エセ勇者は勇者一行と共闘する
ミスティの試し斬りを終えた俺が街に戻ると、何やら街が騒がしかった。……盗み聞きをしていると、どうやら勇者一行が力を使いこなし始め、旅に出るという発表があったようだ。
……最後に勇者として一仕事、してもらうとするか。
俺はそう思いクエストの報告と換金のついでに、ミリカを通してでも良いからギルドマスターに敵を探ってもらって勇者君に倒してもらおうって事で、ギルドに向かった。
因みにクリアはネーメラ沼だけには行きたくないと言って別のクエストに向かった。泥が混ざるからだろう。……クリアにはミスティを買ってもらったので二人で狩りに行くくらいなら許容したのに。
「……ミリカ、黒い突然変異がいきなり出現した事で、ギルドマスターに敵を探って欲しいんだが」
俺は受付まで歩くと担当受付嬢であるミリカに声をかける。
「それなら一応、探ってもらいましたよ。ギルドマスターの意向で勇者様一行には伝えてあります」
ミリカは呆れたように言った。今更だからだろう。俺がそういう推測を立ててから日数が経過している。ミリカの方でギルドマスターに打診したんだろうな。
「……なら良いか」
俺はそう言ってクエスト報告と、既に換金所の方で待っているユニに素材を渡して換金を行う。
「良いんですか、外套の剣士様?」
ミリカが皮肉たっぷりに言って換金所の方に来てクエスト達成の報酬を渡してくれる。
「……俺が手を出すまでもないだろ。こっちには勇者とその仲間達が居るんだぞ?」
俺はまるで俺が街を救いたいヤツみたいな言い方をするミリカに、呆れて返す。
「あの三人に匹敵する力を持つ外套の剣士様が言いますか? というかギルドマスターの話では勇者様一行に匹敵する程の力を持ってるそうですよ」
「……あんなヤツらに匹敵? とんでもないな」
「クレトさんがそれを言いますか」
あの三人に匹敵する程の力を持つってのはとんでもない事だろう。だが俺がそう呟くとミリカは更に呆れて言った。
いつ敵が現れるかも分からないが、ギルドマスターが居れば勇者一行と協力して敵を倒す事も可能だろう。
ドゴォン!
そこに、何かが破壊されるような轟音が響き渡った。……何だ?
「……今の衝撃、ただ事じゃないな」
「はい。見に行きましょう」
俺が言うとミリカも頷き、あわあわとパニクっていたユニを連れてギルドの外に出る。冒険者達も何事かと外に出ていく。その流れに合わせて俺達も出ていく。
「なっ……!?」
外に出た俺達が目にしたのは、崩壊した街だった。詳細に言えば、街のギルドに近い入り口の方が消し飛んでいた。……宿屋メナードも崩壊している。三人は無事だろうか。メランティナが居れば大丈夫だとは思うんだが、不安だ。
街の一角が土剥き出しの地面と化し、V字を描くようにその先にある牧場や畑も同じように消し飛んでいた。……とんでもねえ破壊力だな。街の一部を根こそぎぶっ壊してるぞ。
……何この破壊の跡。とんでもないヤツを敵に回してしまったんじゃないだろうか。ああ、巻き込まれなくて良かった。勇者一行が何とかしてくれるんだろう。
「……うわっ。こんなヤツと戦うのか、勇者一行様は」
俺は嫌そうな声音で言った。勿論いつもの無表情のままだが。
「勇者様一行の後はあなたですけどね」
だがミリカは逃がす気がないようで、そん事とを言ってきた。……いくら『模倣』出来る俺だからってこんな破壊力を持った相手には勝てないぞ。一撃で倒されれば俺の負けだ。
「ははははっ! 報告を受けて来てみれば、こんなヤツが現代の勇者かよ! そんなんじゃ俺にすら勝てないぜ?」
騒ぎの中心辺りから気に障る高笑いが聞こえた。……報告? つまり誰かの指示でこっちに来たって事か? となるとメフィストフェレスぐらいしか思い付かないんだが。ってかあいつはいつ勇者一行に合流するんだ?
俺は騒ぎの概要をザッと『観察』する。……なるほどな。勇者一行が街の外に出た敵に攻撃を仕掛けて、反撃されたって感じだな。その一撃を何とか受けた勇者一行は、敵と少し離れた位置で険しい表情をしている。
敵は異様に血の気のない白い肌をしていて、細マッチョと言うような体格だ。上半身は裸で下半身は紫色の体毛に覆われた獣の脚になっている。背中から白い蝙蝠のような翼が生えていて、橙色の髪の間から覗く三本の捻じれた茶色い角があり、手も肘までは紫の体毛に覆われている。明らかに人外の種族だ。
「悪魔ですね。白ですからかなり強い部類の悪魔かと思われます」
ミリカがソッと耳打ちしてきた。
「しかもあの悪魔、色獣と呼ばれる獣の一体と契約してます。だからあの体毛が生えてて」
更にユニが追加情報をくれる。……『鑑定』した結果、俺にもそう表示された。色獣ってのがどれくらい強いのかは分からないが、強い悪魔が強い獣と契約して更に強くなった、って事で良いんだろう。
「……かなり強いって事か」
「ああ、あいつはヤバいぜ。オレでも勝てるかどうか分かんねえ」
俺が呟くといつの間にか近付いてきていたナヴィがそう言って険しい表情を作る。……珍しいな、ナヴィが迷うなんて。戦ったら負けるからだろうか。戦闘狂でも最近負けが続いているので(俺とメランティナ)相手について考える頭を持ち始めた、という事だろう。あまりにも珍しいのかミリカとユニが目を見開いて驚いていた。
「……それはマズいな。ミリカ、ユニ。ギルド受付嬢として住民を避難させなくて良いのか?」
「「あっ……」」
こういう緊急事態に色々と仕事が追加されるのが受付嬢と言うモノだろう。二人は俺に言われてやっと思い至ったようでそそくさと行動を開始した。……きっとあのキツい受付嬢に説教されるのが嫌だからだろう。特にユニなんかかなり拙いところがあって説教されてばっかりなのに。
「すみません、下がって下さい! 危険ですから!」
ミリカが叫んで野次馬達を下がらせる。
「下がって下さい!」
ユニもそれに続いて叫び、野次馬達を下がらせる。
二人の活躍もあって野次馬達は悪魔と対峙する勇者一行から離れていくが、こんな破壊を齎すヤツが相手ではそれでも充分じゃないだろう。ってか普通は逃げるだろう。無様に惨めに逃げ惑う人間共を『観察』して心の中で嘲笑うのが楽しみだったのに。
「住民は避難を急げ! 冒険者と衛兵と事前に要請があった者はここに残れ!」
だが勇ましい雰囲気を纏った銀髪の美女が叫び、野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていった。
「おっ? ギルドマスターじゃねえか。やっぱあんだけの敵が現れるとなると出てくんだな。オレも一回戦ってみてえな」
その美女を見たナヴィはニヤリと獰猛な笑みを浮かべて言った。おかげで美女の正体が分かった。一回俺を庇ってくれたと言う、ギルドマスターだ。聞いたところによるとメランティナの戦友的な位置に居る人のようだ。
ギルドマスターが号令を出すと、野次馬達は消えた。だが冒険者と衛兵が残っている。衛兵が左側、冒険者が右側に集まって野次馬と同じように五人を見ていた。メイド長は三人の後ろにいて回復を施している。
「……クリア、メランティナ」
俺は冒険者側に居た二人とニアとミアの四人に近付いていく。
「あっ、クレト。どうしたんですか? 何でこんな場所に悪魔が居るんです?」
クリアは俺を見つけるなり聞いてきた。
「……俺に聞かれてもな。だがおそらく勇者一行の実力を見るためだろう」
俺は肩を竦めつつ推測を述べた。
「で、良いのか? 住民に護衛を付けなくて」
充分に住民が避難したところで意地悪く笑った悪魔が聞いてくる。その時丁度、住民の悲鳴が聞こえた。
「チッ……! 衛兵と冒険者のほとんどは私と共に住民の避難を手伝え!」
ギルドマスターは住民の避難した方向を見て目を見開くと、そう指示して魔力を迸らせる。
「『人獣化・壱』」
ギルドマスターは呟いて人の姿から一気に獣じみてくる。銀髪には丸い耳が生え短パンからは細く先に毛が生えている尻尾が生える。膝までと肘までが銀色の体毛で覆われる。……獅子の獣人か。きちんと『観察』させてもらったぞ。
「……っ!」
ギルドマスターは屋根の上に易々と跳び乗ると、脚に力を込めて一気に跳ぶ。その行き先は住民の悲鳴が上がり、巨大な禍々しい漆黒の魔獣が居る方向だ。……とんでもない脚力だ。踏み台となった家は半壊してしまったがギルドマスターは街の反対側に居るそいつの頭にそのまま蹴りをくらわせていた。
「シヴェリは全盛期“銀獅子”なんて呼ばれてた最強の冒険者だったのよ。流石に跳び蹴りで倒すまではいかなかったみたいだからちょっと鈍ってるみたいだけど」
ギルドマスターと仲が良いメランティナが説明してくれる。……あれで鈍ってるのか。流石だな。
「チッ。余計な事言っちまったな。だがこれで強いヤツとウザいヤツの大半が減ったか」
悪魔はニタリと笑う。
「……ニア、怪我をしてるな。どうしたんだ?」
俺はニアが脚を擦り剥いているのを見て屈み、尋ねる。
「……さっきので」
ニアはメランティナの脚にギュッとしがみ付いたまま俺を見上げて言った。……ほう? ニアを傷付けるとは良い度胸だな。どうやら俺を敵に回したいらしい。
「……良い度胸だな、あの野郎」
俺は右腰に提げている漆黒の剣に手をかける。
「クレト、ミアも!」
そんな俺を見てミアもワンピースに隠れて見えなかった膝が擦り剥いているのを見せてくる。……なるほど。この二人を傷付けるとは余程俺の怒りを買いたいらしい。
「……ちょっと待っててな。あいつぶっ殺してくるから」
俺はニアとミアの頭を撫でて言い、残り少なくなった野次馬の中で勇者一行にゆっくりと歩み寄る。
「君は、俺達と関わらないんじゃなかったのか?」
「……それとこれとは話が別だ。俺が守りたいもんを傷付けた罪は重い。ってか折角俺が組織ぶっ壊したのに宿屋自体が壊れたら意味ねえだろうが。ってことで、あいつは俺がぶっ殺す。これでもキレてんだ」
「クレト……」
「俺も一緒に戦うよ。これでも強くなったし、あいつはかなり強い」
俺が吐き捨てるように言うとメランティナが俺を熱っぽく見つめてくるが、無視だ。勇者君はそんな俺と共闘しようってのか、真剣な表情でそう言い敵を睨む。
「……介入する暇があったらな」
俺は無愛想に言って、ミスティを抜き放つ。
「……ミスティ。いけるよな?」
『ええ、勿論』
俺は突如として傍らに現れた漆黒の翼を生やす美少女に言う。
「……っ」
驚く勇者を他所に俺が魔力を高めようとしていると、突然悪魔を含む空間が大きく凍り付いた。……何だ? いや、氷を使うんならこの場には独りしか居ない。
「介入、したわよ」
負けず嫌いなのかそんな事を言った紫園は片目を瞑っていて、開いている右目には冷気が纏われていた。
「……『絶対零度の視線』、か」
俺は眼と氷で結び付けて呟く。
「……ええ」
紫園は『模倣』出来る俺の前で能力を使ってしまったからか、眉を寄せて答えた。
「はっ! 良いじゃねえか!」
まるで戦闘狂なナヴィのような事を言いながら、力尽くで氷を砕いて出てきた。
「本番はこれからのようだな」
「……足手纏いになるなよ。俺の邪魔するヤツと俺の守りたいヤツを傷付けたヤツはぶっ殺すんだ。トドメを刺す時になって更正するかも、とか言い出すんじゃねえぞ」
「分かってる」
俺が言うと勇者は苦虫を噛み潰したような顔をするが、意を決したように頷いた。……そういう面で足手纏いになるな、っつってんだよ。
俺は苛立ったまま、悪魔と勇者に並んで対峙した。




