外套の剣士はSランク昇格を果たす
風鈴亭に戻って扉を開けた俺は、目的の人物がいるか中を見回す。
そして見つけた。
「……あんた、“水銀の乙女”のリエルか?」
俺は薄い水色の髪に黒い身体に張りつくようなデザインの衣装を着た少女へと声をかける。ボディラインが強調されているが、凹凸はあまりなかった。
「誰」
一階の食堂で席に座ったままこちらを見上げてくるその目には感情が見えない。
「……ギルドに聞いたら、あんたが『罠探知』の使える冒険者だって言われてな」
女性だけが集う“水銀の乙女”の中で、罠対策と敵への奇襲を役割とする彼女が適任だと、ミリカが判断したのだ。俺の認識で言うなら盗賊と暗殺者のようなイメージだ。
「教えろと?」
「……いや、見せてくれるだけでいい」
「信用ならない。なにより報酬がない」
当然だ。スキルという手の内を見せることに対してこちらはなんの報酬も提示していない。
「……金なら払う。足りなければ仕方がないが」
「いらない。一つお願いがある」
これも当然だろう。ダンジョン攻略を安定してできるパーティの一員だ。金に困ることはないと思える。
なら別のお願いをされることまで推測済みだが、さてなんのお願いか。これも今の状況を考えればある程度予測できるが。
「私達と一緒に今のダンジョンを攻略して」
まぁ、予測からは外れない。均衡しているはずのトップパーティでなぜか“狩り取る旋律”だけは最近ダンジョンを攻略し続けている。となれば他のパーティに最前線を走り続けられない理由があるはずだ。
「……突然訪ねてきた俺を一緒にダンジョンに、か?」
「人柄は信用できない。けど実力は信用できる。ムーダとベルゼドを瞬殺した」
そういえば触りだけとはいえ実力を見せてはいたな。それで俺が空いた穴を埋めるに足ると判断できたわけか。しかしあの後説明を受けていたとはいえ、情報が早くないか。
「……抜けたのは前衛か」
「そう。アタッカーが減った。だから攻略が遅くなる」
リエルは隠すことでもないのか説明してくれる。……なるほど。だが話しても動揺が見られないので、別段死亡したわけでもないんだろう。
「……怪我の類いか?」
「呪い。解呪できる人を探し中」
なるほどな。
「リエル。余所者においそれと私達の内情を話すな」
俺と彼女が話していると、横から厳しい声が聞こえた。そちらにはなんと大きな胸――ではなく美しい女性が立っている。露出の多いビキニアーマーに銀髪のポニーテールをした美女だ。サファイアのような蒼の瞳は切れ長で、美しいが鋭さが多めに見えた。
鎧部分が少ないのだが片手剣と丸盾を提げているので、アタッカー兼壁役なのだろうか。
飾りではないと思うが、背中から純白の鳥のような翼が生えている。人間ではないようだ。
「セレナ。この人に攻略を付き合ってもらうことにした」
「な、なにを言っている! このような男に彼女の代わりは務まらない。第一、私達“水銀の乙女”の掟を忘れたか!」
「でもお金は貯めないと。掟より仲間の命が大事」
「それはわかっている。わかっているのだが」
美女はリエルに告げられて顔を伏せた。
「つべこべ言わない。女性で前衛の務まる且つ私達に協力してもらえる者はいない。探せば見つかる。けど探している時間が惜しい」
「……。わかっている。だがそれならメランティナか黒魔人でも良いのではないか?」
「メランティナは子供達と一緒にいる。あの黒魔人には技術がないから連携が不可能」
よく見ていらっしゃる。もしかしたら『観察』のスキルを保持しているのではないかと思うほどだ。しかしメランティナが現在二人と一緒にいることとナヴィに技術がないことはわからないはずだ。……おそらくスキルなのだろうが、『観察』しても再現できないスキルなのだろう。原理がわからなければな。
それと原理がわかっても実物がない場合、例えば白い悪魔がなにかと契約したとかいう話だが、実際に契約したわけではないので再現不可能だ。
「この男なら埋めるに足ると?」
「そう思っている。とりあえずフィランダの合意は取れた」
「彼女が了承したのか、男とパーティを組むことを」
美女はそのフィランダとかいうパーティメンバー? が了承したことに驚いているようだ。女性だけのパーティを組んでいるのだから、男性関係のトラウマを持っていたとしても不思議ではない。
「……わかった。貴様、名をなんと言う」
「……クレトだ」
決意が固まったのか俺を真っ直ぐに見てくる美女へと返答した。
「そうか。クレト。貴様を一時的なパーティメンバーとして認めよう。実力をこの目で見たい。これから来てもらえるか」
「……わかった」
今すぐとは思わなかったが、仕方がない。荷物は置いてきているので準備は問題ないだろう。
「メンバーを集めてくる」
「ああ、頼む」
リエルが言って席を立つのを見送り、俺は会話もなく美女と風鈴亭で待つことになった。
程なくしてリエルが帰ってきて、おそらく現“水銀の乙女”全員が来たのだろう。
総勢五人だ。全員美のつく若い女であることに驚きつつも、並ぶと錚々たるメンバーだ。なにより女子達の集まり特有の入っていきづらい空気を感じる。俺が苦手且つ『同化』でも溶け込めないタイプの空気だ。
「自己紹介をしておこう。私は“水銀の乙女”のパーティリーダーを務めるセレナだ」
まず銀髪ポニーテールの美女が名乗った。長身に豊満な肢体でありながら露出の多いビキニアーマーという否応なく男の目を惹きつける存在だ。凛とした雰囲気は近寄りがたい空気を纏っていた。
「リエル。罠関係と奇襲担当」
続いてリエルが簡潔に名乗った。こちらは先とは対照的に控えめな体型が張りつくようなデザインの衣服の下で小さく主張している。
「エルサ・アドレーヌ。弓と魔法の使い手よ」
明らかに俺へと敵意を向けてくるのはリエルよりも虚しい体型をした小柄な少女だった。エルフなのだろう、耳が尖っている。金髪に碧眼で彼女が言った通り弓と矢筒を背負っていた。軽装なのでレンジャーとしての役割があるらしい。
「フィランダ・サマンサよ。魔法を得意としてるわ」
俺へなんの感情も抱いていないフリをしている美女が言った。地面にまで届きそうな黒神に深い紫色の瞳をしており、黒いとんがり帽子に黒いローブと背に負う大きな木製の杖が魔女のような印象を与えてくる。しかしローブの中の露出が激しい。目の保養、いや目に毒だ。セレナに匹敵する胸囲の持ち主でありながらなんだそのほぼ先端した隠れていないような衣装は。下は短いスカートだが、上が酷い。ローブの下は痴女が見え隠れしているような印象を受けた。しかし本当は露出が好きではなくそれを篩にしているのだろう。この人が先程二人の言っていた男嫌いらしき女性だ。
無感情なフリをしているが、内側では俺への警戒心や嫌悪感が渦巻いているのが『観察』してわかった。特にローブの下へ目線を向けるとそれが見えるのだ。
人間ではないようだ。耳が尖っていて且つ、肌が浅黒い。ダークエルフというヤツか。この世界ではエルフとダークエルフが仲悪いとかそういうのはないのだろう。パーティを組むくらいだし。
「えっと……アリエーラ、と言います。回復を担当して、います」
こちらをちらちらと窺うように上目遣いをしながら、胸元の十字架を弄り名乗った。修道服というのか、このパーティでは最も露出が少ないながらにその神聖な服をいやらしく歪めているとんでもない大きさの胸に目を惹かれそうだ。銀製の十字架が首から下がってそこに乗っかる形になるようだ。
被り物から見える髪色は金で、目の色も同じだ。この五人では最も小柄なのに胸が一番大きいとはけしからんことだ。自然と上目遣いになる背丈と言い驚異的な胸囲と言い、少し内気そうに見えることと言い男を誘う要素の多いことで。
しかし俺がその程度のことで揺らぐと思ったら大間違いだ。なぜなら『観察』で俺を本気怖がっていることがわかってしまうからな。傷つく。
「……クレトだ。得意は剣とかだ」
一言では言いづらいので、適当に誤魔化しておく。このパーティではアタッカーの代わりを務めるのだから、剣が使えることさえわかっていればいいだろう。
「あんた、ランクは?」
自己紹介が終わると、唐突にエルフの弓使いが聞いてきた。確かエルサと言ったか。
「……Bだ」
「はあ!? B程度で、私達とパーティ組もうっての?」
なんだこいつ。アニメで観るタイプか。デレるとツンデレ属性になる。しかしデレがないと非常にイラつくだけだな。
「……そっちがパーティに一時入れ、って言ってきたんだろ」
「嘘。Bであの実力はあり得ない」
「そうね。私も見たけど、Bは嘘よ」
「……嘘じゃない」
リエルとフィランダが言うので、ギルドカードを見せてやった。きちんとBと書いてある。
「嘘。だって“狩り取る旋律”の前衛二人を瞬殺した」
「それだって不意を突いただけとか、そもそもこいつがあいつらの仲間だって可能性もあるんじゃない?」
リエルが僅かに目を見開いてカードを見て、エルサが得意気に言った。
「エルサ。そういった実力を確かめるためにこれからダンジョンへ行くと言っただろう」
「わかってるわよ。でもあたしは、信用ならないヤツと一緒にダンジョンへ行くのが嫌なのよ」
「フィランダの言うことを信じられないの」
「フィランダだって魔法主体でしょ? 近接が見ればまた違うわよ」
「だからそれを確かめるためにだな」
「それで行ったらあいつらが待ち伏せてたとかが嫌なだけよ」
三人の言い合いは止まらなさそうだ。フィランダは油断なく俺を捉えているし、アリエーラはアリエーラで「あの……その……」とか言いながら言い合いを止めようとおろおろしていた。
「……なら、俺がSランクになればいいんだな」
面倒になってそう言うと、五人が揃ってこちらを見てくる。
「あのねぇ。Sランクってのはそうそうなれるもんじゃないのよ? BランクからSランクになるには色々実績を積んで、昇格試験をやらないといけないの。バカなのあんた」
最も早く反応したのは俺が同行することに反対なエルサだったが、他の面々も同じことを思っているようだった。
俺は他に女将のユリーシャしか人がいないことを確認して、道具袋から一つのアイテムを取り出す。
「……お前らといると目立つからな。言っておくが他言無用だぞ」
ばさりとはためかせてそれを羽織り頭から爪先まで覆った。
「外套の剣士」
それは誰の声だったか。呆然とその名を呟いた。……こっちにまで名前が轟いてるのか。あまり有名になりたくないんだが。
そして俺がそれを着て冒険者ギルドに行けば騒然とするが、
「……ギルドカードの更新を。Sランクにしてくれ」
勝手知ったるミリカにそう告げるだけでランクが昇格した。
「嘘、でしょ……」
悪魔撃退の多大な功績を称えて、本来なら問答無用でSランク昇格となったところを一つだけに留めておいたのだ。それを今解禁した、それだけのこと。
「……これでいいか?」
俺はしてやったりと思いながら、Sと記載されたギルドカードをぽかんとしている五人へと見せるのだった。
名誉のない昇格のし方だなぁ……。




