでゲームの中では江戸っ子の言い回しを使っているのだという. 


 「きゃっ!」

 「うっ……わっ!」

 クヴェラとウルソの舌の根も乾かぬうちに,クリスナイフを持った五人の人猿ワーエイプが一斉に飛び掛かってきた.銀色に輝くぬめりを帯びた体毛が毒々しい.人猿は跳躍力に優れ,立体攻撃が得意だ.複数の敵の同時攻撃に対処するには,クヴェラとウルソは力不足だった.

 湾曲した,蛇の体のようにうねる刃が不気味に光る.

 二人はめまぐるしく動く必殺の円陣に囲まれて戸惑い,背中合わせになって防御一辺倒になった.


 「興奮状態っていうだけじゃないよ! まるで,誰かに操られているみたい! グリルオン!」

 青い爆炎とともに地面――シノノメの足元から青い炎が吹き上がり,人猿たちが黒焦げになった.シノノメは超高速の体移動で,二人のもとに駆け付けたのだった.


 「すごい! ありがとうございます! シノノメさん!」

 「シノノメさん,かたじけねぇ!」

 「どういたしまして!」


 シノノメの亜麻色の髪が爆風になびいた.彼女は汗一つかいていない.これでも手加減しているのだ.本気のシノノメならこの島ごと消失させてしまうことも可能だ.だが,この建物にナディヤや子供たちが囚われていると思うとそんなことは出来なかった.


 「くそっ,この箱,Kidney(腎臓)だと? こっちはLiver(肝臓)だと? こいつら,肉屋にでもなったつもりか!?」

 うず高く積まれた箱の表面に書かれた文字を見て,ダーナンが叫んだ.

 それは紛れもない臓器売買の証拠だった.体が熱くなるのは炎のせいだけではない.いくらゲームとはいえ,やっていいことと悪いことがある.ましてや,その罪を無実のプレーヤーに擦り付け,しかもそれを自分は信じさせられていたのだ.正義感の強いダーナンは心の底から怒りに燃えていた.


 箱は外見上木箱に見せかけられていたが,強化プラスチック製である.まさに出荷直前らしく,分類された‘商品’はシノノメの炎に焼かれて次々と灰になっていた.

 商品運搬用のクレーンや滑車も,熱で溶けて壊れていく.円筒形だった建物はいびつに歪み,倒壊しつつあった.侵入者の撃退のために駆けつけた傭兵部隊はほぼ壊滅状態である.


 「そろそろこの建物は終わりだね.崩れていくよ.戦闘員どもは片づけちまったし,急いで次の建物に行こう」

 アーシュラが鯨包丁を一回しして肩に担ぎ上げ,言った.彼女が扱えばこの大ぶりの刃物も重さを感じさせない.崩れゆく鉄骨と土の外壁を眺めながら,ふん,と荒い鼻息を一つ吐き出した.


 「うん! お掃除トルネード!」

 シノノメはアーシュラの言葉に応えながら,頭上から落ちてくる梁や天井板を竜巻で吹き飛ばした.一瞬で出現した十二本の竜巻は,ついでに倉庫の瓦礫と倒れた敵まで天空高くに吸い上げ,飛ばしてしまった.だが,シノノメの様子はまさに掃除,行きがけの駄賃に片づけたという表現がぴったりだ.


 シノノメのとどめの一撃で,第一の建物,‘工房’の右翼棟は跡形もなくなった.あちこちからくすぶる煙が立ち上り,隣の建物の壁から引きちぎられかけた空中歩道がぶら下がっている.

 一階部分には連絡通路が空しく口を開けていた.

 すさまじい威力に,ヴァルナ以外の全員が思わずぽかんと口を開けた.


 「吸引力の減らない,ただ一つの掃除機魔法だよ」

 「掃除機って……」

 「こりゃ参った,驚き桃の木山椒の木!」

 「すご……」

 「むう……レベル96.8? だったか.シノノメ殿はここまで圧倒的な力の持ち主なのか……」

 「お前もあのままシノノメを追い回していたら,吹っ飛ばされてたかもな,ダーナン?」

 ヴァルナはダーナンを冷やかしながら背中を叩いた.

 「それを言ってくれるな.しかし,貴君についてきてよかった.これで巨悪を滅ぼすことができる」

 ダーナンは頭を掻きながらそう言ったが,ヴァルナの顔は晴れない.

 「どうした? ヴァルナ?」

 「いや,この工房を滅ぼしたとしても……」

 「早く次に行こう! 子供たちはこの建物にはいなかったよ!」

 ヴァルナの言葉を遮るように元気なシノノメの声が響いた.


       ***


 一行は三つ並んでいた円筒形の工房の中央に当たる建物――シェヘラザードが管理棟と呼んだ建築物の中へと入っていった.

 この建物の一階は天井から壁まですべてタイル張りで,床は大理石製である.

 奇妙なことに,金属製の流しに似た台が八つ規則正しく並んでいた.八つの台にはそれぞれ一つずつ,天井からぶら下がった魔石の照明が輝いている.さらに,水道の設備があちこちに配管され,蛇口に似たコックがしつらえてあった.

 隅には先ほど倉庫で見た木箱に似せたプラスチックの箱が置いてある.

 異様に曲がりくねったガラス管がぶら下がり,赤い液体が満たされていた.

 天井が高く明るい広間なのだが,何か異様だ.妙に硬い――人間を拒絶する冷たい雰囲気のある部屋である.


 「な,何でしょう……不気味な部屋ですね.何をするところでしょう?」

 クヴェラがつぶやく様に尋ねた.

 「少し鉄さびみたいな臭いがする……これ……」

 血液だ.シノノメは臭いの正体を悟り,顔をしかめた.

 「ここは,解剖室,手術室だろ」

 ヴァルナは吐き出すように答えた.

 「法医学物のドラマなんかで見たことがあるよ.この銀の流し台みたいなやつ,解剖台なんだね」

 アーシュラがうなずいた.気丈なアーシュラの顔が青ざめている.

台の上に実際に子供が載せられてはいないが,その光景を想像したクヴェラは嘔気を催したらしく口を押えていた.

 「ここで罪のない子供たちを殺していたのか…… こ奴ら! まさに外道めが!」

 ダーナンは力任せに拳を台に叩き付けた.爆音にも似た音が響き,解剖台はひっくり返った.床にはボルトで固定してあったようだが,そのボルトも引き抜けている.


 「うわっ!」

 その衝撃に驚いたらしく,隣の台の陰から緑色の服をすっぽり全身にまとった男が飛び出した.身に着けているのはいわゆる手術着と呼ばれるガウンで,手には緑色の手袋,顔はガスマスクのようなマスクで隠している.

 男の腕は四本あり,関節の場所がはっきりしなかった.イカやタコのような軟体動物の獣人はマグナ・スフィアにはいないはずである.もちろんNPCやモンスターにもいない.

 ともかく服装からすると,この男は子供たちから臓器を取り出す手術をしていた者達の一人に違いなかった.


 「てめえ! お前も悪党の一味か! 刀,いやこの櫂のさびにしてくれらぁ!」

ウルソは風を切る音を立て,勢いよく船の櫂を振り回して飛びかかった.

 櫂が頭を吹き飛ばすと思った瞬間,男の腕,いや,触手が櫂に絡みついていた.緑のガウンが破れ,吸盤の生えたぬめりのある黄色の腕が姿を現し,櫂を引き寄せる.

 「こ,この野郎,てやんでぇ!」

 ウルソは熊人だ.ダーナンほどではないが力自慢である.負けじと黒い剛毛が生えた剛腕に力を込めた.

 だが,「こん畜生,何しやが……」と言いかけたかと思うと,全部言い終えぬ間に床に崩れ落ちるように倒れた.


 「ウルソさん!」

 「ウルソ! しっかりしな!」

 仲間の声はすでに届かない.ウルソの体は二,三度痙攣したかと思うと,バラバラとピクセルになって消えた.


 「アンタ,ウルソに何をした!? ……毒か!」

 アーシュラが鯨包丁を構え,叫ぶ.

 ‘毒’の言葉に,クヴェラも右拳を顔の前に構え,左半身の戦闘態勢をとって構えた.

 ヴァルナは無構えのままだが,油断なく相手の様子をうかがっている.


 男はガウンを引きちぎり,マスクを取った.その下には鋭いくちばしと黄色く濁った表情のない目,そして腹なのか頭なのかわからないブヨブヨしたふくらみがついていた.それなのに,二本の足だけは人間のそれなのだ.


 「ケケケ,軟体動物,タコの仲間には毒を持っている種類があるのは聞いたことあるだろ? 俺の名前は六本足ヘキサパス

 「気持ち悪い……一体どうやってそんな体になったのよ?」

 アーシュラが顔をしかめながら言った.


 「魔法か? いや,違うな.大体,こんなに種が違いすぎる動物との混血なんて,サマエルシステムが了承するとは,とても思えない」

 ダーナンも軽く腰を落として睨んだ.


 「ククク,お前,その恰好,もしかして東の主婦か?」

 ヘキサパスは着物姿にエプロンという場違いな――シノノメにとってはいつもの戦闘服なのだが――を見ながら言った.

 「どうやってこの体を手に入れたのかは,東の主婦なら分かるんじゃないか,って,アクベンスさんが言ってたぜ」

 ぬるぬるした不気味な滑舌である.口の中に液体を満たし,それがこぼれないよにしながら喋っている様に聞こえる.


 「シノノメが?」

 一同は一瞬シノノメの顔を見た.


 「私? そんな‘悪でんス’なんて悪そうな人,知らないよ」

 毎度の聞き違いであるが,シノノメは首をかしげて言う.

 「違いますよ,シノノメさん.アクベンスだと思います」

 真面目なクヴェラが訂正してシノノメにささやいた.

 「アクビ? アケビ?」


 「ケケケ,蟹爪アクベンスと名乗ればわかるかもしれんとも言っていたな」

 「カニ? ……もしかして,あなたあのカルカルとかいう,怪人の親戚?」

 「ぎゃははは,カルカノスがカルカルか.天然ボケとは聞いていたが,面白すぎるな」

 ヘキサパスはどこから出しているのかわからない声で笑った.笑い声に合わせてブヨブヨした丸い頭部が収縮と膨張を繰り返す.


 「怪人……? もしかして,シノノメが前に言ってた,モンスターとプレーヤーの体で無理やり合成獣キメラを作るっていう奴か?」

 ヴァルナが眉間に皺を寄せて言った.


 「その通り,聞き及びかね? 風の紡ぎ手ヴァルナ.俺たちはアンタたちみたいにゲームの才能がないのでね.こんなチートにでも頼るしかないのさ.俺たちはこの技術をキメラリゼーション,って呼んでいる.この体は海の魔獣クラーケンと合成したものだ」

 

 「うえー,何とかライダーの,怪人みたい! 悪趣味! ちょーキモい!」

 シノノメはこれでも十分怒っているし気持ち悪がっているのだが,それを感じさせない言葉遣いである.言っていることはその通りなので,アーシュラは思わず苦笑いした.


 「キモいか,ケケケ」

 ヘキサパスが嗤う.だが,毒の威力は不気味だった.触角の先は五本の指状に分かれ,それぞれの先端に針のような鋭い爪がついている.ヘキサパスは指をゆらゆらと空中で動かしていた.


 「魔獣もどきになって力を手に入れたのは理解した.しかし,お前ひとりでこのメンバーにどうやって対抗する気だ? ユーラネシア四大国最強,レベル90クラスの二人に,カカルドゥア最強の剣闘士と聖堂騎士がいるのだぞ」

 ダーナンは会話しながら建物の構造を見取っていた.

 

 ここに誘拐された子供がいないとなれば,監禁している場所が上階か隣の棟にあるはずだ.見たところ,この解剖室の奥には扉が一つあるだけだ.

 ヘキサパスの背後にある階段を上るか,奥の扉を開けて隣の棟に進むか.

 いずれにしろ,彼を倒す必要がある.

 子供たちを少しでも早く開放するのであれば,二手に分かれるのも手かもしれない.メンバーの誰かがヘキサパスの相手をしている間に,他を探すのだ.

 シノノメはどこにでも片っ端から穴をぶち開けて進撃していきそうな勢いだが,少なくとも他の三人は理解しているはずだ.


 「多勢に無勢ってことだな.だが,この建物にお前たちが探すガキどもがいる以上,大きな威力の魔法は使いにくいだろう? それに,こっちだって俺だけじゃないんだぜ」


 階段の上のほうから,何かが蠢く気配がした.

 ガサガサ,と人間のそれとはまったく違う足音を立てながら何かが下りてくる.

 階段を伝って降りてくるそれらの足の数は,それぞれで違っていた.あるものは八本,あるものは十本,あるものは六本.昆虫や甲殻類系の強力な魔獣と体を融合させたプレーヤーたちだった.

 目の数,眼球の色も各々で違う.

 しかし,共通していることがあった.

 すべて狂気で濁っているのだ.

 かつて蟹江――現在の名はアクベンスが開発した方法のままに,強力な薬物で体の拒絶反応を押え,無理やり体を融合しているのである.彼の手法,キメラリゼーションには副作用と激痛を伴うにも関わらず,ゲーム世界での強さ――勝利と他者を蹂躙することに快感を求めたプレーヤーたちの成れの果ての姿だった.


 「ここから先に行きたければ,俺たち――バシャル・キマイラを倒してみろ」


 合成人間たちは無数の嘴,顎脚,口吻を震わせて笑った.

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