ゴーレムは完成したが万事が上手くいくとは限らない
ダンジョンコアという唯一無二の素材を使って作業するのだから、心残りというか集中の邪魔になるようなモノは全て排除したい。
俺はこういう失敗が許されない状況が嫌いだ。いや、あまり好きな人はいないと思うが。そういうのが好きな人って、要は後に退けないからこそ燃えるタイプだろ? 俺には一切理解できない。
例えばやりたくもない球技大会の野球とかソフトボールで、一打逆転のチャンス且つツーアウトで俺の打順が回ってくる、みたいな。……ヤバい、余計なことを思い出してしまった。
そういう追い詰められた状況になると胃がキリキリする。
とはいえ、今回は俺自身がやりたいことであり、人から重責を背負わされているわけでもない。ネオンは期待しているようだが、例え俺が失敗したからといってじゃあ不可能なんだと諦めるようなヤツでもないだろう。俺を責めるどころかなにが失敗の原因なのか突き止めて「次こそ成功させたいのじゃ」とか言いそうだな。と思うくらいには俺も彼女のことがわかってきた。
成功はさせたいが、失敗しても構わない。そう自分に言い聞かせて雑念を払う。神のダンジョンコアは希少だが、他が全くないわけではない。全力は尽くすが、根気強くやっていればいつかは成功するんじゃないだろうか。幸い、俺は勇者じゃないので世界の命運みたいな重い責任とか背負わされてないしな。
やるべきこと、やりたいと思っていたことは既に終わらせてきた。他のヤツにも俺が出てくるまでは邪魔しないように頼んでおいてある。……準備は整っている。ただ俺の決心がつかないだけだ。
しばらく地下研究室でうだうだ思い悩んでいたが、結局は「悩んでいる時間の方が苦しいから、さっさと終わらせよう」という結論に至った。
俺の中ではよくあることだ。
台座に置いてある神のダンジョンコアに触れ、瞑目して神経を研ぎ澄ます。ダンジョンコアにある魔力を感知して、『同化』する心構えをしておく。逸る気持ちを抑えつけて、慎重に『同化』させた魔力を注ぎ込み始めた。だが魔力の容量が大きすぎて、ミスリルと同じようなペースでは何年かかるかもわからない。おそらくダンジョンの構築に大量の魔力を消費するので、既にダンジョンのコアとなった後のモノではすっからかんな状態なのだろう。それでもおそらく『模倣』した魔力でなら満たすことができるはず。感覚は掴んだので注ぎ込む魔力の量を一気に増やしていく。ほぼ満ちるまでは大量に。満杯が見えてからは注ぎ込む量を調整して慎重に。
集中していたのでどれほどの時間が経ったかはわからないが、俺は遂に完成させることができた。
「……上手くいくとはな」
魔力が満ちてゴーレムのコアと成り得るダンジョンコアを見つめながら、少し苦笑する。異世界で手にした力を使ったとはいえこうも上手くいくとは思っていなかった。貴重な代物とはいえあと一回は同じモノを取らされに行くのかと思っていたが。
本来ゴーレムのコアにした場合、ゴーレムの身体を構築しなければならないが、ダンジョンコアにそれはないようだ。ダンジョンコアに触れた状態で俺が思い描いた姿を構築するらしい。便利なことだ。まぁダンジョンコアは他のコアと違ってなにで創られたモノなのかわからないからな。それを基に身体を構築できないのかもしれない。そもそもダンジョンコア自体が、なにかの鉱物を加工して創られたモノかもしれないし。
俺はダンジョンコアを置くと、その場に寝転がった。冷たい床がどこか心地良い。
「……疲れた。寝よ」
魔力を消耗しすぎて身体が怠い。結構ギリギリだったな。神らしきヤツらの魔力も『模倣』した俺の魔力量の八割も持っていきやがった。そりゃダンジョンコアを奪い取るなんてことができるわけもないはずだ。
ステータスだけなら高い方だと思うが、それでもギリギリぐらいにはなってしまうらしい。世界は広い、ということにしておこう。
俺は疲労感に抗わず、目を閉じた。疲れていたからか、すぐに意識は遠退いていく。
◇◆◇◆◇◆
次に目が覚めた時、俺は自室だった。……誰かが運び出したのか? 俺から出てくるからいいって言ったのに。
魔法で身体を軽く清めてから着替える。流石に何日も身体を洗っていないわけではないだろうが、集中すると汗を掻くからな。身体を休めるためにも風呂に浸かりたい気持ちはある。回数が減ってよくわかったが、風呂に浸かるという行為は癒しを生むのだ。
「……そういや、ダンジョンコアはどこだ?」
部屋を見回すが影も形もない。俺だけ運んでコアだけ地下の研究室に置いていったのだろうか? となると見つけたネオンが勝手に使っている可能性もなくはないか。
「……とりあえず、探すか」
俺が失敗して壊れるなら自己責任だし我慢できる。だが折角成功したモノを盗まれたとなると話は別だ。俺が頑張ったことで他人が得をするのはなんか複雑だ。結果他人のためになるなら兎も角、俺は人間が出来ていないから結局のところ自分のためにしか行動できない。
誰かを助けたということがあったとしたら、きっとその誰かを助けたかったからではなくその誰かを見捨てるような下衆になりたくなかったから、なんだとは思う。
閑話休題。
ダンジョンコアがないと困るのは事実なので、早速部屋を出て探し始める。皆は外に集まっているのでそちらが本命だが、一応地下室も見ておいた。やはりないか。
外で集まっているところへ向かい、ネオンが中心になって神のダンジョンコアに色々しようとしているようだ。研究には興味のない者も、成果には興味があるらしい。一応これから拠点になる予定のモノだからだろうか。
というかダンジョンコアは魔力を持っているので、魔力を探知すればすぐに場所がわかる。そんな簡単なことも思いつかずのんびり歩いて探そうとしていたとは、我ながら悠長なモノだな。
「あ、クレト。目が覚めたのね」
メランティナが逸早く振り返って言うと、他も続々とこちらに顔を向けてくる。あまり一斉に見てきて欲しくはないが、まぁ顔見知りだからギリギリといったところだろうか。
「我慢できず先に試しておったのじゃが、どうやらクレト以外には操作できないようじゃな」
ダンジョンコアを手にした腕を、ネオンがぶんぶんと振ってアピールしてくる。……勝手に地下室へ来た上にコアを持っていくとすればネオンだとは思っていたが、案の定だったな。
俺が近づくと道を開けてくれて、ネオンからコアを差し出される。受け取るとダンジョンコアが輝き出し、コアの上に半透明な四角い画面が複数現れた。
「おおぉぉ!!!」
半透明の画面越しにネオンが目をキラキラさせているのは、よく見えないがわかる。
画面上には数値や文字などで様々な情報が書かれているのだが。
「……読めないな」
「見たことのない文字ですね。精霊が使ってる言語でもないみたいです」
横から顔を出して覗き込んできたクリアが言う。
「むぅ……。わしにも理解できん文字じゃな。一応古代文字にも精通しているのじゃが」
ネオンが俺の周りに集まってきた人の間から顔を出して画面を眺めて唸った。……誰も知らない文字か。『全知全能』なら読めるか?
――可能。
流石は全知とつくだけある。即答だった。……なら俺だけが読めるように翻訳することはできるか?
――可能。翻訳を開始する。瞑目を推奨。
これまた頼もしい答えが返ってきた。目を瞑る必要があるのは、画面自体を翻訳するのではなく俺の目で見た時に読めるモノへ変換するからだろう。
目を閉じた途端に目に違和感を覚え始める。それが収まった後に目を開くと、コアから出てきている画面の内容が読めるようになっていた。俺の視界に映る文字自体が日本語に変換されていたからだ。……優秀すぎないか『全知全能』。
「……スキルでなんとかなりそうだ」
とりあえず悩んでいる皆には告げておいて、内容をざっと確認する。所謂ダンジョン経営モノにありそうな画面だ。ゲームチックと言うべきか、システムチックと言うべきか。
まぁ元々人のステータスもゲーム画面っぽかったから、そう変わらない仕組みなのだろう。
そういうのが好きな人ならテンションの上がるところだが、別に俺はダンジョンを経営する気がない。引き籠もれることが長所だが、順調にいけばいくほど強い敵が襲いかかってくるという恐怖もつき纏う。静かに穏やかに暮らしたいので、ダンジョン経営とはまた違ってくるだろう。
なので俺が注目すべきは部屋がいくつ作れるだとか、今現在召喚できる魔物はなんだとか、そういうのではない。ゼウスとかまた召喚できるんだったらいい装備を頂戴するために召喚するかもしれないが。
俺が最初にやるべきことは、きちんとゴーレムが形成できるか、だ。
ダンジョンコアに魔力を通して身体を構築させていく。材質はとりあえず土にしておこうか。俺達を囲む部屋が中にあるイメージでゴーレムの身体を構築し、天井の材質だけは一旦鉄にしてみた。土にすると空気が悪くなりすぎそう。身体を構築している最中はエレベーターに乗った時のような浮遊感が少しだけしていた。ダンジョンの形成は空間に関係がないとはいえ、内部の上下感覚は存在しているからだろう。
「お、お、おぉ……!!!」
横のちっこいのが煩い。
ともあれ、俺のイメージした通りに形成はできたようだ。俺達は全員四角い部屋の中に入っていた。魔力で構築された身体の中に入っているような状態だ。ゴーレムの全長は約五十メートル。俺達のいる高さはゴーレムの胸部くらいなので、大体高さ四十メートルくらいだろうか。
「っ……、っっ、……っ!!」
煩くなくなったのはいいが、両目から滝のように涙を流し始めていた。それはそれで困惑する。
「……とりあえず、これで造れることはわかったな」
「外に出る時はどうすればいいんだ?」
ナヴィに聞かれて、コアから出ている画面を持っていない方の手で触れて操作し、出口を室内に用意する。出口は部屋の隅に白いドア枠のような姿で現れた。初期設定ではゴーレムの足元に繋がっているようだ。
外からゴーレムを眺めたい者が多かったのか、出現した出口へと歩を進めていく。だが出口が現れた途端に異常なまでの身体能力を発揮した赤紫の影が瞬時に出ていった。本人が戦うことはあまりなかったので意外だったが、間違いなくネオンだった。ゴーレムに関することであればリミッターが解除されるのだろうか。
他の者は少し唖然としつつも、遅れて外へ出ていく。中からだと外の様子が見えなかったのでなにかできないかと色々画面を操作していたら、外部映像のオン/オフが切り替えられるようだった。『全知全能』が俺にわかりやすいように翻訳してくれているようなので、多分元々の意味合いは違うのだろうが。
試しにオンへ変えてみると、上部の左右と更に上のところに大きめの画面で外の様子が映し出された。一番上の画面には空が映し出されている。遥か先に地平線があって雲が上の方に見えるので、風景の高さから考えてゴーレムの目の位置から見えている映像だろう。左の画面は見える地形から考えて目とは逆方向かつ少し下。なので背中の位置の映像か。右は足元を見る画面のようだったので、丁度部屋にあるのと同じような白いドア枠が確認できる。その周辺には出て行った皆が立っていた。
画面に触れて映像の向きを変えることができるようだ。限られた場所にしかないということは、おそらく外側から見ると目のようななにかがついているのかもしれない。
「へぇ、結構色んなことができるんですね」
残った内の一人であるクリアが感心したように言う。
「……今のは一応初期からある機能で、機能の追加や強化には魔力が必要みたいだな。コアに魔力を注げば補充できる造りになってる」
「魔力量が重要なのね。クレトぐらいじゃないと使えそうにないわね……」
まぁ、言ってしまえば神のダンジョンを運営するということになるし。これを活かす予定があったということは、もしかしたらディルトーネ達が復活を狙っている魔王ってのは、とんでもない魔力を持ったヤツなのか? “魔”の王って言うくらいだから不思議じゃないか。
そして神のダンジョンを造ったとされる神族とやらも同程度の魔力量ということになるかもしれない。ミリカに扮していた何者か、ということしかわからないのだが。
兎も角、余程のことがなければ盗まれる心配はなさそうだった。ネオン達が試そうとして失敗していたらしいことからもわかるように。後で細かい機能を確認する時に、他人からの操作を受けつけない設定などがないかも確認しておこう。苦労して手に入れた巨大ゴーレムが誰かに奪われたら困る。
色々な機能があるので、とりあえず整理と優先順位をつけるところから始めないと手をつけられなさそうだ。
「……色々機能なんかを追加しないと拠点としては使えないな」
「なら出発はもうちょっと先ですかね」
「……ああ。準備もあるだろうから最低でも三日はかかるだろうな」
全員の個室や内部のレイアウトを構築するとなると、細かい部分まで調整できてしまいそうな故に時間がかかると思われる。他人に操作させないとなると、俺がやる羽目になるし。個人の部屋毎に操作できる権限を付与する、みたいなことができるなら話は別だが。後でちゃんと確認してみよう。
初回の確認としてはこんなモノだろう。あとは俺独りでやればいい。ということで現在の状態を保存したままゴーレムをダンジョンコアへと収納した。
「なぜゴーレムを消したのじゃあああぁぁぁ!!?」
完全に消える時は地面に立っていた。突如ネオンの鬼気迫る叫び声が聞こえてくる。
「……ゴーレムが造れることは確認できたからな」
「巨大ゴーレムじゃぞ! 四六時中愛でても足りんわ!!」
「……じゃあ自分で造ってくれ」
「いつか絶対造ってみせる!! ……のじゃが、コアだけでも預かって良いかの?」
熱意の激しいヤツだ。研究者の域を越えていそうだが、まぁ預けるぐらいならいいか。どうせネオンには扱えないんだし。
「……明日には細かい調整をするから、返してもらうぞ」
「わかっておるのじゃ。クレトの邪魔をしたいわけではない」
その辺を弁えてくれるのは非常に助かる。ということで独り部屋で機能でも眺めていようかと思っていたが、コアはネオンに預けることにした。一日くらいならいいだろう。観てないアニメも増えてきてるだろうし、今日はのんびりしていよう。
そんな話をしていたら、バサバサと翼を羽ばたかせる音が近づいてきた。見ると仮面をつけた梟が俺達の方に飛んできていて、近くで滞空する。
「古龍様からの御言葉を伝える」
人語を介するとは驚きだ。仮面をつけているヤツは古龍の親衛隊みたいなモノなのだろうか。試練の時に戦っていたヤツもそうだった。
「目的は達したようだが、出立はいつになる?」
早く出て行けという意思表示だろうか。
「……調整にしばらくかかりそうだ。もう少しは滞在させてもらう」
「承った」
俺の返答を聞いた梟は、バッサバッサと翼を羽ばたかせて俺達の下から去っていった。伝令役なのだろうか。あの古龍なら遠隔で会話する方法を持っていそうなモノだが。
兎も角、「造ったならさっさと出て行け」とは言われないようだった。滞在していて良いのであれば、折角拠点まで造ったことだしもう少しいさせてもらおう。
「……くれと、あそんで」
「あそんで!」
部屋に戻ろうかと思っていると、ニアとミアに袖を掴まれてしまった。子供の相手は得意じゃないが、二人はいい子なので付き合いが難しいということもない。
「……ああ、わかった」
作業に取りかかっていたこともあって二人と触れ合う機会も少なくなっていた。賢いのでそういう時に遠慮してしまう部分もあり、誘ってくれたのなら付き合おうと思う。
頷いた俺に屈託のない笑顔を見せてくれるので、遊び相手冥利に尽きるというモノだった。
二人が泥だらけになるまで遊んでから、夕飯後は自室でアニメを消化していた。
◇◆◇◆◇◆
翌日。
俺は早速ゴーレム内拠点の調整をしようと思ってネオンを尋ねたのだが、
「こ、こここ、っ……コアがないじゃとおおおぉぉぉぉぉ!!?」
結果拠点中にネオンの叫び声が響き渡ることとなった。……魔力で別の場所にあることはわかっているんだが、ネオンが持っていったわけじゃないのか。
「……魔力で場所はわかるんだが、その様子だとネオンが持っていったわけじゃないんだな」
「そ、そうなのか!? ……はぁーっ、コアを紛失してしまったら危うく首を斬られるとこじゃった……」
どうやら失くした責任を取らされると思ったらしい。だがそこまで心配する必要はないと思う。ただ俺の中での評価が落ちるだけだから。
「……まぁ、ネオンが失くしたわけじゃなければ、コアのある場所に行けばいいだけだな」
言ってコアの魔力がある場所へと向かおうとする。
だが拠点から出たところで、ニアとミアの二人が勢いよく飛び出してきた。そのまま俺の袖を二人して掴み引っ張ってくる。
「……くれと、あそぼ」
「あそぼっ!」
昨日も結構遊んだのだが、まだ遊び足りないようだ。子供の遊びに対する体力は無限大という話はよく聞くが、一日経てばリセットされるのだろう。
だが今は大事なコアを探しに行くところだ。見つけてからなら遊んでもいいのだが。拠点の調整は夜にでも行えばいい。
「……悪いが、後でもいいか? 後でなら遊べるから」
二人の頭に手を置いて、少し待ってもらうようにお願いする。二人は子供だが賢い子でもある。寂しそうな顔はするが、引いてくれるのだが。
今回はいつもと違った。
「……や」
「やだ! いまあそぶの!」
二人してより強く俺の袖を引っ張ってくる。……困ったな。
「ふむ……。難しいようならわしが取りに行ってくるのじゃ。どこにあるのじゃ?」
拒めない様子の俺を見かねてか、ネオンがそう提案してくれた。
「……ああ、そうだな。あっちの森をこの方向に真っ直ぐ行けば着けるはずだ。地中に埋まってるっぽいから注意してくれ」
「うむ、わかったのじゃ」
妙案だったので乗り、彼女にコアの魔力の在り処を伝える。するとニアとミアの耳と尻尾がぴんと立った。
「……ねおんも」
「いっしょにあそぶの!」
「う、うむ? わしもかの?」
珍しいことに、ネオンまで誘いたいようだニアとミアは人見知りというわけではないと思うのだが、あまり他のヤツと関わろうとしない。ネオンも珍しい、若しくは初めてのことだからか戸惑っているようだ。
そこにメランティナがやってきた。エプロンをつけたままなので料理途中、若しくは片づけ直後だろうか。
「二人共、クレトを困らせちゃダメでしょ。遊ぶなら私が付き合うから」
「……だめ」
「くれとがいい!」
いつもならメランティナが言うと聞いてくれることも多いのだが、今回はそれも拒絶した。これにはメランティナも困り顔だ。……なんだろう。ただ甘えてると言うよりは、二人が焦ってるようにも思う。もしかして、だが。
「……二人がコアを隠したのか?」
「「っ……!!」」
俺が可能性を口にすると、二人の身体に電気が走ったように毛が逆立っていた。その反応を見てネオンとメランティナもなんとなく理解したのか、ニアとミアをじーっと見つめる。
「…………しらない」
「あそびたいの!」
しかし二人は白を切ることを選んだようだ。先ほどよりも焦りがわかりやすくなっている。……コアをネオンの知らない内に森の地中に埋めた犯人はわかった。だが問題は二人がなぜそんなことをしたのか、ということだ。ただ叱りつけてコアを取り戻すだけなら簡単だが。
「……ニア、ミア」
俺は屈んで二人と目線を合わせる。二人はとてもいい子だ。我が儘を言う機会を選ぶし、邪魔はしたくないと思っているようで聞き分けもいいし、素直だ。だがそんな二人の優しさに甘えてばかりでは年上として恥ずかしい。人として誇れるような人生は送ってきていないが、こういう時くらいは真剣に話を聞くべきだ。
「……なんでコアを隠したんだ?」
俺が目を合わせて尋ねると、今度は知らんぷりをしなかった。目を泳がせて迷っているようだが、しばらくじっと見つめているとやがて観念したように口を開く。
「……くれと、またあぶないとこいく」
「ひとりでがんばって、おいていっちゃうの」
二人の言葉を聞いて、僅か目を見開いた。コアを隠したのは、俺を心配してのことだと言う。
「……危ないとこ?」
「多分、神のダンジョンを攻略した時のことじゃないかしら? あの時、クレトは私も連れていってくれなかったものね」
だが抽象的だったので首を傾げると、なぜかメランティナの棘ある言葉が返ってくる。表には出していなかったが俺が独りでダンジョン攻略に挑んだことを根に持っているようだ。
「……そっか」
二人が俺を心配してくれたことは、なんというか嬉しい。元の世界で俺のことを心配してくれるヤツなんて、ただの一人もいなかったからだろうか。
だが、今回に関しては完全に二人の思い違いだ。
「……ニア、ミア。聞いてくれ。俺の巨大ゴーレム造りは、誰にも邪魔されない拠点を手に入れるためだ。静かに暮らすため、戦わないためのな」
そういえばそういう話はしていなかっただろうか。俺は別に成り上がりたいとか、最強になりたいとか、無双したいとか、魔王を倒して世界を救い称えられたいとか、そういうのは一切ない。トラブルに巻き込まれないように、一所に留まらず一々拠点を造り直さなくていいから、という理由での巨大ゴーレム採用だ。
「……ほんとに?」
「あぶないことしない?」
二人は俺の話をちゃんと聞いてくれた。
「……ああ。少なくとも、戦うためにゴーレムを造ったんじゃない」
むしろその逆だ。それがわかったのか、二人はどこかほっとした様子だった。
「……だから、遊ぶのは後でもいいか?
「……ん。だいじなの、かくしてごめんなさい」
「ごめんなさい!」
俺の気持ちを理解してくれた二人は、素直に頭を下げて謝った。そんな二人の頭を撫でてから、俺はコアのある場所にネオンと向かう。地中に埋められたコアを『母なる大地』で掘り出した。
二人と遊ぶ予定が出来てしまったので、拠点の内装造りは夜になるな。
と思いながら拠点まで戻ると、
――ッッッゥゥゥウン!!!
古龍の森全体が震動した。いや、地面は揺れていない。空が震えたみたいだ。……なんだろう。凄く嫌な予感がする。背筋がぞわぞわして、胸の奥が重たくなってくる。
なんらかの異変が起きていることに間違いはないが、警戒する俺達の下に仮面をつけた梟がやってきた。
「約束の時である。災厄が訪れた。――汝らに迎撃を要請する、との御言葉である」
古龍の伝言を俺達に告げる。……クソ、やっぱりか。あの野郎俺達がいる間に災厄が来るとわかってて滞在を許しやがったな。
折角ゴーレムが完成したんだ、こんなところでここがどうにかなってしまうのはマズい。古龍に協力するしか、俺達に道はなかった。そもそも断ったとしたら古龍の結界内から追い出されてしまって結局対処することにはなるだろうし。
「……なにが来たかはわからないが、とりあえず戦えるヤツ全員集めるか」
「古龍様は全員での対処をお望みである」
ニアとミア、ユニという戦いに慣れていないヤツを拠点に待機させようと思ったが、梟が口を挟んできた。……チッ。どういうつもりか知らないが、逆らえばどうなるかわからないか。
「心配しないで、クレト。ニアとミアやユニちゃんのことは守るから」
拠点から出てきていたメランティナが言ってくれる。彼女ほどの強さがあればおそらく大丈夫だろう。拠点に置いていけば、逆に古龍が人質として狙ってくる可能性も出てきた。
「……ああ、頼む」
とりあえず古龍の言う通りに全員を集めて、古龍の森を襲った衝撃の発生地点へと向かう。どうやら結界に阻まれたと見て結界を攻撃しているらしい。集めている最中も空が揺れていた。
戦えるヤツらは全員臨戦態勢に入り、結界外で暴れているヤツを待つ。距離的には見える位置だが、結界内から結界外の敵は見えなくなっているようだ。古龍の張っている結界は、あと少しで破壊される。
そして遂に、結界が砕け散った。
「……っ!!?」
拳を振り抜いた姿で立っていた災厄を見た瞬間、全身が凍りつく。全身の毛が逆立ち、急激に気温が下がったように感じた。背中に嫌な汗を掻く。かちかちという音が自分の歯から発せられていることに気づくまで、幾分かのタイミラグがあった。
――橙がかった長髪を持つ小柄な少女。男物の白いシャツを着ているがサイズが合っていないので二の腕までずり下がっている。履いているデニムのショートパンツが隠れそうになるくらいだ。
俺は、彼女を知っている。知らないわけがなかった。だがあり得ない。ここは異世界だ。俺がいた、元の世界じゃない。だが白い悪魔が生み出したような幻とは違うと、俺にはわかってしまう。間違いなく本物だ。本物でなければどれほど良かったか。
「――あはっ♪ やっぱりだ。ここにいたんだね、お兄ちゃん♪」
彼女が俺を見つけて嗤う。頬を染めて恍惚とした表情で、うっとりと頬に手を当てて。
……なるほど、災厄というのも言い得て妙だ。俺にとっては最低最悪の災厄。できれば二度と会いたくなかった。
こうして俺は、二度と会う気のなかった妹の夕化と再会したのだった。
第一章が67話も続いていたとは思えないほどの急展開