ぼっちは愛くるしい子猫に敗北す
すみません、さっき間違ってリュウ俺の方に投稿してしまいました
とてとてとて。
俺が戻った宿屋メナードには、軽快な足音が響いていた。
「あら、クレト。……黒魔人なんか連れてどう言うつもりかしら?」
俺が入っていくとメランティナがまず気付き、微笑んで言う――から急降下してジト目を向けてきた。
「……くれと、おかえり」
「おかえり!」
純白でお揃いのワンピースを着た二人が、床の雑巾がけを止めてギュッと俺の足に抱き着いてくる。
「……よしよし。二人共、よく似合ってるぞ」
俺は相変わらず猫可愛い二人に癒され先の出来事を頭の隅に追いやって二人の頭を撫でる。
「……ん」
「えへへー」
二人は嬉しそうに頬を緩める。
「むぅ。朝起きたら女が三人も増えてるなんて、どう言う了見ですか!」
食堂の机でいじけたようにちびちびと料理を食べていたクリアが不満そうに言ってくる。
「……この三人が俺の女に見えるなら、お前はきっと妄想癖のある変態だろうな」
俺は呆れを表に曝け出してクリアを見据える。若干冷えた目になってしまうのは仕方がない。
「……おんな」
「女!」
二人がギュッと足に抱き着いてくる二人。可愛い。
俺は冷えた目が和らいでしまうのは否めない。
やたらと嫉妬深いクリアと違って俗世に浸っていない二人の方が純粋無垢で信用出来る。
「……よしよし。メランティナの手伝いをしてたんだな。偉いぞ」
俺は二人の頭を撫でる。
「……にあえらい?」
「ミア偉い?」
二人は気持ち良さそうに顔を綻ばせて聞いてくる。……ニアとミアってのが名前なのだろうか。可愛い名前だ。猫ならタマでもポチでもアレクサンダーでも可愛いが。
「……偉いぞ」
俺はすっかり懐かれた事を嬉しく思いつつ、二人を撫でてやる。
「で、その人は?」
メランティナが二人の手前微笑んで、しかし裏では怒っているようで怖い雰囲気を醸し出し聞いてきた。
「オレか? オレは師匠の弟子だ!」
……ナヴィは自分に聞いているだと理解すると、親指で自分を指し堂々と言い放った。
まあこいつらには言っても良いと言ってあるから言う事自体は別に良い。
だが俺とナヴィが一緒に来たから俺が師匠だと分かるかもしれないが、知らないヤツが聞いたら「?」ってなるぞ。
だって誰の弟子か明言してる訳じゃないからな。そこにアホの子らしさが出ている。俺を師匠と呼ぶのをそのままにしているだけだが、他人への気遣いが一切見られない。そこがバカらしくもある。
「私を殺そうとした癖に、よくものこのこと私の前に来られましたね。殺されたいんですか?」
ナヴィの言葉で俺が師匠だと理解したのか、クリアは冷えた視線を向ける。
「はっ! 一回オレに殺されかけたヤツが何言ってんだ? 何度やったって一緒だろ」
クリアの言葉を挑戦状と受け取ったのか、ナヴィは挑発的な顔で挑発的なことを言う。それがクリアの怒りを煽り、
「調子に乗らないでくれる? 私が百年のブランクと魔力がほとんど残っていないことを考えれば黒魔人赤種如きに遅れは取らないわ」
クリアは感情が爆発しそうなのを無理矢理抑えているような冷め切った口調で言う。
「ああ? 如きだと? 負け犬が何言ってやがんだ?」
流石にナヴィも如き呼ばわりされたら黙ってはいない。額に青筋を浮かべてギロリとクリアを睨む。……一触即発って感じだな。一回二人を全力で戦わせて白黒付けた方が良さそうだ。
「全くもうっ。他にお客さんが居ないからって、店の中で喧嘩は止めてもらえる?」
「「っ!?」」
喧嘩に夢中になっていた二人の間に、一瞬でメランティナが現れ、溜め息をつきながら仲裁する。……元凄腕冒険者だったな、そう言えば。詳しいランクは聞いてないが、きっと高ランクだろう。少なくとも未だBランクの俺よりも高い筈だ。因みにナヴィがAランクでクリアがEランクだ。
「……かっこいい」
「カッコ良い!」
ニアとミアが喧嘩をあっさり仲裁したメランティナに羨望の眼差しを向けていた。……流石豹。猫科では強い部類に入るからな。猫から信頼を得るのは容易いと言う事だろうか。
……猫と豹が対峙するとこなんて見たことないから分からないが。
「……そういや、二人は姉妹なのか?」
俺はふと気になって聞いてみる。仲の良さからして幼い頃から一緒だったんだろう事は予想出来るが、血縁関係があるかどうかは『観察』しても分からない。
「……ふたご」
「双子!」
ニアがたどたどしい口調で、ミアが元気良く答えてくれた。……一挙手一投足が可愛い。
「……双子なのか」
俺は少し驚いて言う。……毛色や毛並みが違うからな。第一、元になっている猫の種類が違う。
「獣人は血縁に関係なく様々な種類が居るのよ。毛の色や様子は、生まれてくるまでどんな風なのか分からないの」
喧嘩を仲裁したメランティナが俺の方に歩いてきて二人の頭を撫でながら温かく微笑んで説明してくれる。……そういや、メランティナは旦那との間に子供が出来てないんだな。だからきっと、自分に子供が出来たらこんな感じだったのかもしれないと思っているのかもしれない。
「……二人についてなんだが」
俺はメランティナに頭を撫でられて嬉しそうな二人を微笑ましく思いつつ、メランティナに視線を向ける。
「……二人は、メランティナが引き取る方向で良いよな」
「別に良いけど、何でほぼ確定?」
俺の視線に真剣な表情で応えたメランティナは少し驚いたように苦笑して言った。
「……だって、どうせ受けると思ったからな」
「……」
俺がはっきり言うと、メランティナは少し驚いたような顔で顔を綻ばせる。
「……くれとは?」
「クレトは?」
すると二人がシュンとした様子で上目遣いに尋ねてくる。……くっ。可愛くていつものように突き放したり出来ない……!
「……ああ、俺も基本はここに居るから」
俺は慣れないが少し微笑んで言った。
「「……」」
二人共――いつもは表情に乏しいニアでさえも、顔を少し綻ばせて笑顔を見せてくれた。……うっ。このままでは二人を甘やかしすぎてしまう可能性が……。それは教育上良くない事もあるからな。
……メランティナも親バカになりそうなタイプだし、俺も猫とは言え厳しく当たる必要がある時が来るかもしれないからな。
「……ん」
「クレト」
「……よしよし」
……やっぱりダメだ! 嬉しそうに足に頬擦りをしてくる二人に厳しく当たるなんて、俺には無理だ!
「……師匠」
「……クレト」
俺達四人が話を進めていると、ナヴィとクリアが不満そうな顔をしていた。
……くっ。これでは俺の心が人間味を取り戻してしまう。そしたら急に人間が殺せなくなるなんて事も――ああ、それはないわ。
この俺の心のオアシスとなりつつ二人を傷付けていたのは人間だ。人間なんてクソ食らえだ。人間なんて俺も含めて撲滅すれば世の中が平和になるってのに。
「……くれとぉ」
「クレト……っ!」
……あっ、ダメだ。この二人の甘えるような瞳を見たら、死んでいられない。
俺の平和に、この二人は必要かもしれないと、心の底から思えてしまった。
……俺らしくもない。




