ぼっちは拠点を造る・続
作業を中断して食事にしてから、俺達は一旦休むことにした。古龍の森を目指して休みなく試練、探索と続いたこともあり疲れている者も多かった。古龍の森まで行く間は夜見張りを立てていたが、古龍の森でなら襲われる心配はない。……まぁ夜襲を仕かけないとも限らないのだが、流石にそれはないという結論に至っていた。
なので全員揃って野宿である。いくら俺がなんでも『模倣』できるからと言って、建築の神の建築模様なんかを『観察』していない限り一日で拠点を造り上げるなんてのは無理だ。がっかりした様子はなく、むしろ安心した様子だったのはなぜだろうか。
兎も角、今となっては馴染みとなった携帯テントを取り出してその中で就寝する。冒険者が多数いるので何人かが持っていなくてもなんとかなっていた。
ここ最近は旅をしている関係で寝る時はずっとテントなのですっかり慣れてしまった。最初の頃は背中に地面の硬い感触がして寝にくかったのだが、今では気にならなくなっている。だがベッドの柔らかな感触が恋しい気持ちはある。……やっぱり移動式の家が欲しいな。引き籠もりながら旅ができるんなんて最高じゃないか。
「……とはいえ、先に家造りか」
移動式の家は巨大ゴーレムが完成したらの話だ。まずは生活基盤を整える拠点が必要だ。
昨日は地下の研究室の大枠と建物の土台を造った。
今日は土台に柱を立てる作業からか。
事前に『全知全能』が作成した設計図通り土台に柱を立てる用の穴は作ってある。穴は地面よりも深く、立てたら固定する。普通なら建築様式に合わせて固定に創意工夫を凝らす必要があるのだが。俺が創る場合は気にする必要がなかった。
柱を『母なる大地』で創り、『神鋼化』でオリハルコンに換える。柱と土台のオリハルコンを操作し、結合させる。そうすれば固定できるわけだ。俺以外ではスキルを『模倣』したガイアかオリハルコンを操るヤツしかできないことなので、建築に使われることは一切ないだろう。というかオリハルコンを生み出せなかったらこんな建物一つをほぼオリハルコンで建てることなんかしない。
「……一階の高さは、四メートルくらいでいいか」
俺達の中に所謂巨人や身体の大きな種族はいない。四メートルも高さがあれば天井としては充分だろう。天井が低いと閉鎖感があるそうだし、俺は良くても狭いのが嫌なヤツがいたら面倒だ。人数が多いと気持ち大きめの方が狭く感じなくていいと思う。
次は天井兼二階の床の骨組みを造るか。と言っても柱と柱を横の棒で繋げるだけだが。柱を横向きに設置するわけではないので、難しい点が存在する。
「……」
俺はミスティの能力である紋様のような黒い翼を生やして地上から四メートルの位置に目線を合わせた。
『こんなことに私の能力を使わないで欲しいんだけど』
ミスティが呆れた声で文句をつけてくるが、便利だったんだから仕方がない。まぁミスティの能力じゃなくても色々と手はあるが、これが一番使い慣れていて滞空しやすいんだ。
『……まぁ、役に立てたなら光栄だわ』
なぜかあっさりと矛を収めた。多分元からそこまで気にしていなかったのだろう。
微妙な横槍はあったが、俺がこうして飛んでいるのは一階の天井部分の骨組みを真横に設置するためだ。自由に変形可能が故の弊害というか。俺が端折ったせいというか。
床部分にもなるので斜めにするわけにもいかないのに、同じ高さに骨組みを造るための窪みを作っておかなかった俺のせいだ。自動自得だが、全くの平らにするのが少し難しい。下からじゃなくてしっかり横から見ないと絶対に無理だ。
「……」
俺は集中して柱からオリハルコンを伸ばし綺麗な四角の横棒を作る。神経を使う作業だったが、それでもなんとか作業を終えることができた。……クソッ。物凄く時間がかかっちまった。もう二度とやらん。
作業終了後にはげんなりしてしまっていた。
「クレト。ご飯出来てるから、お昼にしましょう?」
俺が作業を一段落させたタイミングを見計らってか、メランティナが声をかけてくる。丁度一息吐こうと思っていたところだったので、有り難く頂戴した。遅れてやってきたニアとミアが泥だらけで、メランティナに顔と手を洗ってくるように言われていたのが印象的だった。旅をしている最中とは違って思い切り外で遊べるから楽しいのだろうか。なら少しでもここに来た甲斐はあったというモノだ。
「クレト。拠点の建築具合はどうだ?」
俺が独り黙々と食べていると、セレナが隣に腰かけて尋ねてきた。
「……まだ全然だな。コツを掴むまではしばらくかかりそうだ」
「そうか。すまないな、クレトにばかり任せてしまって」
「……いや。どうせ俺の能力でしかできないしな」
「それはそうだが……そうだ。なにか事前にやっておいた方がいいことはないか? 拠点造りを任せている代わりに、なにか手伝えることはないだろうか」
セレナは所謂よくできた人だ。気配りもできる。なぜこれまで男の影がなかったのかが不思議なくらいだ。女性限定パーティのリーダーということもあって男は近づきづらい雰囲気があったのだろうか。まぁフィランダは男を遠ざける部分があるし、その影響もあるのかもしれない。男と関わりがあるとフィランダとの関係がギスギスしそうだとでも思っていたのかもしれない。こればかりは本人に聞かないとわからないが。
ならなんで俺は大丈夫なんだろうか。フィランダからの一定の信頼でも得ているのか? そんな気はしないが。最初から一貫して変わりない距離を保っている感じはある。逆に言えば突き放したり拒絶したりはしていないということなのだろうか。……考えてわかるわけないか。
「……今は特に思いつかないな。またなにかあったら言う」
「そうか。なら、その時が来たら遠慮せずに言ってくれ」
「……ああ」
ほら、できる人だ。俺にはこんな気遣いなんてできやしない。そもそもやろうとすら思わない。人間性の違いと言われてしまえばそれまでか。
しかし他のヤツに頼むようなことはあっただろうか。いや、家具作りは俺が創れない材料があるかもしれないな。ただそれならこの森に材料があるかも怪しいか。まぁまずは拠点を完成させてからだな。
食事後、俺はすぐに拠点造りの作業に戻った。ニアとミアが遊んで欲しそうにしているのには少し後ろ髪を引かれたが、これも二人に寝心地のいい拠点を提供するためだ。心を鬼にして作業に取りかかる。
次は壁を造る作業だ。これは地下室を造っていた時とほぼ同じで、煉瓦を積み上げていく。
ただ柱がオリハルコンの色に固定されてしまうのはあまり良くない。俺はあまりデザインセンスがないのだが、それでもダサい気がする。地下室は気にならないのだが、外から見た時の違和感がある。
オリハルコンの色を変えることが可能なのかはわからないので、『全知全能』に尋ねてみた。
――可能。オリハルコンとは、この世で最も魔力を通しやすく魔力に影響されやすい鉱石。属性を付与すれば、属性毎の色に変化する。
との回答だった。つまりオリハルコンに属性を付与すれば色を変えられるということか。
……オリハルコンに属性を付与するってのは、その属性の魔力を込めればいいのか?
――左様。
『全知全能』の答えが返ってきたので、柱の一本に手を当てて魔力を込めてみることにする。ただし、普通の魔力じゃダメだろう。オリハルコンは最高の鉱石だ。強い魔力でなければ失敗する可能性もある。神もどきから『模倣』したスキルで魔力を込めてみることにしよう。
後はどんな色にするかだが。煉瓦の色と同じような色にできればいいなとは思う。煉瓦は暗い赤茶色という風な色合いだ。これなら少し明るめの赤でもいいかもしれない。それか逆に焦げ茶色とかか? ……俺は白黒の服装ばっかりだったし、ホントにセンスは保証できない。ダサいって言われたら色を変えよう。
悩んだ末、黒を目指すことにした。……結局そこに行き着くのか俺よ。
まぁ属性毎の色合いも、試さないで考えていたので属性イメージカラーで考えていた。赤なら炎、茶色なら土という風に。おそらくそういう考え方で合っていると思うので、黒っぽい色にしたいなら闇属性にすればいい。と考えたわけだ。
闇属性を使ってきた神ボスは、ヘラが該当する。
神話上でもそうだったが、ヘラは夫であるゼウスが浮気したら浮気相手や浮気相手との子供を殺すぐらいのことはする神だ。他にも色々な逸話はあるはずだが、嫉妬深い女神として有名である。
要は病み=闇という図式なわけだ。ソシャゲとかでよくある分類のし方だ。
ヘラから『模倣』したスキルは三つ。
『ヘラ』。神の名を冠したスキル。全ステータスを大幅に引き上げる。闇を扱う上で最高位に位置するために闇を相手が使おうとした場合即死させることが可能。一夫一妻制を推奨するため、複数人の異性と関係を持つと悲惨な末路を辿る確率が上がっていく。
『嫉妬深き女神』。相手を強制的に縛りつける愛の重さの証。重力制御と闇操作を可能とする。
『英雄の母』。偉大なる英雄の母たる証左。英雄の素質を持つ他者の能力を大幅に引き上げることができる。また、英雄の素質を持つ者に試練を与え、試練に応じた能力を獲得させることができる。試練は必ず一人で行わなければならず、一度受けると試練を終えるまで試練用の空間が出ることはできない。
……『ゼウス』に引き続き、『ヘラ』まで末路に影響するスキルだ。この二つのスキルを『模倣』してしまったせいで、俺はもう悲惨な末路を迎える運命にあるんじゃないかとすら思えてくる。関係を持っているという点ではメランティナがアウトっぽいくらいだが、正直この状況がもう危うい。嫉妬深いとつくくらいだから相当だろうし、異性と一緒にいる時点でアウトの判定を食らってもおかしくない。まぁ幸せになる気もあんまりないからそこまで気にしなくてもいいかもしれないが。
兎に角、『嫉妬深き女神』のスキルがあれば闇の魔力が使える。それも神の次元の。
早速スキルを発動して闇の魔力をオリハルコンの柱に注ぎ込む。集中して柱全体に行き渡るようにしていると、水晶のようなオリハルコンの輝きが漆黒に染まっていく。……なんか厨二チックだな。
やがてオリハルコンは真っ黒に染まった。ここに地下室と同じ色の煉瓦の壁を造る――まぁ、悪くはなさそうだな。俺の感性では、だけど。割りと地味めな色合いにはなるが、あまりにも派手なのは俺がいたくない。俺はオタクだが、地元が舞台のアニメのキャラクターが電車とかに貼ってあるとその電車に乗るのが恥ずかしくなるタイプだ。完全に内気オタクである。ヘタレとか言うな。
とりあえず地下室のも合わせて全ての柱を黒色に染めてみた。……地味。
まぁいいや。ここからは今日中に一階の煉瓦の壁を造り終えてしまおう。コツは地下室を造った時になんとなくわかっている。効率良く進めていけば、ステータスのおかげか疲れ知らずの今の俺ならいけるだろう。自信ではなく、単純な予測だ。
その後も俺は独り黙々と拠点造りの作業を進め、夕飯までに一階の煉瓦の壁を造り終えるのだった。
「かなり出来てきましたね。一週間で一つの建物完成するくらいですかね?」
夕飯後、建物の状態を確認していた俺に話しかけてきたのは、クリアだった。
「……ああ。建築方法までは俺も知らないからな。大分適当だが、それなりの形にはなってるだろ」
「形になってるどころか、素人仕事じゃないですよ。神の試練で一体どれだけ強くなったんですか?」
建築と強さは関係ないんだが。クリアは俺が神の試練でどれだけの戦いを経たのか知りたいらしい。隠すほどのことでもないんだが、仮にも神の名を騙る敵を倒したのだ。それがこの世界の人々にどんな精神的影響を与えるかわからない以上、迂闊に話すべきではないと思っている。話して「異端者だ! 殺せ!」なんて追いかけ回されるのも嫌だしな。
「……便利な能力はいっぱい手に入れたんだけどな」
「物体をオリハルコンに換える能力、とかですか?」
よく見ている。
「……ああ。建物の骨組みにしてみた。木の方がしなりがあるから耐久性は高いが、まぁオリハルコンほど硬ければ折れるようなことはないだろ」
耐震性とか全然考慮してなかったな。まぁ地球という世界で考えるとあり得ないことだが、この世界に地震は存在しない。大型のナニカが地鳴りを起こす程度のモノだ。なにせ、今俺が立っている地面ですら宙に浮いているんだからな。地殻変動とかあるはずもない。
「贅沢な拠点ですねぇ……一時凌ぎにしては。長く暮らすつもりなんですか?」
「……いや。ただどれくらいの期間で完成するかわからないから、ちゃんとした拠点くらいはあった方がいいだろ。下手に簡易すぎて長くいることになった時、面倒だ」
「それもそうですね。じゃあもし手伝いが必要になったら、初日の時みたいに言ってください。なんでもしますからね」
「……そうか」
クリアがやれそうなことは今のところ思いつかなかった、ので明日の作業予定を考えつつ今日は休もうかと思ったのだが。
「クレト? 私今“なんでも”、って言ったんですよ?」
「……ん?」
「はぁ……。普通私のような見目麗しい美女がなんでも、って言ったら食いつくところじゃないですか? 年頃の男子的には」
なぜだか盛大にため息を吐かれてしまった。確かに思春期男子なら食いつきそうな文言ではあるが、俺には今やるべきことがある。あと俺はあんまりそういう期待がない。
「……まぁ、そうなんじゃないか?」
「適当すぎます」
クリアは拗ねたように唇を尖らせているが、特に興味もないのであまり取り合わない。そうしていると、不満そうに立ち去った。
と思ったら寝る時になって俺のテントに潜り込んできやがった。仕方がないのでそのまま寝たら、朝になった時ニアとミアに狡いと言われてしまった。……クソッ。どうせなら二人の方がマシだった。他のヤツにも睨まれるし。
それからは夜に一部のヤツだけ代わる代わる一緒に寝ることが決定してしまった。クリアのヤツ、余計なことをしてくれたモノだ。
そんなこともありつつ俺が拠点を完成させたのは、造り始めてから丁度一週間経った時のことだった。




