黒魔人はエセ勇者の強さに憧れる
「……はぁ」
俺はやっちまった、と思い、人気ない裏路地で溜め息を零す。
……俺らしいと言えば俺らしいが、これからの平穏を常に考えている俺が、大勢の野次馬が居る中で少し勘に障るような事を堂々と言ってしまった。
悪い噂と言うのは誇張して、速く広がっていくものだ。
厄介な事極まりないが、この街に留まる理由も特にないので、面倒な事になる前に逃げる、と言う手もある。
「……しばらく間を置いて、また顔を出すか。人の少ない時間帯を見計らって、最悪ギルドの裏口、職員出入り口から入ってクエストを受注させてもらえば良いとして」
俺は独り天を仰いで呟く。
「……しかし、予想以上に面倒だな」
あの野郎を三回殺すのは少し厳しいかもしれない。あの衛兵達が邸宅に押し入ってでも捜査してくれれば、俺が昨日の夜忍び込んで置いてきたあの薬物が発見されるのだが。
……だがそれを誘発するのは決して難しい訳じゃない。どこかの貴族にあの貴族を潰して財産の半分はやるから協力しろと言えば、衛兵に密告してくれる事だろう。それが分かっただけでもかなりの収穫と言える。
これで衛兵が動いてくれれば楽なんだがなぁ。
「クレト!」
俺が壁に寄りかかって天を仰いでいると、勢いよく俺に突っ込んでくるヤツが居た。
「……ナヴィ。何でお前がここに?」
俺は呆れて言う。ナヴィはその驚異的な身体能力を以って俺に当たらず止まった。
「クレトはやっぱカッケえなぁと思ってよ」
ニカッとナヴィは笑う。……こいつ、何かよく分からんけどたまに戦闘狂じゃなくてこう言う無邪気な笑顔を見せるんだよな。
「……どこがだよ」
俺は心底呆れて言う。
「どこってやっぱ、貴族に対してはっきり言うとこだろ! オレも貴族には嫌な思いさせられてるからよ、何かこう、スカッとすんだよ!」
ナヴィは目をキラキラと輝かせて言う。……こうしてると普通の少女みたいだな。
「……そうか。じゃあな」
俺は頷くと、踵を返して立ち去ろうとする。だが腕をナヴィに掴まれ、立ち去れない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ……ちょっとクレトに頼みがあるんだけどよ」
「……嫌だ」
「まだ何も言ってねえよ! 少しは聞いてくれても良いだろ!?」
「……仕方ないな。聞いても嫌だが、何だ?」
「聞いても断るって言われるとな。でも良いや、聞くだけ聞いてくれ!」
「……」
ツッコミの切れ味はなかなかのモノだが、些か以上に前向きすぎるな。それは良い事なんだろうが、正直言って付き合うのはしんどい。
「……あの、よ。オレを弟子にして欲しいんだ!」
「……断固拒否する」
「凄え断られた!?」
「……当たり前だろ。俺は残念ながら、人にモノを教える程偉くない」
「でもオレよりは強いじゃねえかよ」
「……だが面倒だしな」
「明らかにそっちが本音だよなぁ!」
「……実は俺、黒魔人に親を殺されて……!」
「じゃあ普通あん時殺すよな! 明らかに嘘だろ! ってかそんなにオレを弟子にするの嫌か!?」
「……ああ。勿論だ」
「あっさり肯定された!?」
「……だってお前みたいな美人、連れて歩いたら目立つだろ」
「は……?」
俺が本音の一部を漏らすと、ナヴィは「何を言ってんだか」と言うような顔をする。……ああ、そうだ。思い出したぞ。こいつ、自分の魅力とかに疎いタイプだったな。
「オレが美人な訳ねえだろ」
「……そうか。俺は可愛いと思うんだがな」
「なっ! てめえ、オレを口説いてんのか?」
「……いや別に。俺は事実しか言わないからな」
ナヴィが照れたのか顔を赤く染めるが、俺にとって今可愛いのは二人の猫の獣人だからな。一般的にはかなり可愛いと思えるナヴィの照れた顔も、今の俺にとって心を揺さ振る程の威力はない。
「そ、そうかよ」
ナヴィはしかし、何故か更に顔の赤みを増し、真っ赤になる。
「……ああ。で、弟子になるってのは具体的にどう言う事だ?」
「弟子にしてくれるのか!?」
「……いや、しない」
俺は期待に目を輝かせるナヴィに容赦なく言って撃沈する。ナヴィはシュン、と落ち込んでポツリポツリと話し始めた。
「……オレに誰も勝てるヤツが居ない中で育ってきたから、クレトみたいなオレより強いヤツに会ったのは初めてなんだよ。しかもあの水のヤツに聞いたらオレをわざと殺さなかったんだろ? クレトに救われた命をクレトのために使いたいってのもあるが、オレはもっともっと強くなりてえ! だから弟子になりてえんだよ!」
……うんうん。こいつ、アホの子だな。
俺は確信した。だって俺、今弟子になるってのは具体的にどう言う事なのか、と聞いた筈だ。なのに弟子にして欲しい意気込みを語られた。
「……だから、弟子になったら何をして欲しいのか、って聞いてるんだが」
「わ、悪い! つい熱くなっちまってよ。まあオレは強くなりたくて弟子になりたい訳だから、クレトに修行を付けてもらったりとかな」
「……なるほど。じゃあ良いぞ。俺が良いって言うまでずっと戦い続けてろ。俺はその隙に別の街に行ってのんびり過ごすから」
「放置しようとしてんじゃねえかよ! オレを一生戦い続けさせるつもりか!?」
「……弟子とか面倒そうだからな」
「め、メンドくはねえよ。多分……。オレを弟子にしたら良い事あるぜ!」
「……例えば?」
「例えば…………オレが一緒に居るとか! 戦いん時とか便利だぜ!」
「……ふむ。要らないな」
時に今は必要ない。俺より強いヤツが現れたとしても、特に問題なく勝てるだろう。
「じゃ、じゃあ、オレのか、かか身体でも……!」
ナヴィは顔を真っ赤にして、噛みまくりで言った。……もうそこまで来たか。それって何もない時の最後の手段なんじゃないだろうか。
「……はぁ。じゃあ弟子にしてやるから、別に何もしなくても良い」
俺は何か面倒になって、しかもこんな危険なヤツを野放しにしておくのも社会に悪影響を及ぼしかねないし、俺の平穏を乱しかねないので俺の方で管理してやった方が良いだろう。
「ホントか!?」
ナヴィは目をキラキラさせて詰め寄ってくる。
「……ああ。だがいくつか条件がある」
「ああ、分かった!」
まだ何も言ってないが、上機嫌なナヴィは勢いよく頷く。
……俺は適当に、俺の平穏を乱さないレベルの条件を突き付け、それらを守れなければクビだと伝えておく。
……弟子、一人ゲット。嬉しくも何もねえよ。寧ろ最悪。何かよく分からない内に、どんどん面倒な方へと事態が向かっているような気がする。だがまあ、「弟子にしてくれよ、クレト!」と人前で言われるよりはマシなので我慢する事にしよう。仕方がない事なので、諦めようか。
人生、諦めが肝心である。