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エセ勇者は捻くれている  作者: 星長晶人
第一章 最初の街
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ぼっちは過去にトラウマを持つ

「……」


 メランティナへの説明は一まず置いておいて、俺はクリアを部屋まで運び風呂から湯を汲むと、クリアにかけた。血がちゃんと流れ落ちるまで、何度も。


 その後クリアを風呂に放り込み、俺は『自動洗浄』のスキルによって自動的に汚れが落ちていく外套を道具袋にしまい、脱衣所で服を脱ぐ。勿論タオルを腰に巻いて、風呂場に戻った。


「クレト?」


 俺が風呂場に戻って来た事がそんなに不思議なのか、クリアはキョトンとして俺を呼ぶ。


「……水に同化しとけ」


「は、はい」


 俺はクリアに命じつつ、頭に付いた血糊を落とすと言う事も含めて頭から下にいく感じで洗い、最後に流してクリアは顔以外を『液体化』させた状態で風呂に入っているところに、俺も入っていく。


「……あ、あの、何で助けてくれたんですか?」


 まださっきの恐怖が消えていないのか、はたまた俺への警戒心の表れか。クリアは俺と向かいになるような位置で身体を形成し、脚を閉じ両腕で自分を抱くようにして恥ずかしい部分を隠すと、恐る恐ると言った風に尋ねてきた。


 ……恥ずかしいなら『液体化』すれば良いのに。


 と思わないでもなかったが、よくよく考えてみると『液体化』すると俺は分からないが、クリアの身体が俺に触れる事になるかもしれない。そうした事を防ぐためには、『液体化』よりも『実体化』の方が有効なのかもしれなかった。


「……別に、深い意味はない。ただ剣を買ってもらうのがまだだったかと思っただけだ」


 今の俺は無用な出費をしている場合ではない。クリアへの貸し金は直ぐに返ってくるから良いが、剣を購入するとなると相応の出費が予想される。それはあまり好ましくない。


「そう、ですか」


 シュン、とクリアは項垂うなだれて気を落とす。どうやら俺の解答が気に入らなかったようだ。……ここは少しだけ、ほんの少しだけ優しさを見せてやるか。今俺がクリアを傷付けるのは、警察が強姦被害に遭った女性に対し「自分から誘ったんじゃないか」とか「実は乗り気だったんじゃないか」とか心の傷をじ開けるような事を言うのとそう変わらない。

 俺は警察のように腐った訳じゃない。勿論警察全体が腐った、と言う気はないが、昔と比べるとかなり腐敗しているのだろうと思う。法に従い取り締まる警察が法を破るとか、笑えて仕方がないのだ。皮肉が利いている。


「……だが、傍に居ても目立って邪魔なお前だが、傍に居ないと更に迷惑だ」


「あぅ……」


 俺が言うとクリアはうぅ、と少し泣きそうな顔になる。


「……だから、傍に居ろ」


 俺はらしくないと思いつつ、クリアに手を伸ばして肩を掴むと俺の方に引き寄せる。


「ふえっ……?」


 クリアは俺の胸元に顔を埋めながら、戸惑ったように顔を上げる。……俺は慣れないがバイトで営業用の作り笑いを浮かべるために使う目を細めた笑顔でクリアに微笑みかける。


「っ……」


 だがクリアは顔を赤くして俯いてしまった。


「……お前は本当に仕方のないヤツだからな。俺の傍に居ないダメだな」


「は、はい。私はクレトが居ないとダメダメです」


 俺は適当な事を言いながらよしよしとクリアの頭を撫でてやる。クリアはキュッと俺に抱き着いてきて潤んだ瞳で俺に上目遣いをしてくる。

 ……しっとり柔らかな膨らみが押し付けられて形を変えているのが見える。湯に浸かっているせいか熱っぽい温かさだ。先端もあるのでかなりドキッとする。十代男子の身体にはかなり理性に来る密着だ。


「……じゃあ、一緒に居るか」


「っ…tね! は、はいっ!」


 俺が意を決して言うと、クリアはパァ、と顔を輝かせて言った。


「……でも、ホントはあんまり……」


「えぇっ!?」


 俺がボソッと呟くと、至近距離に居るクリアは聞こえたようで驚いたような声を上げる。


「……当たり前だ。俺が目立たず平穏に暮らしたいと思ってるってのに、可愛いクリアが居たら俺が注目されるだろ?」


 俺は自覚がないらしいクリアに嘆息混じりで告げる。……自覚がないってのは尚性質(たち)が悪いって言うしな。それがこいつだったとは……。


「ふえっ!? か、可愛い……?」


 クリアは何故か顔を真っ赤にして照れていた。……何言ってんだろうか、こいつは。美と付く女性全ては自分の魅力を分かっていて行動すると思う。クリアにしても、ブサイクがあんなにくっ付いてきたら引き剥がされると思わないのだろうか。自分が美女だからこそ嫌な顔をしつつも拒絶されないで済んでいると思わないのだろうか。


 因みにこれは俺の主観なので他のヤツにとっては違うかもしれない。世の中には「顔じゃなくて性格だ!」と言ってブサイクでも自分を好いてくれる優しいヤツと付き合っているヤツも、「……まあ、人生こんな事もあるよな」と言ってブサイクでも告白してくれたヤツと付き合っているヤツも居る。

 だが俺は何度も言うが優しくないのでブサイクだと思ったら言うし、例え相手が美人でもある程度は拒絶する。……ある程度なのは、俺が人見知りなせいだ。


「……ああ。それよりそんな分かり切った事は良いから、ゆっくり浸かったら上がって良いからな」


 俺は思考を経て言う。そんな事、俺が言わなくても分かっているだろうに。街でもすれ違う人の九割に可愛い可愛い言われてるだろう。その他一割は見蕩れているだけだ。


「は、はい」


 風呂に入っているからか俺に頭を撫でられているからか、気持ち良さそうな顔をして幸福感を味わっていたクリアはボーッとして頷く。俺の撫でテクは近所の猫達によって鍛えられているからな。


「……とりあえず、放せ」


 理性にも危ういしもう上がっても良い頃合いだろうしで上がりたいのだが、クリアが抱き着いているせいで上がれない。俺はクリアに命じた。


「はい、ごめんなさい」


 クリアはシュン、として謝り名残り惜しそうに(?)俺から離れる。……ふぅ。これで良いか。


「……」


 俺は傷心のクリアに少し優しくしようかと思っているので、何となく頭を撫でてやってから、風呂から上がり脱衣所で長いタオルを手に取り髪を拭いてから全身の水滴を拭き取りパンツと服を着る。……俺、ファッションとか別にどうでも良いし。白いシャツに黒いズボンだ。黒いのが多い。


 洗濯はどうしたら良いかメランティナに相談したところ、自分のを洗っている装置みたいなのがあるので自分がやる、と言い出したのだがそれはあんまり推奨出来ないので俺が自分でやる、と言い出したら宿を救ってくれた俺に少しでも恩返しがしたいとか、よく分からない事を言い出した。言い出したのは良いが、強い勢いに圧されて俺は仕方なく任せることにした。それ以来、袋に入れた服をメランティナに渡すようにしている。女性の下着を男が洗うとなれば遠慮したいだろうが、別に俺の下着をメランティナが洗おうがどうでも良い。余計な世話までかけると面倒だろうな、と思っただけだ。……まああまり客が居ないので暇かもしれないしな。


 服を着ると同時に道具袋と剣と剥ぎ取りナイフを手で持って行く。寝る時は邪魔だから外すが、いつもならその後クエストに出掛けるので装着する。記録の腕輪は一々装着するのが面倒なのでいつも付けている。防水等の仕様になっているので問題ない。


 俺は着替えて部屋の天井にある雷魔法を組み込まれた電球のようなランプのスイッチを切る。クリアは直ぐに風呂から出てくるが、部屋は真っ暗だ。別に良いだろう。クリアが添い寝するのは拒絶しないが推奨する事でもない。


「クレト」


 ……。


 クリアは何故か、全裸だった。服を形成していない。


「……何で全裸なんだ」


 俺は僅かに差し込む月明かりに照らされる、人前では晒さないクリアの水のような透き通った肌が綺麗に俺の視界に映し出されていた。


「……」


 クリアは頬を赤らめながらもベッドに近付いてくると、俺が被っている布団に潜り込んできた。


 そして全裸のまま俺にピッタリと寄り添うようにくっ付いてくる。


「さっきの事で思ったの」


 俺がベッドの真ん中に仰向けで寝ていると、全裸のクリアは俺の腕をズラし腕枕をさせ、身を震わせて言った。……さっきの今で男と同じベッドに全裸で入る神経は理解出来ないが、怖がっているのだろうか。

 俺はソッと腕枕にされた右腕を背中に回し優しく撫でてやる。……撫でる、と言う事に関して俺は一流だと自負している。俺が撫でればどんな動物も気持ち良さそうに目を細めるのだ。そうやって心の友は増えていく。


「私、クレト以外となんて、考えられない」


 クリアが俺の瞳を潤んだ瞳で見つめてくる。月明かりと相まってかなり綺麗だ。吸い込まれそうな雰囲気が漂っている。


「お願い、クレト。クレト以外にされるくらいなら……。クレト、私の初めて、貰って?」


 クリアは俺に覆い被さるようにして言った。水のような透き通った肌をした美女が艶っぽい表情を浮かべて自分の初めてを貰って欲しいと懇願してくる様は、十代の少年にはかなり刺激的で理性を奪うには充分だった。


 ……俺の身体は確かに反応しそうになった。なったんだが、ズキッと嫌な頭痛が俺を襲い、嫌な光景が俺の脳裏をフラッシュバックする。貧乳の少女が俺の首に両手を伸ばして恍惚な笑みを浮かべ腰にまたがる映像だ。それを思い出してしまい、全身から服が湿る程に冷や汗を掻き、心臓がドクンドクンと鼓動を速くする。上手く息が出来ない。あの苦しみを身体が思い出してしまっていた。


「……っ」


 だから俺は、クリアを抱き寄せる。


「あっ……。クレト、そこはキスするとこなのに……」


 クリアは俺に抱き寄せられて胸元に顔を埋めながら、そんな暢気のんきな事を言う。……いや、クリアは悪くない。悪いのはあいつとあいつを壊してしまった俺なのだ。


「……悪い。俺はお前と違って初めてじゃない」


「っ……。つまり、心に決めた女が居るから私とはダメって事?」


 俺がなるべく荒くなった呼吸を整え平静を取り戻しながら呟くと、クリアは少し傷付いたような顔をする。


「……違う。例え心に決めたヤツが居たとしても、クリアの可愛さなら抱いてる。だが、俺は、あんな苦しい、恐らくお前が描いてるような幸せじゃない、行為をしたくない……っ。だから、せめて、俺が出来るようになるまで、待ってくれ」


 俺は恐らく、初めて他人に弱音を吐露した。……向こうの世界でも、こっちでも。恐らくクリアが初めてだろう。


 俺はギュッとクリアの身体を抱き締め、震える身体を止めようとする。……震えていたのは不安のあったクリアか、それともトラウマを思い出した俺か。


「クレトがそう言うなら、我慢します。待ってますからね。それと、目安は次の満月ですよ? 私とクレトが相部屋する条件として、メランティナには満月の際クレトに発情を抑えてもらうんですから」


 クリアがとんでもない事を言い出した。……ちょい待て。満月って確か一ヶ月ごとにやって来るんじゃなかろうか? いや、この世界の月の周期がどれくらいか分からないから何とも言えないが、確実に満月に近付いている事は確かだぞ? もう半月過ぎてるし。


「……もう寝る」


 俺は考えたくなくなり、クリアを抱えたまま目を閉じる。


「はい。お休みなさい、クレト」


 クリアはそう言って完全に俺に身を預け、そっと目を閉じる。


「……服だけは着ろよ」


 俺はそう言って、思考を止めてスッと眠りに入っていく。


 ……ああ、生きるのって面倒だ。


 俺はかなり憂鬱な思いに駆られた。

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