メランティナはトラウマをループする
昨日は更新できずすみません
当初は全員のトラウマを書こうと思っていましたが、同じようなことを何度も見るのは飽きるかと思い、予定を変更しました
今回はメランティナの回です
ユニとメランティナを書いたので、あとはいいかなと
重要なことが出てくるモノはこの二つの予定なので、あとは主人公の分だけとなります
ある日、とある貴族が言った。
「アルファルの守護者三体を剥製して飾ることで、我が家の権力を誇示しよう」
およそ百年前からアルファルは存在していると言われており、その泥ゴーレムとも言うべき異様な姿もそうだが、通常では眠っているアンファルを守っているのが、アンファルの守護者と呼ばれている三種のモンスターである。
二足歩行をする巨大なサイのモンスター、ガザラサイ。
猿の王とも言われるヒヒのようなモンスター、猿帝ロギウ。
そして群れとして動くことを常としている狼のモンスター、ファングファング。
この街がアンファルの街と呼ばれているように、これらの存在は広く認知されている。
三体全てを討伐するとアンファルが目覚めてしまうため、問題とのバランスを考えて冒険者ギルドが討伐を行っていた。
そこに貴族から冒険者ギルドに対して、三種の討伐が依頼されたのだ。
冒険者達は危険を考えて反対した。しかしその貴族は冒険者ギルドに多大な融資をしておりギルドとしては断れる依頼ではない。
貴族は成功報酬に加えて参加報酬の吊り上げを行い、冒険者を金で集って依頼を強行させた。
「まぁ宿屋経営するにもお金は必要だし、その足しになればと思ってさ」
そう言って笑うのは、メナードという男性冒険者である。
彼に「危険だからやめた方がいい」と忠告したメランティナは、妙に頑固な目の前の青年が言い出したら聞かないことを知っていて、説得を諦めた。
ただ一言、
「無事に帰ってきてね」
と言って見送る他なかった。
メナードは当時B級昇格も近いと言われたC級冒険者。強さで言えば中の下くらいで、特筆する戦闘向きの才能はないと言っていい。
それでもどこか人を惹きつける才能があり、なんだかんだで慕われていた。
あるA級冒険者が言うには、「あいつが一人いるだけで“いつも通り”に戦える」。
あるG級冒険者が言うには、「特段強いわけでも教え方が上手いわけでもないのに、なんか教わりたくなる」。
あるギルド受付嬢が言うには、「冒険者と話してるというより、街の住民と話してるみたい」。
ある住人が言うには、「あっ、冒険者だったんだ」。
……つまり、そう目立っているわけでもないのに誰もが彼を知っていた。
ステータスを公表していなかったためただ不思議な魅力を持つ人と思われていたが、それらには原因が存在する。
とあるきっかけでメランティナはそれを知ったのだが、理由を知る者は彼女含め世界でも片手で数えられるほどしかいなかった。
メナードの固有スキル――『普通』。
どれだけ頑張っても『普通』でしかなく、全く努力をせずとも『普通』に到達する。
万事において『普通』の結果を出し、得意不得意を持たない。
究極の万能スキルにして絶対の不遇スキル。
その力は万物に通ずる。
『普通』の人として馴染み、『普通』だからこそ下の者にも上の者にも通ずる部分があり、どれほど緊迫した中でも『普通』でいられる。
だからこそ、誰もが彼を慕う。
そして、誰もが彼の才能のなさを知っていくため、超えればもう追い越される心配がないので才能という点で嫉妬されることが少ない。
メランティナもそんな彼を他と同じく人として慕う一人だったのだが。
いつの日か『普通』として生まれたメナードの裏を知った時、「慕う」の意味がわかり始めた。
その後メランティナにとって彼は『普通』ではなく、“特別”になったのだがそれはまた別の話。
貴族の依頼によって多くの冒険者が討伐に参加した。
ガザラサイと猿帝ロギウに関しては大した心配はされていない。問題は個体ではないファングファングだ。群れで動くのだが、今回剥製に必要なのは一体のみだ。最低一体討伐して無事持ち帰れば済む話だが。
失敗すればアンファルの目覚めを引き起こし、参加した冒険者を全滅するまで彼の化け物が暴れ回る事態となってしまう。
冒険者の最高位であるS級はこの街に三人いる。
一人は千年級や神級をいくつもこなし、しかし集会所に来ないので知名度が他よりも低い実力者。
一人はメランティナの戦友でもあるシヴェリアーナ。次代のギルドマスターに任命されるとの噂もある。
そして最後にメランティナその人。シヴェリアーナと共に千年級、神級に挑戦したこともあり生還を果たしている。三人目のS級にも直接会ったことがある。
以上がこの街最強の冒険者達だが、実は三人が三人共物理攻撃型の能力を持っていた。獣人であるメランティナとシヴェリアーナはもちろん、種族が不明というもう一人も魔法で戦うタイプではない。
要するに、アンファルに対抗するには相性が悪いのだった。
殴って殺せるなら、これほど頼もしい者達もいないのだが。
加えて決行当日、もう一人とシヴェリアーナが街に滞在しているのだがメランティナには外せない用事があり、数日は帰ってこられない予定だった。
だから、先に街を出るもののメナードを見送ることになったのだ。
それでも彼含む街の冒険者達を信じ、いざとなればシヴェリも出ると言ってくれたので一抹の不安を抱えながらではあったが予定通りに出立した。
要人の護衛依頼を終えたメランティナが別の街のギルド集会所で聞いた緊急の連絡は、アンファルの復活を報せるモノだった。
しかも連絡した当人であるシヴェリは、街を守れと命令に縛られて動けない。
その連絡を聞いてすぐ、メランティナは本気で走った。
シヴェリのように特別なモデルの獣人ではないが、最短でS級になるほどである。全力を出して走ればそれこそ――新幹線並みの速度が出る。
もちろん人の姿を保ったままではそこまで出ないが、本気中の本気で最短距離を行けば間に合う可能性もあった。
連絡を貰った街の外から変化して疾走する。彼女の走った跡には砂煙が舞い上がり、地面が抉れた。
メランティナは走った。道中にいたモンスターに攻撃されようが、森を駆け抜けたことで全身が傷つこうが構わず、ただひたすらに走った。
現場に辿り着いた彼女が見た光景は、地獄だった。
どんな経緯を辿ったのか、数多のモンスターに冒険者達が囲まれてしまったらしい。三種は日を分けて討伐しただろうが、ファングファングの群れと戦闘になったのは言うまでもない。さらに続けて視界にある死体を含めた多数を相手にしたのだ、少なくない被害が出ても不思議ではなかった。加えて目覚めたアンファルが参加した冒険者達を狙っており、万が一にも生き残ることは不可能だ。
幾多も重なるモンスターと冒険者の死体。草原が広がっていたはずなのに、一帯が血の海と化していた。
赤黒く染まった大地の上で、今最後の冒険者が致命傷を負う。
メランティナが到着したその時、最後まで生き残っていたメナードが大きな鬼の槍兵に身体を貫かれた。
身体が一気に重くなったように感じ、それでも諦め切れない想いを抱える。
嫌な想像を振り払い、モンスターの下へ一気に跳躍して蹴り潰した。肉片が顔にかかるのも構わず、槍で腹部を貫かれたメナードを抱き止める。
「メナード!」
自分でも悲痛だとわかるほどの声で彼の名を呼ぶ。
『普通』によってどれほど顔のいい両親から生まれても、『普通』の容姿となるメナードは決してカッコいい部類ではない。それでも人前では『普通』の状態を保っているが、その時の優しげな表情が好きだった。
「……メラン、ティナ……か? ごめん、しくじったみたい」
自らの血で真っ赤に濡れた愛しい人が、虚ろな瞳で自分を捉える。
「喋らないで! 今治癒術師のところに連れてくから!」
獣の勘が告げてくる、もうダメだと。助かる見込みはないと。
「いいんだ……。僕はもう助からない」
当人が告げてくる、諦めろと。
「まだ助かるからっ、街に戻れば回復できる人もいるから、だからっ……!」
私より先に生きることを諦めないで。
「……ああ、これでも『普通』なりに頑張ったんだよ? まぁ最期に運が悪かったみたいだけど」
メナードは自分の死を悟って微かに笑う。どう足掻いても助からないことを理解していた。
「メナード、メナードっ!」
腕の中の体温が減っていくのを感じ取り、彼の死を間近に感じてようやく涙が溢れ出る。せめて看取らなければならないのに、視界が歪んでよく見えなかった。
「これから、だったのにな……。これから、君と二人で一緒に……」
死を悟ったメナードだが、後悔が滲んで涙となり溢れ出している。その目は虚空を見上げていた。
籍を入れて宿屋を経営し始めて、もうすぐ冒険者から足を洗うつもりだった。あとは二人で幸せに暮らしていければそれで良かった。常に『普通』にしかなれなかった自分が、ようやく“特別”だと言ってもらえた。
メランティナは泣きじゃくってメナードの名前を呼び続ける。彼を抱く手に力を込めても冷たくなっていくばかりだった。
「不安だなぁ……。メランティナは寂しがり屋で甘えん坊なとこあるから……いなくなった後が心配」
冗談めかして言っているが、その口元に笑みはない。ただ後悔だけが刻まれていた。
そうしている内にもモンスターがメランティナを背後から襲おうとする。しかし次の瞬間には振り向かずに振られた彼女の拳によって粉砕された。
そこで、メランティナはただ泣くことをやめる。
「……だ、大丈夫。一人でも頑張るから、メナードがいなくても宿屋ちゃんと経営するから。メナードは安心して」
涙を拭い、無理に笑顔を作って言った。
「そう? ……じゃあ、もう逝こうかなぁ。メランティナ、泣いてばかりじゃダメだよ?」
メナードは微かに笑って虚空に右手を伸ばす。もう、彼にはなにも見えていなかった。
「可愛い顔が台なし、だ……」
そこにない最愛の人の顔を見据えて、言い終わると同時に持ち上げた右手がだらんと力なく下がる。かくんと首が落ちた。
こうして、メランティナの腕の中でメナードはその生涯を終えた。
「……」
最愛の夫を看取った彼女はその遺体をそっと地面に横たえる。半開きの瞼を閉じさせ、立ち上がった。
メナードの別れで、悲しみと後悔は存分に味わった。おそらくこれから先もつき纏うことになるそれらの感情の出番は一旦終わりだ。
「――っ」
メランティナは大きく息を吸い、
「ああああAAAaaaaaaaa――――――――ッ!!!」
咆哮した。
ビリビリと空気が振動し、周りで機会を窺っていたモンスター達が怯んだ。
咆哮した彼女は人であることをやめる。獣人として生まれ、『獣化』から始まるスキルを会得することで獣に近づく変化を行うことはできるようになった。ただ、それでも獣人としての姿に戻ることはできる。
その獣“人”であることを捨てた彼女は、獣に近づくスキルによって得た力を凝縮させた状態となる。普通の獣人と変わらず、ただ体毛が金色に輝く。つまりは文字通りの「人の姿をした獣」になるのだ。獣人が到達し得る最高位のスキル『昇華』だった。
発動したからには、もう人としての生活が送れない。このスキルは『普通』と同じく解除されない。以前のように愛しい人を腕に抱くこともできなくなる。『人化』のスキルによって抑えることはできても、並み大抵の者では抱き着いただけで骨がへし折れるだろう。
咆哮を終えた彼女の姿は金色に染まっていた。産毛も金色に輝くため、全身から光を放っているように見える。メランティナは手近にいたモンスターに肉薄し、右手の爪で切り裂いた。その目にはもう悲しみの涙はない。
これからは、怒りの出番だ。
憤怒の表情をした獣が目につく生物全てに襲いかかり、ただ蹂躙していく。
瞳に最愛の人を殺された怒りを湛え、喉が枯れるまでただ叫び続けた。
復讐に身を焦がす獣に、言葉なんてモノはいらない。身体とその身体を突き動かす大きな感情さえあればいい。
手当たり次第に生物を殺す。人間らしい思考回路など必要ない。視界に入ったモノを殺す、壊す。
そして。
メランティナに恐れをなしたアンファルが眠りに着き、彼女の周りには一切の生物がいなくなっていた。
「……あ、あぁ」
数多の死体によって前より濃くなった血の海が広がっている。
一体には死体しかないが、真ん中だけ一人の遺体が横たわるだけで折り重なっていなかった。
青年の死体の傍に膝を着き、日の暮れた草原で、
「あ、あああぁぁぁぁ……!」
人の形をした金色の化け物は泣いた。
不安を抱いた依頼前から、愛しい夫が目の前で殺されただの獣人であることを捨てて暴れ回った一連の出来事が繰り返されている。
後悔と悲哀と憤怒の様を延々と見せ続けられる状態となっていた。
次回は主人公のトラウマエピソードです




