貴族はぼっちを罠に嵌める
……。
…………。
俺は流石にいつもの時間にギルド集会所へ顔を出さないと、何か遭ったのかと思われるかもしれないかと思って、ギルド集会所に向かっていた。
ギルドの中はいつも通り、談笑しているおっさん達と机に突っ伏しているナヴィが居て、特別変わった様子は見られない。
「あっ。クレトさん、おはようございます」
ミリカが俺に気付く前に、ユニが俺に気付いてペコリと頭を下げ挨拶してくる。
「……ああ」
俺は素っ気なく頷く。何か遭ったと思われないように、いつも通り、平常運転だ。
「昨日の子猫のクエスト、完了したと連絡がありました。これが報酬の金貨三枚です」
受付に着いたユニだったが、ミリカがずいっと前に出てきて言った。
「……子猫を届けただけで三十万か。貴族は羽振りが良いな」
俺は吐き捨てるように、皮肉たっぷりと言った。
「まあ、貴族ですから」
そんな俺に苦笑を浮かべるミリカ。……まるでそれが理由だとでも言うかのように。
「……今日は何のクエストを受けるか……」
俺は何かオススメのクエストでも聞こうかと、呟く。
「本日のオススメは――」
ミリカが営業用の作り笑いで俺の意図を読み取り、オススメのクエストを紹介しようとする。
「失礼する!」
その時だった。
ギルドのドアが乱暴に開かれると、鎧を着て槍を持った衛兵が七人、押し入ってきた。
……何か遭ったのだろうか。七人全員が険しい表情をしている。
「クレトと言う冒険者は居るか!」
……俺か?
七人の内赤いスカーフを巻いたリーダー格の男が声を張り上げる。それに俺は怪訝な思いだった。……この街で俺を知る者は少ない。況してや衛兵に捕らえられるような真似をした事はない。
「……」
するといつの間にか起きていたナヴィがキョトンとした顔で、ミリカがジト目で何をやったんだと聞くような顔で、ユニがオロオロと不安そうな顔で、俺を見ていた。……お前らは俺がクレトだと言う事をバラしたいのか。
「貴様がクレトか」
リーダー格の衛兵が三人の視線を向けられている俺を目敏く見つけて正面から見据えてくる。……チッ。ミリカやユニとは話さないといけないからって、『同化』を使わない事が仇となったか。
「……ああ。それで、何か用か?」
俺は仕方なく、白を切るのも三人を問い詰められてバレれば更に重い刑に処されるかもしれないので、面倒だ。
「貴様が所持禁止危険薬物を所持しているとの密告があった」
リーダー格の衛兵が言い、周囲にざわめきと驚きが広がっていく。……俺も目を見開いた。
……何で、何でその事がバレた? 商人がそんな事を喋る訳はない。何故なら、喋れば自分がそれを密輸している事がバレてしまうからだ。じゃあどこからその情報が漏れた。
「「えっ……?」」
ミリカとユニが目を見開いて驚く。どこか呆然とした表情で俺を見やる。……チッ。面倒な事になった。ここは誤魔化すべきか。
「……何の話だ?」
「白を切る気か? 止めておけ。情報は確かな筋から来ている。とある貴族、とだけ言っておこう」
っ!
俺は表には出さなかったが、これを仕掛けたヤツの正体を知った。
……あのクソ貴族、俺を嵌めやがったな……!
どこまでクズなんだ。まあただの冒険者風情に一億三十万センも、子猫を拾っただけで渡す訳もない、か。子猫を回収し、しかも払った金のほとんどを不当なモノとして自分の手元に戻せる、と言う魂胆なのかもしれないな。
……だが、俺が所持禁止危険薬物を買ったと何故バレた? まさか、事前にあの貴族が買う予定だったモノだったとか? ……考えても仕方がないか。
「……それで、俺をどうする気だ?」
「監獄送り、または処刑。若しくはこの場で一億セン支払えば見逃す」
「そ、そんな大金、冒険者が稼げる金額じゃ……」
衛兵の言葉にミリカが青褪めた顔で言った。……チッ。きっちり足元見てやがる。一億セン昨日渡したのも浮かれて金を使わせ、冒険者を潰す魂胆だったのかもしれないな。
「払えないなら、連行されてもらう」
衛兵は言って、俺に近付いてくる。……チッ。このままじゃマズい。正に策士策に溺れるってヤツ――な訳ないだろ、バーカ。
何て浅はかな作戦だろうか。思わず笑みを零れそうになる。
驕りすぎだろ、貴族ってのは。こんなにも楽に俺の作戦に嵌まってくれるのだろうか。
「……待て」
俺はあの今頃高級そうな椅子で踏ん反り返って高笑いでもしているだろうあの貴族を思い浮かべ、嘲笑った後、制止の声を上げる。
「何だ?」
衛兵はピタリと歩みを止め、尋ねてくる。
「……」
しかし俺は答えずにズボンのポケットを裏返し、靴を脱いで逆様にする。
「持っていないと言うアピールか? それなら止めておけ。道具袋を使えばいくらでも――」
「……一つ確認したい。道具袋は念じるよりも口に出した方が優先される。そうだな?」
俺はポケットを戻し靴を履き直すと、再び詰め寄りかける衛兵を遮って確認する。
「それがどうした?」
衛兵はイラついたように聞き返してくる。その意は肯定だ。
「……その俺が所持してるって言う所持禁止危険薬物の名は?」
俺は更に尋ねる。
「…………オルマリファナだ」
まるでその名前を口に出すのも嫌とでも言うかのように、衛兵は眉を寄せて言った。周囲も同じ心境のようで、揃って嫌な顔をしていた。
……確かに俺が買ったのと同じ薬物のようだが。
「……オルマリファナ」
俺は道具袋を腰から外し、逆さにして呟く。しかし、何も出てこなかった。
「なっ!?」
「……悪いが、本当に事実無根だ。その貴族とやらがどれだけ偉いのかは知らないが、俺はそんなモノ持っていない。宿には泊まってないから今持っていなければないと言う事になるんだが」
驚く衛兵に対し、俺は淡々と虚飾した事実のみを告げていく。
「……衛兵が嘘の情報に踊らされて無実の冒険者を疑うとは、どう言う了見だろうな。その貴族が嘘をついている事を疑いもせず俺の下に来て騒ぎを起こした、と言う訳だ」
「それは……」
俺が持っていないと分かった今、俺の言う事に強く反論出来ない衛兵はたじろぐ。……甘いな。「どこかに隠したんだろう!」とか言いがかりを付けて強制的でも良いから連行すれば良かったのにな。そこは真面目な善人、と言う事だろう。
「……しかし、貴族は何でこんな嘘をついたんだろうな? まるで、自分が正当な人間である証明でもしたいのか思うくらいだ。例えば、何か隠し事があって注意を逸らしたい、とかな」
俺は薄ら笑いを浮かべて衛兵に言う。
「貴族を貶めるような発言は控えてもらおう」
「……その貴族を信じたせいでたった今恥じを掻いたのは誰だろうな」
「それは我々のミスであって、貴族に直接的な原因がある訳では……」
……チッ。こいつは勇者(笑)と同じタイプの人間だったか。生真面目で融通が利かない。
「……貴族が必ずしも善人とは限らないぜ」
俺は衛兵の横へ歩み寄っていき、肩をポンと叩く。
「……貴族だって人間なんだ。黒いモノの一つや二つ、抱えてる」
「っ……!」
俺はそう告げてから、残る六人の衛兵の間を縫うように歩いて、あっさりとギルドを出る。
俺が出るまで、終始ギルド内は無言だった。




