聖泉の精霊は黒魔人を警戒する
クレトがブラックゴブリンキングと戦い勝利してギルドに戻って行くのを感知したクリアは、ナヴィを介抱すると言う言い付けを守って治癒魔法を掛けて様子を見ながら、ホッと息を吐いた。
……何で私がこいつの面倒を……。
クリアはクレトの命令とは言え、不満を隠し切れずに溜め息をついた。
「ギィ! ――ギャァ!」
ゴブリンが一体、横たわるナヴィとクリアの下に突っ込んで来ようとして、クリアの指が『液体化』し体積を増やして伸びていき、先を尖らせて『硬化』し頭を刺し貫く事で直ぐに始末する。その水の槍の『硬化』を解き更に体積を増やし先を五つに分かれさせると、武器の棍棒と鎧を奪い取り先を刃のようにして『硬化』させ耳と爪を剥ぎ取る。
「はぁ、面倒ね」
クリアは気絶したままのナヴィを見て溜め息をつく。目の前に居るナヴィは自分を殺そうとしたのだ。恨みは弱いが助けるのは気に入らない。それでもクレトの命令は絶対なのでクリアは動こうとしないが。
「……ん?」
そしてナヴィが目を覚ます。……不思議そうにパチパチと目を閉じたり開いたりして完全に目が覚めたのか、クリアは見て驚き目を見開く。
「な、何でてめえが……」
「クレトの命令だからよ」
驚いて身体を起こすナヴィに、クリアは溜め息をついて応じた。
「クレトが?」
「ええ。クレトはあなたにトドメを刺さず、さっさとクエストに行ったわ。私にあなたの回復と面倒を見るように言って、ね」
クリアはナヴィがクレトを呼び捨てしている事に若干眉をピクリと動かしたものの、冷静な声音で言った。
「そうか。クレトがなぁ……」
ナヴィは天を仰ぎ見て爽やかな笑顔を浮かべる。
「クレトって、強いよなぁ」
「……ええ、まあ。クレトだもの」
ナヴィの問いかけに、答えになってない答えを返したクリアは、嫌な予感を覚えた。
「ホント、強かったよなぁ」
そしてクリアは自分の予感が正しかった事を知る。
ナヴィは今までの戦闘狂の顔ではなく、清々しい笑顔で目を子供のように憧れに輝かせていた。
……マズいわね。何とかしてクレトから注意を外さないと。
「黒魔人赤種は数が少ない筈だけど、そのあなたが何でこんな辺境に居るのよ?」
クリアは話を逸らそうとして無難そうな話題を上げる。百年と言う時の差があるので少し曖昧な言い方になってしまうが。
「あん? ああ、オレの家族は皆殺られちまったよ。黒魔人もオレが知る範囲で数人しか居ねえ。十年くらい前に居た勇者ってのにほとんど殺られちまったからなぁ。んで、オレも飽きちまって下りて来たらミスって人間に捕まっちまってよ。仕方ねえから言う通りにしてたら奴隷として売られてこっち来て、また飽きたから魔力を封じる枷ってヤツを引き千切ってそいつ殺して、クレトと会ったって訳だ」
ナヴィは家族が殺されたと言う時だけ一瞬、寂しそうな表情を見せたのでクリアはシリアスな雰囲気になるかとも思ったが、最後の締め括りを聞いてピクリと眉を跳ね上げる。
……何で、クレトと出会ったところを終着点にするんでしょうねぇ……?
クリアは言葉にならない憤りを覚えていたが、眉が痙攣するだけに留まっていたため、ナヴィは気付かなかった。
「こう言うのって、運命って言うんだよな」
……ただの偶然よ。
クリアは爽やかな笑顔を見せるナヴィにそう即答してやりたかったが、自分のクレトとの出会いも偶然だったと言われれば否定出来ないので言えなかった。
「クレトに手は出させないわよ」
「出さねえって」
据えた眼で言ったクリアに対し、ナヴィは晴れやかな顔で笑い、鼻歌を歌いながら泉の森の方へ歩いて行った。
「戦う方じゃないんだけど」
クリアははぁ、と溜め息をつきながら言って、自分もクエストに向かおうと泉の森へ向かった。