ぼっちは謝礼金を受け取る
昨日、一昨日はすみません
一話抜かしてました
ちゃんと割り込ませてあります
……でかいな。
俺は大貴族とやらの邸宅に向かい、子猫二匹を見せるとあっさり中へ案内された。
レンガ造りの街の中にドドンと聳え立つ恐らく四階建ての巨大な建物。豪勢な装飾が施された門や綺麗に手入れされた庭。噴水もあるので中世ヨーロッパの貴族邸宅を連想させる。
中は絨毯が敷かれ額縁で絵が飾られ時折剣や槍等も見受けられる。
……やっぱり、でかいな。
俺は再度思う。
勿論家のことではない。
「いやぁ、ご苦労ご苦労。可愛いペットが居なくなって慌てておったのだ」
ほっほっほ、と横幅がでかい中年のおっさんが上機嫌に笑う。……笑うと腹の肉がタプタプと揺れた。
どうやら貴族と言うのは皆太っているらしい。どうせ豪華で美味い高級料理を食べておきながら、自分は事務かのんびり過ごしているんだろう。身体を動かさないから太る。デブめ。
「……子猫を引き渡すだけなら入り口で良かったのでは?」
俺は相手が貴族と言う事もあって丁寧な言葉使いをする。……そう。俺が入り口で引き渡そうとしたら、迎えてくれた使用人が中に案内してくれやがったのだ。
子猫は俺が下ろすと俺と向かいのソファーに座っているおっさんの左に、真ん中にあるテーブルを囲むように配置された二人用ソファーですやすやと寝ている。可愛い。
「ほっほっほ。お気に入りのペットでな。ギルドを通じてからの報酬とは別に何か礼がしたくてな」
恰幅の良いおっさんは朗らかに笑って言う。……チッ。こんな下種野郎が可愛い子猫を二匹も飼っているとは、気に入らないな。
俺はその朗らかで人の良さそうな笑顔の裏に、下種顔を見出し内心で舌打ちする。俺の『観察』を以ってすれば笑顔の裏を読み取る事など造作もないが、こいつは酷い。
笑顔の裏を読み取らなくても、壁に飾られているコレクションを見れば、こいつがどう言う人間か、ぐらいは分かる。
壁に飾られているのは三つの剥製。四方を囲む壁のドアがある一つ以外に飾られているそれは、俺もよく知るモンスターだった。
どれもこれも頭だけだったが、ガザラサイ、ファングファング、猿帝。そのどれにも俺が雷で付けた焦げ跡はなく、以前に作られたモノだと分かる。
クリアが言うにはアンファルの復活があったのは今までで三回のみ。一回目は何か出てきたから倒したら復活しちゃった(てへぺろ)って感じだと思う。
三回目は俺が殺っちまったからまあ良いとして、では二回目は何か。
こいつの剥製作成依頼だ。
ギルドだか冒険者に直接だかは知らないが、こいつがこの三体の剥製を欲しいがために三体を狩り、アンファルを起こしたのだろう。……何故分かるかって? これ見よがしに年と日付が書いてあるからだよ。およそ五年前らしい。今が何年かは色々な場所で目にしたので分かっている。五年前、恐らくこいつの代で多額の報酬を支払い、三体を討伐したのだろう。
だがファングファングは群れで行動する。勿論一体だけに留まる筈もなく、何とか群れを殲滅。そこでアンファル登場――みたいな流れだろう。そしてアンファルは自分の支配下に置いた森に仇なす敵を排除、再び眠りに付いたと。
まんまと剥製を手に入れ、自分は何の不利益にもなっていないので、かなり良い成果だったんだろうな。
まさか堂々と、客を通す応接室に飾ってあるとは。
冒険者に対して、恐らくはかなりの被害があっただろうに、その成果を見せびらかすような真似をしてくるとは、挑発のつもりだろうか。
まあ俺は冒険者の中で新人だからな。ランクは兎も角事情を推測でしか知る事はない。話を聞けば良いんだが、生憎と俺は知り合いが少ない。五年前の冒険者って言うと、メランティナ辺りの代だろうか。ってか、もう復帰しても良いんだが。
俺がどうやってクリアの居場所を割り出したか。それはまず、クリアを攫ったのがあいつらの可能性が高くなってきた時、あいつらについて知っているだろうメランティナに居場所を聞いた。メランティナに居場所を聞いた後、俺はそこへ行って宿屋メナードに金を請求しているヤツらの居場所を尋ねた。……どう尋ねたかは想像にお任せするが、色々警備が厳重で面倒だった。残った一人が何故か怯えた様子で漏らしながら情報を詳細にくれたので、何故か生きてるのも不思議な程に傷付いたそいつを、偶々《たまたま》来た俺が楽にしてやった。
その後、そいつから聞いた場所を虱潰しに探した結果、ギリギリのところで間に合った、と言う訳だ。
クリアの話では俺が助けてを求めてから直ぐ様来た、みたいな感じらしいが。俺からしてみれば、出来るだけ急いで手当たり次第潰していっただけの事で、ほんの少ししか時間が経っていなくて当然だ。
閑話休題。
それは兎も角、こいつが俺をここに招いたのは何故だろうか。まさか冒険者を潰したくて呼んだとかじゃないだろうな?
「……と言われましても、私は相応の報酬のみで良いのですが」
俺は無表情を少し崩し、困ったような顔をしてみせる。……やっぱり敬語は苦手だ。現代の若者と同じように、少し敬語の使い方がこれで良いのかと言う不安が残るが、とりあえず丁寧な言葉遣いなら問題ないだろう。
「今日の朝早くに出して、今日中に、それも昼時の今に届けてもらったのだから、ボーナス報酬なのだよ」
貴族がそう言うモノだと教え込まれたのか、おっさんは不遜で偉そうな態度を崩そうとはしない。……異世界に行った日本人の中には貴族制が理解出来ずにその不遜な態度に苛立ちを感じる事があるようだが、俺はない。
だって、貴族ってそんなもんだろ?
貴族ってのは自らが汗水垂らして働くことなく、税金を巻き上げ懐を豊かにしていく事で財産を築き、自分は経営する商売の恩恵で生活をしていく。
正にニートの鏡である。
自分が働かなくても自分が雇うヤツらの稼いだ金の一部を徴収することで生活を成り立てていく。自分は家でのんびりしてても金が入ってくるなんて、超良い。だがそれとは別に、経営の才能も必要だ。
一代にして莫大な財産を築いた――とかじゃなければ、こいつの家は先祖代々そうやって金を稼ぎ、今の地位を獲得したんだろう。いつから続いているのかは兎も角、七年前に、ギルドに無理を通せるくらいには。
……俺はそんなおっさんの態度の裏に隠された本心を『観察』して見抜く。
「チッ。卑しい冒険者なら大人しく報酬貰って帰れよ」
そんな感じか。俺が大人しく追加報酬を貰って帰って欲しいようだ。……変に渋ったのが裏目に出たようだな。どうやら本当に三体の剥製を自慢したいだけだったようだ。
子猫の受け渡しも追加報酬の支払いも、使用人に任せれば良いんだからな。
「……ではお言葉に甘えて」
俺は恭しく頭を下げて言った。すると応接室のドアが開き、使用人の青年がジャラジャラとわざとらしく硬貨が擦れ合う音をさせながら、ヘルメット大の茶色い巾着を持って来た。……タイミング良すぎ。何かあっても対処出来るようにこの使用人を外に待機させてやがったのか。
……まあ初対面の卑しい冒険者を信用し切る訳がない。妥当だ。
「これはほんの気持ちだが、受け取ってくれ」
おっさんは使用人に頷くと、使用人が俺の方にその巾着を持って来て中を開いて俺に見せる。
「……これは……」
俺はその中身を見て、大袈裟に目を見開き驚く。……いや、案外大袈裟じゃないかもしれない。結構純粋に驚いている。
その巾着の中身が、白金貨でいっぱいだったからだ。……白金貨と言えば十万の価値を持つ金貨のワンランク上、百万の価値を持つ硬貨であった。
……こんなに渡してくるとは、何を考えている? まさか不正に製造された硬貨で、俺を白金貨不正製造の犯人に仕立て上げようとしているのか? はたまたこれはメッキで本当は石貨なのか?
……分からない。こいつの狙いが何なのか、全く分からない。俺にこんな大金を渡して何のメリットがあると言うのだ。
「……こんな大金、受け取れません。持て余してしまいます」
俺は素直に貰っても不審に思われるかと思い、遠慮したい面もあって俺の座るフカフカのソファーの前にあるテーブルに置かれた巾着をおっさんに対して押し返す。
「そう言うでない。これはほんの感謝の気持ちなのだ。それとも、貴族である私からの感謝の気持ちが受け取れないと言うのか?」
朗らかに笑っていたおっさんだが、目を細めて睨み付けるようにして俺を見据えてきた。……どうあっても受け取らせる気か。まあ良い。これをPC代の足しにして買えばもう俺がこの街に居る意味はなくなる。そうすれば衛兵とかから逃げて過ごす事も出来るだろう。
……実はメランティナが料理しているところを見学させてもらったことがあり、『料理』が出来るのだ。と言う事は、独りでも生きていける。
「……ではこれの半分、でどうでしょうか? 一介の冒険者がこんな大金を持つのは不相応かと思いますので」
俺は少し譲歩してみる。
「ふむ。だがこれは私の気持ちの表れ。これ以上下げる事は出来ないのだ」
おっさんは眉尻を下げて困ったような顔をし顎に手を当てる。
「……そう言われるのであれば、有り難く受け取らせていただきます」
……金はあるに越した事がないので、有り難く貰うことにする。
俺は巾着を受け取ると口を縛って道具袋へと収納する。
「ふむ。そうか、すまんな」
何故か謝ると、目配せして使用人がドアを開ける。……用が済んだから帰れって事か。
「……」
だが俺はこんな大金の報酬を貰ってこれ以上長居、及びこいつと話すことはないので、使用人の誘導に従って応接室を出る。
「全く。お前達は何度私に迷惑をかけたら気が済むんだ!」
俺の後ろで閉まったドアの向こうから、怒鳴り声が聞こえた。……何だ?
「ふん! 分かっているだろうが、今度余計な真似をしたらぶっ殺すからな! 覚えておけ!」
再び聞こえる怒鳴り声と子猫の悲鳴に似た鳴き声。……おい。
「……」
俺は歩を緩めず速めず、一定の歩幅、速度で歩いて応接室から離れる。
……子猫相手に、怒鳴りやがっただと?
だが俺の心の中にはマグマのように煮え滾る怒りが湧いていた。
それを使用人に悟られないよう、無表情に歩いているが、許せない。
今から戻ってあいつを殺してやりたいくらいには、怒っていた。
だがそれはしない。だって巷で外套の剣士と呼ばれる俺に勝てるヤツなんて、ギルドでも数名。ここの警備では俺に勝てない。あいつを殺して子猫を助けるのは、簡単だ。
だがそれでは緩い。
子猫に対してあんな態度を取るなど、一回殺すだけでは飽き足りない。
肉体的に殺し、精神的に殺し、社会的に殺す。
……三回、殺す……っ!
俺の怒りはアンファルに対するイヤホンの恨みよりも数倍強く、燃え盛っていた。




