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聖泉の精霊はぼっちに提案する

 夜、部屋のベッドで寝転がっているとドアをノックされた。クリアだろう。


「……入っていい」

「はい」


 返事があって、予め鍵を開けておいたドアが開かれる。クリアが普段通りの服装で入ってきた。表情は真剣そのモノで、ふざけた様子は一切見られない。なにか案があるというのも口実を作るための嘘ではないのだろう。それくらいは『観察』すれば見抜けるが、真面目に話す気のようだ。


「早速ですが、本題に入りますね」


 クリアはベッドに腰かけた俺の正面に立って告げる。


「……ああ」


 無駄話をされるよりはいい、と俺はそのまま聞くことにした。


「この際なのではっきり言います。今のクレトは、クレトが思ってるより弱ってますよ」

「……なに?」


 俺が眉を顰めても、クリアは視線を逸らさない。……弱ってる、弱ってるか。なんとなく認めるのは癪だが、間違ってはいないと思う。俺は今、俺史上最大にどうしたらいいかわからない。元の世界なら考えることを放棄してただ妹に扱き使われるだけで良かったが、もうあいつに縛られるのは嫌だと心が叫んでいる。一度知ってしまった自由を手放したくない。のだと思う。


「……いや、そうかもな」

「そうやって素直に認めるところもそうです。クレトはいつだって、素直に話してくれません。……まぁ、ニアちゃんとミアちゃんには別ですけど」


 素直じゃない、わけではないと思う。いつだって他人が思う優先事項よりも俺が優先すべき事項を守ってきたというだけで、本心を誤魔化しているつもりはない。


「でも、クレトの悪いところはそこじゃありません。素直じゃなくても人を見捨てることはありませんし、極力助けてもくれます」


 わざわざ見殺して罪を背負う気がないだけで、必要があれば他人を見捨てることもあるとは思う。これまでにそういう機会がなかっただけだ。


「だからクレトの悪いところは、弱ってる時に誰も頼りにしないことです」


 クリアははっきりと俺の短所を口にした。――反論する言葉は、思い浮かばなかった。


「クレトがいた世界でどうだったのかはわかりませんけど、この世界では向き不向きがはっきりしてます。私は聖泉の精霊なので、光と水に関係することは得意ですけど、他のことは苦手です。できないと言ってもいい。例えば最強とも言われる黒魔人のナヴィだってそうです。黒魔人は身体能力が高く『黒魔導』を扱えますが、代わりに魔法が使えません。そういう風になってるんです。クレトがそういう常識を無視して『模倣』できるのはきっと、元々真似しようと思えば大体のことができたからじゃないですか? でなければクレトの『模倣』はクレトが実現できないと思った時は『模倣』できないっていう制限があるはずです」

「……なにが言いたい?」


 確かに『模倣』には制限がない。俺が『観察』したモノは全て『模倣』可能だ。だが、それとこれとは関係ない。


「他人の真似をして大体なんとかできちゃうから、他人に頼ることをしてこなかったんじゃないですか?」


 クリアの真っ直ぐな瞳から、目を背けた。……別に俺はなんでもできるわけじゃない。ただ独りでどうにかしなければならなくなったから、そうしてきただけだ。


「元々クレトがどうしてたかなんて私は知りません。話さなくてもいいです。でも、私はずっとクレトの傍にいます。最初から最後まで味方でいます。それだけは、信じてください」


 力強い言葉だった。クリアを見れば、訴えかけるような目をしている。だがまた逸らしてしまう。俺には過ぎた眩しさだった。


「私の案は、それです。私達を頼ってください」


 ようやく本題に繋がった。だが、理解には繋がらない。


「……頼って、なにか変わるか?」


 呆然自失とした中ではあったが、全員漏れなくあいつに敗北したのは覚えている。能力の大半を俺が『模倣』して挑んだのだから当たり前だ。


「はい」


 だがクリアは迷うことなく頷いた。思わず再び顔を見て、訝しんでしまう。『観察』しても嘘を吐いているようには見えなかった。


「確かに私達は誰一人、敵いませんでした。クレトが私達のスキルを『模倣』して挑んで、敗北したので当然と言えば当然ですね。クレトが神の試練を攻略したことを考えると、相手にならなくて当然です。でも、状況を打開する方法はあります」

「……なんだと?」


 クリアがそこまで断言する方法が、俺には思い浮かばなかった。そこでようやく彼女の目に落胆の色が映る。だがその感情は、俺に向けてのモノではないような気がした。


「クレトが『模倣』したスキルやステータスを、私達に『同化』させればいいんですよ」

「……――」


 彼女の発言に、俺はなにも返せない。

 いつだったか思いついていた案だろうか? それとも全く思いついていなかったのか。よく覚えていないが、なんにせよ正直考えもしなかった。……いや、確か神の試練を突破した報酬で『模倣』を強化した時に思いついてはいたか。


 だが、できなくはない。俺の『同化』は基本的に自分自身をなにかに『同化』させるスキルではあるが、自分のみ適応可能という制限はない。『模倣』が他人に付与できるようになっている以上は可能だろう。

 クリアがこの案を思いついたのは、俺が俺自身のことについてあまり話していないから、というのはあると思う。俺が持つ『模倣』が元々自分だけにしか使えない、という話はしなかったはず。だから強化されてできるようになったから、という理由ではないはずだ。


 だが俺は確かに、それをしようとは思わなかった。今も、どちらかと言えば実行したくない。独りでなんとかしようと思っているわけじゃなく、どうしても裏切りを警戒してしまうからというのが大きい。


「クレトなら、思いついてるかと思ってました」

「……買い被りだな」

「それなら、別にいいんです。一番私にとって嫌なのは、思いついた上でしたくないと思われることですから」


 思わず無言を返してしまう。色々と痛いところを突いてきやがるな。


「……やっぱり、思いついてたんですね」

「……なにも言ってないだろ」

「本当に思いついてなかったらクレトは気まずそうにしません。それくらい私にはわかります」


 俺のことをなにも知らないだろ、と言うこと自体は簡単だ。だが当たっている手前なにも言い返せない。


「私達に『同化』する選択肢を消してるのは、信用してないからですか?」


 今日は随分と切り込んでくる。そうしたい、若しくはそうしなければならないと思ったからだろう。


「……そう、かもな」


 信用していないわけではない、とは思う。ただ裏切りを警戒している時点でそう取られてもおかしくはない。

 例えばディルトーネなら俺以外の優先事項(魔王様)がいるから裏切らないと言ったところで信用に値しない。他のヤツに関しては、これまでの付き合いもあるし信用していないわけではない。人柄で言えばある程度信用はあるし、裏切るかと言われてもそういうことをするヤツらでないことも頭では理解している。


「じゃあ、どうしたら信じてくれますか?」


 クリアはそこで初めて、顔を歪ませた。


「……どうって言われてもな」

「メランティナみたいに夜伽に行けばいいんですか!?」

「……いや、そういうわけじゃ」


 これに関しては、俺の中にも明確な答えはない。


「じゃあ、どうすればいいんですか!!?」


 悲痛な叫びが耳を打った。両目から大粒の涙が溢れ出している。クリアがここまで取り乱しているのは初めて見るかもしれなかった。ナヴィに殺されかけた時も、ここまでではなかったような気がする。一番は多分、攫われていた時だろうか。

 俺のことだからなのかわからないが、そこまで必死になる理由が俺にはわからなかった。


「……すみません。私は、メランティナとは違うんです。明確な個人としての自覚を持ち始めたのだって、クレトに会ったあの時が初めてなんです。どうすればいいか、全然わかりません」


 クリアは涙を拭いながら本音で話している。……と言われても、俺だって齢たったの十五年かそこらの若造だ。他人に的確な助言ができるほどの人生経験はない。


「でも、クレトに信じて欲しいことだけは間違いありません」


 彼女はそう言うとベッドに腰かけている俺に抱き着いてきた。特有のひんやりした感触が伝わってくる。


「……どうしたら、私のこの気持ちを証明できるんでしょうね」


 耳元でクリアの弱々しい言葉が聞こえてきた。が、俺の中にその答えはない。


「……さぁな。ただ心を証明することなんてできやしないんだから、態度とかで示すんじゃねぇの」

「それならもうやってますよ。クレトはいつも素気ないですけど」

「……まぁ」


 そういうのに慣れてないし。よくよく考えてみると、周りに人がいる現状が不思議でならない。


「そういえば、ふと思ったんですけど」

「……ん?」


 今日はこいつの話を聞いてやる日になってしまったので聞き返す。するとクリアが耳元に口を寄せてきた。吐息がかかってぞわりとする。


「私とはいつシてくれるんですか?」


 蠱惑的な囁きと共にかかる吐息は、ひんやりしているはずなのに熱っぽく感じた。


「メランティナとシたってことは、私ともシてくれるってことですよね?」


 先ほどまでの様子とは打って変わっている。……今日はマジで情緒不安定の日だなこいつ。


「……つってもな」

「じゃあシないんですか? それは約束が違いますよね」

「……」


 なんだろう。今のクリアにはどう足掻いても敵う気がしない。


「……じゃあ、するか」


 自分で言ってみると恥ずかしいことこの上ねぇなこれ。


「いえ、やっぱりやめておきます。今スるのは、多分違うので」

「……そうか」


 断られると複雑な心境だな。それを俺は二回もやっていたわけだ。よくもまぁ待ってくれたモノだよな。なんというか、こういうのって一度機を逃してしまうとなかなか次がやってこないイメージがあるんだが。


「……えいっ!」


 なぜか、勢いをつけてベッドに押し倒された。クリアが抱き着いたままだ。


「その代わり、今日はこのまま一緒にいてもいいですか?」

「……まぁ、それくらいなら」


 そのまま、クリアの下半身が『液体化』して俺の身体をベッドの真上に移動させた。


「今日言った案のことは、ちゃんと考えておいてくださいね。少なくとも私は、いつでもあなたの味方でいます。それだけは、覚えておいてください」

「……わかった」

「いつの日か私のことを本気で信じてくれたら、その時は私の気持ちを受け止めてください」

「……ああ」


 俺にのしかかったクリアの上に布団がかかる。


「じゃあ、おやすみなさい。普段通りに戻るのは時間かかると思いますけど、少しずつでいいですから」

「……そうだな」


 いつだって俺は、弱さを見せないようにと意識してきたつもりだ。だがそれは、夕化の姿がない時に限る。どうしても、俺の生活にはあいつの影が見え隠れしてしまう。

 だから多分、あいつがいない世界に来て俺は浮かれていたのだろう。若しくは、これまでの俺が本来の俺なのかもしれない。


 だとしたら、の話だが。


 ……あいつを異世界に召喚した張本人がいやがるわけだが。


 でなければあいつがこっちに来れるわけがない。いくら俺があいつのことを化け物だと思っていたとしても、人間にできる範囲しかできなかった……はず。異世界への壁を突き抜けるようなことはできなかっただろう。

 異世界召喚と言えば、巫女だな。


 ――俺の平穏を邪魔しやがったメフィストフェレスは、明確な俺の敵だ。


 かつてこれほどの殺意を覚えたことがあっただろうか。いやない。


 あの性悪女のやること成すこと、思い通りにさせてやらない。まずは魔王を復活させて聖女のフリしてなにをしようとしているのか探って、必ず直前で妨げてやる。全てが思い通りに進むと思うなよ、クソ悪魔。目にモノ見せてやるからな。


 クリアとは関係ないが、少しだけ調子が戻ってきた気がした。

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