外套の剣士は獣人達と一緒にいる
「……すごかった」
「カッコ良かった!」
俺と手を繋いでいるニア、ニアと手を繋いでもう片方の手をメランティナと繋いでいるミアが口々にメランティナに言って、羨望の眼差しを向けている。……俺はと言えば、ニアにせがまれて手を繋いでいるとは言え、メインは背中に背負っている気絶したナヴィだ。
……家族団欒みたいな光景に、街の人々がざわめいている。
「……あれってメランティナさんじゃね?」
「……ああ。ここ数年冒険者辞めてるっていうな」
「……メナードさんが死んでから宿の方を経営してるって聞いてたけど」
「……あの野郎、何だ? まさかメナードさんが居ねえ事を良い事に、メランティナさんに付け込んだんじゃ」
「……ならマジ殺すしかねえだろ。大体あの二人の子供は何だ?」
「……分からねえ。けど、まるで家族みたいだぞ」
「……ああ。確かメナードさんとの間に子供は居ないって話だから、まさか!」
「……あの野郎、二人の年齢からしてメナードさんが生きてる内にメランティナさんに手え出しやがったな……!」
「……殺す」
「……ぶっ殺す」
……うわぁ。俺への非難の視線が凄い。メランティナって結構有名なんだな。俺が知らないだけで、メナードって言う恐らく宿屋の名前の由来である旦那も有名で、ニアとミアの二人が居ることで俺への確証のない噂はどんどん広がっていく訳だ。
「根も葉もない噂を……!」
メランティナが小さく呟く。……『人化』を解いている獣人の姿のため頭にある獣の耳をピクピク動かして、それら俺への陰口を聞き取ったらしく、ニアとミアと同じようにムッとした顔をする。
「……別に問題ないだろう」
だが今の俺は目立ちたくないので外套ですっぽり頭から全身を覆っている。
「……で、でもあいつ外套の剣士だぜ?」
「……外套の剣士な訳あるかよ。外套の剣士は一種のモンスターだって噂もあるくらいに街には出現しない
んだぞ」
「……じゃああいつも成り済ましか……!」
「……だろうな。メランティナさんを脅し外套の剣士のフリまでしやがるとは良い度胸だ」
……あれれ~? おかしいな~?
俺の作戦では外套の剣士だから手は出さない的な雰囲気になる事を期待してたのに、まさか成り済ましだと思われるとはな。予想外だ。大体成り済ましなんて居るのか。「も」って事は居るんだろうが、俺は見た事がない。街中で外套を羽織っているなら俺が気付かない筈もないんだが。
「その外套、思ったより効果ないんじゃないの?」
メランティナがジト目を俺に向けてくる。
「……成り済ましがするとは思わなかったんだ。何ならちょっと脅して証明してやっても良いんだが、面倒だしな」
「ちょっと脅すくらいならしても良いわよ? どうせ夫が亡くなって以来数回しか来てない薄情者だし」
メランティナは俺の言葉にそんな事を言った。……それはあの連中に脅されていたからなんだが、まあ黙っていても別に良いだろう。俺には関係のない事だからな。
メランティナはちょっとムッとしているようだ。客入りが衰えたのは来てないあいつらのせいだとでも思っているのかもしれない。確かに冒険者達が力を合わせれば連中を倒せただろうし、連中だけのせいであそこまで追い詰められていたとは言いがたいからな。
「……そうか。じゃあ――」
俺はメンラティナの許可を貰った事だし、自身の持つ魔力を解放する。
「「「っ!?」」」
すると周囲に居た全員が目を見開いて俺を見る。……俺の魔力が全体から見ればどの程度なのか、ってのは俺には分からないからな。少し無用心だったかもしれない。
俺は直ぐに魔力の解放を止めて毛を逆立てているニアとミアの二人の頭を撫でる。二人は警戒を解いて落ち着いてくれた。それを見たメランティナも落ち着いたようだ。
「……んあ? 師匠?」
魔力を一番近くで感じていたナヴィが寝惚けた声を上げる。どうやら起きたようだ。
「……じゃあ、行こうか」
俺はそんな周囲を無視し、スタスタと歩いていく。
「あなた、その魔力は……?」
道中メランティナが驚いたような様子で聞いてきた。
「……平均的な魔力は分からないが、かなり高い方だと思うぞ」
メランティナが何を尋ねたいのかがよく分からず、適当な答えを返す。
「そう。でもあまりひけらかしたりしない方が良いわ。それくらいになると、世界でも強い部類になるから」
「……そうか。まあ魔力程他のステータスは高くないんだが」
メランティナの忠告に頷きつつ、俺は言って頭を掻いた。
「そうなの? じゃあまだ私も負けていられないわね」
他のステータスは高くないと聞いたからだろう、メランティナはフフッと微笑んで言った。
しばらくすると宿屋メナードに到着する。
俺はナヴィを椅子に下ろし、外套を脱いで宿を出ようとする。
「……くれと」
「クレト」
するとニアとミアがキュッと俺のズボンを掴み、うるうると瞳を潤ませて俺を見上げてきた。
「……俺は金を稼がなくちゃいけない。だから放してくれ」
金がないとここに泊まれなくなって二人とお別れする事になる、とは二人を見て言えなかったが、頭を撫でて放してもらう。
「……じゃあ、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
「ま、待ってくれ師匠! オレは!?」
俺が宿を出ようとするとメランティナは見送ってくれたが、ナヴィは慌てたように椅子から立ち上がり、そしてよろけて椅子に座る。
「……まだ動ける身体じゃないだろ。それと、しばらくはメランティナに近接戦闘ってもんを教えてもらえ。黒魔導の使い方はそれからだ」
俺は嘆息混じりに言って宿屋メナードを後にする。
……忘れていたが、魔力って放出出来るんだな。まあ良いか。そんな頻繁に使うもんじゃないだろうし。ってかこの後ギルド言って睨まれないかな。時間が経っているとは言え衛兵に対して失礼な態度取って貴族を侮辱したしな。
「……ま、何とかなるだろ」
俺は楽天的な事を独り呟きつつ、ゆっくりとギルドに向かって足を踏み出した。