ぼっちは阿修羅と相対す
阿修羅は俺が部屋を歩いていくとゆっくり立ち上がり、六本腕で一斉に武器を構えた。
……元の世界なら鬼神に当たる阿修羅の強さは想像に難くない。
今までの相手が神に匹敵する、そしてここからが神そのモノを相手にするとか、そういうことではないといいのだが。
「……全ての体躯」
とはいえ、俺がやることは変わらない。
全ての体躯を『模倣』し身体能力を大幅に上昇させた状態で様子見を行う。強化能力は随時使っていこう。
まずは一発目。
俺は上がった身体能力で阿修羅の眼前へと跳び剣を叩きつけるように突撃した。しかし阿修羅には俺の速度が見えているのか、六本腕の武器を交差する形で受け止められる。力を込めてもぴくりとも動かせない。そうこうしている内に阿修羅が六本腕に力を込めて俺を弾き飛ばした。気がついたら地面に激突して階段付近まで飛ばされた格好だ。
『未来予測』で見えていた結果とはいえ、キツいな。まさか全ての体躯を使った上で押し負けるとは。向こうが強化スキルを使った様子がないので、地力で劣っていると考えられる。……俺、ここまで戦ってきたモンスターの全ての身体能力を足してるんだが。まぁ種類毎にまとめられてしまうので全てという表現は正確じゃないにしても。
『未来予測』は「自分がどういう行動をしたら相手がどう対処してくるか」を予測するスキルだ。俺が真っ直ぐ突撃しよう、と思ったら六本腕に阻まれて力負けして吹っ飛ばされる、という結果が頭の中に映像として思い描かれる。これを使ってなにをしても勝てないとわかれば、逆に絶望しかねないスキルだ。
とはいえ、このままでは勝算が見えない。
「……とんでもないな」
ゆっくりと立ち上がる。背中を擦ったが道中で『模倣』した『超速再生』によって完治していた。
次は速度重視の『疾風迅雷』と力重視の『鬼帝力皇』を発動させる。
赤黒いオーラと風雷を纏うと、僅かに阿修羅の警戒心が高まったように思う。
しかし強化スキルは使ってこない。まだ対処可能と見たのか。
「……ふっ」
ばりっ、と放電しながら加速する。駆けた後に股下を潜って阿修羅の背後を取った。背後からの攻撃なら通ると思い跳んで背中を斬りつけてみるが、攻撃が当たる前に一番上の腕二本で持った武器を交差して阻まれてしまう。……いくら強いからってさっきよりも強化した一撃を腕二本で止めるか。
どうやらまだまだ余裕らしい。押し返されはしなかったものの、そのまま二撃目を叩き込んでも背中に目があるかのように防がれてしまう。というかこいつ正面の顔含めて目を瞑っている。それで尚俺の動きがわかるのなら、死角がないのだろう。
俺は受けられた武器に剣を叩きつける形で一旦後方へ大きく跳んだ。その間に阿修羅は足元の台座ごとこちらへと向いてくる。……あの反応速度ならすぐに振り向いてきてもいいはずだ。俺の動きを見切ってるなら尚更先読みして動くべきだろうに。
「……動かない方が強化されるスキルとかか」
不動明王とかが持っていそうなスキルだが。腕は動かさないといけないため、足だけを動かさないで戦う必要はあるのだろう。
となればあいつは俺の出方を窺いそれに対処するように戦うのが常だろうか。
……仕方ない。
倒した後に充分な休息を取る必要は出てきてしまうが、勝たなければ先に進めないのだから仕方がない。
これまでに『模倣』してきた中でも強い強化スキルを複数使うしかないだろう。
「……『獣人覚醒』プラス、『昇華』」
先に『模倣』で狼らしき獣人となるのも忘れない。身体を覆う体毛が増え、そしてそれらが金色に輝き出す。
「……鬼神様は、今まで戦ってきたボス達総動員に勝てるんかね」
俺は薄ら笑いを浮かべて続け様にスキルを発動する。
八十一階層で『模倣』した『牛頭剛力』と『馬頭豪力』。加えて六十階層ボスから得た『天駆ける聖帝』によって背中に光の翼が生えた。
まだまだあるが数え切れないので一旦ここまでにして。
地面を蹴って背中の翼による超高速飛翔を行い剣を振るう。阿修羅は六本腕で受け止めようとするが、俺の『未来予測』にも結果は出ていた。
赤褐色の巨体が数メートルとはいえ吹っ飛んだのだ。
流石の阿修羅も突っ立っているわけにはいかず、着地のために膝を曲げてしまった。つまり、動かないことで効果を発揮するスキルなら追撃のチャンスというわけだ。
俺はそのまま飛翔して交差したままの武器に剣を叩きつけるようにもう一発当ててやった。さっきよりも軽々と吹っ飛んでいく。それでも体勢を崩さないのは流石だったが。
「……動いたな」
俺はここぞとばかりにせせら笑ってやる。手加減しているからこうなると思わせて少しでも本気を出してもらおうという目論見だ。
「見事」
阿修羅は六本腕を下げて口を開いた。……え、喋れるの? というかかなりイケボだった。顔は兎も角声がカッコいいとは狡い。
「汝を我が宿敵と定め、いざ尋常に勝負せしめん」
そう言うと足を大きく開いて腰を落とし、六本腕を構えた。赤黒いオーラが立ち昇る。鬼が使う強化スキルに似ているが、俺の持っている仲で最上位の『鬼帝力皇』より上位だろう。
「『神器解放』。汝との撃ち合い、心ゆくまで楽しもう」
手に持つ六つの武器がそれぞれ輝きを放つ。あれが全部神器らしい。『神器解放』はこの間エルサが入手した弓にも備わっていたが、神器本来が持つ能力を最大限解放するというスキルらしい。
「……ミスティ。三十秒だ。《羽を開け、心を喰らえ》」
『わかったわ。存分に、クレト』
言われるまでもない。
左手に持った漆黒の剣から黒い光が漏れ、なにかが俺の手を、腕を、身体を侵蝕していく。やがて頭まで黒い筋が到達すると、感情が消え失せすっと思考が冷静になった。光の翼も左翼だけ黒い紋様に侵されている。
「参る!」
阿修羅は言って俺へと肉薄し、右側の三本を振り下ろしてきた。俺はそれを片手で切り上げ、弾き返す。渾身の一振りを弾かれた阿修羅は体勢を崩しつつも俺から目を逸らさない。強靭な体幹によってそのまま右一番下の斧を振ってくる。残り二つは上からだ。それらを一振りでまとめて薙ぎ払うと、両腕の武器を弾かれた阿修羅へと飛んだ。そのまま右腕三本を二の腕から斬り飛ばして背後に回り込み、後ろから左腕三本も切り離す。
一旦阿修羅から距離を取った。流血しないのは神だからか、文字通り血が通っていないからだろう。
距離を置いた僅かな間に腕が再生していた。いや、再生と言うには妙な治り方だ。切り落とされた腕が光の粒子となって消え、切り口に集まっていって腕を形成した。一緒になって武器も戻っている。
「我を此処まで追い詰めたことに敬意を表し、名を聞いておこう。人の仔よ」
「……クレトだ」
「クレト。汝は我が全てをぶつけるに値する。我は阿修羅。鬼神にして軍神。戦において我に勝る者なし」
宣言のような言葉に応じて阿修羅の空気が変わる。身に纏う空気もだが、室内の空気もひりつくようになっていた。
「いざ!」
同じように接近してからの右腕三本で攻撃してきた。確かに先程より速くて強いだろうが、邪精霊による強化が残っている内は対処可能な範囲だった。
しかし『未来予測』をしてみて、エラーが表示されたことに驚く。
「……ミスティ。もう十秒追加だ」
俺は念のために時間延長を頼み、攻撃へと剣を振り弾き返そうとした。しかし剣と武器が触れ合った瞬間に俺が吹き飛ばされる。地面を無様に転がり、光の翼によって急停止させた。そこに阿修羅が肉薄してきており、横薙ぎの一撃を移動して回避する。だが上の腕で攻撃してきたのを剣で払おうとすると、なぜか俺が吹っ飛んだ。
……わかってきたぞ。
『超速再生』によって重傷は負わないが、非常に厄介な能力だ。
「……文字通り戦において勝る者なし、か」
おそらく攻撃した場合に自分が勝つ、というような能力だろう。どんなチートだ。
ならば『未来予測』で回避しまくるしかない。
俺は絶対に打ち負けるというエラーを表示し続ける『未来予測』を再起動させ、俺が敵の攻撃を掻い潜るように予測を立てさせる。だが、変わらずエラーが表示された。
「……くそ、回避や防御すら意味をなさないのか」
とんでもないスキルだ。いや、これをスキルと呼んでいいのかすらわからない。そんなありふれた呼び方でいいのかと思う。
だが回避自体は可能だった。定義としては、おそらく移動しながらなら回避が可能なのだろう。その場で留まって避けようとすると攻撃を受けてしまうのかもしれない。実際に試してみたくはないが。
因果応報と言うべきか、オーガロード〈神至〉が最後に取ろうとしていた行動と同じ手を使うしかない。
つまりは、『超速再生』を切った上で瀕死の状態から『逆境』を発動し一撃を叩き込む。
痛いのは遠慮したいが、咄嗟に思いつく手がそれしかなかった。
……感情が喰われてる今なら恐怖はない。
俺は残念ながら死ぬ度胸のない弱い人間だが、今なら強がらずともやり過ごせる。
俺は迫りくる阿修羅に対して両腕と首から上だけは残るように攻撃を受けた。抵抗はしていないので上手く受けられたが、六つの武器によって切り裂かれる激痛を脳に訴えてくる。普段の俺なら正気を保っていられなかったかもしれない。だが感情を明け渡している今なら、問題ない。心臓すらない状態で何秒息があるかわからない。瞬時に翼で位置を調整して『逆境』を発動。両手で柄を握り上段から剣を振り下ろした。阿修羅は六本腕を振るった後だったので抵抗できず、頭から真っ二つに裂けた。
俺はすぐに『超速再生』を発動させて息絶える前に身体を戻す。そして失った身体の衣服を着直した。替えを持ってきておいて良かった。特に下着。
「天晴れ」
阿修羅はまだ話せるようでそう一言言ってきたが、やがて力なく倒れた。部屋の中央の台座上に宝箱が出現したので、討伐完了と考えていいだろう。全てのスキルを解除した。阿修羅の死体を道具袋に収納し、恒例の入手したモノチェックタイムといこうか。
とりあえず先に宝箱だ。台座の方へ歩き宝箱を開ける。長めの白いマフラーが入っていた。『鑑定』すると阿修羅の襟巻きと表示される。
今回の戦利品には阿修羅の使っていた六つの神器も含まれる。スキルも強力そうだったので言うことなしだ。
まずは『模倣』したスキルから見ていこう。
『不動の鬼神』。これが台座で突っ立ったままながらに俺の攻撃を受け止めていたスキルだろう。
『天下無比の鬼神』。これが『鬼帝力皇』の上位互換、強化スキルだろう。
『阿修羅』。スキルというか神の持つ権能に近い。ステータスの大幅上昇などは置いておいても。自分の攻撃を必ず成功させる効果がある。攻撃が相殺されず、回避を不可能とし、防御の上から叩き潰す。そんなスキルだろうか。
後は細々としたスキルだ。攻撃した時に斬撃が飛ぶ『鬼神撃』。全方位が視えるようになる『心眼』。効果がよくわからない『三面六臂』。発動しても阿修羅みたく腕や顔が増えなかったので、効果がよくわからない。
次は阿修羅の襟巻きだ。『自動洗浄』や『自動修繕』はもう必須スキルなのだろう。
『力場』、『殺気』、『鼓舞』、『軍神の旗』。
足場が悪くても力が発揮できるようになる『力場』。
殺気を発して威圧できる『殺気』。下等生物なら即死する。
戦場において味方のステータスを上昇させる『鼓舞』。
『鼓舞』と同じような効果をした『軍神の旗』。しかしこちらの方がとんでもない。
とはいえ今は必要ない効果が主体のようだ。
しかし攻撃力が上がるので身に着けておこう。長いので首にかけて前で交差させ後ろに流すだけにしておく。これはこれでなんかのキャラのコスプレのようだが。
神器は神が使ったとされる、または神の力が宿るとされるアイテムだ。
元になった神と同じような能力を持っていることが多い。
まず不動明王。鎚で名前そのままの『不動明王』というスキルがあり動かない状態で振るえば威力が増す。加えて『鬼羅』。オーラを凝縮させた角を形成することで鬼でなくても鬼の力を発揮することができる。『切断武器』は切り落とした部位から再生を封じるスキルだ。一見地味だが強いスキルではある。俺の時は持ち主が死んだから再生できたのだろう。
金剛夜叉明王。槍で『金剛夜叉明王』のスキルは武器による攻撃で耐久値が減らず、自分が受けた攻撃に対して攻撃力が上がっていく。攻撃力上昇は敵ごとに変化する。リザードマン系相手ならリザードマン系全てから受けた攻撃によって攻撃力が上昇するようだ。『金剛体』は自分の身体を金剛へと変化させて防御力を飛躍的に高める。『貫通武器』は防御による阻止を擦り抜ける効果がある。
降三世明王。矛だ。『降三世明王』は使用者が敵よりも大きければ攻撃力の上がる、人には使いづらいスキルだ。巨人の知り合いができたとしたら高値で売りつけたい。『三世一撃』は一回の攻撃で三つの斬撃を放つというスキルだ。『切突武器』は切断と刺突を行った時に威力補正がある。
軍茶利明王。斧で、『軍茶利明王』は味方が多ければ多いほど攻撃力が上がる。俺には関係ないスキルだ。『浄化撃』は攻撃すれば毒や病などの状態異常が治るという奇妙なスキルだ。これがあればもしかしたらネオンの呪いもすぐに解けたかもしれない。『破砕武器』は武器と撃ち合った時に相手の武器の耐久値に大ダメージを与えるスキルだ。俺は基本剣を使うのであまり使わないだろうが。
大威徳明王。錫杖で『大威徳明王』は魔のモノに対して攻撃力が上がる。物理も魔法も上がるらしい。モンスターや悪魔などに効果を持つようだ。『凶悪至極』は呪いの類いの効果を高めることができ、自分では呪いを無効化する。『魔力武器』は魔法による効果を高める効果を持つ。たまに使うかもしれないので、魔法を使う者達には悪いが俺の懐に仕舞っておこう。
最後に阿修羅。持ち主の名を冠する刀だった。『阿修羅』という『模倣』したスキルと同じ名前ではあるが、別スキルだ。常時ステータスを大幅に上げる効果があるだけだった。流石に力関係なく打ち勝つスキルではない。『鬼神の妖刀』は血を啜る度に武器自体の攻撃力が上がっていくヤバいスキル。『怨念集合』を使い殺してきたモノ達の怨念によって一時的に攻撃力を上げることもできる。『模倣』したモノと同じかはわからないが、『三面六臂』もあった。左右からの攻撃に強くなり、正面として受けることができるようになるスキルだ。もしかしたら同じなのかもしれない。
とまぁ、これくらいだった。ちなみに神器には『自動修復』と『不可侵』がついている。『不可侵』は何者にも壊されず傷つかずに錆びることもないというスキルだ。
世の中の鍛冶屋が廃業しそうな武器達である。
とりあえずは今使っている剣があればいいので道具袋に入れておこう。
神器に付与されたスキルも『観察』できれば『模倣』可能なので、スキルだけは『観察』しておく。
魔力を消耗したので充分に休憩しつつ、次の階層へと向かっていった。




