ぼっちは二匹の子猫を愛でる
「……」
俺はとりあえずクリアを無視し、メランティナを抱えたまま料理に向き直り、食べ進めていく。
「な、何で無視するんですか!?」
クリアは走って俺の方に来ると、ムスッとした顔で言った。
「……俺の飯の邪魔をするな」
俺は素っ気なく言って料理を口に運ぶ。……やっぱり美味い。
「はい。でもでも、クレトが食事中にメランティナを抱く必要はないですよね?」
俺に言われ大人しく従い向かいに座ったクリアはしかし、そう言って唇を尖らせる。
「……ああ。だが、俺がメランティナを抱いていようとお前には関係ないだろ?」
正直言って可愛いから愛でているだけだ。深い意味はない。右手でメランティナの頭を撫でながら食事を勧めていく。……ふむ。もう完食したか。
俺はあっと言う間に料理を平らげてしまい、少し残念な気持ちになりながらメランティナの腰を抱えて下ろす。
「……もう下げて良いぞ」
俺が言うと、
「……え、ええ」
少しボーッとしていたようなメランティナは詰まるように頷くと、いそいそと盆を持って厨房に消えていく。
そして戻って来る時にクリアの分の料理を運んでくる。
「……じゃあ、俺は出掛ける」
クリアに料理が用意されたタイミングで席を立つ。
「あっ、ま、待って下さい」
クリアは俺が出掛けるのについて来るつもりなのか、急いで料理を食べ始める。
「……」
俺は内心溜め息をつきつつクリアの頭をぽん、と軽く叩いてやる。
「クレト?」
クリアはぽけっ、とした顔で見上げてくるが、無視。俺はそのまま歩いて宿屋メナードを出る。
「……」
だが効果はあったようで、クリアはゆっくりと食べ始めた。……そうだ。美味い料理は味わって食べるもんだ。
俺は内心でうんうんと頷き、ドアを開けた。
「……ニャー」
「ミャー!」
「っ!?」
俺は可愛らしい鳴き声を聞き、驚愕に目を見開く。
……人懐っこく俺の足に擦り寄って来る二匹の子猫が居たのだ。
左足に擦り寄って来るのはシルバー・ブルーの体毛をした別名『銀色の猫』と呼ばれるコラットの子猫。可愛い。
右足に擦り寄って来るのは長い体毛とフサフサした尻尾を持つ茶色のソマリの子猫。可愛い。
……細部に異なる部分が見受けられないので、この種類で間違いない筈だ。『鑑定』すれば一発だが、それは俺の信条が許さない。俺はウィキらずに猫を見分けられるようになったのだ。
種類の呼び方が地球と違うのは仕方がない。俺は俺の知っていることだけを知識として所有しているのだ。
「……迷子か?」
俺は二匹の子猫にそう尋ねながら屈んで顎を撫でる。気持ち良さそうに目を細めて俺に身を委ねてくる。可愛い。
だが二匹の首には、首輪が付いていたのだ。……チッ。誰だよこんな可愛い子猫を二匹独占してやがるヤツは。殺して奪ってやろうか?
俺の頭に物騒な考えが過ぎるが、そんな事をしてはこの二匹が悲しんでしまう。
「……ニャア」
「……ミャア」
二匹は可愛い鳴き声を上げて、俺に跳び付いてくる。……くっ。可愛いな。まさかこんな場所で猫に会えるとは思わなかった。
「……よしよし」
俺は跳び付いてきた二匹を優しく抱え、立ち上がる。
……残念だが、この二匹の子猫を探している飼い主が居る筈だ。こんなに可愛い子猫を放っておく筈がない。
心惜しいが、ギルドでこの二匹の子猫の飼い主が探すクエストを出していないか確認して、それから家に届けてやらないと。
初対面の俺にも警戒心を見せずに擦り寄って来たくらいだ、余程人に慣れているのだろう。毛並みも野良猫とは違って綺麗だし、きっと愛されている筈だ。
同じ愛猫家として、送り届けてやるのが当然だろう。
「……ニャー」
「……ミャー」
子猫二匹がじっと俺を見つめてくる。……可愛い。何かを訴えているようだ。残念ながら俺は読唇術と独身術は使えても読心術は使えないからな。分からない。一刻も早く飼い主に送り届けてやるのが精一杯だ。
俺はその精一杯をしてやろうと、抱えながら二匹の頭を撫でつつギルドに向かう。
ニャーミャー言う二匹に俺は、思わず笑みを零してしまう。……やっぱり猫は可愛い。俺も飼おうかな。あっちの世界じゃあ金が足りないしどうせ頼んでも許してくれないだろうから飼えなかったが、俺はこの世界に来てある程度の自由を手に入れた。
PCを手に入れるのも良いが、先に猫を飼うのも良いかもしれない。先に心のオアシスを作っておいて、癒されながらPCを買う金が貯まるまで日々の仕事を励んでいく――良いんじゃないだろうか。
「……よしよし」
前脚で頭を掻いてくぁ、と欠伸をする(しかも同時だ)二匹を可愛く思って頭を更に撫でてやりながら、ギルド集会所のドアを足で開けて入っていく。
「……っ」
俺がそのまま受付カウンターに居るミリカの方へ向かっていくと、ミリカが何故か顔を赤くした。……何だ? まあ良いか、どうでも。
「……ミリカ」
「は、はいっ」
ミリカを呼ぶといつもより元気良く返事をした。何か良い事でもあったんだろう。俺が猫と会った日だからな。きっと世界中が平和になっている。
「……この二匹の子猫、迷子らしいんだが、飼い主から探索クエスト出てないか?」
俺はミリカに尋ねながら、子猫二匹をカウンターに下ろそうとする。だが二匹はちっちゃな手足で俺の服にしがみ付いてくるため、俺が手を放すと余計危なっかしい事になってしまった。……そうかそうか。そんなに俺から離れたくないか。
仕方がないので、俺は再び二匹を抱える。二匹はさっきまでじたばたしていたが、俺に抱えると心地良さそうに動かなくなった。
「出てますけど、随分懐いていますね」
「……ああ。宿を出る時に居て、首輪をしてるから飼い主が探してるだろうと思ってな」
「そうですか。ではクエストを受注するので二匹を飼い主の下に届けてくれますか?」
ミリカは俺が盗んだのではないか、と言うような疑う視線を向けてくるが、俺がしれっとしているのを見て嘆息混じりに言った。
「……分かった」
俺はミリカがクエスト掲示板の方へ行って一枚の紙を持って来てから、受注の判子を押すのを見て頷く。……この子達を手放すのは惜しいが、この子達の幸せのためと思えば……。
俺は内心で唇を噛み締め、涙を飲んでギルド集会所を出る。
……ニャーミャー言って甘えてくる二匹の子猫に癒されつつ、俺は紙に書いてあった大貴族の邸宅とやらに向かって、ミリカから受け取った地図を見ながら歩き出した。