エセ勇者は『模倣』する
……俺も嘗められたもんだな。
俺は傷だらけの血塗れで突っ込んでくる猿の化け物を見据えながらそう思った。……まあ俺は元から嘗められているようなモノだが。寧ろ存在すら知られていない。
他が少し慌てて駆け寄って来るのをのんびりと『観察』しながら俺は心に余裕を持っていた。
「……」
何故なら既に今まで戦っていた三人の能力は『観察』を完了し『模倣』するだけとなっているからだ。
「……っ」
俺は緒沢が移動に使っている高速移動、風の力で自身を加速させるスキルを『模倣』し、一跳びで一気に猿帝の懐に潜り込んだ。……身体が軽い。追い風を受けているような感覚ではなく、身体自体が風になったような軽さだ。これがスキルの効果なのか。今なら何でも出来る気がしてきた。
「……雷撃脚」
俺は静かに呟くと、直線的に突っ込むしか出来ないもう意識も朦朧とした状態であろう猿帝の脇腹に、雷を纏った左脚で回し蹴りを叩き込んだ。
「ゴッ!」
俺の一撃で口から人間と同じく赤い血を吐き出し、悶絶してしかし倒れもせず吹き飛びもせずフラフラと身体を残す。
……生温いドロッとした液体が身体にかかるが、気にしない。いや、やっぱり気にする。臭いし気持ち悪い。
「……臭いな。消えろよ。臭い息吐くな。血も臭いし。腕の折れ方キモいな。寧ろ何で生きてんの? いい加減死ねよ。短足。ブサイク。腕長すぎるだろ。キショいな。何が帝だよ。雑魚猿の癖に。寧ろゴリラ。その顔キモいぞ」
俺は適当に罵詈雑言を吐き、十五回連続攻撃を放つ。わざわざ句点で区切って攻撃回数多くしてやったんだ。もう死んでくれると有り難いんだが。
猿帝は俺の視えない刃と槍による攻撃に、もう瀕死も瀕死、絶対死ぬレベルの重傷を負う。……もう全身ズタズタだし、四ヶ所腹に穴が開いている。血塗れでもう猿なのかさえ分からない状態だ。
満身創痍と言うにも足りないくらい瀕死の状態で、まだ挑む元気があるとは驚いた。
そう。猿帝はまだ死んでいないし、諦めてもいなかった。
全身からドクドクと赤い血を流し足元も意識さえも覚束ない状態だろうに、まだ倒れない。
……その生命力は、人間では考えられない程に高く、諦めの悪さも人間とは格が違う。
「……そろそろ楽にしてやるよ。だから――」
俺は平坦な声音で呟き、
「死ねよ」
ありったけの侮蔑、軽蔑、嫌悪、殺意等の負の感情を込めて、冷徹に告げる。
「ァ……」
猿帝は悲鳴を上げようとしたのか僅かに声を漏らし、最期を遂げる。
俺の負の感情を込めた言葉の刃は、猿帝を頭から真っ二つにした。……なるほど。込められた感情によって威力が増減するようだな。まあそれもそうか。元々が言葉の刃なんだから。相手が表す感情が強い程、傷付く。連続攻撃で仕留め切れなかったのは、俺の荒んだ心の長所にして短所、俺と他のヤツ、と言う見解の影響だろう。
俺はどこか後ろに居るイケメン君や周囲にいる神官等のヤツらと、猿帝を同視していたようだ。……人間と化け物を同視するのはどうかとも思うが、緒沢なんてもう化け物みたいな強さだ。じゃあそれを『模倣』出来る俺も化け物じゃん。まあ俺はエセだけどな。
「……」
俺はステータス、と念じて静まった場の中、一人素知らぬ顔でステータスを眺める。……おぉ、『模倣』のスキルをタッチして説明を開くと、アビリティらしきさっきパクったスキルの名前があった。
まだまだパクりたいスキルは山程あるが、猿帝を倒したスキルを全て持っていると考えれば、成果は充分だろう。あまり欲張りすぎてもいけない。
「……ステータスの上がり方は?」
俺はステータスを眺めていて、ふと疑問に思った事を聞いてみる。
「……モンスターを倒す、身体を鍛える、スキルの効果を上げる、魔力においては使う、ですが」
誰に聞いたのか分からなかったのだろう、聖女が数秒の間を置いてから説明した。……経験値がそのままステータスに影響を与える、と考えれば良いな。その辺のシステムは専門的な話になるのかもしれない。
……これで必要事項は聞いた筈だ。用はないな。
「……この格好は、目立つのか?」
いや、まだあった。この学校での制服と言うモノがこっちの世界で目立つのかどうかが分からないのだ。目立つなら早急に新しい衣服を調達しなければならない。どっちにしろ何日も同じ服を着ているのはどうかと思うので、服は買わなければならないが。
「いえ。そう言う制服があるのだと思われるでしょう。この世界に学校はありますから」
聖女はゆっくりと首を振って俺の懸念を否定し、事情を説明してくれる。……学校はあるのか。魔法とか学べるんだろうか? 良いな、それ。ラノベ的展開じゃん。まあどうせぼっちだろうけど。
「……」
俺はもう必要な事は聞いたかと思い、さっさと森の方へ向かって歩く。
「どこへ行くんだ?」
勇者が立ち去ろうとする俺を呼び止める。……う~ん。やっぱりここらでこいつらを引かせるか、正論で捻じ伏せるかしないとダメだな。俺が一人で森を抜けるとか言い出したらこの勇者君は絶対止めるだろう。だが俺は魔王なんて関係ない場所で平和に暮らしたい。勇者君を説き伏せるのは案外簡単に思えるが、他を捻じ伏せるのは一苦労しそうだ。だが俺の嫌われ技術を以ってすれば簡単にいける筈だ。
「……どこへ行こうと、俺の勝手だろ」
俺は薄ら笑いを浮かべて、イケメン君を振り返った。