エセ勇者はようやく街を出る
大分お待たせ致しました。
ようやく最初の街を出て次の街へ行きます。次の話から新章突入します。
年内は週一更新していきます。
月明かりのみに照らされた室内で、二つの影が折り重なっている。
俺がベッドに寝転び、その上にメランティナがのしかかっている格好だ。
彼女の息は荒く頬が上気していた。
「……意外だった、って言ったら失礼だろうけど。クレトって見かけによらずその、上手なのね」
メランティナが呼吸を乱しながら言う。
「……まぁ、な」
俺は歯切れ悪く応えた。……元々、嫌なことから逃げるために上手くならないといけなかった行為だ。そんな後ろめたい理由で得たテクを褒められてもな、とは思う。
「でも、やっぱりダメみたい」
しかし熱っぽい声で言うと、メランティナは俺の肩を両手で押さえて起き上がった。薄っすらと汗ばんだ彼女の肢体が月明かりに照らされる。……もちろん俺も前戯だけで満足させられるとは思ってないが。まぁこれまで大丈夫だったんだから、大丈夫なはずだ。それに、据え膳食わぬは男の恥と言うしな。
だが。
メランティナが獲物を捕らえた時の肉食獣のような、獰猛な瞳で舌舐めずりした瞬間。
心臓が一際大きく跳ねて締めつけられるように苦しくなっていく。ノイズが走ってメランティナの姿が一瞬あいつに見えた。そんなことはあるはずがない。あいつはここにいない。今のは俺の心が生み出した幻覚だ。実際にそこにいるのはメランティナで、あいつがいるはずはない。
……わかってる。わかってはいるんだが。
俺は黙ってメランティナの身体を抱き寄せた。
「あっ……」
少し嬉しそうにも聞こえる声を漏らすが、それを俺は今からぶち壊すことになる。
「……悪い」
一言目は謝罪だった。それ以外に思いつかなかった。
「……俺は、これ以上先に進めない」
そして決定的な拒絶を口にする。俺の上でメランティナの身体がびくりと震えた。
「……これは俺の心の問題で、俺の甘えだ。だけど、いつか、俺が前向きになれたら――」
そんな日が来るとは、俺自身が思っていない。異世界に来た時点で俺はあいつから逃げることしか考えられていないのだから、心に植えつけられた恐怖と向き合うことはないだろう。
「大丈夫よ、クレト」
言い訳を続けようとした俺の頭をそっとメランティナが撫でてくる。
「そもそも私がクレトに甘えてるだけだから。クレトの方が年下なんだから、甘えるのは仕方ないの」
「……悪い」
なにも言わずに受け入れてくれたメランティナに、頭が上がりそうがなかった。
「……代わりと言っちゃなんだが、今みたいなので良ければたまに付き合うから」
「うん、お願いするわね。……それでその、私がクレトに奉仕するのはどう?」
「……えっ?」
予想外の申し出だった。……思い出したくもないトラウマを思い出してみても、そういった経験はなさそうだ。あいつは俺を下に見たがってたような気がするので、自分が下になるようなことはしたくなかったんだろうとは思うが。あとあいつには決定的に足りない部分があった。
「……そういや、あんまりそういうのは記憶にないな」
「ふふっ。それじゃさっきのお返しに、今度は私がクレトを気持ち良くしてあげるわね」
メランティナはそう言って笑う。なぜか楽しそうにも見えた。
「……まぁ、好きにしてくれていい。気が済むまで何日でも付き合ってやる」
「何日でも、って……そんなに持つの?」
「……眠らなくてもある程度は問題ないだろうし、一回一月ぐらい、な」
「ひ、一月って。流石に私が持たなさそうだからいいんだけど」
思い出したら気持ち悪くなりそうだ。いつかの夏休み中だったか。一ヶ月ぐらいあるその期間中地獄のような毎日を過ごしていた。……萎えそうだ。思い出さなければ良かった。
「……せめて、今の俺にできることはそれくらいだろ」
トラウマは心の奥底に仕舞い込んでおき、今は目の前のメランティナに意識を向ける。
「そう、ありがと。じゃあ気が済むまで、付き合ってもらうわね」
「……ああ」
メランティナと見つめ合い、口づけを交わした。
……情けない限りだ。俺は弱い。人間関係やあいつから、嫌なことから逃げようとしてきて、それでも死ぬ覚悟がないだけの弱いヤツだ。
ぼっちでいいと思っていたが、俺も少しは変わらないといけないのかもしれない。いや、スタンスまで変えるのは難しいだろうが、せめて少数の、無駄な期待を寄せてくるヤツらには応えられるように。
心を強くするのは難易度が高い。なら、どんな敵が出来ても倒せるように力を強くしよう。
今のところ、いつかは独りでのんびりとアニメ観ながら暮らしたいのだが。
そのためには、降りかかる火の粉を払えるだけの強さを手にする必要がある。
……強くなると厄介事が舞い込みそうなので、それは遠慮したいが。密かに強くなることはできないんだろうか。
憂鬱になりそうだが、今は目の前のこと、と先程思ったばかりだ。これからのことは、目の前の問題を片づけてから考えよう。
◇◆◇◆◇◆
俺が悪魔の襲撃後に目覚めてから一週間が経った。大半がメランティナとの日々に潰えたのは言うまでもないことだが。
「……君が見送りなんて、意外だな」
勇者君が俺の顔を見て苦笑してながら失礼極まる発言をしてきた。
「……俺もしたくて来たわけじゃない」
そう、今日は勇者一行がこの街を出る日だ。
盛大な見送りが街の人達によって行われたが、その後で実際旅に出る最終確認をして街を出るらしい。
「そんなこと言わないでください。勇者が魔王の手下に勝てなかったんですから。また魔王関連で関わりがあるかもしれませんよ」
「……二度と関わりたくない」
クリアが注意してくるのをぞんざいに扱いつつ、俺は勇者に目を向けた。
「……人を信じすぎるなよ」
「それは、君自身も入ってるのかな」
「……当たり前だ。俺が人以外のなにに見えるんだか」
「友達、とか?」
「……反吐が出る」
「酷いな」
それでもこいつが魔王を倒してくれないと俺が余計な手を出す必要が出てくる可能性があるので、忠告だけはしておく。
「それじゃあ、もう行くよ」
「……ああ。他のヤツにはいいのか?」
「君が来なかったから、先に済ませてあるよ」
「……そりゃ、悪かった」
俺が来なければ出立しなかった可能性もある。勇者の旅路は邪魔しない。魔王は倒してもらう。俺は隠居する。そんな俺の完璧な計画が頓挫するところだった。
「また会おう」
「……お断りだ」
勇者は俺に手を差し伸べてくるが、俺はそれに応じず踵を返す。
「……そうか。残念だ」
「……勇者と関わるなんて面倒なこと、俺がするわけないだろ。じゃあな、勇者様」
「ああ」
俺は肩越しに言ってそのまま立ち去った。……言うべきことは言った。これ以上俺と話すという無駄な時間はいらないだろう。
信用ならない聖女様は神殿に戻って英雄とやらを召喚するらしい。勇者に匹敵する強者なんだとか。儀式を中断してしまったのでまた延びてしまうそうだが、英雄の召喚をしてから勇者一行に合流するらしい。
俺もそろそろ支度をしないといけないな。
後ろにいる勇者の足音が遠ざかって聞こえたことを確認し、そのまま歩いていく。
俺のこれからの方針は、ギルドに欲しいモノの情報を挙げて心当たりがないかを尋ねる。そしてそれに沿って行き先を決めるという簡単なモノだ。
この街に留まり続けるとその英雄とかいうヤツに絡まれる可能性もあるので、早めに出たい。
そして行き先は決まっていた。
次に行く場所はダンジョンを有する迷宮都市。名をディストールという。
別にダンジョンに出会いを求めているわけではないが、ダンジョンを攻略するのが俺の思惑を叶える近道になるだろう。
ディストールは不思議な場所で、ダンジョンが一つ攻略されれば数日後にまた新たなダンジョンが形成される。そのためダンジョン攻略者として名を残そうとする腕利き冒険者が後を絶たないとか。
それと一人、俺の思惑を実現するのに必要な知識を持っていると思われる人物にも会わなくてはならない。人に会うのは嫌だが、仕方ないだろう。そいつのスキルを『模倣』しなければならない。陰ながら監視する手はあるが、腕利き冒険者のいる街であまり怪しい行為はしない方がいい。
……と、ギルドマスターから言われている。
「……一応、あいつらには話だけしておくか」
宿を借りていることもあるのでメランティナには言わなければならない。この世界に住民票はないので引っ越すのに許可はいらないが、ミアとニアの二人が寂しがってはことだ。挨拶だけはしておこう。
俺はそう思って残念ながら関わりのあった者達を呼び集めた。
メランティナが営む宿屋を貸し切りにしてもらい、呼び集めた者達を見回す。
いるのはクリア、ナヴィ、メランティナ、ニア、ミア、ミスティだ。
ミスティは俺と契約している状態なので置いていこうとしてもできないのだが。
「……俺は、この街を発とうと思う」
結論から伝えておく。
「『俺は』って、まさか私を置いてくわけじゃないですよね」
「……別に連れてくつもりはないが」
クリアにジト目で言われるが、平然と返した。俺のやりたいように動くのにお前達を付き合わせる必要性が感じない。
「ついていきますよ、私は。クレトが嫌と言っても絶対、です」
クリアは舌を出して言った。……嫌だと言っても無駄なのか。
「オレも師匠についてくぜ、弟子だしな!」
続けてナヴィも笑顔で宣言してくる。……弟子を辞めるっていう選択肢はないのか。
「私もクレトと離れる気はないわよ。ね、二人共?」
「……ん。くれといない、さびしい」
「いっしょがいい!」
メランティナが左右に座る二人へ言うと、二人も俺に涙目を向けてくる。……うっ。そんな目で見るな。ニアとミアは置いてくわけにはいかないか。なら必然メランティナにも来てもらうことになるが。
「……メランティナはそれでいいのか?」
なによりここは亡くした夫と建てた宿屋だろう。ここを放置して街を離れるわけにはいかない、とか言い出しそうだったのだが。
「ええ。私も、いつまでもあの人との思い出に浸ってばかりじゃいられないもの。その最初の一歩として、ここは取り壊して売り払うつもりよ」
「……そうか」
そう微笑むメランティナは、出会った頃より幾分か強くなった気がした。……本人がいいと言うなら俺が口を挟む問題じゃなかったな。
「……わかった。じゃあ三日後に出発するから、そのつもりで準備してくれ」
俺は嘆息しながら、しかし心のどこかでこうなるだろうと思っていた。……そもそも挨拶をしようって気すら湧かなかっただろうな。勝手に独りで街を出ればいいだけの話だ。
俺の指示によって三日後に出発することになり、そのための準備に取りかかった。
俺は手荷物も少ないので準備という準備はすぐに済んだのだが。
「えっ! クレトさんこの街を出ちゃうんですか!?」
一応関わりのある者が他にもいたな、と思いギルドへと顔を出したらこれだ。
ユニが驚いた顔で声を上げたせいで俺が視線を集めてしまった。居心地が悪い。
「……次はディストールに行くんですよね?」
呆れた様子のミリカが言って、ユニが「あっ」と察した。
「そういえばダンジョンを攻略してコアを入手したいとか……」
「そ。この街にいる意味もなくなったみたいだから、ですよね?」
「……ああ」
ダンジョンとはゲームなどでよくあるモノと似たような場所で、階層を段々と進んでいって最奥まで辿り着いたらクリア、という風に出来ている。階層はダンジョン毎によって異なるが、決まりとしては十階層毎にボス部屋があってボスを倒さないと先に進めない仕様になっていることだ。
本当にゲームの中みたいな場所なので、実際に行ってみたいという気持ちは正直あった。……別に出会いを求めてるわけじゃないんだが。ほら、ダンジョン探索ゲームをやっていればわかると思うが。言い訳がましくなるのでこれ以上はやめておこう。
「それなら仕方ないですね。まぁ外套の剣士様なら大丈夫でしょう。ついでに迷宮都市で調子に乗った冒険者がいたら叩きのめしておいてください」
「……無茶言うな」
ミリカが声を潜めてとんでもないことを頼んできた。そんな厄介事に巻き込まれそうなことを俺がするわけないだろうに。
「……あの、えっと……」
するとユニが少しもじもじした様子で言った。
「……その、私もついていっちゃダメでしょうか」
驚きの申し出だった。大体ユニはギルドの受付嬢だろう。
「こっちとしては問題ありませんね」
俺の懸念を悟ってか、ミリカが言った。
「ユニは元々ギルドの保護を受けるために受付嬢として雇っただけですから。クレトさん達なら、彼女を任せるに値します。もちろんユニ絡みの厄介事に巻き込まれる可能性がありますので、クレトさん次第ではありますが」
彼女は悪戯っぽく微笑む。ユニはといえば、ちらちらと不安そうに俺を見上げてくるばかりだ。……どうするか。
「……連れてくのはいいが、俺のメリットがないな」
厄介事を舞い込むとわかっていて同行を許すわけがない。
「あぅ」
「それなら私が保証しましょう」
俯いたユニの代わりにミリカが言った。
「ユニ自身に戦う力は今のところありませんが、彼女には治癒と防御においてそれなりの実力を持っています。結界を張るようなこともできますので、クレトさんの知り合いには今のところいない力を持っていますね。身体能力も高いはずですので、ユニを鍛えられるなら相応の戦力になると思います」
「……なるほど」
ただし、今のユニには戦う気があまりない、といったところか。
「私、頑張りますから。お役に立てるよう精いっぱいやりますから!」
「……そこまでしてついてきたい理由があるのか?」
「は、はい」
「……ギルドの保護を受けるだけではダメな理由が?」
「はい。私はどうしても、旅に出ないといけないんです」
ユニにもユニの事情がある。あまり深く突っ込むことはしないでおくが。
「……わかった。同行は許可する。ただし旅の中では指示に従うように」
「は、はい! ありがとうございます!」
ユニは勢いよく頭を下げる。
「流石はクレトさん。お優しいですね」
「……バカを言うな」
「しかしディストールですか。ここから二週間はかかりますよね」
「……馬車で行ったらな」
「そうですか。まぁ大丈夫でしょう。あの辺りは不穏な噂がまだありませんので」
にっこりと笑うミリカを無視しつつ、ユニに三日後出発する旨を伝えた。
いよいよこの街を去り、次の街へ行くのだ。旅、冒険、ダンジョン。アニメなどでしかなかった世界に触れる機会だ。少しは、俺も楽しむようにしようか。
そんなことを思いつつ、次に食糧を買い込むためギルドを後にした。
そして準備を整え支度をして三日後が来ると、朝早くから街を出立する。
せっかくのファンタジー世界だ。冒険を謳歌するとしようか。




