ぼっちは『観察』が習性
寝落ちしました
森林の草むらが大きく揺れる。
……いや、ガサッ、じゃなくて、バキバキバキッ……! って感じなんだが。
確かに草むらは大きく揺れた。嘘は言っていない。
だがそれが些細な事だっただけだ。
そいつが森林の中を突き進んできて、その通り道にあった木々があっさりと倒れていくのだ。
……高さ五メートル、脚は短いが前に着いている腕は長い。赤毛でトドのような上の犬歯を持ち、鋭い牙が並び下の犬歯も少し長い。
顔は歌舞伎のように何かを塗りたくったような顔で、確かに猿っぽい。……俺の歌舞伎のイメージが白塗りか「イヨーォッ」って感じの派手な色塗りしかないからかもしれないが。因みに目の前のエテ公は後者のような感じ。
あと眉毛が半端ない。黄色で目立つ上に縦なんじゃないかってくらいに逆立っている。しかも結構モサモサしてるし。
腕が長い癖に俺が気付く範囲から目の前まで、直ぐに来た。しかも森に近付こうと歩みを進めていた俺に襲い掛かってきている。森から飛び出してきた勢いそのまま、俺に向かって左腕を振るっている。ゴリラのように握って前脚のように使っていた拳を開き、大きな掌の先にある鋭く長い爪で俺を引き裂こうとしてくる。
「……」
唖然として、しかも本来なら俺は全く動けずにあっさりと引き裂かれ、十七年くらいの人生を終えて死に向かって一直線に突っ走っただろう。
だが既に、『観察』は完了していた。
「……」
俺は長年の経験から得た観察眼でエンテイ――恐らくは猿帝と思われる猿の動きをよく視ていた。力の入れ具合や速度等、全てをだ。
これくらいはただの特技だ。相手が俺の常識を覆す程の形で突っ込んでこようと、『観察』は可能だ。
俺の荒んだ心と廃れた精神を以ってすれば、これくらいの危機感なんて事はない。失敗すれば死ぬだけ。ただそれだけなのだ。元々終わっていない漫画とラノベとアニメを終わりまで観るために生きているような俺だからな。所詮、死にたくないと情けなく喚く事も出来ない俺なのだ。
そして俺は、『観察』が完了した動作を『模倣』する。
「っ!?」
俺は猿帝が突っ込んできたのと全く同じ速度で、後ろに跳び退く。聖女が何でこんなヤツが猿帝の攻撃を避けているの!? みたいな顔をしているのをチラリと確認して内心良い気になりながらも、俺は猿帝を見据えて警戒を解かない。
「……フーッ……フーッ」
猿帝は荒く息をしながら左手を不思議そうに眺める。恐らく避けられたのが信じられないんだろう。……随分と、人間らしいじゃねえの。
「……。勇者様っ! 撃退して下さい! 勇者様の魔法なら問題ありません!」
聖女は唖然としながらも直ぐに我に返るとイケメン君を向いて叫んだ。
「分かった。やるだけやってみよう」
イケメン君は真剣な表情で頷き、右手を前に翳す。
「旋風刃!」
右手の前に黄緑色の魔方陣が展開され、そこから竜巻が放たれた。……うお、流石は勇者。カッコ良い魔法を使うな。
俺は横を通り過ぎる竜巻が巻き起こした突風に顔を顰めながら、魔法を使ったイケメン君と、魔法をかわした猿帝を『観察』する。
「くっ……!」
イケメン君は猿帝へと突き進んだ竜巻が、意外とあっさり避けられてしまったことに悔しがっていたが、それは当然だろう。猿帝からしてみれば、あんな大きい魔法、避けて下さいって言っているようなモノだろう。俺は『観察』したから分かるが、あれは隙がないと当たる魔法じゃない。確かに触れてない地面まで切り刻んで抉り、そのまま突き進んで森を削り取った威力は凄まじいモノがあるが、当たらなければどんな大技も意味がない。
「……雷撃脚!」
だがここには、猿帝よりも凄い動きをする人物がいた。
緒沢だ。
雷を纏った右脚の回し蹴りで猿帝を蹴り飛ばした。その際にスカートの中の純白の下着が見えたのは不可抗力だ。俺は悪くない。……意外だな、白とは。純情少女、乙女中の乙女アピールだろうか。少女漫画を愛読しているくらいだからな。きっと中身は清純なんだろう。
「ガッ!」
猿帝は苦悶の表情を見せ吹き飛びつつも、華麗に着地を決め、今度は緒沢を標的にしたようだ。緒沢に向かって両拳を振り回して襲い掛かる。しかし雷と風と纏った緒沢は余裕の態度でかわしていく。掠りもしない。
「死んでくれない?」
何かを待っているかのように回避に専念する緒沢の戦いから遠い俺の更に後ろから、心が底冷えするような冷たい声が聞こえた。
勿論、紫園だ。
距離もある。紫園は武器を持っていない。他二人も何もしていない。だが、猿帝が視えない刃で切り裂かれた。肩から横腹にかけての大きな切り傷だ。
……言葉の刃、か。
俺はどこか沈痛な感情を纏って『観察』を終えた。
紫園の持つスキル『言葉の兵器』の効果だろう。
紫園が日常で掛ける心ない言葉は刃となって人々の心を切り裂き、ダメージを与える。それが肉体的ダメージとなって現れるのがこのスキルなのだろう。
「……っ!」
緒沢が右腕に白く半透明なオーラを纏い、切り傷を付けられて怯んだ猿帝の左腕をショートアッパーの形で殴った。
「ッ……!」
鈍い嫌な音が響いたかと思うと、猿帝の左腕は半ばから拉げ、あらぬ方向を向いていた。
「ガアアァァ!!」
腕を折られ怒りの形相になった猿帝が右腕を横薙ぎに振るう。
「……雷撃脚!」
緒沢は再び右脚に雷を纏わせると、今度は脚をそのまま上に上げ、踵落としを決めた。……再び純白の下着が翻ったスカートの中から覗く。羞恥心はないのか、不良娘よ。
ってか結構身体柔らかいんだな。脚が真上に上がってたぞ。
「まだ生きてるの? 早く死んでくれない?」
紫園の言う通り緒沢の踵落としを辛うじてかわした猿帝はまだしぶとく生きていた。
だがそこに視えない刃の二回攻撃が猿帝の両肩を切り裂く。……流石にモンスター相手じゃあ得意の毒舌の切れ味もイマイチだな。実際にはもうちょっと凄い。と言うか酷い。紫園にコクって毒舌を受けたヤツの中には数日間学校を休んだヤツも居たしな。
「早く死になさいよ、気持ち悪い。その腕気色悪いわ。全体的に、生理的に受け付けないの。臭いからその口閉じてくれる? 寧ろ存在自体が嫌だわ。視界にすら入れたくない」
紫園の調子が上がってきたようだ。猿帝はいくつもの視えない刃に切り裂かれ、視えない槍に貫かれ、見るも無残な姿に成り果てていく。……無敵だな、言葉の力ってのは。残念ながら名言が飛び出した、とかではなく罵詈雑言が放たれただけだが。
……好きで崇拝する美少女にコクって返事がこれじゃ、引き籠るのも無理ないよな。俺は問題ないが。精神が強いとかそう言う次元じゃない。俺は寧ろ打たれ弱いくらいだが、悪口を言われようが気にしないのだ。問題ないじゃなく、問題にしないって言った方が正しいな。
……『観察』すると、『言葉の兵器』ってのはかなり応用が効くスキルらしい。言葉の刃、と言うだけでなく心を傷付ける言葉を受けた時アニメであったりする槍で貫かれるのもその範囲にあるらしい。もしかしてマシンガントークとかでマシンガン撃てるんじゃないだろうか。それだったら最強だろ。使い手が最強すぎる。本気で嫌っている時の紫園の悪口は、留まるところを知らない。女子としてダメだと思われるような言葉も平気で使うからな。
更に言えば、攻撃回数は句点で区切られた数によって決まるらしい。さっきの連続攻撃の回数は六回だった。
「オ……アアアアアアアァァァァァァァァ!!」
もう既に死を待つだけとなって猿帝は喚きながら俺に向かって来る。
……何? 結局攻撃避けただけの俺が一番弱そうってか? 嘗めんな。