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エセ勇者は捻くれている  作者: 星長晶人
古龍の森

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災厄は一切躊躇なく

 古龍の森を襲い、古龍の張った結界を破壊したのは暮人の妹である夕化だった。


 明らかに様子のおかしいクレトは除いて、一部の者も彼女の姿を知っている。白い悪魔が放った『絶望の再現ディスピア・エンボディ』で出てきた姿と全く一緒だったからだ。その時にいなかった水銀の乙女(ワルキューレ)のメンバーは彼女がクレトのことを「お兄ちゃん」と呼んだということ以外に情報がない。


 クレト最大のトラウマである夕化のことを警戒する者も多い中、クレトは黙り込んでいた。顔から血の気が引いている。そして顔を顰めて口元を手で覆う間もなく屈んで地面に胃の中のモノをぶち撒けた。


「……おぇ……!」


 突然のことに水銀の乙女(ワルキューレ)の面々が驚く中、夕化は肩を竦める。


「もう、酷いよお兄ちゃん。妹の顔見て吐くなんて」


 まるで心配する様子もなく言った。

 クレトの尋常でない様子に、ようやく水銀の乙女(ワルキューレ)達も警戒を強めていく。


「お兄ちゃん、ほら最愛の妹と再会できたんだよ? 喜ばないと」


 夕化は微笑むと両腕を広げて受け入れ態勢を整える。


「……」


 クレトは顔を俯かせたままゆっくりと立ち上がった。夕化は微笑みを深め、他は彼がどうするのか反応を待つ。


「……全ての体躯」


 普段よりも一層感情の籠もっていない声で、彼は小さく呟いた。


「……全ての魔力。《羽を開け、心を喰らえ》」

『ぁ――』


 身体能力を上げ、魔力を上げ、腰の剣に手をかけてミスティに感情を喰わせる。トラウマが蘇った時でさえ容量オーバーだったのだが、今回はトラウマが現実に訪れた形となるためその時の比ではない。喰わされた感情の波に押し流されて能力の制御がミスティの手を離れた。


『――あ、はははははははは――っ!!!』


 姿を現していたミスティが狂ったように笑い出す。感情を喰らいすぎて理性が飛んでしまっていた。


 だが強化はそれだけでは終わらない。

 クレトがこれまでの旅で『模倣』してきた全てを費やしていく。


「……『獣人化』、『獣人覚醒』、『昇華』、『神意顕現』、『風神雷神』、『疾風迅雷』、『黒魔導』、『白魔球』、『真紅火焔』、『鬼帝力皇』、『赤雷』、『牛頭剛力』、『馬頭豪力』、『天下無比の鬼神』、『阿修羅』、『破壊の化身』、『破壊焔嵐』、『強大無双』、『闘争の英雄』、『万夫不当』、『海神域』、『雷霆』」


 クレトの身体に様々な変化が巻き起こる。全力も全力、一切の妥協がない。あまりの威圧感に周りにいる味方さえも畏怖しかけている。


 更には抜き放ったミスティに全ての攻撃魔法を纏わせて『魔法融合』により異常なまでの高まりを実現していた。


「……」


 準備を終えたクレトはゆっくりと左手に持った剣を右肩まで振り被り構える。

 おおよそ最大級の脅威を向けられて、夕化はにこにこと微笑むばかりである。


「……死ね」


 最後にシンプル且つ途轍もない感情が込められていたはずの『言霊』を使用して剣を振る――直前で瞬間移動と見紛うほどの速度で夕化の背後を取った。

 斬撃を飛ばすこともしない。夕化越しに仲間達へ向ける形となるが目の前の存在に対して全てをぶつける気でいる。


 夕化が振り返る前に、お前の顔など見たくもないと言わんばかりに剣を振るった。


 大気が震え、余波が仲間達を後ろに吹き飛ばす。古龍の森どころか島全土に衝撃波が広がる。


 クレトが今持てる全ての力を使った最強の一撃。これで消し飛ばせないはずはない。異世界に来てから強くなったのだから。消えてくれ――。


 彼自身心からそう願っていたが、恐怖が消えない。不安が拭えない。悪寒が止まらない。


「……それが新しいお兄ちゃんなりの挨拶なの?」

「……っ!!?」


 だが夕化は無事だった。傷一つつけられてはいない。愕然とするクレトには見えていなかったが、反対側の皆からは見えていた。


 夕化はクレトの攻撃に対して右手を掲げると、握り潰すように相殺していたのだ。どれだけの実力差があるか見当もつかなかった。


「じゃあ、私もお返ししないとね?」


 にっこりと微笑む夕化を見てクレトは半歩後退るが、明らかに間に合わない。


 夕化は拳を思い切り振り抜いた。格闘技ができるわけでもない彼女の動きは素人丸出しだったが、そんなことは関係ない。ただただ威力が絶大。先ほどクレトが起こした一撃よりも遥かに強い衝撃が島全土を襲った。

 その拳を直撃させられたクレトの身体は胸部の下側から腰辺りまでがごっそりと消し飛んでいる。上半身と下半身は右側の皮一枚でのみ繋がっている状態だった。


「……っ」


 『液体化』も間に合わず力なく地面に崩れ落ちるクレト。発動していたスキルが起こした現象も収まってしまう。呆気なく敗れたクレトの姿を見て愕然する面々の前で、夕化は口元についたクレトの返り血を赤い舌で舐め取り恍惚とした表情を浮かべた。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。絶対に死なせないから」


 彼女はしゃがんで彼に触れる。するとクレトの身体が一瞬にして正常に戻った。

 『お兄ちゃんと末永く一緒に』の効果により、夕化は暮人が死んでさえいなければ即座に治療できるのだ。


 つまり殺されることで逃げることも、許されない。


「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがいくら頑張っても私には勝てないんだよ? お兄ちゃんも持ってるんでしょ、異世界に来てから貰ったスキル。私のね、『お兄ちゃん絶対服従宣言』っていうスキルが、絶対お兄ちゃんより強くなるんだって。だから諦めて、また私と一緒に暮らそ? 今度はお兄ちゃんに関わるなって言ってくる邪魔なヤツもいないし」


 夕化はギリギリで意識を保っていたクレトに絶望を突きつける。ジャイアントキリングを許さない絶対的格上。どう足掻いても自分より強くなるのなら、なにをしても意味がない。先ほどの攻防を見る限り、特殊な能力であっても単純な力で捻じ伏せることができる力を手にする効果なのだろう。

 諦めがクレトの中で大きくなり、反抗する気の一切が失せていく。


「うんうん♪ それでいいんだよ、お兄ちゃん♪」


 クレトが素直に諦めてくれたからか、夕化は心底嬉しそうに頷いた。


「クレトから離れなさい!!」

「師匠になにしてんだてめえ!!」


 だがそこに迫る影が二つ。『昇華』を使用したメランティナと『黒魔導』を全身に纏わせたナヴィである。


「……なに?」


 クレトと相対している時の笑顔は消え、心底不機嫌そうな顔で顔を上げた。そしてメランティナの蹴りとナヴィの拳を片手ずつであっさり受け止めるとそのままぐしゃりと握り潰した。苦悶の声を上げる二人を無視して力任せにぶん投げると、遥か遠くまで吹き飛んでいく。


「泉は私は用意します。セレナさんも行ってください」

「わかっている!」


 聖泉の精霊たるクリアが即興の泉を作り出し、太陽が出ているのでセレナの『神意顕現』条件を満たす。


 『神意顕現』を使用したセレナが先頭になって夕化に迫り、他も迎撃を開始した。


「なんなの? 私とお兄ちゃんの邪魔しないでくれる?」


 だが全てを『模倣』したクレトが敵わない強さを手にしている夕化は、圧倒的な力を以って戦闘のできる者達を薙ぎ払っていく。


 あちこちに倒れ伏した仲間達が転がる中、戦闘中の隙を突いてニアとミアがクレトのところまで到達していた。だが運んで遠ざけることはできず、彼の身体にしがみつくことしかできていない。


「私のお兄ちゃんに触るなぁ!!」


 だが逆にそれが夕化の逆上を煽った。憤怒の表情に変わると拳を思い切り振り上げる。だが直前で停止した。


「……やめ、ろ。やめて、くれ……」


 クレトが夕化の足首を掴んだのだ。一時的には止まったが、結果的には火に油を注ぐこととなった。


「なんで……なんでお兄ちゃんがこんなヤツらのこと気にするの!? お兄ちゃんには私だけでいいの!!!」


 より一層怒りを露わにして拳を振り下ろそうとする夕化。


 ――その手を掴んで止めた者があった。


「誰?」


 当然、邪魔をした者は夕化に睨まれる。だが彼女が振り解こうとしても、自身の何倍もある大きな手を外すことはできなかった。


 小柄な夕化からすると二・五メートルという巨体はかなり大きく映るだろうが、一切の恐れがない。


「俺か? 俺は“大罪の体現者(カーディナル・シン)”が一人、『憤怒』担当、バルメイザってんだ」


 遥か上から聞こえてきた名乗りを、クレトは知っていた。


 夕化の腕を大きな掌で掴んで止めたのは、褐色肌で筋肉隆々な男。剃髪に生えた二本の角と巨体が特徴の彼は、神の試練を突破したクレトが最初に街で出会った魔王軍幹部の一人。格段に強くなったクレトが本気を出される前に吹っ飛ばしたのが、彼である。


「だからなに? 私の邪魔しないでくれる?」


 据えた目でバルメイザを睨み上げる夕化だが、見上げる角度だからか彼女には見えていなかった。


「俺はよぉ、なによりも怒ってんだ」


 バルメイザの頭に血管が浮かび上がっていることを。


「俺はかつて、そこの野郎に吹っ飛ばされた。そん時は俺が本気で殴り合う好敵手と出会えたかと思ってたんだが……なんだその様は!?」


 彼が吼えるように怒鳴ると、大気が震えた。


「俺を殴り飛ばした野郎が、こんなに弱いヤツだったとはなぁ!! 俺は、お前を一時でも好敵手と思った俺に怒っている!!」


 バルメイザの言う“弱い”とは、実力のことではない。それが理解できるからこそクレトはなにも言い返せない。


 だが彼の言葉の直後、夕化がより強い力で手を振り払った。


「……私のお兄ちゃんを、バカにしないでよ」

「お前が兄をそうしたんだろうが。身勝手で我が儘な姫よ」


 夕化の矛先がバルメイザを向き、両者が対峙する。


「ようやく俺を敵として認識したか。言っておくが、俺はディルトーネのように甘くないぞ?」

「誰それ。いいからさっさと死んでよ」


 好戦的な笑みを浮かべるバルメイザに反して、興味なさげな夕化。両者の拳が激突して、近くにいたクレト達は余波で吹き飛ばされていった。動く気力もないクレトはしがみつくニアとミアを庇うこともできず地面に激突するかと思いきや、途中で誰かに受け止められる。


「こんな男のためにバルメイザは……」


 冷たく、呆れた声が近くから聞こえてきた。

 凍てついた氷のように冷たく薄い水色の長髪をツインテールにしており、霜が降りたような純白の髪飾りをつけている。ルビーのような赤く鋭い瞳が逆に彼女の冷たさを表しているようだった。

 細腕だったが三人を片手で受け止めて軽々と担いでいる。彼女の頭に二本生えた鹿のような銀の角が、ただの人間でないことを示していた。


「レヴィア、他はもう回収したよ」


 そんな彼女に声をかけたのは、ディルトーネだった。彼女の背後には空間が裂けたような穴が開いており、周囲には傷つき倒れた面々が集められていた。無事だったユニが懸命に治療している。


 レヴィアと呼ばれた女性はディルトーネのいる方に歩き出した。


「私のお兄ちゃんをどこに連れてくの!?」


 クレトを担いで運んでいるせいか、夕化の注意がそちらを向く。


「俺の前で余所見とは余裕だなぁ!!」


 その小柄な身体を、バルメイザの右拳が襲った。クレトを圧倒する力を手にしている上にクレトの下に行こうとしているところを邪魔されているので、更に百倍されたステータスを持っているはずだが。それでもバルメイザの拳によってクレトのいる方向とは真逆に吹っ飛んでいく。


「いけ、ディルトーネ!!」

「はいよ。……まぁ、なんだ。世話になったね」

「おうッ!!」


 夕化と戦うバルメイザだったが、その肉体は一部が欠損していた。左腕は肘から先が捥ぎ取られており、腹部もいくつか背中まで貫かれている。右側の顔半分も削れており瀕死の重傷だった。

 ディルトーネは彼に別れの言葉を告げて、全員を裂け目に放り込んだ後、最後の一人になってから自分も裂け目に入っていく。ディルトーネがいなくなってから、裂け目は閉じてなにもなくなってしまった。


「お兄ちゃん!!! 私の邪魔を、するなぁ……ッ!!!」

「無論、邪魔するとも! 少なくともお前よりはあの男を買っている方がいるのでな!!」


 怒り狂う夕化を足止めするバルメイザ。勝敗は既に見えていた。


 ――その後、なんらかの原因によって古龍の森が消滅したという。

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