外套の剣士はやることを終えた
「……ふあぁ」
俺は朝起きて顔を洗ってから一階の食堂でメランティナの作る料理を待っているのだが、欠伸が出てしまった。
……昨日は夜遅くまで外出していたからな。それに、その後PCでアニメを観ていた。寝不足だ。
「眠そうね。昨日は夜遅くにどこか行ってたみたいだけど、どこに行ってたのかしら?」
メランティナが聞いてくる。少し呆れた様子だ。
「……別に。どこに行ってたとしてもメランティナには関係のない事だ」
結果的に行った場所はメランティナに関係のある場所だった訳だが、それをメランティナに言う必要はない。
「そうね」
メランティナは関係ないと言われて少し寂しいそうな顔をしていたが、俺は無視して運んできてくれた料理を突く。
「クレト!」
「……くれと」
「クレト!」
何故か同じような格好をしてクリア、ニア、ミアの三人が少し離れた場所から俺を睨んできていた。
「……何か用か?」
「昨日はどこに行ってたんですか! 私、昨日一生懸命働いてやっと剣を買えるようになったんですよ!?」
クリアがムッとした顔で、
「……くれといない、さみしい」
ニアがシュンとしょんぼりした顔で、
「クレトと一緒に寝たかったの」
ミアがシュンとしょんぼりした顔で言った。……三人共何故か仲良くないか?
「……よしよし」
俺はまず、落ち込んでいる二人の頭を撫でてやる。
「……それでクリア、剣を買えるようになったってのは本当か?」
そして二人の機嫌を取ってからクリアに聞く。
「はい」
クリアは二人が頭を撫でられているせいかムスッとした顔で頷く。
「……そうか。よくやったな」
俺は仕方なく、クリアの頭を撫でてやる。
「……ふあ」
クリアはたったそれだけの事なのに嬉しそうな表情をする。それが何となく気に入らなかったので直ぐに手を放し料理を平らげる。
「わ、私も食べます!」
「……にあも」
「ミアも!」
俺の向かいにクリア、左にニア、右にミアが座りムスッとしているメランティナに言う。
「はいはい」
メランティナは素早く平らげた俺の皿を盆ごと持ってカウンターの奥にある厨房へと消える。そして折り返すように直ぐ姿を現した。……片手に一つずつと、『人化』を解いて尻尾で盆を三つ持っている。尻尾の力が半端じゃないな。ニアかミアのための少し少ないモノとは言え、流石の力だった。そして器用だ。
メランティナが三つの盆をそれぞれの前に置くと、リンリンリン、と言う古い電話のようなベルが鳴り響いた。メランティナは少し慌てた様子でカウンターの方へ駆け寄る。
「……はい。あっ、シヴェリ? どうしたの急に。えっ? ああ、えっ!? ……そ、そうなの。じゃあ私はもう大丈夫なのね? ……良かった」
メランティナはそれに出ると、パッと顔を輝かせてシヴェリさんとやらと話しているようだ。……驚いたりホッとしたり、忙しい電話だが何の話だろうか。
俺はそんな事を考えながら、口元が汚れた二人を拭ってやっていた。
「……何の電話だったんだ?」
俺は二人がモグモグとリスのように口いっぱい頬張って食べているのを微笑ましく思いながら、電話を終えたメランティナに聞く。
「シヴェリアーナ――ここの街のギルドマスターから連絡があって、ブリュード家一家殺害事件が起こったそうよ」
「……ブリュード?」
俺は首を傾げる。……その一家が殺害されたと言う。惨い事件もあるものだ。
「ええ。五年前のアンファルの森に居たガザラサイ、猿帝ロギウ、ファングファングの三体を討伐するように依頼した大貴族で、あなたに一億の謝礼金を渡したらしい大貴族で、ニアとミアの元飼い主よ」
メランティナは白々しいとばかりにジト目を向けて頷くと、少し嫌な顔をして続けた。……そうか。あの一家がブリュードと言うらしい。飼い主と言う言い方には、二人がスキルか何かで猫の姿を取っていた事を示す言葉だろう。
「外套の剣士がやったそうよ」
メランティナはそう言って俺にジト目を向けてくる。……そう言えば、ギルドマスターはこの街中の声が聞こえるんだったな。面倒だな。
「……くれと、なんのはなし?」
くいっとニアが俺の袖を引っ張り顔を見上げて尋ねてくる。
「……ニアとミアはもう自由だって事だ」
俺は二人の頭を撫でて言う。……二人にはまだ早いだろう。簡単に事実だけを告げれば良い。
「ところで、外套の剣士様はこれからどうするつもり?」
メランティナがわざとらしく言う。
「……そうだな。クリアと剣を買いに行って、それからはいつも通りクエストだな」
俺は否定せずに言う。
「……否定しないの?」
少し驚いたようなメランティナ。
「……今更否定してもな。それに、この前明かしたつもりだったんだが」
メランティナがナヴィと戦った後の事だ。あの時俺は外套の剣士の格好をしていた。勿論偽物だと疑われはしたが、魔力を放つ事で事なきを得た。
「それもそうね」
メランティナは微笑んでそう言うと、俺に歩み寄ってきて後ろに回り、
「ありがとっ」
満面の笑みで抱き着いてきた。……背中に当たるから止めて欲しい。クリアがムッとするし、二人が羨ましそうに見上げてくるし。
「……別に礼を言われる事をした覚えはないな。俺はただ、俺がやりたいようにやっただけだ」
俺は鬱陶しそうに言って抱き着いてきたメランティナを引き剥がす。
「……俺はもう行く。クリア、行くぞ」
俺は目をキラキラと輝かせる二人の頭を撫で、クリアを伴って宿屋を後にする。
「いってらっしゃい、クレト。本当にありがとう」
出ていく途中メランティナが少し涙を滲ませ手を振っているのが見えた。……恐らく五年間溜まっていた鬱憤が晴れたか霧散しているのだろう。
「……行くか」
これを終えればもうこの街に用はない。
ここを去る準備をしなければ、と俺は思いながらクリアと共にその良い剣があると言う鍛冶屋だか武器屋に向かった。




