外套の剣士はダンジョンへ入る
週一更新はまだ続きます。
あとついでにメリークリスマスです。
薄暗い土壁に囲まれた通路の中、俺は駆けていた。
天井の土が仄かに光っているおかげで視界は悪くない。だが悪くないだけだ。地上よりは暗い。
俺の駆ける先には異形が立っていた。二本足で立つ蜥蜴のような姿をしたモンスターだ。リザードマンというヤツで、右手にシミター、左手に丸盾を持っている。胸当ても着けているので装備は人並みだ。技術もある程度あるらしい。しかも目の前の個体は青色の鱗をした氷を吐くアイスリザードマンだ。
俺はそいつに肉薄すると、右手を上段から振るってくるのを半歩右に避けるとそのまま左手の剣を踏み込みながら一閃した。それだけで盾と胸当てごと敵の身体を切り裂いて倒す。
俺の身体、というかステータスに起きていた変化だが。
ステータスの数値がかなり上がっていたことが判明している。剣の邪精霊・ミスティの話によれば俺の昂ぶった感情を喰らって成長した、とのことだが。ミスティと契約したことによって身体能力にある程度補正がかかっているからな。
しかし、それだけではない。というかそちらはおまけに過ぎない。
チートだったのは別の要因、俺のスキル達だ。
『観察』、『模倣』、『同化』。この三つだが、『同化』には風景と化す以外に使い道があった。そしてそれがチートだ。
今まで俺は『観察』したモノの身体能力を『模倣』して戦っていたのだが、なんとそれを『同化』させることができたらしい。
……俺も今までそんな使い方はしてこなかったんだが、ディストールに来た時走るのに豹獣人の体躯を『模倣』してた。そのまま街に入って風景に『同化』できないかと思った時に、どうやら『模倣』した身体能力を俺へと『同化』させてしまったらしい。
よって俺は普段のメランティナのステータスに加え俺が持っていたステータスとミスティとの契約で加算されたステータスを常に持っている状態なのだ。それは強いはずだ。
更に剣を振るうとなるとミスティの補正はもちろん、勇者君から『模倣』した『剣武の才』も発動する。これによって外套の剣士に恥じない実力を常時発揮できるようになってしまった、ということだった。
ちなみに『同化』させたステータスは『模倣』、二度目の『同化』が使えない。つまり無限にステータスを上げ続けることはできないらしい。
「よもやここまで強いとはな」
俺の後からついてきたセレナが苦笑して言った。
今までは俺の実力を見るために、ここらのモンスターを一人で倒せるかというのを見せていたところだ。
「ふ、ふん! そこそこね、そこそこ!」
俺を嘗めていたエルサが少し頬を染めて言う。相変わらずツンとした態度だが、若干軟化したような気がしなくもない。チョロいな。
「そんなこと言って、さっきカッコい――」
「わーっ! わーっ!」
フィランダになにか言いかけられてその口を手で封じると俺に聞こえないようにか大声を出し始めた。……「カッコい」か。「カッコいいとか思ってるんでしょうね、キモッ」辺りだろうな。クラスの女子が男子のファッションを見てそう陰で笑ってたのを思い出す。口止めしたのはせっかくダンジョンを攻略できそうな機会を無駄にしたくないからだろう。俺に機嫌を損なわれてもう『罠探知』は見たので用はないとか言われても困るからだな。全く以ってわかりやすい。
「凄い。これなら攻略も間に合う」
リエルが言うと他も頷いた。
「そうだな。このまま進めるところまで進んでおこう」
リーダーのセレナが言ってパーティが固まりダンジョン内を歩いていく。前衛としてセレナの一歩後ろを歩く俺の下に早足で近づいてくる影があった。
「あの、怪我とか……大丈夫ですか?」
恐る恐るという風に十字架を握り締めて聞いてくるのは、アリエーラだ。
「……大丈夫だ」
「そうですか、良かったです」
俺が答えるとほっとしたように後ろへ戻っていった。
「しかしクレトが外套の剣士だったとはな」
「意外」
「噂は所詮噂ね。中身がこんなヤツだなんて」
「外套の中はきっと素性を隠したイケメンな王子様だって言ってたものね」
「う、煩い!」
なんだその夢見る乙女的な思考。俺がエルサをジト目で見ていると、
「な、なによ! 言っとくけど外套の剣士だからってあんたを信用する理由にはならないから!」
余程信頼されていないのだろう。そっぽを向かれてしまった。
「すまないな、エルサは素直ではないのだ」
「……いや、わかりやすいだろ」
「なっ!?」
「ほら、言われてるわよ。わかりやすいって」
セレナに言われて返したら、エルサが顔を真っ赤にしてフィランダに茶化されていた。そんな俺達を、後ろから微笑ましく見守るのがアリエーラだ。
「ほ、ホントに? ホントにわかりやすい?」
「……ああ。お前ほどわかりやすいヤツもそうはいないだろうな」
「っ~~!!」
窺うような言葉を肯定してやると、湯気が出そうなくらい真っ赤になってしまった。……そんなに羞恥を煽るようなことを言ったんだろうか。そりゃ内心を暴かれるのは遠慮したいが、そこまでのこととは思えない。
「……し、死にたい。死んでやり直したい」
「ダメ。それにエルサなら死んでも同じことを繰り返すと思う」
「どういう意味よ、それ!」
エルサは頭を抱えていた。
ともあれ、このパーティは強い。罠やモンスターが多いダンジョンの中で談笑して過ごせるくらいには強かった。どんな相手だろうが勝てると信じて疑わないからこその余裕だろう。
結局その日は四十六と四十七階層を踏破して探索を終えた。俺の実力を見るための探索だったので早めに切り上げたのだ。
そしてまた明日、朝から今度は攻略まで戻らないつもりで挑戦する。それが“狩り取る旋律”よりも早く行けるかどうかについては微妙なところらしい。というか俺がベルゼドを切り刻まなければもっと早く攻略されていたとのことだ。まさかあんなことが役に立つとは思わなかったのだが。
「ああ、メランティナ達が帰ってきたぞ」
俺が“水銀の乙女”と風鈴亭の食堂にいると獣人三人が帰ってきたようだ。
「あら、クレト。また女の子に手を出したの?」
「……含みのある言い方しないでくれるか」
ややトゲのある物言いだ。傍にいるニアとミアも不満そうだ。
「……くれと、だっこ」
「抱っこ!」
二人は俺の方に駆け寄ってきて両手を伸ばしてくる。二人共装備が変わっていた。とはいえ軽装だ。短剣を腰に提げているので、獣人の高い身体能力を活かして機動力重視に戦うのだろう。二人の要求に応えて椅子に座る俺の膝にそれぞれを乗せた。そのままぎゅっと抱き着いてくる。可愛い。
「彼には一時的な協力をしてもらっているだけだ」
「そうよ。私はぜんっぜん、こいつに興味なんてないんだから!」
デレのないツンなど心に痛いだけだ。あまり茶々を入れないでおこう。
「ダンジョン攻略には仲間が必要。でも仲間を復帰させるにはお金が必要。だから私達にはクレトが必要」
リエルの簡潔な説明を受けて、メランティナは嘆息した。
「まぁクレトなら仕方ないわね。ほら、二人共。着替えとお風呂が先よ?」
「……ざんねん」
「しょんぼり」
しかし苦笑すると二人を連れていってしまった。俺も残念だ。
「私、びっくりしましたよ。クレトさんってお強いんですね」
ふにゅう、と既知ではあるが未知の感触が俺の左腕に伝わってきた。見ると隣に座ったアリエーラが俺の方を見上げてきている。大きすぎて俺に当たっているのだが、本人はそれを気にした様子はない。おそらく飲んで赤くなっているので、酔うと内気さが抜けるのかもしれない。にまーと締まりない笑顔をして胸を押しつけてくることも、アリエーラが男を誘いやすい理由に見えた。だがこの程度で俺は動じない。こういう時は頭の中で小数点とか素数とかを数えるのだ。……あれ、それって動揺しそうになった時のヤツじゃなかったっけ。
「……飲みすぎだ。アリエーラって酒に強いのか?」
「弱いな。その割りに飲もうとして、半ば夢見心地になるらしい」
「……記憶があるのか」
ならあまり下手なことはしない方が良さそうだな。俺がいることでパーティの連携に支障が出ても困る。
「ねぇ! アリエーラを変な目で見ないでくれる!」
右隣から鋭い声が飛んできたかと思うと、右腕が細腕に捕まれてしまった。見れば俺の腕を抱くエルサの姿がある。こちらも飲酒の影響で顔が赤い。……ってかなんでお前は俺に突っかかる癖に隣に座ったんだ。
こちらは左の方とは異なり腕を抱えられたところで当たらない。なんて虚しい格差なんだ。
「ねぇ! 私の話聞いてるの!」
「……おい。誰か二人をなんとかしてくれ」
「無理。止められないから」
据えた目で俺を睨んでくるエルサを無視しつつ向かいへと聞いたがリエルにきっぱりと告げられてしまう。……男嫌いのパーティじゃなかったのか。酔っ払いって怖い。
「……? セレナは手洗いか?」
気づいたら俺の真向かいにいたはずのビキニアーマー美女が消えていた。
「それなら……」
フィランダが答える前に、俺の脚をがしっとなにかの手が掴んだ。位置からしても左右の二人ではない。ということは答えが一つしか考えられないのだが。
「クレト~」
「……おい」
なぜかテーブルの下から銀髪が顔を出してそのまま俺の身体を掴み上がってきた。そしてしなだれかかるように俺に抱き着いてくる。アーマー越しとはいえ柔らかな感触な胸元に当たった。
「セレナは甘え上戸なのよ」
「……先に言え」
フィランダの答えを聞いてからでは遅かった。これでは身動きが取れない。「ちょっとセレナ、色目使うの禁止!」「ダメですよ、セレナさん」などと言い合う声が左右から聞こえてくるが、俺はそれどころではなかった。酔っているせいか熱っぽい吐息が耳元に吹きかけられるのだ。ぞくぞくする背筋を無視するのは俺の心を総動員してもキツいのだが。
「……あんたは酒飲まないのか」
とりあえず三人を意識の外へ追いやるためにまともそうなフィランダへと声をかける。
「ええ。だって人前で酔って隙を晒すなんて嫌だもの」
未だ素面のフィランダは、やはりというか警戒が強い。
「……そうか。まぁそれくらいの方がいいだろうな」
俺としても興味がなく害意もないフィランダとの距離感は悪くないと思えた。
「……“水銀の乙女”はあんたみたいなのの集まりだと思ってたんだが」
今この瞬間までだ。どうやら他の四人はフィランダほど男に警戒心を抱いていないように思える。
「そうね。女性限定のパーティ。確かに居心地がいいけれど。他の五人は私ほどでもないわ。もちろん、嫌悪感はあるでしょうけど」
つまり男絡みのトラウマを持っているのはフィランダだけなのか。ここにいる四人もおそらく男に言い寄られた、襲われそうになった経験はあるかもしれないが。
俺が六人目の呪いにかかった冒険者の話をしようと思っていると、フィランダの頬に酒瓶の口が押しつけられた。
「私の酒が飲めないのか」
表情こそ変わっていないが頬が赤い。どうやらリエルも酔っ払ったらしい。
「あっ」
そこに、耳元で跳ねるような声が聞こえてきた。
「ほらほら、知ってるのよ。セレナは羽が弱いのよね」
「や、やめっ……」
「私も手伝いますよ」
「ふ、二つ同時なんて……っ」
左右にいる二人がセレナの背中に生えた翼を手で擦り始めたららしい。……それによって俺の耳元でセレナの喘ぎ声が聞こえる。
……やめてくれ。耳元でエロい声を出すんじゃない。理性に響くだろうが。
俺はこの状況から逃げ出したくなるが、傍らの二人が離さない上に抱き着くセレナが声を上げる度にぎゅっと力を込めるせいで逃げられない。……俺の理性が持ってる内に逃げ出したい。
「……なんでこうなる」
こういう時はあれだ。どこぞの主人公を真似して「不幸だーっ」と叫べばいいのだろうか。とはいえこの状況をメランティナに見られる前になんとかしないと怒られると俺の『観察』眼が言っている。
「……ねぇ、クレト?」
しかし、もう遅かった。
「……メランティナ」
俺は背後から聞き慣れた声で呼ばれて振り返る。そこには手の関節をぼきぼきと鳴らすメランティナと、着替えて彼女の真似をしているニアとミアの姿があった。
しかし俺はなにも言わない。こういう時ラノベの主人公ならあたふたと言い訳するのだろう。俺は違う。なぜなら言い訳が無駄だと知っているからだ。
その後メランティナに殴られた挙句説教されたのは言うまでもない。




