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エセ勇者は捻くれている  作者: 星長晶人
第二章 迷宮都市

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ダンジョンに異変が起こる

 ディストールが迷宮都市と呼ばれる所以はたった一つ。


 街中(・・)にダンジョンがあるからだ。


 そしてなぜか攻略しても攻略しても新しいダンジョンが形成される。しかも決まった場所に入り口が出来る。……摩訶不思議なことこの上ないが、その不思議は後回しにしてダンジョン関係で街を発展させるのが人間の図太いところだ。


 今俺が“水銀の乙女(ワルキューレ)”と一緒に潜っているダンジョンもその一つであり、いよいよボス部屋の前に辿り着いていた。“狩り取る旋律メロディ・ザ・リッパー”の連中が来る前に挑んでしまおうと勢いよく乗り込み。


 そして愕然とした。


「……ドラゴン……だと?」


 セレナの呆然とした声がやけに遠く聞こえる。


「あり得ないわよ、なんで五十階層程度のダンジョンでドラゴンなんか出てくるのよ!」


 エルサの自棄になった叫びが全てを表していた。


 ドラゴン。

 それはこの世界において最強のモンスターの一種とされる。見た目こそがたいのいい蜥蜴に蝙蝠のような翼が生えた程度でありながら、その差は歴然だ。

 尻尾まで含めると体長十メートルは軽く超えるであろう巨躯。二本足で立ち悠然とこちらを見下ろしている。身体の腹部側のみ柔らかそうだが、それ以外を覆う紅の鱗は硬いだろう。爬虫類と同じ瞳孔が縦に開いた黄色い瞳が獰猛にこちらを見定めていた。

 なによりその身から放たれる魔力と威圧感が圧倒的強者として世界に君臨していることを表していた。


「スカーレットドラゴン。紅蓮の焔を操るドラゴン」


 吐息と共に火の粉を散らすそのドラゴンを見て、リエルが名を呟く。


「……そんな」


 がくりとアリエーラが膝から崩れ落ちた。彼女達の強さは完全にではないが把握している。それでも心が折れるほどの脅威ということだろう。

 だが俺が『観察』、『模倣』、果ては『同化』すれば問題なく倒せるはずだ。しかし俺独りで戦うのは厳しいかもしれない。『観察』という過程を経ないと発動しない二つのスキルは、言ってしまえば初見殺しに弱い。最悪色々な体躯詰め合わせでなんとかなるとは思うが、俺はあくまで一時的にパーティへ加入しているに過ぎない。


「……セレナ。神級クエストに行ける冒険者らしいが、それでも無理なのか」


 俺はそう聞いていた。ランクなどを含めて改めて信頼の下自己紹介し直した時だ。


「悪いが、私の全力はここでは見せられない。神級クエストをクリアできたのは、単に私に有利な立地のあるクエストを受けたからに過ぎない。その条件は太陽の下、泉や湖など水辺のある場所でなければならないのだ。ダンジョン内ではどちらも望めないだろう。持続時間や効果などが一割程度にまで下がる可能性がある。もし全力を出せたなら倒せるとは思うが」


 セレナは動揺して停止していた頭を回し始め、俺の質問に答えてくれた。……太陽と水辺か。水辺はなんとかなるかもしれないが、太陽はどうするか。


「……リエル。ドラゴンと戦う時に注意すべき点は」

「ドラゴンは最強のモンスター。無尽蔵な魔力と圧倒的なまでの筋力を持つ。鱗はどんな武器をも弾く。しかも魔力障壁という不可視の壁を常時展開していて魔法及び特別な武器が通用しない。まずは魔力障壁を破壊しないと話にならない。でも魔力障壁は一度破壊されても一分で修復される」


 彼女はなにか言いたげにこちらを見てきたが、きちんと説明してくれた。


「エルサ、フィランダ。二人の攻撃で魔力障壁を貫ける威力のあるモノは」

「ないわよそんなの!」

「万全の状態で、全魔力を消費すれば希望が見える程度よ」


 自棄っぱちなエルサと冷静に答えを返してくるフィランダ。……フィランダの魔力量は相当だ。それで『魔法詠唱』を加えた上で希望が見える程度なら、あまり期待できないか。


「クレト。まさかドラゴンと戦うつもりなのか?」

「……戦わずして死ぬくらいならそうする。それにこの難易度設計がおかしいならなにか理由があるはずだ。それを解決しないまま、仲間を置いたまま死にたいならその辺にいればいい。ドラゴンがきっと殺してくれる」


 だが残念ながら俺には勝つ術がある。しかもニアとミアが俺の死を悼んで泣きじゃくるくらいなら死ぬ気で生き延びてやる。


「……だが俺はたかが『罠探知』のために死ぬつもりはない」


 当然だ。俺は仲間のために命を張れるほど高尚ではない。しかしたかだか一スキルのために死ぬほど諦めが良くもない。


「……一応俺独りでも勝てると思うが、これはお前達が挑むべき戦いだろ。仲間の解呪費を稼ぐチャンスだとでも考えろ。普通のダンジョンより稼ぎがいいだろ、このドラゴン倒せば。だがお前達がここで諦めるって言うなら仕方がない。俺独りで倒すから精々巻き込まれないように隅で蹲ってろ」


 俺は言って、独り右腰から剣を抜き放つ。……独りの戦いなら俺に敵うヤツはいない、と自負している。なにせ班行動していた時に独りヤンキーに絡まれたことだってある俺だ。班員だって助けてくれない中、独りで状況を脱する方法を模索していた。

 それが普通。これまでは俺に協力しようなんてヤツはいなかった。


「バカ言わないでよ。いくらあんたが強いからって、ドラゴン相手に独りで戦うとか無謀でしょ。仕方ないから手伝ってあげる」

「……お前が手伝うんじゃなくて、俺が手伝う方になるんだが」

「いいのよ、そんな細かいことは。それより勝ち目、あるんでしょうね?」

「……それはお前達の頑張り次第だ。精々素材換金を夢見て頑張るんだな」

「なんで偉そうなのよ。まぁいいわ、こいつを倒してから文句言うから!」


 エルサが真っ先に立ち直った。単純な彼女だからこそ切り替えは早い。続いて他の面々も気を引き締め直していた。流石はトップパーティだ。


「クレト。基本の指揮は今まで通り私が取る。だがドラゴンを倒す方法は一任する」

「……ならフィランダは通常戦闘に加わらないつもりでやってくれ。準備で全魔力を使うだろうからな」

「わかった。少々厳しいが、なんとか凌いでみせよう」

「……あとセレナの全力は切り札として使うから使わないようにな」

「わかった。制限が多いな。――アリエーラ、防御の加護を!」


 トドメに必要な分は残しておいてもらわないと困る。


「は、はい! ――汝に神の守護があらんことを」


 アリエーラが使用するのは魔法の中でも特殊な魔法だ。おそらくあの偽聖女様も使えるだろうが、神に祈りを捧げることで様々な恩恵を得られるという『神聖術』だ。一応魔法の一種として分類されているが、直接的な攻撃手段は乏しい。代わりに付与や回復などに特化しているとのことだった。


「リエル、正面は私が受け持つ! 撹乱に徹してくれ!」

「了解」


 セレナが剣と盾を構えて突っ込み、リエルが正面から逸れるように駆け出した。

 俺はその間に作戦の要となるフィランダの近くへ向かう。


「……フィランダ。太陽を作るんだ」

「えっ……ああ、なるほど。擬似的な太陽を魔法で作り出し、セレナの全力を引き出せる環境を作るのね」


 流石に冷静なフィランダは頭の回転が速い。というか、ここまで言えば俺の作戦に気づくだろう。


「……そうだ。できるだけ太陽に近づけるために、長々と詠唱して効力を高めるんだ。思いつく限りの表現で太陽らしく作ってくれ。使うのは火と光があればいいだろ」

「……私にそんな大役が、務まるかしら」

「……務まらなければ全員まとめて死ぬだけだ。宿屋で待つ残る一人の仲間も合わせてな」


 俺がそう言うと険しい表情をするが、結局やるしか道がない。


「わかったわ。やってやるわよ。でも太陽だけじゃ足りないわ。水辺も作らないと。けどそれには魔力が足りない」

「……水辺は俺がなんとかする。どっちが失敗してもセレナが全力を出せなくて詰む。綱渡りだな。だが、やりがいはあるだろ?」


 俺が聞くと、フィランダは目を丸くした後に薄ら笑いを浮かべた。


「ええ、本当に」


 よし、これで太陽の準備をさせることができる。後はその時間を稼ぐだけだ。


 壁役をするセレナにはそれまで死なずに余力を残した状態でいてもらわなければならない。……全く。俺独りならここまで考えなくても良かったのに。他人に苦難を乗り越えられるようにさせるのは自分独りで戦うよりかなり難しそうだ。だが彼女達は素人ではない。俺が完全に考えを伝えなくてもある程度読んで行動してくれるだろう。


「私は!? 私になにか指示はないの!?」


 なぜかエルサから期待するような目で見られてしまった。


「……特にない」

「なんでよ! 私だって魔法が使えるんだから!」

「……知ってるが、どっちかというと弓をメインで頼む。なにせ魔法じゃ攻撃が通らない」

「わかってるわよそんなこと! でも鱗に阻まれるし、柔らかいところは避けられるしで矢が効かないのよ!」

「……避けるのか、矢を」

「そうよ! あいつ、私が腹部を狙ってるとわかって鱗のある場所を向けるの」


 最強のモンスターと呼ばれるだけはあって、知能もそれなりにあるのか。


 悠然と構えてセレナとリエルを相手取る中、エルサの弓の軌道を読んで体勢を変える。強者であることに胡坐を掻かず圧倒しようとしているのが伝わってくるようだ。厄介極まりない。


「……なら知性があるとした上で裏を読めばいい。とりあえず撃ってこい。狙いは腹部だ」

「わかったわ。なにやるかは知らないけど、ねっ!」


 俺が言うと即座に実行してくれた。意外と素直だ。弓を番えて矢を放つ。直線的な軌道だからか放つまでが早いその一射に対し、ドラゴンが身体の向きを変えようとした。

 しかしその矢の軌道上に、俺は手を出した。


「バカっ!」


 高速の矢が俺の手を貫く、直前に手を『液体化』させそこを通り抜ける矢を風景に『同化』させる。

 矢は見えなくなり、音も発さずにドラゴンで飛来した。ドラゴンも目で矢を見て避けようとしていたせいか、驚いたようで止まる。ずぷっと比較的柔らかい腹に矢が刺さって姿を現した。

 『同化』の使い方第二段。俺自身ではなく投げたモノなどに『同化』を使用して認識されない攻撃を化す使い方だ。


「えっ……? 今貫いた矢が消えなかった? しかも音まで聞こえなくなって、あんなの『無音射撃』とか『隠蔽攻撃』とかのスキルでもできないのに!」


 エルサが驚愕しているが、それどころではない。俺が矢を消したと理解したドラゴンが俺の方を睨んでいるのだ。壁役よりヘイトを集めてしまったらしい。


「……いいから次だ。注意が逸れる、プラスさっきの要領で大分当たるはずだ」

「あーもう、わかったわよ! その代わり後で説明してもらうから!」


 説明したくないが、とりあえず今は先送りにしてくれたので良しとしよう。


 さて。

 大まかな作戦は伝えた。フィランダには準備をしてもらっている。俺も前線に出るか。


 後はフィランダの準備が整うまで時間稼ぎに徹するだけだ。泉に関してはクリア関連のスキルを『模倣』すれば問題なく再現できるだろう。


「……俺に注意が向いてるなら、丁度いいか」


 剣を抜いたまま駆ける。ドラゴンが首で俺を追っているのがわかった。ぼぉ、と音が聞こえたかと思うと頭を仰け反らせて、紅蓮の焔を吐き散らしてくる。予備動作が大きいから読めるが、範囲が広い。特に横へ広い。しかもご丁寧に走る俺を追ってきていた。他の前衛二人に近づかないように注意しながら、ブレスをやり過ごさなければならない。


 ブレスがやむと今度は赤の魔方陣がいくつも描かれた。確かこの世界では声に出して発動させる都合上、完全な複数同時発動は無理だと聞いていたのだが。どうやら言葉を持たぬドラゴンには関係ないらしい。しかもそれら全てが俺を標的にしている。どれだけ怒りを買ったのだろう。いや、絡め手の得意な厄介な相手と見たか。執拗に狙う相手としては適当だ。


「……剣も弾かれるか」


 俺が魔法を回避しながら剣を振るったら、不可視の障壁が激突の瞬間だけ姿を現した。魔力が少しでも削れたのか、火花のようなモノが散る。とはいえ目にも見えないような傷だ。すぐに修復されてしまっただろう。

 試しに同じ箇所を五回ほど斬りつけてみる。切り傷は出来たがすぐになくなった。……俺が突破しようとなると、全速全力斬りで人が通れる穴を作るしかないか。黒魔導でも突破は難しそうだ。


 しかし今の状態で傷をつけられるなら、いける可能性はある。目の前にいい筋力の持ち主もいることだしな。


 俺は一旦回避に専念し、ヘイトをセレナに渡す。そろそろ俺も泉を再現する準備を始めた方がいい。俺のスキルがバレる可能性はあるが、成功率を高めるためだ。覚えたてのスキルも使っていこう。


 そして、遂にその時がやってくる。


「――サンシャイン・フレア!」


 幾重にも詠唱を重ねたフィランダの魔法が解き放たれた。


 ボス部屋中央の天井に赤と白で描かれた巨大な魔方陣が展開される。魔力の反応を追ってかドラゴンがそちらを見上げて咆哮した。


「……私のありったけの魔力と長ったらしい詠唱の合わせ技。ドラゴンでも発動を阻止することなんてできないわ」


 肩で息をするフィランダは、それでいてどこか満足そうだ。

 やがて魔方陣から白い炎の球体が出現した。しかしそれは落ちるのではなく、宙へと留まる。


「……ここは聖泉の森」


 俺は魔法による清らかな水を撒くのと同時に『言霊』を乗せて風景を無理矢理思い起こさせる。

 俺が想像したのは最初クリアに会った森の風景だ。


「……精霊が集う憩いの場にして、聖泉の精霊が棲まう聖なる泉。偉大なる太陽の温かな光を受ける森の中」


 俺の『言霊』によって撒いた水を中心に森の風景が再現された。しかしここはダンジョン内。長くは持たないだろうがここで『同化』を使い、ダンジョン内を聖泉の森と『同化』させる。これで泉として違和感がなくなるはずだ。


 ドラゴンは突如現れた森に困惑し、しかし敵の攻撃と見て森を燃やそうと口の中に焔をたぎらせ、中断した。


「ありがとう、二人共」


 桁外れな魔力の奔流を感じたからだ。


 凛として立つセレナの身体からは光が昇っている。跳ね上がった魔力が可視化されているのだろう。


「『神意顕現』」


 そして神に匹敵する力を得るための、スキルを発動した。


 それは神の代行者。

 それは偉大なる守り人。


 特定の条件下において、条件にあるモノを守るために振るうことのできる神に匹敵する力。


 それがセレナ含む種族――ヴァルキリーが誇る最強スキル。


 条件下にあれば無敵とまで称された彼女のスキルは、急激な能力向上をもたらすが故に身体の負担が大きい。持続時間もあまりない上に天候などの些細な変化に左右されやすいという弱点がある。

 セレナの背にある翼が大きくなり、彼女の全身を真っ白な幾何学模様が這った。


 光を纏い輝く様は、確かに神のような威厳を示していた。


 哀れなドラゴンはそれでも抵抗しようと攻撃に移るが、それよりもセレナの一撃が早い。

 彼女は剣を振り被るとそのまま振り下ろした。剣の纏う光が大きくなって巨大な刃と化し、そのまま魔力障壁ごとスカーレットドラゴンを両断する。……一撃かよ。やっぱり神級に挑める冒険者が強いな。いいスキルを『観察』させてもらった。


「……ふぅ」


 綺麗に真っ二つにされたドラゴンが左右それぞれへ倒れると、セレナはすぐに強化状態を解除した。帰路を考えれて無駄な消耗を避けるためだろう。


「……なんとか倒せたか」


 片手で通常状態のセレナを容易に吹き飛ばすあの膂力は『観察』できて良かった。魔力障壁も、人で言うところのスキルに当たるだろうからな。それに周りで使い手の少なかった火の魔法なども『模倣』できるだろう。鱗の硬度という防御力よりの『模倣』も増えたので、今まで以上に戦術に幅が出るはずだ。


「クレト! 最後の森は一体どういうことよ! あれ『言霊』だったでしょ!?」


 せっかく危機を乗り越えたというのに、煩いのが詰め寄ってきた。


「……さぁな」

「はぐらかさないで! ちゃんと説明してもらうから!」


 エルサはなぜか興奮した様子だ。倒せたからいいだろうと思うのだが。


「まぁまぁ。彼がいなければ諦めていたかもしれないのだ。今は勝利を喜び、このダンジョンを攻略したという証を立てよう」


 セレナが苦笑しながら言う。俺達はドラゴンの死体を回収しつつ奥に現れた扉を開けた。


「クレトは初めてだろう。ここがダンジョンの本当の意味での最奥。ダンジョンを構築するのに必須とされるダンジョンコアのある部屋だ」


 両開きの扉の先には、四角い部屋があった。真ん中に黒い石柱が立っており、斜めに切り落とされたような断面の上に透き通った丸い水晶が浮いていた。水晶の上には断面が逆向きの黒い石柱が伸びている。

 水晶は淡い光を放ち、室内をほんのりと照らしていた。


「……これがダンジョンコアか」


 今回ディストールに来た目的でもある、ダンジョンコア。この掌に収まるようなサイズの球体でここまで大きなダンジョンを構築できるのだから、異世界技術は凄いと思う。とはいえ原理はわかっていないらしい。触れるとダンジョンを運営するという機能が失われてしまうのだ。しかし触れないとコアの機能を使うことができない。


 つまりダンジョンを運営するコアとしての機能はないが、その希少性とコアに込められた魔力が値段を左右するようになっている。ダンジョンコアとしてではなく魔力の込められた玉として売買されるのだそうだ。


「今回のコアはクレトに譲ろう。私達だけではあのスカーレットドラゴンを突破できなかった。その礼として」

「……いや、いい。これは売り払って解呪費用の足しにでもしてくれ」


 有り難い申し出だが断った。一つ目の目的はそれでも達成できる。のだが。


「なぜだ? クレトがディストールに来たのはダンジョンコアを手に入れるためと聞いたが」

「……それは本当なんだが、なんというかもう一つ目的があってな。なんでも奇怪なゴーレムを作ることができる人物がこの街にいると聞いて、そいつに技術の話を聞くのも目的の一つなんだ」

「まさか」

「……ああ。その人物は、どうやら呪いを受けて動けないらしいからな。先に解呪してもらわないと俺が困る」


 結局は自分のための手伝いだ。とはいえこれなら技術の話を聞くのは簡単そうだ。恩に着せればいいだけだからな。


「なんだ、それで私達に近づいてきたってわけ?」

「……いや、知らなかったんだが」


 多分ミリカは知っていて『罠探知』のスキルを見せてもらうのにリエルを紹介したのだろうな、とは思う。この街に来てからというモノ、彼女に利用されてばかりのような気がしてきた。


「そうか。なら有り難く、このコアは貰おう。今回の礼は、いつか別の形でな」


 セレナは微笑んで言うと黒い石柱の間に浮いた水晶に手を伸ばす。触れた瞬間に淡い光が消えてしまった。やはりダンジョンコアとしての機能は失われるのか。触れずに持ち出す方法も考えておいた方がいいな、一応。


「あと今回のようにたまにだが、最奥のこの部屋の左右にまた部屋がある場合があるのだ。そこには貴重な素材や装備が置かれていることもある。忘れずに見ておくといいだろう」


 セレナは言って、まず左にあった部屋の扉を蹴破る。コアを取ってしまったのできちんと開かないからだろうか。


「勇者の聖剣のレプリカ?」


 そこには如何にも勇者の剣ですよと主張する剣が刺さっていた。部屋の中央に突き立てられたその剣は石化しているのか元々偽者だから石で出来ているのか。なんにせよ石の剣だった。これではレプリカと思っても仕方がない。だが俺と契約している邪精霊が言うには、


『本物よ、これ。れっきとした本物の勇者の聖剣。その一振り。クレトなら抜けるでしょ? 貰っちゃえば?』


 なんて適当なことを言う精霊だ。そんなことをして俺が勇者だと思われたらどうしてくれる。


「でも石になっちゃってたら意味ないわよね。レプリカをこんなところに置く意味がわかんないし」

「けど何者かに石化封印された、そう考えるのもおかしな話よ?」


 エルサとフィランダの推測はどちらも一理あるが、答えは出ない。


「……これ、俺が貰っていいか?」

「え、なに? あんた勇者になんか興味あるの? 顔に似合わず」


 顔は余計だ。そして勇者はもうどこかの街でちやほやされているぞ。


「……今回の報酬として貰って、ぶっ壊す。それだけだ」

「勇者様の聖剣壊したら怒られますよ?」

「……あいつなら笑って許すだろ」


 俺は小声でぼそりと呟いた。そしてもう片方の部屋を見てくるといいと言って五人を追い出す。


『クレト。まずは剣を地面から抜いて。それで封印自体は解けるわ。そうしたら私が剣に語りかけて説得するから、その聖剣に宿る魂を吸収して私の力を飛躍的に上昇させるの』


 とは剣の邪精霊様の言葉だ。最近姿を見せないのは新しい街だから気を遣っているとのことらしい。俺としても有り難いことだが。


「……」


 果たして勇者の聖剣がエセ勇者たる俺の手で抜けるかどうか。

 まぁとりあえず試してみよう。


 俺は石化した冷たい柄を左手で握ると、そのまま上へ引き抜いた。……思っていたよりあっさりと、地面から抜けてしまった。勢い余って半歩下がってしまったくらいだ。

 ばきぃん、という音がして聖剣に施された封印が解ける。表面を覆っていたらしい石片が宙を舞い、紅い刀身の剣が姿を現した。先程とは違って柄が温かい。先程のスカーレットドラゴンに合わせて、焔の力を持った聖剣なのだろうか。


『……ええ、大丈夫よ。彼は勇者じゃないけど、決して人を見捨てるような真似はしないわ』


 ミスティの声が聞こえた。……俺は人を見捨てるぞ? 説得するために嘘をついているのか?


『そう。ありがとう』


 ミスティが説得に成功したのか、聖剣から紅い光の玉のようなモノが出てきて、腰に提げたミスティへと吸い込まれていった。


『この子、小さくて可愛い女の子を守るためならいい、って快諾してくれたわ』


 ロリコン聖剣じゃねぇか。


『名はレーヴァテイン。炎熱系の聖剣では有数の力を持っているわ。その能力も取り込めて、私の剣としての性能が上がったわね』


 呪いみたいなミスティの力に加え、レーヴァテインという焔まで扱えるようになったようだ。スカーレットドラゴンで『観察』した分を含めて焔はかなり強化されただろう。


「ねぇ見てこれ! 凄いの神器レベルの装備なのよ! ……って、ホントに聖剣抜けちゃったの?」


 勢いよく俺に純白の弓を掲げて入ってきたエルサが、俺の手にある紅の剣を見て目を丸くした。


「……ああ。それで、凄い武器なんだって?」


 俺は言って聖剣を掲げていた腕を下ろす。鞘が欲しいと思ったら鞘が出てきたので収めて道具袋に入れた。


「そ、そうなのよ! あっちに六つ装備アイテムがあったから相談して分けてるんだけど、この弓が一番なのよ!」


 物凄く嬉しそうに俺へ報告してくる。一連の関わりで「ゴミ虫」から「誰でもいいから早く自慢したい時の相手」ぐらいには格が上がったようだ。「……そりゃ良かったな」と弓の性能を自慢してくるエルサを邪魔しないよう適当な相槌を打っていたが、割とマジで凄い弓だったので純粋に驚いて聞いてしまった。


「……丁度人数分だったな」


 聖剣一本と六つの装備。まるで俺達が六人パーティプラスついでの独りだとわかっていたかのような報酬だ。とはいえ五人はそんな俺の呟きを気に留めず喜び合っている。性能を聞かされて回ったが、どれも確かに凄い性能をしていた。並みの装備ではこうもいかないだろう。


「……水を差すようで悪いが」


 俺は浮かれる五人に対して口を開く。視線を集めて居心地が悪い中、一応ここまで色々な情報をくれたささやかな礼として、忠告しておく。


「……今回のドラゴンだが、難易度で言えばダンジョン何階層ボスだと思う?」

「難しい問いだが……そうだな。七十階層のダンジョンでも出ない可能性が高いくらいに強いだろう。出るとしたらそれこそ神の試練だろうな」

「……ならなんでそんなヤツが五十階層に出たと思う?」

「誰かが細工した」

「……じゃあ誰だ? このディストールにいながらダンジョンに細工ができるヤツらがいるのか?」

「“狩り取る旋律メロディ・ザ・リッパー”だって言いたいの?」

「……他二つのパーティメンバーを一時前線から退けさせて、その間にダンジョンを攻略しまくる。それをやってるのは連中だ。しかも慣れた中で難易度に安定を持って攻略できるパーティ二つが同時に一人欠けた状態になってるんなら、あいつらがやった可能性が高い。なにより自然に出来たダンジョンなら一定の難易度内に収まるはずだろ。それを今回のは逸脱してる」

「なら今回のドラゴンへのすり替え、と仮にしましょうか。それを行ったのは私達があなたと組んでダンジョン攻略に乗り出したから、と考えられるわけね」

「……そうだ。ボスを変更できるなら、他のパーティは強いボスにして自分達は通常のボスにすれば、先に行ったはずのパーティは全滅。自分達は晴れて英雄となれるわけだ。しかも証人は死ぬから証拠が残らない」

「そんな酷いこと、なんでするんですか」

「……プライド、野心、支配欲。理由は色々あるだろ。だがここで俺が言いたいのは、犯人が誰かって話じゃない。下らない悪戯を仕かける誰かがいる限り、今後も今回みたいな、いや今回乗り越えたことで今回以上に難易度の高い変更をするはずだ」


 俺はそう言い切った。……なんなら今回彼女達が攻略したことで最も動揺したヤツが犯人ってことになるだろうが。それは“狩り取る旋律メロディ・ザ・リッパー”に決まってる。だがあの程度の思考回路で用意周到に立ち回れるとは思えなかった。


 絶対裏になにかいる。だってあいつら噛ませ感が抜け切らないからな。


 ……また魔王の配下とかじゃなきゃいいんだが。

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