外套の剣士は白を切りまくる
「「「……」」」
俺がギルド集会所に入ると、談笑していたりクエスト報告をしたりしていたヤツらが口を閉ざし、静まり返った。……だが俺を責めるような視線はない。奇異の視線ばかりだった。
……一部からは非難の視線がある。装備の実用性の低さと煌びやかさから、恐らく貴族だろう。
「あっ、クレトさん」
「いらっしゃい、有名人さん」
ユニは俺に気付いて顔を上げ、ミリカは俺にジト目を向けて皮肉たっぷりに言った。
「……あの後どうなった?」
俺は少し気になって声を潜めて聞いてみる。……衛兵があの時の事を根に持って適当な理由で拘束しようとしてきたら面倒だからだ。
それに、当事者として事の顛末を知っておくべきだろう。
「あの後ギルド内に気まずい空気が流れました」
ミリカははぁ、と溜め息をついて言った。それはそうだろうな。
「で、でも、直ぐにギルドマスターが来て場を収めてくれたんです」
ユニは慌てた様子でミリカのフォローをする。……ギルドマスターが直々に? 俺が一週間以上もここに居て一度も会っていないくらい籠ってるのかサボってるのかしてるようなヤツが? ミリカに前聞いた話ではかなり強いSランク冒険者らしいが。
「……ギルドマスターが?」
俺は自分の抱いた疑問を解消するために聞き返す。
「はい。三階にギルドマスターの執務室があるんですが、きっとそこで会話を聞いていたんでしょうね。クレトさんが出て行ってから下りてきて言ったんですよ」
「はい、『衛兵がやらないならギルドから一人金貨一枚でその貴族邸宅内の捜索を依頼する』って」
ミリカの言葉に続き少し興奮気味にユニが言った。……言葉を取られたミリカはユニをジト目で睨むが、ユニはそんな事お構いなしだ。
「そしたら衛兵長が慌ててそれは衛兵の仕事だからって言って、その貴族邸宅内の捜索を強行する事になって」
「今さっき、オルマリファナが二キロ見つかったと報告がありました」
行動が早いようで何よりだ。……しかし、二キロとは多いな。あれは一キロ金貨一枚は当然と言う代物だ。俺は金をケチって一キロしか買わなかったのに、まさかまさかの事態だ。本当に持っているとはな。
「それより衛兵の方が違和感があると言っていましたよ」
チラリと俺にジト目を向ける。
「まるで誰かが見つかるような場所に置いたかのような反応だったって。一キロについてはその時の『何でそんな場所に……!』という言葉を滑らせたので詳しい話を聞いているところですが、どうやらもう一キロについては本当に何も知らないようですね」
ミリカが「何かしたんですか?」と言うような視線を向けてくるが、俺は知らん顔をした。
「……じゃあ誰かがその貴族を罠に嵌めたって事も考えられる訳か」
誰だろうな、そんな事をするヤツは。わざわざ警備が配置されたような貴族の邸宅にバレず侵入し、貴族の広大な敷地内から既存のオルマリファナを見つけて見つけやすいようにして、別の場所に新たなオルマリファナを置いておくようなヤツが居るとは驚きだ。
「……きっと俺に無実の罪を被せようとしたから罰が当たったんだな」
俺はうんうんと頷く。
「……」
「はい。不法に税金を巻き上げていた団体も何者かに滅ぼされたって言う話ですからね」
「……」
白々しい俺にジト目を向けるミリカに対し、ユニはどこかの連中について言い俺の悪は滅びる論に賛成する。それにミリカが更にジト目を強める。
……まさか俺がやったと思ってるんじゃないだろうな、ミリカ。俺が自分のためにならないような事をすると思っているのだろうか。全く、不法に住宅街の一部の宿から金を巻き上げていたような団体なんて俺は知らないってのに。
「それより凄いですね、クレトさん。ギルドマスターが一目を置いてるなんて」
そんな俺とミリカの疑心に反し、ユニは俺に羨望の眼差しを向けてくる。
……そんなに羨ましがられるような事なんだろうか。
「この街のギルドマスターは人と馴れ合わない事で有名なんです。強すぎて男は近付かないし、メランティナさんがギルドに顔を出さない今、ギルドマスターは孤高の存在となりつつあります」
ミリカはそんな俺の疑問に答えるように言った。……男が近付かないって事は、女なのか。
……何故かこの世界の男が随分弱い気がしてきた。今まで会った中で一番強い男は勇者だし、男で強いヤツを知らない。メランティナの旦那であったメナードと言う人も多分強かったんだろうが、それだけしか知らない。対する女はギルドマスターやメランティナ、クリアにナヴィ、ユニや勇者の仲間二人も居る。知らないだけかもしれないが、女性は随分と多い。
「……そうか」
「因みにですが、ギルドマスターは耳が良いので街中の声が聞こえますし、本気になれば国中の声を聞く事が可能です。更に魔力感知にも長けているため……クレトさんが外套の剣士だって事もバレています」
ミリカが補足説明をしてくれる。……そうか。俺が外套の剣士だと分かっているからこその養護か。声を潜めてくれた事は有り難いのだが、
「えっ……?」
ユニにはバッチリ聞こえていたようで驚いていた。
「……え、えっ、えぇ!? クレトさんががいと――んむっ」
ユニは目をパチパチと瞬かせて驚き、俺が外套の剣士だと言おうとしたのでミリカが慌てて口を塞いだ。
「秘密にしてるのよ。受付嬢が冒険者が隠したい事を自らバラそうなんて、どう言うつもり?」
ミリカは直ぐにユニの口から手を放すが、責めるような視線を向けて説教した。
「す、すみません」
ユニはミリカに睨まれてシュン、と肩を落とす。
「で、でも何で秘密にするんですか? ギルドから恩賞などが貰えると思いますが」
だがユニは顔を上げると俺を向いて聞いてきた。……恩賞が貰えるのか。それは良いんだがな。
「バカね。恩賞を与えるならギルドマスターが正体を知ってるんだから秘密裏に渡す事も出来るわ。それをしないのは本人の意思を尊重して少しでもバレないようにするため」
ミリカが俺の気持ちを代弁してくれる。……何かユニに対して厳しくないか? 先輩だから当然なのかもしれないが、どこか刺々しい気がする。まあ俺の気のせいだろう。
「ごめんなさい」
案の定、ユニがシュンと肩を落としてしまった。
「……それで、その貴族とやらはどうなったんだ?」
「オルマリファナは勿論押収され、貴族としての地位を剥奪される――のを防ぐために二億の賠償を支払い、世間からは冷評を受け、商人達からは手を引かれ、次第にその地位を落とす事になるでしょうね」
ミリカが冷酷に呟く。……そうかそうか、それは良かった。社会的に死んだも同然だな。向こうは何が起こったのか理解出来ていないだろう。次は精神的に死んでもらおうか。
「……とりあえず俺は適当にクエストに行ってくる」
俺は言って掲示板へ行き、適当にクエストを剥ぎ取るとミリカに提出する。
「はい、承りました。それではご武運を」
「クレトさん、頑張って下さい!」
ミリカが受注印を押していつもと同じように言い、ユニが満面の笑みを浮かべて言った。
「……ああ」
俺は簡潔に返事をするだけに留め、踵を返してギルドを後にした。




