ぼっちは宴会中も独り
大分間が空きました、すみません。
次話でようやくアンファルの街(最初に来た街)を出ます。
意識が浮上してくる。
ベッドに寝転がっているのか、柔らかな感触が背中を包み込んでいた。それ以外にも、俺の上と両脇に柔らかな感触と温もりがある。……両脇はニアとミアだな。上のはおそらくクリアだと思うが。
「……重い」
目を開けてクリアが俺の上で寝ていることを確認し、ぼそりと呟いた。ぐっすり寝ているのでそれだけでは起きなかったが。退かしてやりたい気分だったが、両脇にニアとミアがいるので腕が動かせなかった。
便利な『液体化』があることを思い出し、腹部辺りを『液体化』してクリアを掴んでぽいっとベッドの外に投げ飛ばした。
「ぐえっ!?」
「いたっ!」
乙女らしからぬ声が上がって、寝転がったままだと見えない床にナヴィがいることがわかった。どすんと大きな音がしたこともあってニアとミアも起きてしまう。
「く、クレト! 起きて早々酷いです!」
クリアが起き上がって抗議してくるが無視だ。
「……くれと、おきた」
「よかった!」
ニアとミアが感激したように抱き着いてきてくれる。
そんな二人の頭を撫でながら、
「……俺は、どれくらい眠ってた?」
誰に問うでもなく尋ねた。
「五日間よ」
床に布団を敷いていたらしいメランティナが上体を起こして教えてくれる。
「……そうか」
五日か。PCで観なければならないアニメが溜まってしまったな。
「ったく、心配かけさせんじゃねぇよ」
クリアと衝突して起きたナヴィがそんなことを言ってくる。……心配か。その言葉を信じるなら、俺が元の世界で築いてこなかった人間関係が、こっちの世界では最低でもこれだけのヤツが心配してくれる状態になっているわけだ。約十六年の歳月で築けなかったモノがそんな簡単に築けるはずもないが。
元の世界では目立たず波風立てずを意識していたから当然としても。
「……五日間寝てたんなら、まずは風呂と飯か」
自分ではよくわからなくとも匂いを発している可能性が高い。それより五日も飲まず食わずだったのだから、食事は必須だった。
「お風呂なら私とメランティナが交代でしてましたよ」
と、クリアがとんでもないことを口にしやがった。
「は?」
俺が思わず即座に反応を返してしまうくらいだ。
「私は身体が水ですからね、水に変化してクレトの身体を覆うくらい訳ないですし」
それをする意義は兎も角、確かに適任と言えるかもしれない。起こさずに身体を洗えるわけだからな。
しかしだとしたら、メランティナは?
「わ、私は普通に濡れタオルで身体を拭ってただけよ」
俺が彼女へ視線を向けると、なぜか頬を染めて視線を逸らしてしまった。……なにかやましいことでもあるのか。
「オレはやってねぇぞ? ……男の裸なんて見れるかよ」
言葉遣いの割りに心が乙女だな、ナヴィ。
「ほ、ほらだって、二人がクレトと一緒に寝るって言って聞かないからあんまり放っておくといけないと思って」
メランティナは聞いてもいない言い訳をしていた。……そうか。ニアとミアはいい子だな。
二人の頭をわしわしと撫でてやる。嬉しそうに顔を綻ばせていた。癒しだ。
「……兎に角、俺は風呂入るからな。メランティナ、飯が食べたい」
「わかったわ。腕によりをかけて作るわね」
いい口実ができたとばかりにぱたぱたと部屋から出ていく。ニアとミアもそんなメランティナを見てとてとてと俺から離れていってしまった。……少し寂しい気もするが、これから風呂に入るんだ。別にいいだろう。
「ご一緒しましょうか?」
「……やめろ」
クリアを拒みながら、俺は脱衣所に向かった。久々に浸かる風呂はとても心地良かった。この世界にも風呂があって本当に良かったと思う。
結局クリアは来なかったのでかなりのんびりすることができた。長風呂をしてから冷水で身体を冷ました時のさっぱりした感じがいい。
……風呂に入ったことで考える時間ができ、これからどうするかについて考えていた。
現状としては、召喚された場所から程近い街に滞在している。この街でも色々とあったが、召喚されてから動かなさすぎだろう、俺。勇者君は戦い慣れる必要があったとしても、俺がこの街に残り続ける意味はあまりなかった。
しかし街を出たからと言って、これからどうしたものか。
人気のない地帯に家を買ってPCを手元に置き年中ごろごろするのもいいが。そのためには金が必要だ。それか、建築系のスキルを所持したヤツを探す必要がある。
だが、多分メフィストフェレスがそうさせてくれないだろう。
あいつは俺が俺の思い描く幸せを謳歌できないようにちょっかいをかけてくるはずだ。戦ったあの白い悪魔、名前は聞いてなかったような気がするが、あいつも俺に復讐をしたいらしいからな。
つまり魔王側のヤツらは俺を狙ってくる可能性があると。
……なら、強くならないといけないな。
こんな思考は俺らしくない気もするが、俺は所詮『模倣』してきただけの偽物だ。らしさなんて、あってないようなモノだ。
メフィストフェレスを瞬殺できるくらいに強くなって、生き抜けるようにならなければならない。
完結していないアニメを、まだ俺の知らない名作を観るまでは死ねない。
俺の原動力なんて単純だ。……まぁ、この世には面白い作品が溢れてるから、そうなると無限に生き続けないといけなくなってくるんだが。
人が想像力を失わない限り、物語は続く。
とりあえずは完結していないアニメを観ることから始めよう。そして完結するまで観続けることを目標としよう。それを邪魔するヤツは容赦なく消そう。
そうと決まれば街を出てレベル上げと『模倣』するモノの増加を当面の目的とするか。
メフィストフェレスのせいで魔王様とやらに目をつけられて喧嘩を売られたらコトだ。どんなヤツがかかってこようと迎撃できるようになっておかないといけない。力の使い方も少し考えておこう。身体能力という点では世界屈指のヤツをいくつか『模倣』できたからな。使い方に工夫を凝らせばある程度問題ないはずだが。
俺が鍛えるための場所はギルドマスターやミリカなど冒険者ギルドの関係者や、元冒険者のメランティナに聞けばいい。
とりあえず今は目の前のことだな。意識が覚醒したせいでより空腹を感じるようになった。
風呂を上がって着替えた後、室内には誰も残っていなかった。……誰だ扉を開けっ放しにして出ていったヤツは。
しかしそれも仕方のないことなのかもしれない。開け離れた扉の向こうからとてもいい匂いがしてくる。思わずぐぎゅるるぅと腹が鳴ってしまった。
俺は少し早足で部屋を出て一階へと下りていく。なにやらわーきゃー喚いている声も聞こえるが、無視だ無視。
しかし、
「……なんでお前らが」
一階に下りて食堂を見回し、勇者一行が席に着いていることに驚いた。以前からあった姿が黒くなる突然変異の原因が、あの白い悪魔だったとしたらあいつを撃退した今勇者一行様が残る理由なんてないだろうに。
「なんでって、もちろん君が目を覚ましたと聞いて駆けつけたんだけど」
「……それがなんでって言ってるんだが」
「?」
ダメだ。こいつになにを言っても伝わらない。こいつの身体は優しさで出来ているのだろうか。……けっ、下らない。
「残念、死ななかったのね」
「……あんたがいてくれて良かった、助かった」
同じく異世界から召喚された勇者の仲間、紫園と緒沢がそれぞれ言った。
「なっ!」
薄ら笑いでまるで俺に死んで欲しかったと言ってきた紫園が、礼を言った緒沢に向かって驚愕していた。
「……なに?」
「ちょっと! 第一声はキツく、って言ったでしょ!」
「それを守る必要、ないから」
「っ~~!」
……なんだこいつら。俺が起きてきたらまず暴言吐くように示し合わせてたのか? 趣味悪いな。ってか仲いいんだか悪いんだかわからん。学校じゃあんまり互いに関わりがなかったと思うんだが。
俺も、勇者君も、紫園も、緒沢も。元の世界じゃあんまり話さなかった四人と言ってもいい。
「ふふふ、お三方は仲がいいんですね」
と温かく微笑んでいるのは俺達を召喚した聖女様だ。……こいつ、メフィストフェレスなのは間違いないんだけどな。確か戦いの最後で駆けつけて、メフィストフェレスの攻撃を防いだんだったか。状況がわけわかんないな。『分身』とかだろうか。それか急遽善の心と悪の心を分けたとか。だったらメフィストフェレスが元々善の心を持っていたことになる。そんなことはないだろう、あの性悪女のことだし。だとしたらなにが目的なのか、イマイチわからなくなるな。
結局のところ、ただ勇者が絶望する様が見たいだけなのだろうとは思っているが。
それは勇者君が乗り越えるべき試練であり、俺には関係ないことだ。
「よぉーし、外套の剣士の復帰祝いだ! あたしが奢ってやるから飲め!」
大声が聞こえてそちらを見やると、ギルドマスターのシヴェリアーナが椅子に立ち、机に片足をかけてジョッキを掲げている。既にかなり飲んでいるらしく、その顔が真っ赤になっていた。
「ちょっとシヴェリ! 机に足かけないで!」
そんな彼女と友人らしいメランティナが料理を運びながら注意する。
「……今、昼じゃなかったか?」
「いいんじゃない、別に。それより主賓でしょ、あっち行ったら」
俺が呟くと紫園がしっしと手を振りながら言ってきた。……離れろと。
「……端でいいか」
主賓だと言われても俺の持つ性質は変わらない。食堂の角にあった一人用の席に腰かける。
「こんなところでいいの?」
料理を運ぶ都合上俺を探していたらしいメランティナが、盆を持って声をかけてくる。
「……ああ。俺はここでいい」
「そう」
わざわざ中央に連れていくわけでもなく、そのまま丸テーブルの上に盆を置いてくれた。
「それじゃ、ごゆっくり召し上がれ」
お代わりもあるから、そう言って背を向けたメランティナだったが、
「あ、そうだ。――約束の件、今夜お願いね」
俺の耳元に顔を寄せて、囁いてから立ち去った。……約束の件? なんだったか。なにかをメランティナと約束した覚えはないんだが。
ふと、クリアがこちらを睨んでいることに気づいた。俺が気づくとぷいとそっぽを向いてしまったが。
……メランティナ、約束、クリア……?
「……あっ」
そこでようやく、俺はなんのことかを思い出した。……正直、クリアがメランティナと勝手に約束したことだ。俺がそれに従う必要はない。必要はないのだが、気が引ける。
メランティナから逃げることで彼女が落ち込み、ニアとミアの二人が悲しんでしまっては意味がない。
……とりあえず、夜にメランティナと話す必要はあるか。
先の戦いで問題のトラウマを掘り起こされた今の俺が、その行為に及べる自信がない。クリアの時と同じだ。拒絶してしまうだろう。
今は考えるのをやめて食事だな、うん。
俺は現実逃避をしながら飯を食べる。五日も食べていなかったので、ゆっくりとよく噛んで食べることを意識しながら咀嚼した。空腹から急に掻き込むと腹を壊しやすいからな。
途中で酒を出されたので、初めて飲酒をした。……元の世界なら未成年だからダメなんだが、こっちの世界で酒は十五歳から飲めるらしい。俺は十六歳なので酒の飲める年齢ではあるようだ。
なにがそこまで場を盛り上げるのか、昼から始まった宴会は夜まで続いた。集まった面々は俺とそれなりに関わりがあった者達だ。
最初にいたのは宿に泊まる俺達と、勇者一行とギルドマスター。後からギルドの仕事を終えたらしいミリカとユニの受付嬢二人が合流した。夕方頃だったか。
立派な人ばかりなのか、わざわざ俺に一言二言声をかけてくる。それでも会話が弾まずに立ち去っていくのだが。
俺を他所に盛り上がる人達を眺め、酒が飲めないためにミルクをちろちろと舐めて飲むニアとミアを眺め、独り酒を嗜んでいた。
一番酒を飲んでいたギルドマスターが倒れて寝始めてから、急に静かになり始めた。ニアとミアもはしゃいでいたので疲れたのか、互いに寄りかかって眠っている。酒が混じって具合の悪くなったクリアが『実体化』したミスティに笑われながら看病されていた。
そんな中、勇者君が一人外に出ていくのが見えた。……俺も酔いが回っていたのだろう。彼に続いて外に出た。
勇者君は宿屋の壁に背を預けて座っていた。立てた右膝に右腕を乗せ、天を仰いでいる。……くそ、なんて様になる絵だ。これがイケメンの利点ってヤツなのか。
「……よう」
「君か。君から話しかけてくるなんて、正直意外だな」
声をかけた俺に、酔っているらしく赤い顔で言った。
「……そういうの、思っても口にしないんじゃないかと思ってた」
俺は彼の隣に立ち、壁に背を預ける。
「自分でもそう思ってたよ。けどまぁ、酔った勢いかな」
「……そうか」
それだけを言って、俺と勇者の会話が途切れる。俺は雲で半分隠れた満月を見上げ、勇者君は通りを行く人達を眺めていた。
「……なんで、君も来たんだろうね」
ぽつりと呟いた声に、考えながらゆっくりと応える。
「……そんなもん、お前に話があって来たに決まってるだろ。まぁ、酔った勢いだ」
「ああ、いや。そっちじゃなくて。この世界に召喚された時のことだよ」
「……ああ」
俺も酔って頭が回っていないらしい。今の話をしていたなら「なんで君も来たんだ?」と尋ねるところだったはずだ。
「……『模倣』できるからな。予備じゃないか?」
「君が全てを『模倣』すれば、わざわざ他の――俺達がいる意味はない」
俺が視線を移すと、彼が真っ直ぐに俺を見ていた。酔っているとはいえ目を見て話すのは苦手意識がある。すぐに逸らして、少し考える間を置いた。
「君一人いれば、俺達はスキルを見せてお役御免になる。勇者も、勇者の仲間もいらない。君が魔王と倒せばいい」
「……なにが、言いたい」
酔った勢いで妙な言葉を口にしようとしているらしい彼に、先を促す。
「俺は……勇者とは、なんなんだろうな」
「……」
俺という偽物にスキルを『模倣』され、唯一性を失くした少年が弱々しい問いかけを投げてくる。
「……唐澤勇輝」
「っ」
俺がこいつの名前を呼ぶのは、神殿前で別れる直前以外では初めてだ。俺は心が揺るがないように、今だけは酒の力を借りて目の前の男と向き合う決意をして、見上げる彼と視線を合わせる。
「……勇者ってのは、象徴だ。象徴にはカリスマ性と、見てくれがないとダメだ。根暗な王についてくる家臣はいても、ついてくる民はいない。俺じゃダメだ。お前である必要がある。根っこの、唐澤勇輝という人間の性分を差して、勇者だと認められる。勇者としてお前のしたいように、最善だと思う方向に話が進むように、行動すればいい。考え続けて、答えが出なかったら精一杯足掻いて、お前こそが“勇者”だと世界に認めさせればいい。……俺は、人の前に立つのが嫌だ。人の上に立つのが嫌だ。人の命を背負うのが嫌だ。人間関係が足枷に見える。だがお前は違うだろう? 仲間がいればその分強いと思える。絆を深めれば足し算が掛け算になると思える。それでいい。そうやってお前の思う通りに動いて、尽して、足掻けばいい。それがお前を――“勇者”にする」
らしくない。全く以ってらしくない発言だ。
……相当酔ってるらしいな。ああ、くそ。言わなくていいことまで言った気がする。頭が回らないせいで最初の方覚えてないな。
言い切ってから後悔して、視線を夜空の月に移した。
「……俺は、君のように強くなれない」
「……なら、それでいいだろ。俺とお前は違う。違う人間が同じようにしたって無駄だ。そこに心は、魂は宿らない。所詮猿の真似事だ」
「けどおかげで君は一人でも強くなれる」
「“勇者”に、独りの強さなんていらないんだよ。仲間と助け合って生きればいい。足りない部分を仲間で補うのが、勇者だと思うけどな」
「そうか……ありがとう、暮人」
「名前で呼ぶなよ気色悪い」
「酷いな、君は」
「……俺はそれでいいんだよ」
屈託なく笑う彼に、思わず心を許したくなってしまった。それを即答で拒んだ俺も俺だが。
「本当にありがとう。おかげで少し、気が晴れたような気がするよ」
「……そうか」
「うん。“勇者”は、強くなきゃいけないものだと思ってた」
「……そりゃ巨悪を倒す象徴だからな。強くなきゃいけない」
「でも、最強でなくてもいい」
そうだろう? と聞いてくる勇者に、仕方なく頷いた。
「……結局絆だとか、仲間だとかが世界を救った方が物語が綺麗なんだよ」
俺ではきっと、そうならないと理解しているからこそ。
「そうだね。でももし俺がダメだったら、尻拭いは任せていいかな?」
「……断る。俺は絶対魔王とは関わらない」
「そうかな。関わると思うんだけど」
……やめてくれ。他人にそう言われるとそんな気がしてくるだろ。
「……どっちもお断りだな。勇者と魔王なら、第三者が介入する間もなく終わらせてくれ」
古くから、勇者と魔王は勇者と魔王で決着をつけるべしと相場が決まっている。
「そうか。じゃあ、頑張らないとな」
「……そうだな」
「頑張ってくれ、とは言わないんだ?」
「……俺が言わなくても頑張るだろ」
「人に頑張れ、って言われるのが一番頑張る気力になるんだよ」
「……そう言えるお前はやっぱ、勇者だよ」
俺はそう言って、とりあえず言いたいことは言ったので宿屋の中に戻ろうとする。
「……精々、頑張ってくれ」
最後に気紛れでそう呟きながら、扉を開けた。
「ああ、任せてくれ」
どこか嬉しそうな、力強い返事が聞こえたので、大丈夫だろう。
「クレト~!」
入った途端に斑模様になったクリアが跳びついてきて、さっと身をかわす。文字通りべちゃっと床に激突した。
「なんで避けるんですか~!」
「……酒臭そう」
「臭くないです~! ほら、嗅いでください!」
「……やめろ鬱陶しいな」
一応酔っ払っているらしく、日頃よりも鬱陶しさが倍増している。
俺はそんなクリアを押し退けて、元の席に着いた。
勇者君との会話でかなり酔っていることがわかったので、その後は酔いをできるだけ覚ませるように水ばかりを注文していた。酔って火照った身体が徐々に冷まされていく感覚の後、気づけば全員酔い潰れたり疲れたりしながら眠っていた。……宿屋で寝るのに食堂で全員寝てるのはどうかと思うんだが。
俺は意識がはっきりしていたので、自力で取っている部屋へと戻りベッドに寝転がった。
酒を飲んだせいで耳の近くで強く脈打っているような感覚がする。あまり酒に強くはないらしい。次から気をつけないといけないな、と思いながらぼーっと天井を見上げた。
脈の音が煩くて眠れる気がしない。収まるまでこうしていようかと思っていると。
こんこん。
扉が控えめにノックされて、開いた。戸締りをし忘れていたようだ。
「……クレト」
部屋に入ってきたのは、扇情的な紫のネグリジェを着たメランティナだった。
頬が暗がりでもわかるくらいに紅潮し、普段使っている『人化』が解けてネコ科特有の三角耳と尻尾が生えていた。
ゆっくりと床を軋ませながら彼女が近づいてくる。やがてベッドの横に立つと、寝転ぶ俺の前に覆い被さった。
「……クレト。お願い、私を満たして」
熱っぽい吐息と共に、彼女はそう言って顔を近づけてくる。……ホントに来るとは思わなかったが、予測できたことのはずだ。
俺は拒絶しなかった。……まだ大丈夫だ。まだ問題ない。それにここで思い切り拒んで傷つき、それを見たニアとミアが悲しそうにするのは見たくない。間接的に俺が二人を悲しませることになるのは避けたかった。
メランティナの柔らかな唇が俺の唇に重ねられる。仄かに甘い香りが鼻腔を擽った。メランティナは俺が拒まないと見てか、身体を俺に預けてくる。柔らかく大きな膨らみが押しつけられた。
「……メランティナ」
「……クレト」
唇を離してくれたので名前を呼ぶ。しかし一回で足りないのか、もう一度口づけしてきた。……目がとろんとしていて、心に余裕がなさそうだな。一旦されるがままになって、落ち着いた頃合いを見計らうか。
こういう経験がないわけでもないので、慌てふためくこともない。平静さを保ったまま、しばらく彼女の相手をしようと決めた。
「……んっ。ダメ、足りない……もっと……」
何度がキスをしても、メランティナがぶつぶつ言い出すのみだった。
「……ならもっとすればいい」
「えっ?」
「……俺も手伝ってやるから」
俺は言って、メランティナの背中に手を回す。
「クレト……いいの?」
「……メランティナがいいなら、別に」
「嬉しい……」
うっとりと微笑む彼女に、俺からキスをしてやった。唇を重ねるだけでなく、舌を入れるディープなヤツだ。
……俺が唯一自信があると言えるのは、オタク知識とこういうのくらいだ。
なにせ日頃から、嫌で嫌で仕方ない行為を無理強いされてきたからな。逃げることもできなかった俺は結局、「先に相手を疲れ果てさせてできるだけ早く満足させる」方にシフトした。ただ相手を満足させるだけに磨いてきたテクが異世界で役に立つとは思わなかったが。
……情けない理由で上手くなっても誇れないな。
俺は内心で自嘲しながら、メランティナを徹底的に満足させるために背中へと回した手を更に下へと伸ばしていく――。




