白い悪魔はそれなりに強い
「……っ!」
俺がまず駆け出して、悪魔に斬りかかる。だが悪魔は腕でそれを防いだ。……皮膚が硬いのかは知らないが、かなりの硬度だな。それも『魔力操作』で強化してるんだろうか。
俺に少し遅れて勇者が飛び込んでくる。俺はタイミングを見計らい、ギリギリで『烏羽』を使って飛翔し、勇者に場所を譲る。
「来い、聖剣・アスカロン!」
何も持っていなかった勇者だが、勇ましくそう叫んで神々しい輝きを放つ西洋風の長剣を虚空から出現させる。……流石勇者様(笑)。『聖剣召喚』とかのスキルだろうか。
「ほう? まさか聖剣を呼び出せるとはな。だがまだまだ先代勇者には程遠いぜ!」
悪魔は所謂激動の時代を生き抜いたヤツのようで面白い、という風に笑いつつも腕だけで聖剣を受け、弾いた。
「……剛毛硬すぎんだろ、この野郎」
俺は呆れながら空中から急降下して攻撃を仕掛ける。
「ざけんな雑魚野郎。てめえら脆弱な人間は強さが違うんだよ! ってかてめえは下がってろ!」
悪魔は言いながら剣をあっさり掴むと俺にもう片方の手を向け、掌に何やら白い球体を出現させた。……何だ、それは。ヘルヘイムのヤツらはそう言う技が好きなんだろうか。黒魔導と一緒で。
俺は掌から放たれた白い波動によって腹部を大きく消し飛ばされる。
「……ぐっ!」
俺は下半身に別れを告げて地面落ちる。『烏羽』も瀕死の怪我を追ったって事で解除した。……ヤバいな。まさかミスティで斬れないとは思ってなかった。しかもかなり痛い。悪魔があっさり視線を逸らしたから直ぐに『液体化』して繋げたが正直言って戦う気が失せる。こんな強いとか聞いてないし。家帰ってアニメ観たい。
……大体俺が誰かのために戦うとか無理だし。
(……なあ、ミスティ。あいつの皮膚斬れないとか俺達じゃ勝ち目なくね?)
『ーさっきまでキレてた人の言うセリフ?』
(……だって見た目以上に強いぞ、あいつ。俺が色々『模倣』したところで勝てるかどうか)
いや勝てるけど。だってあいつの身体能力を『模倣』し尽くしてそれに上乗せすれば良いだけの話だからな。
『ならそれをやれば良いじゃない。大体まだ私しか使ってないでしょ。色々使えばあいつの腕だって斬れるわよ』
ミスティが俺の心を読んで言ってくる。……確かにな。それにあいつはニアとミアを傷付けた。それだけで万死に値する。なら戦わないという選択肢は自然消滅するか。
「……」
そう思って俺は『液体化』したまま立ち上がる。立ち上がると言うには少しバラバラになりすぎていたが。見ると勇者が頑張って悪魔と戦っていた。炎と風と雷と光を纏って戦っているのだから、相当本気だろう。だが悪魔はニヤニヤ笑ったまま腕だけで聖剣を捌き、勇者に対して白い波動を放って攻撃している。……結構勇者は頑張って速くなってるんだけどな。それでもこの悪魔には勝てないのか。面倒だな。
仮に逃走心が掻き立てられたとしても、ニアとミアが危険に晒されている限り逃げる訳にはいかない。俺は『液体化』したまま無数の刃を形成し『硬化』を使う。そして水の刃を伸ばし、悪魔に斬りかかった。
「甘いんだよ!」
完全な不意打ちだったにも関わらず、悪魔は白い波動を、手を横に振って放ち全て薙ぎ払った。……これでもダメか。
「くっ……!」
俺が生きているのが見えて時間稼ぎをしていてくれたらしい勇者は、悔しげな顔をして一旦距離を取る。
「ってか何でてめえが『液体化』を使えるんだ? それは『実体化』した水の精霊や水の魔法を身体に取り込んだヤツだけだろうが」
通用しなかった攻撃だが、悪魔は俺に関心を持ったようだった。……『液体化』が使えるヤツも結構いるんだな。クリアだけじゃないならそう珍しくもないか。
「……気にすんな。今から死ぬヤツに何を教えても無駄だ」
「……ぐっ。後生の頼みだ、何でこんなことをしたのか教えてくれ」と言うヤツに限って状況を一転させる切り札を持ってるってのは常識だ。これから死ぬヤツには何も教えないのが一番だ。これから生きるヤツにも何も教えないのが良い。って事は何もかも秘密にしてた方が自分にとっては有利って事だな。
「はっ。生意気な口を利くじゃねえかよ、人間風情が!」
すると悪魔は勇者ではなく俺に突っ込んできた。……うわっ。面倒なヤツだな。感情のままに戦ってるからなんだろうが、悪魔ってのは自由だな。色々感情を抑え込んで生きてる人間とは違って。
「……じゃあ人間じゃないのでやるか。黒魔人の体躯」
俺は言ってナヴィから『模倣』した身体能力を自分の身体で再現する。もちろん見た目に変化はないので相手は何をしてるか分からないだろう。俺は突っ込んできた悪魔の動きがさっきよりもよく見えるので動体視力も普通の俺より黒魔人の方が上だと言う事にはなる。流石はナヴィ。バカだけはあって俺やメランティナに負けたんだな。こいつの動きがこれだけよく見ていれば、動きを先読みして且つ攻撃を合わせることも簡単だろう。
悪魔は「何が変わったんだよ!」と嘲笑しながら俺に向けて白い球体を纏った拳を振るってくる。……俺の前で何度も同じモノ見せるなよ。
「……『観察』完了。黒魔導と、それ」
「っ!?」
俺が右手に黒魔導、左手に白い球体を纏わせると悪魔はあからさまに驚愕して隙だらけになる。……じゃあカッコ良く見せるために技名でも言ってみるか、気が向いたら。
俺は白い球体を纏った黒魔人の腕力で悪魔の白い球体に向けて拳を放ち弾く。腕が捥げないとは流石だが、隙だらけになったので容赦なく腹部に黒魔導を纏った拳を叩き込む。
「がっ!」
悪魔は流石に最強の種族の最強の拳を受けて後方に大きく吹っ飛んでいく。
「……へぇ。白魔球って言うのか。良いスキルだな」
俺は少し傷が付いたかな? 程度のダメージしか受けていない悪魔に睨まれながらもステータスを開いて『模倣』した白い球体の正体を知る。……ってかそろそろ職業のぼっちを変えたい。転職とか出来ないんだろうか。
「てめえ! てめえが聞いてたヤツか!」
どうやら俺の情報を持っているらしい。……悪魔だしな。メフィストフェレスと面識があるのかもしれない。
「……俺を知ってるって事は、メフィストフェレスの部下か何かだな」
「っ!? てめえ何でメフィスト様を……!」
俺が鎌を掛けてみると悪魔は動揺し反応で肯定してくれる。……なるほど。様付けするって事は部下だな。しか直属の部下っぽい。ってかこんな強いヤツを部下に持ってるとかどんだけ強いんだよ、あいつは。
「……なるほど、部下か。目的は勇者一行の実力を見に来たって所だろ? しかもここにはなかなか強いヤツらが揃ってるからな」
メランティナとかギルドマスターとか。
俺は悪魔に言って更に情報を引き出そうと試みる。
「ああ。だが殺しても良いって言われてんだ。容赦なくぶっ殺してやんよ! てめえが誰かは知らねえけどなぁ!」
どうやらメフィストは俺の事を伝えていても誰かは伝えなかったらしい。だから俺に干渉がなかったのか。というかわざとだろ。あいつ人を弄ぶのとか好きそうだし。
「はああぁぁ!」
「……っ!」
その隙に勇者が悪魔に斬りかかり、緒沢がそれに続く。速度では緒沢の方が上だ。勇者は破壊力を中心に伸ばしているらしく、速度は風と雷と光でも上げられない。全属性を纏った攻撃は凄まじいモノで、悪魔と打ち合う度に普通のヤツなら吹き飛ばされそうな衝撃が起こっている。だがその最中を駆けて緩みなく悪魔に攻撃を仕掛けてる緒沢も、流石としか言い様がない。
だが二人の猛攻と、悪魔は片手ずつで完璧に受けている。さっきの俺の攻撃も動揺がなかったら受けなかっただろう。
「こっちもまだ決着してねえよ!」
「くそっ! でも宛てもなく脱出したらその辺のモンスターに殺されちまう!」
「ゆ、勇者一行様が居れば何とかなる!」
そこにギルドマスターが激闘を繰り広げている反対側から再び逃げてきた街の人々が戻ってきた。……四つの出口があるのにこっちに来たのはただ死にたくないからか。衛兵や冒険者が居れば何とかなるかとも思ったが、衛兵と冒険者は三方向目のモンスター襲撃に対応していて手が空いていない。残る一つからは何もないがそこから逃げようとした途端、一瞬で塵にされる事は明白だ。罠に決まってる。
……マズい。外套を被らなければ。
俺は焦って道具袋から外套を取り出し、すっぽりと頭までを覆う。……危なかった。俺が勇者と共に戦ってるとか洒落にならない程目立つ。それは嫌だ。名のある冒険者に混じって俺だけ貴族に喧嘩を売ったクソ野郎としか思われていない。それは目立つ。だから外套の剣士として戦うしかねえな。




