ぼっちは新たな魔王軍幹部となってしまった
魔王と話した俺は、一旦情報などを整理するために謁見の間を後にした。
食堂としても使われていた広い場所に座って話し合うことにする。
幹部からの評価は下がったと思うのであまりいい印象は持たれていないだろうが、かと言って本気で殺しにかかってくることはないはずだ。魔王軍幹部達が持つスキルはなんらかの制限がかけられており、連戦には向かない能力が多い。
『怠惰』は常時能力が三割まで減ってしまう。『憤怒』はスキルを使用してはならない。
そして今回俺が得たスキルとは。
「……『虚飾』と『憂鬱』か」
『模倣』の中に入っていないスキルが二つ増えていた。
だが『虚飾』と『憂鬱』という二つなのはなぜだろうか。それに、『怠惰』や『憤怒』のように七つの大罪ではない。確か七つの大罪になる前の、八つの枢要罪という中に含まれていたモノだったか。
「なにを得たかと思ってたんだけど、まさか番外の大罪を二つも、とはねぇ。やっぱりあんたは規格外だよ」
身内だけで話し合おうかと思っていたのだが、後からディルトーネも来てしまったようだ。まぁこいつは既に解放済みらしいので戦闘力としては警戒するに値しない。それに、魔王城の中である以上魔王には俺達が話していることは伝わってしまうと思われる。見張りや監視ではないのだろう。
「……番外?」
「ああ、そうさね。“大罪の体現者”は最大人数が決まっていてね、それが九人というわけさ。前回の戦争じゃ『虚飾』はいなかったからあんたらも知らないかね?」
「……『虚飾』は元々持っていたスキルのみで戦わなければならなくなる制限がかかる。ってことは、俺の『模倣』みたく持っているスキルで他人のスキルを使えるようになるようなモノがなければ『虚飾』の適性がそもそもないってことになるのか」
「その通り」
ステータス画面を開いて効果を確認して推測を立てる。
『虚飾』の制限は、自らが元々持っているスキルしか使えなくなる、という制限だ。ほとんどのヤツはこの制限が意味を成さない。なぜなら元から自分が持っているスキルのみで戦っているからだ。しかし俺の場合、俺が持つ『観察』と『模倣』で、実際には持っていないのに使える状態になっている、ということが起きている。
他にどんなスキルがあるのかわからないが、『模倣』や『真似』、『鏡映し』みたいな感じで相手のスキルなどをコピーする能力が封じられるのだろう。……俺にとっては元から持っているスキルが戦闘に使えないせいで『虚飾』の制限をかけるとマジで弱体化するんだが。
『虚飾』なのに強さを飾ることができなくなるとはな。
「『憂鬱』ってことは『嫉妬』と同じく憂鬱になればなるほど解放した時の強化幅が大きくなるんだったけね。こっちの制限は正反対の感情が芽生えなくなるっていうモノだけど……まぁあんたには関係なさそうだ」
元から陰キャで悪かったな。『憂鬱』の対義語は明朗や爽快といった俺には似合わないモノばかり。『憂鬱』の制限はかなり緩めだな。他の幹部と違って。だが強化幅が小さいというわけではなさそうだ。むしろ大きいとも言える。憂鬱な気分になることなんて珍しくもないからな。
俺がこれを得たのはおそらく、元の世界での妹のせいだろう。憂鬱でない時の方が少ないくらいだったから。
だとしたらこの制限はないも同然か。精神が制限されるとミスティに喰わせる分が減ってしまうのでそういうデメリットはあるが、おおよそないと言ってもいい。
『虚飾』は制限が大きい代わりに解放した時にスキルで得ている能力が強化されるという効果もある。俺の場合なら『模倣』で得たスキルや能力が解放した時は強化した状態で使えるということだ。魅力的だが『模倣』が使えないと俺の戦術が大きく制限されてしまう。基本的に戦闘スキルを持っていないせいもあるが、発動させておくかどうかは考えておく必要があるな。
「……因みに、残る空席は『憤怒』以外だとなんだ?」
「空席なら『憤怒』の一つだけだよ。あの場にもう六人いただろう?」
そうだったか。あまりよく覚えていないが。
「……ってことは、魔王はどのスキルも持ってるのか」
「そうさね。魔王様はあたし達が持ってるスキルを全て保持している上に、特に制限を受けなくても強化できる」
チート級の強さじゃねぇか。いや、だからこそ俺が魔王候補に挙がるのか。俺も授かった二つを合わせるともう五つ手にしているわけだから。
「……それが『魔王』のスキル効果ってところか?」
「さぁね。言ったらあんたは使えるようになっちまうかもしれないだろう?」
それもそうだ。だが、もう遅いようだな。どんな効果を持つかは『全知全能』に聞いて補完しておくとしよう。
「……一応聞いておくが、魔王からなにか命令は受けたのか?」
「いいや。あたしはなにも命令されてないよ。あんた達を追い出せとも、説得しろともね」
嘘は、言っていないみたいだな。
「……ならいい。じゃあまず今後の方針だが、俺はしばらくここを拠点にしようと思っている」
なにもしてくるつもりがないなら別に構わない。
「私も賛成だ」
セレナが口を開くが、俺が言いたいところはそこじゃない。
「……いや、別に集団として話しているわけじゃない。お前達が付き合う必要はない」
「今更なにを言う。それに、離れて行動している時に見つかったら……」
「……あいつはお前達の顔を覚えちゃいない。殺したバルメイザのこともな。興味が、ないんだよ」
セレナとしては傍若無人な夕化のことを警戒しているのだろうが、気にしなくていい。……流石にメランティナは無理だが、他のヤツは大丈夫だ。
「ホントかい? あたしはあんたとの関係を疑われてたんだけどねぇ」
「……それはお前が俺のことを思い浮かべたり、“あいつ”とかで口にしたからだろ。そういうのが異常に鋭いんだよ」
「なるほどね」
こっちが向こうを気にしなければ、あいつから見た時の他人なんて人形と大して変わりない。興味がなさすぎて顔を覚えるのが苦手だったことだし。というかあいつ両親の顔すら覚えてないんじゃないだろうか。
「……いや。だとしても、私達はお前についていくと決めた身だ。今更縁を切る気はない」
「……そうか。まぁ降りるなら今の内だから、考えておいてくれ」
俺は強制するつもりはない。俺も自由にやらせてもらっているので、俺の邪魔をしなければ好きにしてもらって構わなかった。
「それで、これからクレトはここに残ってどうするつもりなの?」
メランティナに尋ねられて、俺は少し口を噤んだ後答える。
「……あいつを――夕化を殺す算段をつけたい」
それが俺の望みだった。殺さなくても構わないが、金輪際関わらなければいい。
「えっと……クレトさんの、妹さん……なんですよね?」
「……ああ。俺の実の妹だ」
ユニの質問に頷く。
「肉親なのに、殺すんですか……?」
「……そうだ。でないと、俺はまたあそこに逆戻りする」
恐る恐るといった様子のユニに、俺は本音を伝えた。かたかたと音が鳴っていると思ったら、俺の膝が震えている。……クソッ。しばらく会ってなかった反動か? 俺のなけなしのプライドがへし折れたからか?
俯いていると、俺の手を両側から握る手があった。ニアとミアが両側から手を伸ばしてきている。
「……くれと、だいじょうぶ?」
「くれと、だっこ!」
二人が心配に覗き込んできた。かと思うと抱っこを要求してくる。いや、俺がこんな情けない姿を晒しているからだろう。二人は片膝ずつに座るようにして、俺に抱き着いてくる。心が弱っているせいか、二人の温もりが有り難かった。……子供にも心配されるなんて、余程酷い面してたんだろうな。情けなさすぎて吐き気すらしてくる。
「ご、ごめんなさい! 私が変なこと言ったせいで……」
「……いや、いい。実の妹だろうがなんだろうが、俺はもう二度とあいつとは会いたくない。それだけだ」
俺は自分の気持ちをはっきりと告げる。……そういや、ユニはこの中で一番戦いに無縁だったな。改めて考えてみるとついてきた理由もよくわからないし、これがいい機会かもしれない。一回話でもしとくべきか。あんまり大勢いる前だと言えないこともあるだろうしな。俺が嫌だからこそ、無理に付き合わせるような真似はしたくない。あいつの同類には、なりたくない。
「だが、クレトを圧倒する彼女を倒す術などあるのか?」
セレナが率先して話題を本筋に戻してくれた。
「……あの時の物言いから考えると、クレトより強くなるスキルを持ってるはず。ということは、クレトが強くなって勝つのは多分難しい」
リエルも案を出してくる。元の世界での様子がスキルとして所持されるのであれば、俺はあいつに決して敵わないということだ。……まぁ元からそんな感じだし、そこは仕方がない。俺の『同化』とかもそうだが、精神的なモノがスキルとして確立されることもある。その結果だろう。俺にとっては最悪以外の何物でもない。
「ということは、クレト以外の誰かがあの化け物に勝たないといけないわけじゃな」
ネオンの発言後、場が一斉に静まった。そりゃそうだ。俺はこの場にいるほとんどのヤツの能力を『模倣』した状態であいつに挑み、敗北した。それこそ完全復活した魔王と魔王軍幹部が勢揃いして日数を稼いで一斉に能力を解放するとかしなければ勝てないかもしれない。
「けどあいつ、それだけじゃないんだよねぇ。あたしが戦った時、既にヤバいくらい強かった。ただの予想だけど、クレトのところに行くのを邪魔する相手と戦う時はステータスが上昇する、とかあるんじゃないかね?」
ディルトーネが気楽そうな口調でつけ加えた。……確かに持ってそうだ。迷惑なことに、ちょっと女子とぶつかっただけでもあいつにバレて酷い目に遭わされるんだ。ああ、クソ。嫌な気分になってきた。
「そうなると……クレトを圧倒するステータスになったあの子が更に強くなるってことね。そんな相手に勝つってことは、それこそ魔王軍を総動員してもらうとか」
「まぁ、そうなるだろうねぇ」
メランティナの考えに他でもないディルトーネが同意する。
「あたし達に協力して欲しいんなら、まず勇者をどうにかしてくれないとね。その上でレヴィアみたいにあんたに反抗する幹部と親密になって協力させる必要がある。あたしはまぁ、協力してもいいけどね?」
こいつの考えていることはよくわからない。ただまぁ、しばらくは後回しにしてもいいだろう。
俺もある程度は考えていたが、やはり魔王の力を借りる必要はある。……あの傍若無人魔王を従わせる術がホントにあるのかは微妙なところだが。完全復活すれば俺が全力で戦っても勝てるかどうか保証はないので、協力する気にさせないといけないだろう。
「……つまりあいつとの遭遇を避けつつできるだけ他の幹部に本気を出させないようにしないといけないわけか」
面倒だ。だが、それが一番確実だ。とはいえ積極的に協力しても幹部達の信頼が得られるとは思えない。ディルトーネみたく力で従わせられるなら一番簡単だが、肝心なところで裏切る可能性を残しておくのは危険だ。一番裏切られない関係は、心からの信頼だが。そういうのは苦手なんだよな。
「大変だねぇ、あんたも」
他人事みたいに言いやがって。こいつにとっては他人事だろうが。
「……どっちにしろ魔王に協力するのは確定か」
「でも、他にも手はありますよね?」
俺が呟いた言葉に対して、ずっと黙っていたクリアが口を開いた。内容が内容だったため、全員の視線が彼女に集中する。俺も驚いてクリアを見ていた。ミアが座っていた右隣の席の更に右に座っているクリアは、真っ直ぐに俺の方を見ている。
「……なにか考えがあるような口振りだな」
「はい。というより、クレトは本当にわからないんですか?」
「……は?」
どういう意味だ?
「わからないならいいです。……いつもと違って、ホントにわかってなさそうですから」
「……なにか言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
「いえ。私はそこまで、クレトを虐めたいわけではありませんので」
マジでなに言ってんだこいつ。なにを言いたいのかさっぱりわからないんだが。魔王や幹部達の強力なスキルの力を借りる案以外になにかあるって言うのか?
「でも、聞きたいなら今夜空けておいてくださいね」
「……ここでは言わないってことか」
「はい」
本当にいい案があるのかは怪しいところだが、とりあえず話を聞いてみるとしよう。
「……はぁ。わかった、話は聞く」
俺はクリアに告げて、これ以上なにも案は出ないようだったのでお開きとした。
それから夜になるまで、ニアとミアにおねだりされて一緒にいた。なにをするでもなかったが、部屋で二人の話を聞いていたくらいだろうか。
そういえば俺の私物は神のダンジョンコア含めて全部ここに持ってきてもらってるんだったな。しばらくここにいるんだったら、今度整理しておくか。
そんなことを考えながら時間を潰し、ニアとミアは帰して夜になってから部屋でクリアが来るを待つのだった。




