プロローグ
〜5月21日 20:05〜
ドリルの掘削音が耳に鳴り響いている。これでもドリル制作チームはかなり消音に力を入れたと言っていた。確かに、前回作られていたものに比べれば段違いだが、それでもまだコントロールルーム内での会話は大声でないと伝わらない程だ。横窓から見える土の断層はライトに照らされ、その姿をあらわにしている。地上から約5時間かけて、私たちは地下約20kmという深くにいた。ここには新たな生物や地脈の探索の為に訪れたが、今のところ目立った報酬は得られていなかった。なので、渋々引き下がる訳にもいかなかった。それでも、やはり5時間が限度と当初から計画してあったので、どうしようか迷っていたところだった。
私たち地下探索チームは数週間前にキャッチした地下からの電波を元に、政府からの要請を受け、調査をしている。今乗っている掘削機には、地下探索チームである私《飯島魁人》と《長本里奈》。それと政府の役人である《町 伸介》が搭乗している。しかし政府の役人と、一般市民が楽しく会話するわけでもなく、ドリル音があっただけ良かったと思った。また、徐々にマントルに近付き、熱くなってきているのもあり、私たちはいい加減に踵を返そうとしていた。すると
「あともう少しだけ堀進めてくれないか」
と役員に先刻言われ、ただただ下へ進むことになった。私たちは、変化待つことしかできなかった。
けれど、その時は唐突に表れた。ピピッ!と電子音が機内で主張し始めた。
「100m先に巨大な空洞をレーダーにて確認!」
里奈が叫んだ声を聞き、私も即座に操作パネルを見返した。確かに、進行方向の先にぽっかり空いた大きな空洞がある。こんなところ、前回の調査では見つけられなかった。
「到着カウントダウン開始!……8、7、6」
「いや待て!このコースは危ない!迂回しなさい!」
私がそう叫ぶと、眉間にシワを寄せた苦しげな表情で里奈が述べた。
「すいません!出来ません!制御盤に不具合が発生しています!」
もっと前から不備は報告しておけ!と一喝したいところだったが、それどころではなかった。
「くそっ、町さん!念のため衝撃に備えて下さい!」
私が警告すると、役人はシートベルトを再確認した。
「3、2、1、……!!」
ドォンという音と共に一同を乗せた掘削機は空洞の地面に降り立った。また、その衝撃と共にコントロールルーム内の電気が消えてしまい、周りが確認出来なくなってしまった。
「機体に破損がないか確認してきます!」
そう里奈が発すると共に、ハッチが開けられた。
機内すらまともに見れない状況下なのに外に出るのは危険過ぎる。そのことに里奈は気付かず、出て行ってしまった。ヘッドライトを頭に着け、その光は死角へと消えた。
「やめろ!なにがあるか分からないんだ!戻ってこい!」
しかし、その忠告はその時すでに意味を成していなかった。
「きぃゃああああああああああ」
「おいどうした!返事をしろ!」
里奈の応答は無く、状況の確認を急いだ。するとフロントガラス越しに【ソイツ】が現れ、血だらけの里奈の死骸がフロントガラスに乗せた。輝くライトが鮮明に映し出してしまった。
「うわああああああああああああああ」
急いでハッチを閉めた。一瞬で起こりすぎた内容を把握するよりも早く、体が動いていた。すると後ろの方でウウッ……と声がし、冷や汗を垂らしながら振り返ると、そこには、声の正体は気絶していた役人がいた。
「な、なにがあったんですか!?」
尋ねる役人をそっちのけにし、跳ね上がっている心臓を抑えながら、あたりを見回す。あの化け物の姿はいないものの、無残なソレを直視出来ないでいた。
「はやく帰りましょう!ここは危険です!」
「ど、どういうことかね!?」
「いいから!手すりに捕まって!」
タッチパネルを素早く操作し、掘削機は大きく旋回しながら、地上を目指し始めた。
そこから地上まではとても長く感じた。いつあいつらが襲ってくるかと思うと、掘削音より鼓動が耳に先に届いた。フロントガラスに残った人血を、どうしても直視出来なかった。恐怖と、苦しみと、悔しみが混沌と脳内を走り回っていた。地上に着く約5時間、誰にも共有出来ない思いで吐きそうだった。地上に到着する頃は、空は東雲色に染まっていた。私のぐちゃぐちゃに崩れた顔を隠すには、丁度良かった。