偽者は借り物故の活路を開く
風鈴亭三階にある俺達が泊まっている部屋の隣で、ディストールにおけるほぼ全ての解呪魔法が揃っていた。
それは使用者であり、書物である。
該当ページを開かれた書物が俺とメランティナ、ニアとミアのいる部屋の奥に置かれている。書物を挟んだ向かいには、この街にいる解呪の魔法が使用可能な者達が並んでいた。
「……今から一人ずつ解呪の魔法を使っていってくれ。なんの魔法かも含めてな。クリア、見本」
俺は集まった者達を見ずにいい、打ち合わせ通りクリアに口火を切らせる。
「『聖泉魔法』のディスペルスプラッシュ、アンチカース・セイントアクア、カースドクリアです」
クリアはそう言うと、三つの魔法を唱えてそれぞれを見せてくれる。
……こいつの魔法はここの書物には載っていなかった。本人が言うには、人が言うところの精霊魔法に当たるので、聖泉の精霊を使役できる者でなければ使えないということだ。そして聖泉の精霊はクリア以外の存在を知らないらしい。
ユニは『聖獣魔法』に加えて『一角魔法』と『神格魔法・聖』を駆使できる。その言葉に一部の者達が驚愕していた。後に聞いたところによると、順当な人が使う魔法の中で最も位の高い魔法が『神格魔法』という、神が起こす奇跡にも匹敵する魔法になるらしい。本人が言うにはユニが獣人ではなくユニコーンと種族に入っている理由の一端なのだとか。ユニコーンが駆使する魔法を人であるユニが使えるモノとして置き換えた結果なのだという。
それでも解けない呪いなのだから、余程凶悪なのだろう。
俺の『模倣』はなにかとの契約自体は『模倣』できないが、契約の結果使えるようになった魔法などは『模倣』できるらしい。
例えばユニが聖獣と契約したことで身体能力や魔力を著しく上昇させているとして、その上昇は『模倣』できない。
スキルで分けるなら、『聖獣との契約』というスキルがダメで『聖獣魔法』は問題ない。
これはおそらく俺の『観察』で契約自体を見たわけではなく、魔法自体を見たからだと思うが。
まぁそれはどうでもいい。とりあえず魔法自体が『模倣』できるなら今回は良かった。もし契約を横から見ていたとして、『模倣』できるのは契約に使われた魔法だけなのか、契約自体なのか、それとも契約と同等の効果を持つが実際に契約しているわけではない偽者スキルなのか。その辺りも機会があれば検証しておくとしよう。
書物に載っている魔法は使ってもらった上で書物にある記載を読み解く。基本的などの程度の呪いから解除できる魔法、という記載しかなかったが。
……というか人が使える最高位、『神格魔法・聖』でも無理なら普通の魔法じゃ無理だろう。しかしそれら全ての魔法を一つに融合させることができれば、相乗効果で解呪の力が高まるのでは、と思ったのだ。
それで無理なら解呪不可能――いや、もしかしたら呪いでないという見方もできるようになる。
「……これで全部か」
書物に記載されている魔法の中に該当しなかったのはクリアの『聖泉魔法』のみ。『神格魔法』は判明している数が少ないために詳細な魔法情報が載っているわけではなかったが。
それでも情報は充分に集まった。ステータスを確認し、俺が全ての魔法を使えることは確認済みだ。
「……これで全部だな。ならもう行っていい。下でセレナから報酬を受け取れるから」
俺はそう言って集まった者達を解散させると、二階で眠るネオンが待つ部屋へと入れてもらった。五人部屋なので“水銀の乙女"と俺達が入るとかなり窮屈に感じる。
だがセレナ達はなにをやるのか見ないわけにはいかないと断固退室を拒否した。俺についてきていた者達はなにかと理由をつけてここに残っている。
「……まず、俺のスキルについて説明しておく」
奥のベッドで苦しげな表情をして眠る少女、というか幼女。寝ているため正確な髪の長さはわからないが、前髪がパッツンな赤紫色であることはわかった。かけ布団の膨らみから見てもかなり背丈が低いだろう。ニアとミアに並ぶくらいだと思う。もしかしたらそれより小さいかもしれない。
首から上しか見えないが、顔の右半分が黒ずんでいた。それは首まで伝っている。おそらく身体全体に広がっているだろう。
その子を背に、俺は集まっている者達へ告げた。神の試練などという出鱈目なダンジョンが出現した状況下で、数少ないある程度関わりのある面々は重要だ。状況打破のために必要なスキルを持っていれば是非『模倣』させてもらう。Sランクでなければ入場も許可されないような高難易度のダンジョンなので、有用なスキルは根こそぎ『観察』しておきたい。
「……主に俺のスキルは『観察』、『模倣』、『同化』のみだ」
その他『嫌われ者』とか『動物好き』とかいう戦闘において役に立たないスキルは置いておく。
「……対象を『観察』することが条件になるが、『観察』したモノを『模倣』できる。それは魔法やスキルなどに及ぶ」
だからこそ先程解呪の魔法を見せてもらっていた。
「……三つ目の『同化』はあまり関係ないが、モノを風景に『同化』させることができる」
もちろん俺が触れることでしか他のモノは『同化』させられない。念じるだけで『同化』させられるような使い勝手の良さはないが。
「……それであたしの『言霊』が使えて、矢を隠せたってわけね」
『観察』以外の二つをされているエルサが真剣な表情で言った。
「『観察』が起点になるから『罠探知』を見せてと言った」
リエルは最初に俺が「教えろ」ではなく「見せろ」と言った理由にようやく至る。
「……もう後は丁寧に説明する必要もないと思うが、一応言っておく」
俺はそう前置きして今回の思惑を口にした。
「……さっき見せてもらった解呪の魔法全てをフィランダから『模倣』した『魔法融合』で一つの解呪魔法として発動。加えて『魔法詠唱』に『言霊』を込めてその効力を最大まで高める」
これで今俺が持ち得る最高の解呪魔法が発動できるはずだ。
「……そんなことが」
フィランダは驚愕した様子で呟いた。
全ての魔法が使えれば『魔法融合』は絶大な力を誇る。だが人には適正があり、長所と短所があり、個人の持つ才能がある。
だからこそ俺が今話したのは理論上の空論に過ぎない。
だが全てを『観察』し、『模倣』可能になった俺にはそれが可能だ。
「技術を盗まれたのは嫌。でもその結果ネオンが助かるならなんでもいい」
リエルは正直に、しかし明確な意思を告げた。
「私はクレトを信じる」
「当然だ。貴殿がいなければ私達は今頃生きていない」
「仲間のために、仕方なくだけどね」
「魔法を志す者が夢見る奇跡、見てみたいわ」
「私には祈ることしかできません。クレトさんに全てお任せします」
五人は決意を固めたらしく、俺の方を見てそう言ってきた。
「……そうか」
俺はそう言ってネオンの眠るベッドを向いた。
「……これから詠唱に入る。くれぐれも集中を邪魔するなよ」
俺は部屋にあった椅子を引き寄せて座る。そして思いつく限りの詠唱というか単語の羅列を、『言霊』を込めて声に出していく。
「――此れに解けぬ呪いはない」
冒頭は最も強く『言霊』を込めて。
「――聖泉に浄化できぬ穢れなし。聖獣を害することなし。神に届かぬ祈りなし」
俺が思いつく限りのファンタジー知識を詰め込み、詠唱を重ねていく。決まった詠唱などないのなら、俺が長々と作ってしまえばいいのだ。
あらゆるアニメを観て、ラノベを読んで、漫画を読んで回った俺のオタク知識が次々に言葉を紡いでいく。こんな現代ではほとんど真っ当に役立つことのない無駄知識が、異世界に来てこうして人の命を救う一手になる可能性もある。元の世界でオタクをバカにする者共に言ってやりたい。
「あなた方にこの娘を救うだけの知識がありますか?」
最大限バカにした表情で煽ってやりたい。だが関わりたくないので元の世界に戻れたとしても絶対にやらない。
この呪いが解けないわけがないという『言霊』の力によって詠唱の効力が高まり、結果発動する魔法は絶大な効果を発揮する。
この世界で俺にしかできない、掛け合わせの利点。
どれほど時間が経ったのか、もう思いつく言葉がなくなり始めた頃、締めの言葉を発した。そして最後はこの魔法の名前だ。『魔法融合』させた魔法の名前は“どのスキルにも属さない名前”で“明確なイメージがあれば”なんでもいい。俺が好きに名づけられる。
だがオリジナル満載の名前より、元々あった魔法の掛け合わせた名前を使うとしよう。
「――オールフル・カースドクリア」
この世に存在する全ての呪いを完全解除できるという『言霊』を込めて、その名を口にした。
無事発動に成功したのか、ネオンの眠るベッドに純白の魔方陣が描かれた。そしてこの世のなによりも清らかな光が発せられ、小さな身体を包み込む。光によって彼女の身体に広がった黒ずんだ呪いの後が剥がれて消えていく。
その魔法が収まり魔方陣が消えた後には、穏やかで綺麗な幼女の寝顔があった。
「……呪いが完全に解けたかどうか、確かめてから喜ぶんだな」
俺はそう言って立ち上がると、呆然とした様子の皆の間を擦り抜けて自分達の部屋へと戻っていった。……ああ、くそ。詠唱が長すぎたのか『言霊』を使いすぎたのか、魔力を消費しすぎてふらふらする。もう寝よ。
俺は服を着替えることもせず、そのままベッドに倒れ込む。ほぼ同時に意識がゆっくりと暗転していった。




